SF百科図鑑

Thomas M. Disch "334"

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December 29, 2004

Thomas M. Disch "334"

Thomas M. Disch バドリスで挫折したので、気分を変えてディッシュ。これもプリングル100選に入っている。サンリオSF文庫で邦訳があるが古本相場が7000円を超えるため原書を購入し積読だった。ちょうど短編集「アジアの岸辺」が出たところでもありタイムリー。アジアの岸辺も334とキャンプコンセントレーションを読んだら年明けにでも買います。

粗筋追記2005.1.8


334/トーマス・M・ ディッシュ


ソクラテスの死
-THE DEATH OF SOCRATES-



アリストテレスの心理学によれば、知性が宿る場所であるという、肝臓全体に、鈍い痛み、一種の空虚感があった。誰かが胸の中で風船を破裂させたような、あるいは自分の体が風船になったような感じだった。デスクに張り付いていると、その痛みが彼をとらえて離さなかった。それは、彼が何度も何度も、舌や指で探ってみなければならない風船ガムのようなものだった。そうはいえ、病気だということと全く同じではなかった。それには名前がなかった。
オーレンゴールド教授がダンテについて話していた。つまらん、つまらん、つまらん、1265年に生まれましたとさ。1265年、と 彼はノートに書いた。
このベンチにずうっと座っていると脚が痛くてしょうがない&&明白に、何かがあった。
そしてミリイ&&それはこれ以上ないくらいに明白なことだった。
ぼくは死ぬかもしれない、と彼は(はっきりした考えではなかったにしろ)思った。ぼくは悲嘆にくれて死ぬかもしれない。
オーレンゴールド教授が多彩色の絵に変わった。
バーディーはひざを硬直させ、股を密着させたまま、通路に両脚を伸ばした。そしてあくびをした。ポカホンタスがしかめつらをして見た。バーディーはにやっと笑った。
オーレンゴールド教授が戻ってきた。「たわごとだらけのローシェンベルク、そして、つまらん、つまらん、ダンテが描く地獄は永遠です。我々一人びとりが魂の奥底に、秘密の地獄を持っているのです」
くそったれ、とバーディーは極めてはっきり考えた。
何もかもがウンコの積重ねだった。彼はノートに「くそったれ」と書いて、立体文字にしたあと、注意深く両手で隠した。まるでこれは本当の教育ではないように思われた。<総合研究学部別館>は、いつもバーナードの学生がギャグのネタにしていた。ミリイがそう言っていた。何かの苦い薬だかに塗り付けた砂糖。チョコレートでコーティングしたウンコ。
次にオーレンゴールドはフローレンスとポープ一族の話をしていた、そしてまた彼は姿を消した。「はい、聖職売買とは何ですか?」と監督官が尋ねた。誰も自分から発言しなかった。監督官は肩をすくめて、再び講義に戻った。誰かの足が燃えている写真。
彼は聴いていたが、全く意味をなさなかった。実際には彼は聴いていなかった。彼はミリイの顔をノートに描こうとしたが、それほどうまく描けなかった。頭蓋骨以外は。彼は、頭蓋骨と、ヘビと、鷲と、ナチの戦闘機は、実にうまく描くことができた。多分彼は美術学校に行くべきだった。彼はミリーの顔を、長いブロンドの髪をした骸骨に変えた。気分が悪かった。
胃がむかむかした。多分、熱い昼食の代わりに食べた棒つきアイスキャンデーのせいだ。彼はバランスのとれた食事をとらなかった。失敗だ。彼の生活の半分は、食堂で食事して、寮で眠るというものだった。地獄の生活だった。彼には家庭生活が、規則正しい生活が必要だった。気持ちのいい、安定したセックスが必要だった。ミリイと結婚したら、ツインベッドを買おうと思った。全部を自由に使える二部屋のアパートを買おう、と思った。そして一部屋には、2台のベッドだけを置くのだ。彼はミリイが、かわいらしい小さなホステスの制服を身につけている姿を想像した。それから目を閉じて、頭の中で、ミリイの服を脱がし始めた。まず右胸にパンナムのロゴが入った小さな青いジャケット。次に手をさっと腰にまわして、ジッパーをおろす。スカートは、滑らかなアントロンのスリップの上を滑り落ちる。スリップはピンク。いや&&黒で、レースの縁取り。ブラウスは、ボタンのいっぱいついた古風なデザイン。そして、ボタンを一つ一つ外す様を想像しようとしたが、ちょうどそのときオーレンゴールドが、くだらないギャグをかまそうと決めたところだった。はっはっは。見ると、去年「映画の歴史」の講義で見たエリザベス・テイラーがいた、巨大なおっぱいと、青いひものような髪の毛が目の前にあった。
「クレオパトラと」オーレンゴールドが言った。「 フランチェスカ・ダ・リミニはここにいました。彼らの罪状は一番軽かったのです」
リミニはイタリアのどこかの町で、今またここに、イタリアの地図があった。
イタリア、シタリー。
ええい、いったい何でまた、こういうくだらんことに注意を払わなきゃならんのだ? いつダンテが生まれたかなんて、知ったことか。多分、一度たりとも生まれてねえよ、そんなやつ。だいたい、それが彼、バーディー・ラッドに、何の関係がある?
皆無。
彼は即座に教室を出て、オーレンゴールドにその質問をするべきだった、真正面からぶつけてみるべきだった。だが、テレビスクリーンに話しかけることはできない、それこそオーレンゴールドの正体&&点滅する光点。彼はそれ以上生きられなかった、と監督官は言っていた。もう1本のくだらないカセットの中にも、もう一人のくだらない死人の専門家。
くだらねえ。ダンテ、フローレンス、「象徴的な処罰」(信頼のおける年嵩のポカホンタスが、信頼のおけるノートに書いたところによると)。今は、くそいまいましい中世ではない。今はくそいまいましい21世紀なのであって、彼はバーディー・ラッドなのだ。彼は恋をしており、孤独であり、失業中だった(しかも、就職の見込みは恐らくなかった)。そして彼がなし得ることは、くだらないことも含めて、何一つなく、このうっとうしい悪臭にまみれた国のどこにも、彼が行くべき場所は一つとしてなかった。
もし万一ミリイが、もう彼を必要としなかったら?
彼の胸の中で空虚感が膨張した。彼は、想像の中で、ミリイのブラウスのボタンを、その下の温かい肉体を考えることで、その空虚感を吹き払おうと努めた。ほんとうに気分が悪かった。頭蓋骨の絵を描いたノートのページを引きちぎった。半分に折った。そしてきちんと折り目に沿って破った。彼はこれ以上破れないぐらい小さくなるまで、この作業をくり返した。それからシャツのポケットに押し込んだ。
ポカホンタスが醜い笑みを浮かべて彼を見ていた。その笑みは、壁のポスターに書いてあるのと同じことを語っていた。「紙は貴重です。無駄使いはやめましょう」ポカホンタスを動かすスイッチは「エコロジー」だったが、バーディーはまさにそのスイッチを入れたのだった。彼は卒業試験のために彼女のノートを当てにしていた、だから彼は、愛想よく、許してくれと笑いかけた。彼は非常にすてきな微笑みを持っていた。皆がいつも、彼はなんと明るく、温かい微笑みを持っていることかと言っていた。彼の唯一の深刻な問題は鼻だった、彼の鼻は低かった。
オーレンゴールドの姿が、この履修課程のロゴマーク(正方形と円の中に裸の男がいる)にとって代わられると、自分自身ろくろく聴いていたはずもない監督官が、何か質問は?と尋ねた。誰もが驚いたことに、ポカホンタスが立ち上がって、何かを早口で言った。何と言ったのか? ユダヤ人のことさ、とバーディーは思った。彼はユダヤ人が嫌いだった。
「もう一度、質問をお願いできます?」と監督官が言った。「後半が聞き取れなかったので」
「えっとその、もし私のオーレンゴールド博士に対する理解が正しければ、最初の一団は、洗礼を受けていない人たちのためだった。彼らは何も悪いことをしていない、ただ早く生まれすぎただけだと」
「そうね」
「ええと、それは公平じゃない気がするんです」
「ええ?」
「つまり、私は洗礼を受けていないんです」
「私もそうですわ」と監督官が言った。
「そうだとすると、ダンテによれば、私達は、一緒に地獄に行くことになりますね」
「ああ、そうですね」
「それは不公平なんじゃないですか」彼女の泣き言は、ネズミの鳴き声のように甲高くなった。
ある者は笑い、ある者は席を立ち始めた。監督官が手を上げた。「テストをします」
そう言うや否や、バーディーがうなり声をあげた。
「要するにですね」ポカホンタスは主張し続けた。「もし、彼らが生まれたことが誰かの間違いであるというのなら、紛れもなく、神自身の間違いであるはずなんです」
「いいところに気がついたわね」と監督官が言った。「あなたの質問に対する答えがあるのかどうか、私にはわかりません。どうか、お座りください。これから、簡単な理解力テストを実施します」
二人の年老いた監視員が、マーカーと答案用紙を配り始めた。バーディーのいやな気分の原因は特定された。おかげで、他のみんなと苦難を共有する理由ができた。
ライトがうす暗くなり、最初の多肢選択式問題がスクリーンに現われた。第一問「ダンテ・アリゲルティの生まれた年は((1)1300年(b)1265年(c)1625年(d)不明)である。」
ポカホンタスは自分の答えを両手で隠していた、あの犬め。それで、くそったれダンテはいつ生まれたんだっけ? 彼は自分のノートブックにその日付を書いたことを覚えていた、しかし何日であったかまでは覚えていなかった。彼は4つの選択肢をもう一度見た、しかし、スクリーンの上には既に第二問が表示されていた。彼は(c)の空欄に急いでマークし、それから、その選択は不運な結果に終わるように漠然と感じたので、いったんそれを消した。しかし結局彼はその欄をチェックした。
第四問がスクリーンに表示されていた。そこから彼が答えを探さねばならない四つの選択肢は、全て見たこともない人名で、問題文自体、全く意味が分からなかった。気分を害した彼は、全ての問題の答えを(c)欄にマークして、答案用紙をドアの脇に陣取った監視員に提出したが、いずれにせよ、試験が終わるまで室外に出してはもらえなかった。彼は、答案用紙に書いた間違った答を消しゴムで消している、他の愚かな間抜けどもをにらみながら、そこに立っていた。
ベルが鳴った。誰もが、安堵のため息をついた。


