SF百科図鑑 骨笛 The Bone Flute リサ・タトル


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骨笛 TheBone Flute リサ・タトル


わたしは、自分を傷つけるようなタイプの美しい男と、いつまでも恋に落ちつづける。きっとそういうのが好きなのだ。人生には、捨てられるよりもつらいことがある。

はじめてヴェンと会ったのは、宇宙港のバーだった。ふだんはその手の場所にめったに行かないわたしだが、その世界は初めてだったので、すぐに訪ねるべき場所も人もなく、おまけに疲れていて、どこでもいいから、暗くて静かな場所を探していた。

バーは<白い鳥>という名前だった。その時間帯は、じゅうぶんに暗くて静かだった。光を提供するのは、室内を羽ばたきまわる人工の光る鳥たちだ。その動きはでたらめに見える。様々な場所に短時間とまっては、そのエリアを照らしている。羽根飾りの衣装を着た女のダンサーたち──今は非番で、テーブルでくつろいでいる──も、その鳥のイメージに似せていて、舞い降りるようにいなくなったかと思うと、様々な形で多かれ少なかれ目立ちながら、ふたたび寄り集まっている。わたしとダンサーを除くと、バーにはもうひとりしかいない──黒髪のとてもハンサムな若い男が、ダンサーとともに座っていた。

三人の衣装をまとった女とその男は、笑っていた。何を言っているのかは聞き取れなかったが、その若い男は何かでからかわれているのだろうと思った。

鳥が頭上を通ると、男は立ち上がった。その顔がとつぜん照らされた。男の美貌が、わたしの腹の底をうずかせた。その瞬間、あごひげと古風な輪郭を持ったその男は、隠れて見守る者の前に突然現れた古代の神のように思われた。男はまだ笑いながら、連れの集団に注意を向けていた。わたしの存在には気づいていなかった。

男がひとりの女を指差し、他の二人が拍手してはやしたてた。指差された女は片手を首の後ろに伸ばし、突然裸になった。

「あなたも服を脱ぎなさいよ」女は言った。はっきりした声だった。

男はためらって、バーを見回した。その視線はわたしを通りすぎ、男は向き直ると、つなぎの服を脱ぎ捨てた。両脚はふるえ、脱ぎ捨てた服を椅子の上に投げる仕草もぎこちない。強い自意識が、その動作に表れている。男は裸の女に背中を向け、首を曲げた。女は何か小さなものを、男のカールした黒髪に固定した。

鳥の羽根が男の両肩、腰周り、両脚の外側から飛び出している。金をあしらった白い羽根。それは男の乳首を縁取り、性器を隠し、頭頂部の髪の毛から、舞い散る雪のように飛び出している。

男は自分の体を見下ろし、声を上げて笑った。それから、気取って歩きだし、はやしたてる三人の女に向かって、自分の体を見せつけた。

裸の女は席に座り、他のひとりが突然立ち上がって走り出し、バーカウンターの後ろに回りこんだ。幅広いバーカウンターがいまや通路のように照らされていた。それがステージなのだとわたしは理解した。穏やかなBGMが部屋中を満たし、しっかりと重いビートを刻んでいた。

「自分の力を見せてごらんよ」女は衣装を貸した男に言った。「ほら、あんたの技を見せな」よく自分自身に向けて大声で発せられる酔っ払いの野次を、そっくりに真似る声だった。そして、自分の裸身が身分の高さを示す制服ででもあるかのように、席に座った。

他の二人の女は、椅子をステージに近づけた。「やれ」女たちは言った。「上がるんだ」笑いながら、共犯者同士が喜びを確かめあうように、互いの体に触れた。

男はナーバスになっていたかもしれないが、そぶりには見せなかった。嬉しそうな薄笑いを浮かべていた。羽根は黒い肌と髪の上で輝くように見えた。奇妙な眺めだが、それほど魅力的に見える人物を見たことはない気がした。

突然男は走り出し、カウンターの上にのぼった。ステージへの登り方はぎこちなかったが、すぐに這うようにして立ち上がった。しばらくじっと立っていたが、やがて右手を挙げ、人差し指を立てて挨拶した。それに答えて、一羽の人工鳥が飛んで来ると、男の立てた指に止まった。男が鳥を顔の下に近づけると、逆さまに照らされた顔が悪魔のように見えた。髪の毛の中の羽根は、角のようにも見えた。体の表面を動き回る羽根が、すべてを覆い隠していた。

