SF百科図鑑 山岸真『90年代SF傑作選 上下』ハヤカワ


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2002年


3/29
「90年代SF傑作選/上」読み進む。
スティーヴンスン「サモリオンとジェリービーンズ」★★
ポストサイバーパンクゆえの巻頭収録だが、作品自体は凡庸。「スノウクラッシュ」同様のメタヴァース世界における新通貨(電子マネー)宣伝イベントを目論む兄弟の話。ストーリー展開の強引さは長編と同様だが、ディテール詰め込みのスタイルが短編ではインパクトを薄めている。やはり長編向きの作家。
バクスター「コロンビヤード」★★★
ヴェルヌ「月世界に行く」の後日談のスタイルをとったメタSF。ウエルズを語り手としてヴェルヌの手法の科学的検証をしながらウエルズ作品にも言及される。原典は古典だが、いちおう内容についての知識が必要なので、初心者向きではない。
レナルズ「エウロパのスパイ」★★★★
英国宇宙SFの新鋭の傑作。開発が進んだ太陽系惑星、衛星のディテール描写が美しい。胸の踊る世界設定を舞台に、生きのいいキャラクターがハードボイルドな冒険活劇を展開する。ストーリー展開もオチのハードなアイデアも見事。マクリーン「失踪した男」を思い出した。
シモンズ「フラッシュバック」★★★1/2
フラッシュバックという記憶を正確に再現する日本製ドラッグが普及した社会における一家族の悲劇を多視点的に語った作品。長編向きの内容、スタイルを無理に短編にした感は否めないが、リアルな筆致はさすが。ただ、「愛死」(絶版だが入手は容易)に収録されている作品であり、100ページ近いので、これを収録するなら日本で本のあまり出ない短編作家の作品をできるだけ多く入れて欲しかった。
ウィリス「魂は自らの社会を選ぶ」★★★★★
エミリ・ディキンスンの詩をウェルズ「宇宙戦争」と結び付けて解釈したトンデモ論文のパスティーシュ作品。ウィリスのギャクセンスが遺憾なく発揮されている。原書で読んだ時も面白かったが、今回は大森氏がディキンスン作品についての訳注をつけてくれているのでより面白さが鮮明になった。特に周辺住民のくだりは笑った。ただディキンスン自身についてある程度知っていないと、「直接知らない他人をネタにした笑い話を横で聴いていて笑う」ような感じがして少し歯がゆいのだが。ともあれ、ルグィンの蟻語の論文に匹敵する秀逸な作品であることに変わりはない。
ウィリアムス「バーナス鉱山全景図」★★★★★
上巻最大の収穫。第7階層において一気に広がる全宇宙、全時間的ヴィジョン。スケールの大きさ、破天荒な発想、ハミルトン的な奇想の見事さ。質的向上とともに最近のアメリカSFから失われつつある美点を備えており、オーストラリアSFはイーガンだけでなかったことが分かって嬉しい。他の作品も読んでみたいという気になっている。
レズニック「オルドヴァイ峡谷7景」★★★★★
これまた長大な時間軸に亘る人類史を眺望するスケール大なレズニックの代表作。原書で読んだ際にコメントしているので詳細なコメントは控えるが、ようやく翻訳されて嬉しい。
レセム「永遠に、とアヒルはいった」★★★
VR/コピー人格ものを代表して収録された作品。作品自体は可もなく不可もなしだが、この種の作品の典型ではある。
マクラウド「わが家のサッカーボール」★★★
マクラウドの私にとって初読。編者の好みゆえの収録だそうだが、残念ながら可もなく不可もなしの印象。「シェイプチェンジャー」「メタモルフォーゼ」など、編者解説では無理にSF的説明を加えようとしているが、普通のユーモア・ファンタジイ。ただ、日常的筆致で奇想を描くスタイルや独特のペーソスは、作者の作風が分かって参考になった。
スターリング「80年代サイバーパンク終結宣言」★★★★1/2
80年代におけるサイバーパンクの発生当初の運動目的とその後の思惑の外れが他ならぬ主唱者自身の目で回顧される貴重な論稿。ヴェルヌを引き合いに出す点はスターリングならではの韜晦といえるが、この論文が英国インターゾーンに掲載されているというのが非常に面白い。

後はブリンだけだじょ。

4/1
「90年代SF傑作選上」★★★★
読了。質は高いが、重厚な作品が多く、初心者向けではない。
ブリン「存在の系譜」★★★★
ブリンは長編と短編で作風が異なるが、大仕掛けなアイデアを繰り出す点においては共通している。本作はこれ以上の大仕掛けはないというほどの究極のアイデアストーリー。ブラックホールが宇宙創造の源という発想は昔からあるが、本作では、宇宙の生成を生物の生殖と進化とのアナロジーでとらえ、究極の宇宙の始源へと思いを廻らせる。ただし本作は小説としてはストーリーらしいストーリーもなく非常に雑で、後半は学術論文のようになってしまっている点が減点事由。
スティール「羊飼い衛星」★★★1/2
宇宙を舞台にした普通小説という筆致の小品。ショートショートと言ってよい。凡作だし、この1作でスティールを代表させるのも無理があるが、スティールの新たな一面を知ると言う意味では興味深い作品だ。

