SF百科図鑑 ケンタウリ装置 第1章


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ケンタウリ・デバイス The Centauri Device M・ジョン・ハリスン


第1章 トラック、タイニイ、アンジナ・セン


サド・アル・バリ四号星、聖クリスピン祭前夜。「感情」と呼ぶほかない何物かにつき動かされ、ジョン・トラック船長は、プロトン・アレイとサーキット(高級娼婦たちが客を探す、あの肌寒いターミナルのことだ)の角にある音楽酒場、<宇宙飛行士の興奮>(スペイサーズ・レイヴ)をたずねることにした。

「少なくとも二週間は、荷物を受け取るんじゃないぞ」<わがエラの速度>(マイ・エラズ・スピード=MES)号を出る準備をしながら、ボスン(甲板長)に言った。「特に野菜の種はだめだ。どんな形のものであれ、おれは金輪際、宇宙にかぼちゃを投げるのはごめんだ」

「何のかぼちゃですか?」甲板長が言った。フィックスという名のクロミア人のチビだ。やつは斧の扱いがうまい──少なくとも本人いわく──ただし、おつむは弱い。

「かぼちゃはお前の頭だよ」ジョン・トラックが得得と言った。「子供たちは、お前が歯にやすりをかけるのと同じ理由で、かぼちゃをかぶるんだ。忘れんな、野菜の種はご法度だ」

ゆっくりした振動とともに、船を止めた。

ブレッド通りと東地区経由で、小路に着いた。湿った風が長髪をからませる。肩を丸め、うんざりだといわんばかりにこうべを垂れた(誰もが多かれ少なかれそうだが、実際のところうんざりしていたのだ)。ぴっちりしたワニ革のコンバット・ジャケットと大きなレザー・ハットは、銀河系にかかわる疑わしい過去をはっきり示していた。

空港からサービスエリアまでの通り一帯で、ギャンブラーや大道芸人が活動している。緑の街灯の中で、奇妙な道具が光を放っていた。連中は声をかけてきたが、無視した。こういう連中は前に見たことがある。百もの惑星の夜の風を浴びて、長く理解の及ばぬ未来に怯え、寒さに震えていた。千もの港の黒い辺境地で、じっと時間が来るのを待っていた。どいつもこいつも似たような油で汚れたドアや公園のベンチやガラクタの中にやがて帰って行くか、もしくは夜明けまで空圧システムの上で過ごすんだ。こういう陳腐な負け犬どもには同情を感じない。なぜって、自分に似てるから。無目的ないかれた心、負け犬の匂い。心の準備が調う前から反応を要求する──仲間だと認めろと。

こいつらのせいで不愉快になるっていうわけじゃない──慈善の心に欠けてるわけでもない。ただ、空しいだけだ、心が満たされないだけのことだ。

ケインズ・ヴェナティシ事件の狂乱が始まりと同じような使い古しの外交戦術で終わりを告げて一年後、船団から復員してからというもの、空中を飛びまわって働いた。三次元をまたにかけてゆるやかなアルキメデスの螺旋を旅し、ヴェナディシからクロウや<へヴィ・スターズ>(重き星団)を通ってきた。グロームやパロットの航路を半分方飛び、ジャクリン・ケネディ空港ターミナルに道路を造った。革命歌を歌い、興奮剤のメタアンフェタミンをモルフェウスの深夜労働者に配った──やがてその星を分断することになる暴動に何らかの意味で関与したせいではなく、単にそこで足止めを食らい、文無しになったせいだが。

五年後、とうとう地球にいた。誰もが最後は流れつく場所。イスラエル世界政府の重化学工場の機械警備の仕事。アラブ人一人撃つごとに、結構な報酬がもらえた。だが十分ではなかった──薄汚れた仕事の割には。誰かが銃を撃つたびに自分がズボンを濡らしているのに気付いた(実をいうとこの話はすぐに使い古しになったのだが、相変わらずトラックは同じ調子で話してきかせた──特に空港の女には)、そして、自分の中にあると考えたこともない野獣性の片鱗を無理に奮い起こそうとした。そんな馬鹿げた戦争もどきに、何のやる気も感じなかったんだが。結局、あまりに恐ろしくて、誰の助けもなしに心理的作戦を遂行せねばならない状況に耐えられなくなった。その仕事は放り出した。ただし、いつもどおりの優柔不断なやり方で。こっそり抜け出したのだ。

懸賞金を貯金してMES号を買っていなければ(その時点では<自由の力>号という名前だったので、どうしたものかと頭を掻いたものだ)、復員の日からサドアルバリ第四星までの七年は、港の郊外で終わっていただろう。角張った親指で安物の楽器を爪弾き、ハットを本来かぶるべき頭の上にはかぶらず、裏返しにしてパンをその中に入れてもらうような生活で。

船を買ったことですら、その当時にしてみれば偶然の僥倖のようなものだった。飲みつけぬエタノールのせいで──その当時はまだ、地球で合法的に飲める唯一の<多幸>酒だった──脚はふらつき、頭はふらふら、げらげら笑いながら、禁酒地区のどこぞの取り壊し業者の敷地に足を踏み入れていた。それから、己が何に金を使ったかに気づいたときには、すっかり酔いつぶれていた。ジョン・トラックは負け犬であり、負け犬たる者、自らの不運が証明されているにもかかわらず、運にすがって生きるのだ。もっとも、そのときトラックが自分のことを幸運だと思ったわけではない。なにしろ、錆び付いてねじくれたくず鉄の山に背中をもたせかけ、頭の中がぐるぐる回っている状態だったのだから(そしてこう思った、ああ神様、おいらはこいつをどうすればいいんでしょう?)。

成り行きに流されることを拒絶する術をいつまで経っても学ぼうとしないのが、この男に特有の悲劇だった。宇宙船の操縦法も学ぼうとしなかった。(つづく)