334東11番街は20ある居住ユニットの一つだったが、これらのユニットはみな無個性でよく似ていた。最初の「連邦 MODICUM プログラム」に従って、<前緊縮政策期>の、豊かな80年代に建造されたものだった。一番街を出た目の前にあるメインエントランスは、アルミ製の旗竿と住所を書いたコンクリートの浮き彫りに飾り付けられていた。それにしても、建物のほうは簡素だった。

***

以下略。主人公のエッセイは落選し、ミリイと別れ軍に入るというオチだったと思う。ここまで既読なので、その続きから読む。

遺体

アブは霊安所に勤める医者で、チャペルは病院の運搬夫だった。今日も配給の食事がなくなるまで働き、部屋に戻った。
***
アブは三体の遺体を処理し一週間で115ドルの稼ぎだった。彼はレダと住んでいる。帰りがけに市場に行き、もと看護婦のミセス・ガルバンからサポジトリーを相場の倍で買った。


アブは戸口から体重二一四ポンドの妻を眺めた。皺になった青いシートが脚と腹に巻きつけられているが、胸は垂れていた。「あのおっぱいが、今日の受賞者だ」アブは愛情深く考えた。彼が今もレダに対して持っている感情は、全てその一点に集約されていた。それは、彼が妻の上に乗るときに妻の得る快楽の全てが、もみしだく両手や、噛みつく歯による刺激に負っているのと同じだった。だが、彼女の体のうちシーツを巻きつけた部分は、全く無感覚だった──時々感じる痛みを除いては。
しばらくアブに見つめられて、レダは目を覚ました。虫メガネで光を集められた枯れ葉が、次第にくすぶり始める様にそっくりだった。
彼は座薬の包みをベッドの上に投げた。「君にだよ」
「あら」レダは包みを開き、円筒のロウの一つを疑わしげに嗅いだ。「あら?」
「ディローディンだ。市場でミセス・ガルバンに会ったのさ。彼女、ぼくが何か買うまではへばりついて離さないからな」
「一瞬、あたしの口座につけたんじゃないかと心配したわ。ありがと。もう一つの包みは、結婚記念日用の浣腸器か何か?」
アブは、ベスに買って来た鬘を見せた。今は廃れたテレビの連続ドラマのエジプト人風髪型に似せようとしているが、四親等もかけ離れた、つまらないイミテーションだった。レダの目には、クリスマスプレゼントの箱のいちばん底でひしゃげているような品に見えたが、娘もそう思うに違いない。
「あんたってひとは」彼女はいった。
「まあその、近頃の子供はこういうのをつけてるのさ」アブは自信なさそうにいった。もはや彼自身にもそう思えなかった。彼はそれを寝室の窓辺の日光にさらし、ピカピカ光るように振ってみせた。金属のひもが互いに軽くこすれあう音を立てた。
「あんたってひとは」また彼女はいった。彼女は困惑のあまり、何てことに金を使うのよ、と危うく問いただすところだった。
(以下略。多分夫婦げんかするんだろう)
***
口論になり、アブは鬘を投げ捨てる。そして喧嘩のドサクサでセックスを始める。終わったところへ末っ子のビーノが来て電話だという。ジュアンからで、メイシーがボビ・ニューマンを探しているという。アブは慌てて出かける。ニューマンを買い戻す必要がある。
***
だがホワイトのオフィスにいってみると、既にニューマンの遺体は解体され頭がなくなっていた。アブはホワイトの話も聞き流し立ち去った。
***
チャペルはルシーという男と同居しているが滅多に顔をあわせない。病院から戻ると彼は(ちなみに家賃とテレビ代は彼持ち)テレビドラマにかじりついた。そこアブがやってきて、なくした死体の代わりになるものを見つけてほしいといってきた。しぶしぶチャペルは応じた。