「ご婦人方」低い声で男は言った。「異国のダンスと、エロティックな技を披露しましょう──わたしはヴェンです!」

そう言うなり、右手を突き出して鳥を飛ばせ、踊り始めた。

わたしは決して評論家タイプではないが、わたしの眼にヴェンは天成のダンサーに見えた。訓練をしていないのは明らかなのに、全く自由自在に踊り、体がとても柔らかく、音楽への反応も素早かった。誘いかける仕草は巧みではないが、効果的だった。男が踊るのを見ていると、わたしの興奮は高まったし、ずれたり落ちたりする羽根の間の眺めから明らかなように、男自身も自分の動きによって興奮していた。

男の踊りが終わる前に、わたしは熱狂的に拍手喝采していた。男の連れの女たちよりも先に。男は驚いてわたしのほうを見た。初めてわたしに気づいたようだった。ステージから降りると、男は真っ先にわたしのところへやってきた。ダンサーたちが男の名を呼び、その能力を褒めているにもかかわらず。

男はわたしの椅子のそばに立ち、わたしを見下ろした。激しく息をしており、顔に光る汗が見えた。そしてかすかに香るムスクのにおい。「一杯おごりましょうか」男は言った。

期待に胸が高鳴るのを感じた。「いえ、わたしのほうがおごります」わたしは言った。「賞賛のしるしに。あなたのパフォーマンスはとてもすばらしかった」

男は眼で笑った。「お互いにおごりましょう。ですが、その前に着替えさせてください──ステージを降りると、この羽根の衣装はちょっと見苦しい」

わたしは男がダンサーたちの席に戻るのを見ていた。ダンサーたちもわたしを見ている。裸の女が微笑んだ。わたしは仰々しくうなずいてこたえた。女は肩をすくめ、向こうを向いた。

ヴェンはつなぎの服を着て戻ってきた。だが、臍より上がむきだしで、裸足だった。男はわたしのテーブルの席に座った。

「大変だった?」わたしはきいた。

「疲れましたよ。でもだからこそ、やるに値することも多い。だからこそ楽しい」男は時間をかけてわたしをためつすがめつした。「あなたは──貿易業のかたですか」

「どうしてわかりました?」

「あなたはここで見かけない人だし、この店はあまり女性客が来ません。ということは、ただ数時間の暇つぶしに来ているだけだろうなと。ここは宇宙港だし、あなたは制服を着ていないし、一人で来ている──」男は肩をすくめた。「ほかにも十いくつの可能性が思い浮かびましたが、貿易業者がいちばん確率が高いし、もし違っていても、失礼にはならないと思いまして」

「そしてあなたは、プロのダンサーではありませんね」わたしは言った。「ここのバーテンですか?」

男は顔をしかめた。「言われたくないなあ」傷ついたように言った。

わたしは笑った。「でもやりたくてしているわけではないでしょう」わたしは言った。「何かもっといいチャンスが訪れるまでのこと。あなたの本当の志望は──芸術ですか?」

「音楽です」男は言った。「作曲家で、演奏もします。客がいれば」前よりも生き生きと、自分のことを語りだした。「実を言うと、ぼくはバーテンじゃないんです。仕事に応募してきただけです──自動式のバーなんだけど、ピーク・タイムには人間の働き手が必要だというんです──ところが、オーナーが来ないんですよ。だから、他の人と話していたんです」

「たぶん、ダンサーの仕事に応募したいのね?」わたしは言った。

「別にどうでもいいんです」男は言った。「あなたがここでぼくを見ていてくれたから」男の眼線は、わたしの体をバターのようにとろけさせた。

「あなたのことを教えてください」男が言うので、わたしは話した。面白い話を選りすぐって。今まで行ったことのある世界を列挙し、様々な冒険をほのめかしたが、わたし自身のことはほとんど明かさなかった。

耳を傾けながら、ヴェンは絶えずわたしを観察していた。話す前に、わたしがどういう反応をするだろうかと推し量っていた。それは外交官あるいは追従者のテクニックだった。わたしはそれに気づいていた。だが、どうでもよかった。男がわざわざそういう態度を取ることが、わたしにいい印象を与えようと必死になるぐらいわたしに気があるということが、むしろ光栄だった。男が音楽について、成功への夢について語ると、男の期待以上にわたしは興味と賛同を示した。男がわたしをからかっているとしても、わたしも同じぐらい男をからかっているのだ。わたしはこの男が欲しかった。そして、絶対に手にいれようと決めていた。