さて、次は下巻、ゲドだな。幻想文学賞はしばらくやめて、SFに戻ろう。

でついでに下巻中、既読作についてコメント。
ビッスン「マックたち」★★★★★
オクラホマシティ連邦合同ビル爆破事件の犯人マクベイの半公開処刑をネタにした風刺SF。「マック」を麻原彰晃に置き換えれば更に楽しめる。最後は本物のマックと偽者のマックが生き残って再会するというオチ。我が国では昔の筒井が書きそうなネタ。本作は我が国でも人気が高く、これを機会にビッスンの短編集も出して欲しいと思う。「熊が火を発見する」も雑誌に載りっぱなしではもったいない。

4/2
ソウヤー「ホームズ、最後の事件ふたたび」★★★★
ホームズを「シュレディンガーの猫」とからめた、小じゃれたパスティーシュ小説。
チャン「理解」★★★★1/2
「アルジャーノンに花束を」+「キャンプ・コンセントレーション」+「オッド・ジョン」。初期作らしく荒削りながら、「あなたの人生の物語」にも通ずる究極の思考実験を展開する作風は独特。
フリーズナー「誕生日」★★★★
妊娠中絶女性に胎児の肉体データをコンピュータデータとして残して作成した人格シミュレーションを育てさせる未来の話。女性たちは、子供の人格シミュレーションが6歳の誕生日になると「小学校に入り昼間は面倒を見なくてよくなる」ため「解放の日」として祝う。同じ社会派の風刺SFでも、女性の手にかかるとかなり印象が違う。
リード「棺」★★★★★
世代宇宙船が事故に遭い、コールドスリープの男が死後ボックスの中で微生物から再度進化の過程を辿り、知的生命となって隣の銀河の惑星に不時着し文明を築く、というとんでもないストーリー。SFならではのスケールの大きいアイデアストーリーの傑作である。
マクドナルド「フローティング・ドッグズ」★★★1/2
遠未来、天使の子宮=工場で作られた機械と人工生物の遍歴の旅。マジックリアリズム的な幻想文体でつむぎ出される破滅的な物語は哀切だが、かなり分かりにくい作品である。わたしの好みではないので減点した。

4/3
マクデヴィット「標準ローソク」★★★★★
浅倉御大が惚れ込んだというだけあって絶品。宇宙の真理の絶望的な遠さに対する渇望。生命の儚さ。あまりにも切なく美しいラスト。名作だ。
ガードナー「人間の血液に蠢く蛇」★★★★★
改変歴史小説で初めて満足した。これは単なる歴史パロディ作品ではない。血液中の「蛇」というワンアイデアから、歴史上の3人の人物をからめて壮大なSF的大風呂敷を展開してみせる。改変歴史SFかくあるべしというお手本作品だ。
イーガン「ルミナス」★★★★
われわれが利用する数学の系とは異なる別個の系が発見され、これをめぐる企業の謀略を阻止するため、ルミナスという高性能コンピュータを使って別個の系を撃退しようとするが、失敗する話。イーガンの初期作は、大きく個人のアイデンティティを追究するものと、企業謀略をからめたハードSFスリラーに大別できるが、本作は後者の系列。数学を正面から扱っているのは珍しいが、数学の系同士の鬩ぎ合いという発想自体はそれほど図抜けているわけではない。ただ、数学理論のディテールへの突っ込みぶりはさすがイーガンである。

4/5
クレス「ダンシング・オン・エア」★★★1/2
強化措置で身体能力の向上したバレリーナたち。しかし、強化措置を受けた者に重大な障害が早期発生することが判明する。母親に復讐する娘。それでも強化を選ぶ娘・・・という話。バイオSFの看板作家らしい内容だが、テーマがありがちすぎて、冗長な感は否めない。好きな人は好きだが、私は苦手なタイプの話。クレスは「密告者」が最高傑作。
「90年代SF傑作選下」★★★★
総じて、期待したもの(イーガン、チャン、クレス)よりも期待しなかったもの(リード、ガードナー、マクデヴィット)のほうがよかったのが意外だった。「マックたち」は別格としても。
マックたち>棺>標準ローソク>人間の血液に蠢く蛇>理解>誕生日>ルミナス>ホームズ、最後の事件ふたたび>ダンシング・オン・エア>フローティング・ドッグス
上巻は
バーナス鉱山全景図>オルドヴァイ峡谷7景>魂はみずからの社会を選ぶ>エウロパのスパイ>存在の系譜>フラッシュバック>コロンビヤード>羊飼い衛星>我が家のサッカーボール>サモリオンとジェリービーンズ>永遠に、とアヒルはいった