マルチネスはとっさの判断でメイシークリニックに別人の遺体を渡したが、すぐにばれて、抗議の電話がきた。アブは電話でニューマンの遺体を準備すると請け合ったものの、手段は一つしかなかった。チャペルに頼んだやり方だった。
***
この日は2022年4月14日であったが、タイムズ紙の編集者ジョエル・ベックは66年ぶりにベルビュー病院に死者なし(現時点)という中間記事を見て、掲載を検討し始めた。
***
SLE患者のミス・シャウプに対し、急遽手術が施された。眠い目をこすりながらチャペルも参加した。
***
アブはジョエルの取材を受け、困惑、そこへメイシークリニックのドライバーがきた。とっさの判断で、ドライバーに取材させることにした。チャペルはシャウプの死を連絡してきた。
***
アブは苦労してシャウプの遺体を下に運んだ。
***
死者の報に記事をふいにしたジョエルは、報道すべきものを探して手近な診察室に入り、外を眺めた。


チャペルは少年をカートで手術室に運ぶ途中、具合が悪くなりトイレで血を吐いた。
***
アブは同僚とポーカー。
シャウプの体をノーマンのと入れ替え、IDタグを入れ替えてごまかしたことを思いだしていた。遺体は冷凍されるらしい。いずれ治療法が開発されてシャウプが蘇ったら? 考えても詮無い。

後期ローマ帝国の日常生活

アレクサは隣人のアーカディウス老人とその連れかえった妻テベスとともにメロン畑にいた。この老人はエジプト旅行でプラトンの演説を聴き、予言の証拠に木材を石に変えたといってポケットから石を出した。アレクサはマンションの自室に戻る。ゴミの順番待ちをして自分のゴミを出す。包んだ新聞紙の飛行機盗難記事が目を引いた。それから共用オーブンの順番を待った。手紙を取りに行き、古典ジャーナルの最新号を見たが内容はいまいちだったので、妹のルースの手紙を見た。彼女はヴィレッジの生活に満足しているので出る気はない、ぜひ家族で来てほしいという内容だった。
アレクサはここの生活に退屈して、古代ローマなどの生活に憧れていた。息子のスタイベサント高校の入試書類なども来ていたが、内心落ちればいいのにと思った。ルースもスタイベサントにはいれたくないと書いていた。
ウィラがオーブンのパイを取りに来た。少し話したが相変わらずスノッブで取りつく島のない女だった。
ロレッタが来る予定だったが延期の電話があった。
やがて、タンクが帰宅し、G(夫)が帰宅した。Gとは初婚時と違いシステムがめあわせた相手だった。
アレクサはGとベッドに入り、街路を通って捨て子の死体の脇を通り、メットに行き、世界の終末を待つ夢を見た。


アレクサは翌日、訪ねてきた旧友のロレッタと外に出て、ロレッタの勤める学校に行き、ロレッタから、奨学生の推薦をして欲しいと依頼を受ける。財団の寄付を得るために必要だというのだ。アレクサが福祉局のケースワーカーをしているので、優秀な子供を見たら推薦して欲しいという。
ところでアレクサは、息子のタンクを今の学校からもっといい学校に入れたいと思っており、ロレッタの勤める学校にも願書を出していた。実は夫のGの母校にも出していたのだが、これは夫が反対していた。まだ合否の連絡はなかったが、学費は安いものの、校風に夫が難色を示していたのだ。熱力学の技術者である夫は内心自分の人生を無駄と感じており、息子に同じ思いをさせたくなさそうだった。アレクサとしては、学校生活は楽しかったけれどももっと専門技術を身につければよかった、人間性教育なんて糞食らえ、と思っている劣等感の強い人間なので、せめて技術教育だけでもと思ったのだが。そんなわけで夫と話しあった結果、ロレッタの勤める学校がいいという話になったのだ。
アレクサは、ロレッタと久々に旧交を暖めた。


(マック)


絶滅した真珠から採れるドラッグを使用すると、PURE WILLへトリップできる。歴史の知識を増やすことでよりディテールのリアリティを高めることが出来るのだ。&&(ドラッグの説明)
しかし、アレクサの人生は80年、334地区周辺に限定されていた。
***
アレクサがバーニーの事務所に行くと、泥棒に荒らされた形跡があった。しかし、バーニーは更に奥の完全防犯のオフィスに入った。そこでアレクサは、数日前に見た、世界の終末のために自分が生贄にされる夢を話した。赤児の死体が散乱し不快に思ったこと。そして息子をスタイヴェサントに入れることにし、小切手同封で願書を出したことを告げると、バーニーは、「それが夢の理由だ。君は体制を維持するために自分を生贄に捧げた。赤子は、君の子供だよ」アレクサは否定した。


アレクサはある掃除婦・乞食の女性、レヴィンにアパートの権利に関する書類への記入を求めに行くが、物乞いをしているのは娘のメリールーだった。母親は4時まで戻らないらしい。待つか、それとも17階まで上がるか。明日までにM28がブレイクを立ち退かせることが出来なければ、レヴィンは部屋を失う。そうなればアレクサの過失だった。
***
アレクサがマンションを上っていくと、ロティ・ハンソンと会った。過激派が飛行機でニューヨークを爆撃しているらしい。盗まれたあの飛行機だろうか。今まで誰も思いつかなかったのが不思議だった。子供達が見物しようと嬉しそうにかけ降りていった。最初に爆撃されたのは博物館のメットらしい。夢に見た場所だ。アレクサは防壁の上に上がって見物しようとかけ上った。
***
アレクサは自らが夢に見た生贄の巫女になりきり、屋上を踊り、天上を霧の中旋回する戦闘機を闘牛に、あるいは十字架に見たてて、自己を受けいれよと切望する。だが、戦闘機は一度近づいたあと、霧の中に去ってゆく。
歴史に身を捧げたが、拒否されたと思ったアレクサは、失意のうちに戻る。