「こちらには、どれぐらい?」男はきいた。

「明日、ハビルに発ちます」わたしは言った。

わたしの予想通り、男は興味を示した。<失われた惑星>について話すと、どんな相手も興味を示す。

「ハビル」男は言って、その名前にこだわった。「一度ハビルをこの眼で見てみたい。ぼくの先生が音楽を学びに、そこへ行ったんです。ぜひ聞いてみたい──<ネットワーク>から切り離されてから何百年の間に、ハビルの音楽がどうなったのかを学びたい。それはとても魅力的です」

「<失われた惑星>の芸術は、あらゆるジャンルにわたって、大きな興味の対象です」わたしは言った。「何か特別な魔法のようなもの、わたしたちから失われた新鮮さがあるのではないかと、考えている人もいます。たしかに、文化的特異性はあります。でも、その真の相違点は、すぐに感じ取れるものではありません。見つけるには時間と根気が必要ですが──見つける価値はないかも知れません。表面的には、事態は既に変化していますから。全てがふたたびネットワークに組みこまれています。たとえ違っているとしても、それはただ深層においてのみのことです。ハビルの人々が過去から受け継いだのは、洋服や道具や娯楽の流行を追い求めながらも、人と違うものを信じ、人と違うことをするということですから」

「でも、相違点はあります」男は主張した。「<遠きウェイスの死せる代弁者>──」

わたしは顔をしかめまいとした。もし本気で男が信じているのなら、邪魔したくないから。「<遠きウェイス>にとって、極めて有利な相違点」わたしは言った。「でも、わたしが考えていたのは、もっと──不特定のことです。もっと一般的なこと。文化全体を通して浮かび上がってくるもの。例えばハビルで、男女が一生パートナーを組むという話を聞いたことがあります。不貞など想像も及びません。一度恋に落ちると、それが永遠なのですよ──それ以下ということはありえないのです」

男はわたしの表情を探った。黒い眼がかすかに穏やかになった。「それに興味が?」

「ええ」

男は微笑んだ。「もしそこに着いたら、結局単に、結婚に対する封建的な気風があって、逸脱した人間は厳罰に処されるということがわかるだけですよ、きっと」

わたしは首を振った。「わたしの聞いたこととは違います。それはもっと──内在的なものです。完全に先天的な。人は生涯に一度だけ、恋に落ちるのです。当たり前すぎて、わざわざ法律に定めるまでもないのです。それに比べたら、むしろすべての人間が呼吸をする権利があると定める必要があるほど」

男はわたしのほうに身を乗りだした。その眼は真剣な興味を帯びていた。だが、男は微笑んでいた。「ハビルの人は、どうしてそんなに違っているのだろう? ほかの人間がただ夢に見て信じるだけで、実際には絶対に到達できない境地に、どうやってやすやす到達できたのか?」

わたしは男に触りたかった。話をするのに疲れていた。辛うじて、もう少し言葉を絞り出した。「きっと、信念の問題なんでしょう」わたしは言った。「わたしたちと違った形の愛を信じて育つのよ。わたしたちはそう思いたくはなくても、どうせうまくいかないだろうと思っているけど、あの人たちは、逆に、うまくいかないと信じることすらできないの。あの人たちは一回だけ恋をし、信念がそれを支える。それを絶対化するの。それ以外のことを想像もできない──想像もできないことは、不可能でしょ」

やがて、もうちょっと酒を飲み、夕食を取ってから、わたしはヴェンに夜のお誘いをした。自分がそれ以上のことを求めるつもりなのを男が知っていることを知りつつ、わたしはヴェンを誘った。ヴェンは承諾し、わたしと一晩過ごすつもりなのだと分かった。


***


わたしはハビルへの旅を死ぬまで忘れないだろう。二人が世界そのものになった、あの孤独で完璧な時間を。船は静かな宇宙を謎めいて堂々と進んだ。わたしたちはお互いのことだけを考えずにはいられなかった。わたしたちは愛をかわし、眠り、食べ、安全な巣穴に心地よく住む二匹の若い獣のように戯れた。誰も邪魔しなかった。外の世界は存在しなかった。ときどきヴェンは自分で作った歌を歌った。わたしは賞賛した。愛に舞い上がったわたしの心に、その歌は最高に完成された音楽に思えた。

ヴェンはわたしに身の上話をした──大半は、つきあった多くの女についての話だった。ヴェンはわたしが嫉妬しないように気をくばり、ただわたしに自分の価値を認めさせることだけに努めていた。ヴェンはわたしほど成功してはいなかった。自分の音楽が人々に認められ、有名な金持ちになる日を夢見ながら、職を転々としていたが、それでもなおヴェンは重要な存在だった。人々はヴェンを見出した。必要とした。わたしに受け入れる気があり、ヴェンもわたしにとって自分が価値があると感じているときには、ヴェンはわたしに、自分を捧げた。