軍の勝利宣言後、メリアムとアーカディウスは徒歩で家に戻った。コックとテーベの少女は解放した。途中、道が切れていたので、アレクサの畑を通ることになった。野人の姿がどこにも現れなかった。アレクサは知っていたのか? 神はなぜ敵に救いの手を差し伸べたのだろう。しばらく行くとメロン畑に死体が積まれていた。腐ったメロンの匂いと混じっていた。
***
ロティがアレクサを探しに上がってきた。飛行機はモディカムプロジェクト、つまりアレクサの勤め先に落ちたらしい。二人の技術者以外偶然にも誰もいなかったそうだ。アレクサはアンパロという少女をロウエンスクールに推薦したいと告げる。自分の息子も入れることにした。二人はハンソン夫人を訪ね、テレビニュースを見る。奇跡的に助かった少年の母親が理解しがたいことを話していた。

第4話 解放:きたるべき時代のロマンス
第1章
ボズが早朝のバルコニーに出て景色を眺める。ここでは時々、階下で小学生が下らない子守唄を歌っているのが聞こえる。ボーイングが西からきたら嬉しいのに東からきたというしょうもない内容だが、東西の方角を教えるという限りでは役に立つ。ボズ自身南北の違いが分からず、アップタウンとダウンダウンで覚えればいいのにと思っていた。山の手のほうが好きだが、下町のMODになりたくはないにしろ、それと人間の価値とは関係がないことも分かっている。おふくろもそうだった。
タビイキャットもボズと同じく外気が好きで、よくここで手すりから身を乗りだして景色を見る。ボズはタビイの喉を撫でながらミリイのことを思いだす。
ボズは朝が好きだ。昼になると建物の影になって日が当たらない。肌を焼くことすら出来ないので、他にやることを探す必要がある。一時、テレビのクッキング番組にはまったこともあるが、野菜の出費が倍になっただけで、ミリイは誰が料理を作ろうがどうでもよさそうだった。クリスマスに買った調理器具が使い道なくただのお飾りになっていた。調味料の名前がバレエのおとぎ話みたいに浮いていた。それを見ると、バレリーナ姿の姪、アンパロ・マルチネス(注・第三話で主人公にスカウトされた少女)の姿が目に浮かんだ。そして彼は運命の恋人、バジル役か。
あとは読書。ノーマン・メイラーとジーン・ストラトン・ポーターが好き。全部読んでいる。だが最近はちょっと読むと頭が痛くなり、仕事から帰ったミリイにやつ当たりする。
4時にはテレビでアートムービー。電気マッサージと、時にはオナニーをする。全視聴者がこの番組の同じ場所で抜いたら、ザーメンのプールができて泳げるぞなどとバカなことを考える。
その後、ソファに寝そべりながら、「何かが欠けている」と考える。
おれたちの結婚にはロマンがない。それが原因だ。まるで椅子の空気が抜けるように少しずつ消えていった。そのうち、妻が離婚を本気で口にしかねないし、ベッドで妻の首を締めるかもしれない、まずいことがいつ起こっても不思議でない。
本当に恐ろしいことが。
***
ボズとミリイのセックス場面。ボズがミリイの股間に顔を埋め舐め始めたところで、ミリイが「やめて、バーディ(注・第一話の軍隊に入った主人公。ミリイはその在学中の恋人)」といい、ボズはなえ、やめてしまう。ミリイはそんなつもりじゃなかったという。バーディは前の男の名だ。ボズはすっかりやる気をなくし、服を着てしまう。ミリイはバーディのことなどここ数年考えたこともない、死んだはずだと言う。結局口論になり、ミリイは出て行くといいだす。ボズは、親父のところに行ってバーディの冷凍死体でも使えといい、ミリイ、更に怒る。ボズは仕切りを超えて反対側の部屋に行く。
「何を書いているの?」とミリイ。
「詩さ。さっきやりながら、そのことを考えていたんだ」
「あーあ」ミリイはブラウスのボタン穴を間違えた。
「何だと?」ペンを置く。
「違うわ。ボタン。詩を見せてよ」

ちんちん(刺)は人の鼻(ノーズ)
おまんこは薔薇の花(ローズ)
可憐な花弁が落ちる様を見よ

「まあカワイイ」ミリイは言った。「タイムに投稿しちゃえば」
「タイムは詩なんか載せないよ」
「じゃあどっか載せるところに。カワイイもん」ミリイの好む褒め言葉は三つ。面白い、カワイイ、イイ。機嫌を直したのか、それともこれは罠か?
「カワイイってことは、一ダースで一ダイム(注・英語の慣用表現)。つまり安っぽいってことだ」
「わたし、ただ喜ばせようと思っていっただけなのに。なによ」
「ならもっと勉強しろよ。どこ行くんだ?」
「外」眉をしかめながら玄関で立ち止まる。「わたし、愛してるのに」
「ああ、おれだって愛してるよ」
「一緒に来る?」
「疲れてるんだ。やつらによろしく言ってくれ」
ミリイ、肩をすくめ出ていく。ボズはベランダから、一度も顔を上げず歩いていくミリイを見送る。
問題は、俺たちは愛し合っているということだ。それなのになんでいつもこんな風になるんだろう。罵りあった挙句に、別々の行動をとるのだろうか。
疑問などもうたくさんだ。ボズは洗面所に行き、オラライン(経口の何かの薬?)を3錠飲む。そして廊下を見ながら泣きだす。
***
ボズ&ミリイ・ハンソンは、幸福かつ不幸に一年半の結婚生活を送ってきた。ボズ21歳、ミリイ26歳。二人は同じモディカムビルの反対側に住んでいたが、年の差ゆえ、三年前まで互いに知らなかった。ところが知りあうや否や、互いに一目ぼれした。肉体から仕草まで全てがベストマッチ。例えて言えばこんな歌。
ぼくはきみだし
きみはぼく。
ぼくたちは
同じコインの
両サイド。
三年経ってもボズは未だに初めて寝た夜と同じぐらい、ミリイに燃える。それが愛でないなら愛の意味自体が理解できないとすら思う。
むろんセックスが全てじゃない、ミリイにとってセックスは大した意味がない、ただの日課に過ぎない。それとは別に二人は魂で結びついていた。ボズ自身がどっちかというとスピリチュアルな人間だ。スキナー・ワクスマン式創造性テストで一〇分以内にレンガの使い道を131通りも思いついたぐらいだ。ミリイはといえば創造性テストでは負けるものの、IQテストでは136で、ボズの134より少し高い。またリーダーシップが非常に高い。ボズのほうは自分の意に反しない限り、フォロワーの地位で満足するのだが。結果として誰もが二人をベストカップルと認めた。
なら、なぜ? 嫉妬か? そうではないと思うものの自信はなかった。無意識に嫉妬しているかもしれない。だが、誰かがセックスしているとしても、愛のない機械的行為である限り、嫉妬などありえない。それって、ミリイが誰かに話しかけるのに目鯨立てるのと変わらない。それにおれだって、他の女とセックスしたことはあるが、ミリイは平気だった。いや、セックスの問題じゃない、もっと心理的な何かだ、そうなってくると、あらゆる可能性が考えられる。考えれば考えるほど気分が滅入る。時々自殺を考える。剃刀を買って、「裸者と死者」に隠した。口髭を伸ばした。それから剃り落として髪も短くした。それからまた髪を伸ばした。九月に始まり、三月になった。ミリイは本気で離婚したいといった。もうだめだ、おれのいじめにもう耐えられないと。
おれがいじめてるって?
「そうよ、朝から晩まで、いじめ、いじめ、いじめ」
「でも、君は朝早く出かけて、夜まで戻らない」
「ほら始まった! またいじめよ! おおっぴらにやらなくても、黙ってやることもある。ディナーからさっきまで、一言も口をきかなかったじゃない」
「本を読んでたんだよ」おれは本を振って見せた。「おれは君のことを考えてすらいなかった。それとも、おれがいること自体がいじめだとでもいうのか」悲しくてたまらないとアピールするように言ってやった。
「そうよ、あなたはそれができるし、現にそうしてる」
おれたちは疲れきっていて、もはや口論だけでは面白くなかったから、それを無理やりエスカレートさせなきゃならなかった。挙句の果て、ミリーは金切り声を上げ、おれは泣きだし、棚に荷物を押しこんでタクシーに乗せ、東11番街まで行ってしまった。おふくろがおれを嬉しそうに迎えた。おふくろはロティと喧嘩していて、おれに味方してくれといった。おれはリビングの昔のベッドをあてがわれ、姪のアンパロは姉貴と寝なきゃならなかった。ミセス・ハンソンのタバコの煙のせいでおれはますます気分が悪くなった。ミリイに電話したい誘惑を絶ち切るには、それに耐えなきゃならない。シュリンプは出歩いて戻らず、ロティはオララインでラリって寝ていた。こんなの、人間の生活じゃないよ。
(以上、ボズの一人称に変えての抄訳に近い要約)

第2章
〈聖なる心臓〉が金色の髭とピンクの頬とやたらに青い目で、一二フィートの生活スペースににらみをきかせ、窓の外の黄色いレンガの細長いくぼみを見ている。その横に、保守会社のカレンダーがちかちかと、グランドキャニオンの過去と現在の映像を交互に表示している。おれは、イエスの顔もグランドキャニオンも見たくないから顔をそむける。小物箱は左に傾いている。ミセス・ハンソンは脚の壱本折れたソファを修理したがって久しい(334に引っ越したとき、福祉局の連中がぶっ壊した)。家族やミラー夫人(注・第三話の主人公)と話しあったが、修理はものすごく大変だと分かって、とりあえず先伸ばしにしていた。
甥っ子、ロティの一番下の餓鬼が、テレビで戦争ものを見ている。こんなに遅くまで寝ていたのは、珍しいことだった。米軍ゲリラが今日もどこかで漁村を焼き打ちしている。その映像をカメラが拾っていた。すげえな。再放送かな? 前に見たことある気がする。
「やあ、ミッキー」
「やあ、ボズおじさん。ばあちゃんからきいたよ、離婚したの? またここで暮らすの?」
「ばあちゃんは血抜きの薬でも飲んだほうがイイよ。おじさんはここに二、三日いるだけさ。ちょっと戻ってきただけだよ」
テレビでは戦争ドキュメントの画像が終わり、エイプリルフォードのCMになる。「おれを捕まえにこいや、おまわりさんよ」

おれをつかまえにこいや、おまわりさんよ
おれは絶対止まらないから
あんたの赤信号じゃ

それは面白い歌だったが、今ミリイも同じCMを見てると思うと笑う気になれなかった。ミリイはCMを暗記してオウム返しに物まねするのが得意なんだ。
でもただのオウム返し、模写に過ぎない。それを今、ミリイに指摘してやったら? 残酷かな?
おれは首を振る。「ベイビー、きみは残酷ってことが分かってない」
ミッキーはテレビを消す。「もしかして今日の番組だと思った? 昨日見ればよかったのに。同じのを学校で見たよ。パキスタン人さ、きっと。そうだよ。昨日見るべきだったよ、おじさんも。残酷だったもん。皆殺しだったもん」
「誰がやったんだい?」
「カンパニーAだよ」ミッキーはその気になり、空に向かって敬礼した。この年頃(六歳)の餓鬼は、ゲリラだの消防士に憧れる。一〇歳になると流行歌手だ。14歳で頭がよければ(ハンソン家の子供はみんな頭がよかったが)物書きになりたがる。おれが高校のころ書いた広告のスクラップブックは未だに保存してある。で、20歳になるとどうなんだろう?
考えたくもない。
「心配しなかったのかい?」おれはきいた。
「心配?」
「学校の子供たちのことさ」
「あいつら、反政府軍だもん」ミッキーが説明する。「パキスタンだし」パキスタンは火星より現実味が薄いし、火星の学校が燃えたってピンと来ないってことだろう。
スリッパをパタパタいわせてミセスハンソンがコーヒーを持ってくる。「何を六歳の子相手に、政治の話なんかしてるの。さあ、コーヒーでも飲みなさい」
あまったるくてこゆいコーヒーの一口で、あんなに避けていた、集合住宅のすえた匂いやらゴミやらタバコやらビールやらといったもろもろの忌まわしい記憶が蘇る。
「どう、おじちゃん立派になったでしょ、ミッキー、見てごらん」
「いつもより甘いな、でもおいしいよ」
「いつもと同じよ、砂糖三個。ならわたしがこれを飲んで、もう一杯いれてくるわ。ここで待ってなさい」
「違うよ、夕べ言ったでしょ──」
彼女は手を振って、孫に怒鳴りつけた。「どこ行くの?」
「ちょっと表に」
「鍵を持ってって、まず郵便物をとってきなさい。さもないと&&」
だが彼は行ってしまった。彼女は緑の椅子の洗濯物の上にへたりこんだ。自分にでもなくおれにでもなく、ぶつぶつ言いながら。誰がきいているかはどうでもよさそうに。声というよりも痰が絡んで、よわよわしく喉をふるわせているような音。指はニコチンまみれ、顎は血色悪く震えている。MOD(注・意味不明。ダウンタウンがらみでよく出てくるが?)の歯。おれのおふくろ。
おれは壁のイエス像とグランドキャニオンのカレンダーに目を戻し、右手を握りしめ、目の届く限り続いている黄色いレンガに免じて、この世界を許すほかなかった。
***
「彼女が持ちこんだ仕事を、あなたは信じないでしょ。わたしはロティに言ったのよ、犯罪だって、不平を言うべきだって。彼女、何歳? 一二歳よ。もしそれがシュリンプやあなただったら、何も言わないわ。でも彼女は母親と同じで体が弱い、繊細。あの人たちのさせる訓練は子供には酷。あたしはセックスは悪いといわないわ、あなたとミリイにも好きなようにさせてきた。顔をそむけてきた。でもそういったことは、二人の間でプライベートにやるべきこと。わたしは冷静にロティに言い聞かせようとした。ロティ本人はいやがってたの、学校が無理やり勧めたのよ。どれぐらいの頻度で彼女は彼女に会えるの? 週末。夏の一月。わたしはシュリンプに言った、あなたがバレリーナになりたいなら一人で学校に行きなさい、アンパロはほうっておきなさいと。でも、学校から男がやってきて、盾板に水とまくしたて、ロティがサインさせられた。わたしは泣きたい気分だった。もちろん全て手続は終わった。わたしが家を出ていくまであの人たちは待ってた。あなたの子でしょ、わたしには関係ないわ、と彼女に言ってやった。&&(以下略。母親の孫に関する愚痴だ)
***
ボズの母親はとりとめのない長広舌を振るう。アンパロをバレリーナの学校にやる話、ミセスミラーが勧めた引越しの話など。彼とか彼女とか言うだけなので、どれが誰やらちんぷんかんぷんだ。そこへミッキーがアンパロの合格通知を持ちこんで、出ていった。