ハビルについたとき、魔法が解けた。

必要に迫られ、わたしは仕事に頭を切り換えた。ヴェンに費やせる時間や注意は少なくなった。ヴェンは自分の立場の変化を喜ばなかった。不機嫌でわがままになった。だが、芸術作品の購入、タペストリや金属食器の輸入などに関してアドバイスを求め、ヴェンを仕事に引き入れようとすると、ヴェンはわたしを睨み、ぼくにも仕事があるから邪魔をしないでくれ、と苦情を言った。いったん全部を手に入れた後では、わたしの関心の一部にとどまるのは不満なのだろう。

ハビルもまた、ヴェンにとっては失望だったに違いない。わたしがあらかじめ告げていたのに、ヴェンは何か異質なもの、エキゾチックで美しく謎めいたものを期待していたのだ。

だが、ハビルは刺激がなかった。印象の薄い文明世界だった。<ネットワーク>からあらゆる文明の利器を急速に取りいれていたが、その様々な流行のどれひとつ、人生を面白くするようなものはなかった。ハビルの人々はほかの世界に全く興味がない──自分の世界と自分の生き方を持っており、それが知っているもののすべて、知りたいもののすべてであった。別の惑星の驚くべき建築技術、観光客向けの奇抜な儀式を取り入れてはいるようだが、ハビルは眼に見えないところで、静かにその文化的相違点を保持していた。表面に隠れてはいるが、異質な点がたくさんあるに違いないと、わたしは疑わなかった。何にせよ、わたしには分からなかった。

人口の大半は、巨大な醜い都市に住んでいた。南半球の大半とひとつの大洋のかなりの部分を占める農業地帯は、機械によって遠隔操作されていた。美しさのかけらもない都市を一目見て、わたしはがっかりしたのを認める──こんな場所で買うに値するものが見つかるはずがあろうか。都市以外にあるものは、ちっぽけで、みすぼらしい村村。岩でできた薄茶色のドーム型の建物のみでできている。まるで平らな地面から噴き出したかのように、周囲の単色の埃っぽい景色の一部になりきっている。美しく見せようと、人間がわざわざ選んで建てた建物のようにはあまり見えない。村村は完全に都市に依存している。住人の大半は、職人や芸術家で、都市の外で生計を立てるために、自分の作品を都市に売ることができる人たちだった。

わたしは最も大きな都市のひとつで数日を過ごすまで、醜いちっぽけな村村の魅力に気づかなかった。その数日を経てわたしは、これらの村がある種の静かな魅力を持っているのに気づいた。村村は、何かを強いることもなく、人ごみもなく、ストレスや人間も少なく、都市のあらゆる喧騒を免れていた。

そこでわたしは、村のひとつに家を借り、そこを本拠地にすることに決めた。そして、地上車を借り、ほかの村や都市を歴訪しながら、買いたいものを探すことにした。このアイデアにヴェンは賛成した。あんな都市では働けないよと、ヴェンは言った──ああいう殺伐とした環境では、集中できない。それに、都市で流れている音楽は<ネットワーク>から繰り返し流される子供向けの感傷的なものばかりだ。きっとどこかの村で、ハビルの本物の音楽に出会えるはずだ、周囲の静寂な環境と調和し、ぼく自身のインスピレーションも刺激するような音楽にきっと出会える、とヴェンは言った。

ヴェンの願いはすぐにかなえられた。

村の埃っぽい中心部に乗り入れていくと、車の音の向こうから、かすかだが高く波打つような音楽の調べが聞こえた。わたしは車を止め、エンジンを切った。静かになると、音楽はよりはっきり聞こえた。その音はわたしの後頭部の髪を逆立たせた。わたしは突然、涙を流したい気分になった。

わたしは手を伸ばしてヴェンの手を取ろうとしたが、ヴェンはわたしを見ておらず、気づいてもいなかった。ヴェンは既に車を降りて動き出していた。音楽の出所を追っていた。わたしは強くまばたきをして、ヴェンを追った。

角を曲がると、黄褐色の蜜蜂の巣のような形をした家の壁に背中をもたれかけている肌の白い男が、フルートの一種を吹いていた。男は眼を閉じ、周囲に無頓着だった。ほかの人たちもわたしたちと同じように、音楽に魅せられ、通りや戸口で立ち止まっていた。