第三章
ボズはシュリンプと屋上で物思いにふけっていた。隣のビルの屋上で違法な犬が吠えている。犬の所有は禁止され街路から一掃されたため、飼主たちはビル屋上に隠していた。そこで遊び場所のない子供たちが屋上の犬狩りを始め、犬を投げ捨てる子や、逆に犬の道連れになって落ちる子もいた。
ボズが自分の物思いにふけってとりつく島がないので、シュリンプはボズの不和の原因について、思想のせいではないか、あんたは共和党だろうという。ボズは、昔は民主党支持で、姉さんの裸をのぞいてオナニーしていたなどと言いだす(実際のネタはもっぱらロティだったが)。とはいえ反共和党でもない、ピューリタンでもない、ゲイでもない。ゲイを試したこともないんじゃないのといわれるが、あると言い返す。結論の出ないまま、シュリンプは行ってしまう。
そこへゲイの写真家ウィリケンが話しかけてくる。ボズはウィリケンと意気投合し、誘われるまま、抱きあいながら彼の部屋に行く。しかし、さっぱり勃起しない。ボズは、ウィリケンに悩みを打ち明ける。ウィリケンは同情し、知り合いのカウンセラーを紹介してくれた。その後、もう一回試したが、やはり立たないので、諦めて別れた。

第4章
ボズとミリイは、カウンセラーのマクゴナガルを訪ね、セックスライフなどの相談をした。ミリイはボズが妻であるかのように主張した。それと、仕事の話。ボズは専業主夫だが、不満に思ってはいない。少なくとも仕事に出たらハッピーになるとは思えない。子供についてきかれると、ミリイはたくさん欲しいといった。そうするとボズが母親役になりそうだ。実はボズの家も4人生んでいた。上の姉二人は優生試験法施行前、ボズは施行後、兄のジミーが死んだから許された子だった。
ミリイは子供の話で有頂天になり興奮して、とても魅力的に見えた。ボズは帰りの階段の踊り場で二回、ミリイとセックスした。すごい量の精液が出た。
***
二人は膨大な書類を書かされ、カウンセリングを受け、処方箋をもらい、シナイ山のボトルを予約し、ミリイが避妊除去薬を飲んだ。そして妊娠が確認されるまで(避妊薬を混入した)水道水を飲めなかった。
二人は女の子の名を話しあい、ピーナツにした。ボズは毛布を編んだ。2025年クリスマスイブが予定日。しかし一番の問題は親という立場に精神的になじめるかどうかだった。
***
マクゴナガルの最後のカウンセリングは、男女の性差がなくなり、男性が母性本能を満たす必要が増すに至った歴史を説明し、ボズこそがそれを最も必要としていると語るものだった。

第五章
11月にボズはシナイに母体化の手術を受けに行った。母性というものは社会的役割にとどまらず、授乳などを含む肉体的なものである必要がある。そのため、ミリイがドナーとなって母体化の手術を受けたのだった。ピーナッツはシナイの人工子宮器で順調に育ち、予定通りクリスマスイブに生まれた。
***
ピーナッツが生まれた後の忙しさはボズも予想していなかった。授乳にとどまらず、料理やヨガに興味が増してきた。ピーナッツはどんどん成長した。
***
ある日初めてピーナッツをバルコニーに出し、外を見せた。泣きだしたので、乳を与えた。そして勃起した。自分は異常ではないかと思い、ミリイに話そうとしたが、ミリイは組合の役員になったことで自分の出世に夢中だった。そこでボズは今や三児の母であるシュリンプに話した。シュリンプは何ら特別なことじゃないのよといった。それでもボズにとっては極限体験だと思ったが、結局二度とは起こらないまま経験の記憶だけが残った。
***
数年後ボズがミリイに話す、向こうに見えるビルを覚えているかい、と。ミリイははじめ忘れていたが、だんだん思いだす。住む場所を探してこの辺りを歩いていたころ、あのビルの窓がいつも閉まっていた。ボズとミリイはここに住むにあたり次のような話をひねり出した。僕たちはあのビルを毎日観察する。五年後初めて窓が開いているのを見る。それは翌日また閉まってしまう。五年後ぼくらはそこを訪ねていき、家人に何故五年前窓を開けたんだときく。彼は答える、どうせ誰も見ていないと思ったからだ。そして彼はなき崩れるんだ。
そしてボズは言う、今朝あのビルの窓がついに開いていたんだ、ピーナッツが証人だと。
五年後に、今日窓が開いていた理由をききに行こうなといい、親子三人は幸福にバルコニーで笑いあう。
ボズとミリイ、ミリイとボズ。

第5話 アングレーム(ニューヨークの港、フランス人が着いた場所に名づけた名前)
ローエン生によるバッテリ強盗殺人計画の一味は、ジャック、セレステ・ディセッカ、スニフルス、メリージェーン、タンクレッド、アンパロ、ビル・ハーパー(リーダー、テレビ会社重役の息子)だった。一回目の強盗は、大した品物をとれなかったが、奪った品ものは分配され、一部はアンパロから伯父に渡った。
ローエンのロレッタはテレビシナリオライターとして、20世紀の殺人を扱った二つの作品でヒットを飛ばした。一つは1951年のポーライン・キャンベル事件。もう一つは、産児制限のため自分の設定した三人の上限を超えて生まれた子を殺したり中絶したりした話を扱ったもの。殺人の理由は、理想主義と好奇心。そしてもう一つは少年の成長のための通過儀礼である。
ローエン生がバッテリを犯行の場にした理由は、1、滅多に行かない場所、2、優雅な場所、3、比較的人が少ない、4、美しい。そこには1524年フランス人がきてアングレームと名づけたという石碑や石像があった。ビルは父のことから金を必要悪と見ていた。被害者を物色し、アリオナと名づけた老人他三人を候補にしていた。アンパロはアリオナでどうかというがハーパーは難色。この二人は計画を練りながらセックスする。
彼らは殺人日、Mデーを七月第1週の愛国記念日に決めた。それまでは石碑の死者を数えその多さを語りあったりして暇をつぶした。
他方被害者となるアリオナは、この近辺の浜辺の道を歩くのが好きだった。彼はミスクラウスに新聞記事を読みきかせ、環境破壊を嘆いたりした。
*****
しかし、当日セレストが欠席し、ターゲットのアリオナも不在で、他の被害者候補も呼びだせなかったため、結局延期となった。彼らはMデーのMは何の略かについてめいめいの意見を言って別れたが、誰もマーダーとは言わなかった。
***
ハーパーは帰宅後、おれは本気なんだ、一人ででも犯行を実施すると誓う。
***
ある日、彼は、ミスクラウスと話しているアリオナを見つけた。アリオナが立ち小便を始めたので、ハーパーはピストルを向けた。しかしアリオナはそれを見ても平気な顔で、「はっ!」と笑うと、向こうを向いてしまい、いつものように通行人に小銭をねだり始めた。

334
第1部 嘘
1 テレビ2021
ミセスハンソンはテレビ好きで、子供よりも孫と一緒に見るのが好き、ソープオペラが大すき。
2 A&P2021
スーパーで買い物をするジュアンとロティ。
3 白い制服2021
シュリンプがジャニュアリに看護婦服を買う。
4 ジャニュアリ2021
療養所のジャニュアリがシュリンプと会う。
5 リチャード・M・ウィリケン2024
シュリンプの夫?ウィリケンはインテリアで独自性を示そうとする。
6 アンパロ2024
アンパロは母が嫌いだった。外でシュリンプと話したとき、いい子にするからローエン校に行けるよう母を説得してと頼む。誕生日の願い事では母の死を祈る。しかし1月後父ジュアンが自殺した。
7 レン・ルード2024
レンは、ミセス・ミラーからミセス・ハンソンをカウンセリングを命じられる。
8 ラブストーリー2024
レンはハンソン宅に行き、ラブストーリーをミセスハンソンに朗読させる。
9 エアコン2024
ロティはミセスハンソンのテレビをアブ・ホルト(医師)のファンだけ回るエアコンと交換してもらい、寝室の換気を得る。
10 口紅2026
ロティはミッキーが化粧をしているのを見つけ、メイクしてやるが、その顔が自分とそっくりになったのでウッと思った。ミッキーも何もいわずでていった。
11 フルックリンフェリーを渡る2026
アンパロが出た映画をみんなで見に行く。シュリンプが猛烈に嫉妬する。

第2部 会話
12 寝室2026
ハンソン家の部屋からはクーパーユニオンのビル群が望めるが、ベッドの位置からでは無理で窓辺に行く必要がある。カーテンはミセスハンソンがインド更紗にした。シュリンプは毎日、窓からの景色を眺めながら回復に努めた。ある日、訪問客があって、ジャニュアリがきた。雨に濡れていた。姉の電話で飛んできたらしい。シュリンプは感謝を伝えた。手術の理由をきかれたが、自分でもよくわからなかった。ジャニュアリは以前プレゼントした白衣を着ていた。だがシュリンプからは感情や性欲がベルビューの事件で抜き取られていた。脈をとるジャニュアリの手から自分の手をどけるとジャニュアリは泣きだす。
13 床のシュリンプ2026
シュリンプの語り。昔に歯車を戻したい。母も姉もここの生活に疲れ果て、外にあまりでない。郵便物をとりに行くのも自分とミッキーだけ。このマンションには介護を要する住人の扶助専門の職員までいる。逆にエレベーターは止まっているのだ。最上階で倒れたりしたらえらいことになる。扶助職員を雇うのをやめてエレベーターに投資しろと署名を集めたが、エレベーターのほうが金がかかるのでダメだという。で、チケット制にしたらというとそれならいいという。
話しているうちにジャニュアリは寝てしまう。
14 ベルビューのロティ2026
「世界の終末、戦争や爆撃や自然破壊について多くの人が語ってきた、シュリンプはそれを見てやるという、50年あるいは100年前から始まっている、しかしだからどうだというのだ? どうでもいいではないか」
15 白薔薇亭でのロティ2024
「もちろん、それはあるわ。人々がひどく何かを求めるとき、例えば癌をわずらった人とか、私みたいに背中に爆弾を抱えてるとか、そういうとき、人は自分はもう用済みだと言うけど、でも実際はそうじゃない。だけどそれが正真正銘本物なら、そうだと言える。まっ正面で何かが起こったとき。謎めいたところのない、正面攻撃。眠りのようにじわじわと消えるのではなくて、突然。そこには他の誰かが、魂みたいなものが、触れてきて、彼らを傷つけたものをなだめすかす。&&この精霊ははっきりしている、その上位のものは曖昧だけれど。&&
そこに自分で行ってみるべきよ。彼女はあなたが懐疑的でも気にしない。みんなはじめはそう、特に男性は。私自身そうだもの&&死後に霊魂なんてないとか&&私の妹も私をあそこへ引きずっていった張本人の癖にそうだったし&&そのせいであの子は私と違ってご利益がなかったけど。
オーケー。最初は定期的なヒーリングサービスだった。一年前。でも今言っているのはその女性じゃないのよ。<全世界の友>。&&一回目のヒーリングで背中の痛みも癒されて神に会った気がしたけど、だんだん消えてしまった。
で、二回目。メッセージサービス、1月ほど前。三つの質問を紙に書いて、リベラに渡すと「彼」が乗り移っていた。私は死んだ夫のジュアンと話したと思う。だから私は死後の生を信じる」
ということでオカルトにはまり始めている。
16 1812号室にてミセスハンソン2024
ハンソン夫人がレニイに昔話をする。1980年代の戦火を父母と目撃したこととか、カトリックだということ、娘がこういう話を嫌うことなど。そして泊まって行きなさいという。
17 診療所のハンソン夫人2021
ハンソン夫人が入院中の娘?にアルバムを見せながら話しかけている場面、内容略。