音楽に耳を傾けながら、わたしの肌はぞくぞくと鳥肌が立ち、ぼんやりと恐怖を感じていた。

すると音楽がやんだ。

若い男はフルートを唇から離し、眼を開いた。

沈黙のあと、ヴェンが拍手し始めた。すぐほかの人たちも拍手し始めた。軽く手を叩く音が、埃っぽい空中にこだました。こういう音楽に対する反応としては奇妙だと、わたしは思った。ヴェンが拍手をしなかったとしても、土地の人々が同じように拍手をしたかは疑わしい。だが、失礼な印象を与えたくないので、わたしも拍手した。

ミュージシャンは、周りを見まわしたが、わたしたちをほとんど見ておらず、たった今目覚めたかのようだった。

ヴェンは前に進み出た。「すばらしかった」ヴェンは言った。「あんな素晴らしい演奏は聞いたことがありません。その楽器は何ですか?」

「気に入っていただけて光栄です」ミュージシャンはゆっくり言った。そしてフルートを持ち上げてじっと見つめた。「その栄誉はこのフルート、アレアンのおかげです」

フルートは白く、奇妙に素朴な外見だった。骨のかけらを削っただけのように見える。

ヴェンは手を伸ばし、笛に触れようとしたが、ミュージシャンはすぐにそれを守るように引っ込め、胸に抱いた。

「失礼しました」ヴェンは言った。

男はうなずいて振り返り、歩き出した。

「待って下さい」ヴェンは言った。「また、あなたの演奏を聞きたい」

「またそのうち」ミュージシャンは短く振り返って言い、角を曲がって消えた。

ヴェンは眉を上げてわたしを見た。ヴェンが興奮しているのが分かった。この世界に着いてから初めて、本当に何かに興味を引かれている。それでわたしの気分も少しよくなった。ヴェンとの間の気持ちの溝が、少し癒されるかも知れない。

だがヴェンの興味は、今度は村の住人の一人、戸口に立っている若い女に移っていた。音楽が終わると、聴いていた人の大半はいなくなったのに、この女はまだそこにいた。興味津々と、わたしたちを見ていた。とても可愛い女で、クリームのように白い卵型の顔と、大きな黒い眼と、スリムな肢体を持っていた。

「今の男は、今度はいつ、どこで演奏をするんでしょう? 見当はつきませんか?」ヴェンは女に尋ねた。

「あの男は、魂の導くままにさまよい、演奏をするのです」女は言った。「少なくともあと一週間は、ここにとどまるでしょう。よそからいらっしゃったのですか?」

わたしたちはそうだと言って、自己紹介した。女の名は、ワラ・デュリーンで、音楽を勉強している学生だと言った。

「ぼくも作曲家なんです」ヴェンは言った。「いま演奏した男のことを、どう思いますか?」

「レニ・レアーは偉大な演奏家のひとりです」ワラは簡潔に言った。

「あの笛は変わっていた」

「あの笛は、レニの奥さんなんです」ワラは微笑んだ。「奇妙に聞こえたかも知れませんが──でも、骨でできているのは気づかれたでしょう? あの骨は、奥さんのアリーンのものです。二年前に亡くなりました──レニの人生で最も悲しい出来事でした。後追い自殺すら考えたかも知れません。でも、悲しみとともに生きていこうと決心したのです。いつも奥さんと一緒にいるために、あの笛を作ったんです。奥さんが亡くなる前は、レニは前途有望な作曲家で、優れた演奏家でした。でもいまは──いまレニは偉大です。でもそれはレニにとって、大したことではない。あの大きな悲しみがなければ、レニは今日演奏したあの素晴らしい曲を作れなかったでしょう。奥さんの愛がなければ。亡くなった後も、笛や音楽の形で、奥さんとずっと一緒にいなければ」

「すばらしい」ヴェンは柔らかい声で言った。「それほど深く愛するなんて──」ヴェンはわたしの存在を忘れて、じっとワラを見つめていた。わたしは、ヴェンに対して支配的な態度を示したくなる自分を抑えねばならなかった。そんなことをしても、ヴェンはわたしを振り払うだけだと分かっていたから。ワラがヴェンに微笑み返すのが見えた。ワラのクリーム色の頬が赤らむのが見えた。わたしは腹に一撃を食らったように、ひそかに裏切られたという感覚を持った。

「いつか、あなたの音楽も聞いてみたいのですが」ヴェンは言った。「お返しに、ぼくの歌も聞かせてあげますよ」

「素敵ですね」そう言って、ワラは眼をそらした。そして、家の中に少し引っ込んだ。

「ヴェン」わたしは言った。「もう行かないと。車を置きっぱなしよ──」

「またお会いしましょう」ヴェンはワラ・デュリーンに言った。


***