第三部 ハンソン夫人
18 ニューアメリカンカソリックバイブル2021
334に引っ越す前、1999にセールスマンから買った聖書に書きこんだ家族の歴史
ノラ・アン(1967)
ドワイト・フレデリック 夫(1965-1997)
ロバート・ベンジャミン・オミーラ 父(1940)
シャーリー・アン・オミーラ 母(1943-1978)
ロバート・ベンジャミン 兄 1962
ゲイリー 1963
バリー 1963 双子
ジミー・トム 息子 1984
シャーリー・アン 娘 1986
ロレッタ・ヘスター 娘 1989
2001 ジミーが一〇時外出禁止令の反対運動で死ぬ
2003 ベルビューでボズ誕生 父ドワイトの死後六年目 精子保存されていた(ということは母ノラ)
2013 アンパロ、334で誕生 父の記載なし。 調査で判明しているのは継母スーエレン、シュリンプの連邦契約による子タイガーとタンパーの隠れ親戚がいる
2016 ミッキー誕生
2011 RB死亡
このあとハンソン夫人は聖書の中身を読みカソリックにはまる。

19 望ましい仕事2021
ロティは一〇学年でドロップアウト、家で学ぶことに。ボズと遊ぶ。やがて就職しないと家を失うことになり、様々な職を転々とする。334引越し後にジュアン・マルチネスと会う。ジュアンはベルビュー死体安置所でアブ・ホルトと働いていた。はじめは幸福が続いたが、やがてジュアンがあまり来なくなり収入も減り家計が苦しくなる。ロティは、お上に申告しなくていい収入を得られる掃除婦の資格をシーシ・ベンから譲り受けようと取り入るが、風邪で寝こんだすきに他人にとられてしまう。

20 A&P 続き 2021
ジュアンと店をでた後、スケートリンクでデート。それから病院に行くというと送っていくというのでやめたというと帰っていった。ロティは博物館で絵葉書を買って帰り、一番いいのをジュアンに出した。土産に買ったニンジンは捨てた。

21 ジュアン2021
ジュアンがロティと暮らさないのはプライバシーが欲しいこと、そして何より愛車のためだった。彼は非合法な稼ぎも含めて収入の大半を車につぎ込んでいた。彼はホテルの部屋を借り同じホテルに車もいれていた。ロティを愛し必要としてはいたがそれとこれとは別なのだった。

22 レダ・ホルト2021(アブの妻)
レダとノラ(ハンソン夫人)がクリベッジをしながら、ミリイが黒人少年を連れこんでいる噂話をする。レダが親で12とクリブ分の2進んであと4、ノラは12。(ミリイは)若いから(19)、あたしは夫を亡くして20年でご無沙汰よなどと話しているうちにクリブカードの二点を聞き漏らし、イカサマだといいながらレダのマッチを二つ戻す。
(*クリベッジというわが国ではマイナーなイギリスのパブゲームを知っただけでも勉強になった)

23 レン・ルード続き2024
レンはファルクという女の紐だったが、ファルクも理解してくれると思い、ハンソン夫人の用意する部屋に移る決意をした。ミラー夫人にいるとハンソンは息子が結婚して出て行ったので、息子代わりを探しているらしい。

24 ラブストーリー続き2024
ハンソン夫人がアンパロにポストの鍵を渡し使いにやる。レンが誘いを受けるという返事が来ていた。ハンソンは有頂天になる。

25 ディナー2024
レンが来る日、シュリンプが三人目を妊娠、怒ったジャニュアリと喧嘩別れし戻ってきた。ハンソンはロティと相談し、シュリンプを孫の部屋に移す。レンが来て、ハンソンははりきって作った肉料理でもてなすが、シュリンプが起きてレンと蜂合わせる。事情をきいて怒ったレンは出ていく。後日、ハンソンはシュリンプに、彼が出ていったのはベジタリアンで肉が嫌いだったのよと嘘の説明をする。

第四部 ロティ
26 メッセージは届いた 2024
ジュアンの自殺により、葬儀が行われ、遺産が売られ、借金を払った残りをロティは相続した。ジュアンは死体蘇生活動家とつながっていたと後できいた。失意のあまりロティは過食症で激太りした。それから宗教に熱中し、リベラ師を知り、通いつめ、ジュアンの魂と話した。やがてジュアンが現れなくなっても宗教心は覚めなかった。

第五部 シュリンプ
27 出産2024
シュリンプは出産に関するコンプレックスがあった。13歳のとき母が五年前になくなった父の保存精子を入れて、死んだジミーの身代わりとしてボズを生んだことで、施設で精子をもらってする妊娠は近親相姦であるかのような観念が離れなかったのだ。
それでもともかく最初の二人、タイガーとサンバーはつつがなく生んだが、三人目のとき、ジャニュアリとレスビアン生活をしていたため問題が起こった。ジャニュアリは理屈のレベルでは施設での人工妊娠を許容するものの、実行するのは別と考えていた。最初の二人のときも文句を言ったから三人目を妊娠したとなると、家出してしまうに違いない。ところがダメもとで応募した三人目が通ってしまったのだ。そうなるとせっかくのチャンスをふいにできず、結局シュリンプは人工受精を受けに行ってしまった。
五ヶ月目、ごまかしきれなくなって打ち明けると、中絶しろと言われた。シュリンプが断ると、ジャニュアリは逆上してフォークで腕を刺す。シュリンプは洗面所に逃げ込む。ジャニュアリは怒りに任せて部屋を荒らし、出ていってしまう。賃貸契約は解約され、シュリンプは仕方なく334に戻る。(レンのエピソードはあったが)母親は新しい孫を喜んだ。母親が冗談で告げた「フラップド
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