SF百科図鑑 ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫)


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December 16, 2004

ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫)

杜松の時プリングルの100冊から積読消化。ケイト・ウィルヘルムの1979年の長編。ウィルヘルムは「鳥の歌いまは絶え」しか読んだことがなく、2冊目。
silvering at 01:08 │Comments(8)TrackBack(0)読書

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この記事へのコメント

1. Posted by slg   December 16, 2004 03:03
本日142ページまで。
SF色が非常に薄い。純文学といっていい内容だ。宇宙ステーション計画が中止になり、死亡した(失踪した?)スペースマンたちの子供たちが話の焦点。ジーン・ブライトンは、大学で言語学者の助手をやめた後、家賃が払えず同姓相手と別れ、貧民アパートに引っ越すが、レイプにあい入院。そこへ祖父の訃報が届き、田舎の家を贈与される。田舎へ帰り、砂漠へ向かうと、何者かに馬で連れ帰られる(妄想? 現実?)。他方、クルーニーは、リーナ・デイヴィスという慈善活動家の娘と結婚する。
宇宙ステーション計画の帰趨、旱魃による米国の居住環境の悪化などが強いていえば近未来SF的要素だが、普通小説といっても通る程度だ。ただ、旱魃によって荒んだ米国の低所得者層の生活描写はなかなかにリアルで読み応えがある。
じわじわよくなるタイプかも知れない。
2. Posted by slg   December 18, 2004 00:13
じわじわよくならねえなあ。200ページ前後で足踏みしてる。SFの設定を借りた純文学という感じで、退屈だ。クルーニーの嫁さん死んじゃった。うーむ、これ、どこがSFなんだ?
3. Posted by slg   December 19, 2004 05:58
250ページまできわめて退屈なちまちまとしたジーンとクルーニーの地味な生活描写が続き、事件らしい事件が全く起こらず冗長である。荒廃したアメリカ社会の描写もいい加減飽きてきた。
250過ぎてようやく、クルーニーとジーンが再会。でもこの作者のことだからストーリーは動かないんだろう、どうせ。
20年前の自分の私小説まがいの小説を読み返して、あまりのねちっこい平板さに閉口したところだが、いっちゃ悪いがこの作者もそれといい勝負である。
4. Posted by slg   December 20, 2004 16:19
全然面白くならないよ,やと300ページ、あと100ページもある。
クルーニーが宇宙で見つけた言語らしき記号を解読してくれとジーンに頼む。ジーンはインディアンの部族語の辞書を作っていて忙しいからと断ろうとするが、親父のことを誹謗中傷してやるぞと脅されて仕方なく同意する。辞書を作り終わった後、ジーンがようやく作業に着手。
何かやっとSFらしくなったという感じだ。前半300ページのうだうだは何だったの? という感じ。これがウィルヘルム節というやつなのか。
5. Posted by slg   December 20, 2004 18:59
314ページ。
メッセージを狙う勢力同士の政争に巻き込まれジーンらは車で逃げる。
なんだよこれ、どこがSFなんだ? 普通小説じゃん。
6. Posted by slg   December 21, 2004 01:28
360ページ。
ジーンが父から貰ったブローチだか何だか忘れたの中にメッセージの文字があったことでジーンがメッセージを解読。他にも2つメッセージがあるはずという。クルーニーに連れられ飛行機に乗ったジーンは世界各国で話し合うべきだと主張するが、組織でがんじがらめのクルーニーは難色を示す、という展開。
何故面白くないんだろうと読みながらずっと考えていたのだが、SFアイデアのつまらなさだけではなくて、やはりキャラクターに魅力がないのが大きいんだろうと思った。特に白人男性のキャラクターがことごとく視野が狭く横暴な俗物ばかりで感情移入ができない。そして、ウィルヘルムはどうも男性上位社会を批判するためわざとそういう人物設定を選択しているふしがある。要するに非常に薄味のSFアイデアを借りたフェミニズム文学ということだろう。ジーンとクルーニーの全く対照的な執拗な心理描写がそれを如実に物語っている。
ウィルヘルムの意図がそこにあるのだとすると、一般的なSFの持つ胸のすくような空想的ヴィジョンの感動は期待すべくもなさそうだ。恐らく、ジーンがクルーニーを初めとする白人男性、国家権力をぎゃふんといわせて「女は強いのよ」で終わると見た。もう腹をくくったので、これから後はまったく期待せずに読みます。
7. Posted by SLG   December 21, 2004 02:47
ようやく読了。
予想通り、ジーンが国家権力、人類拡張主義的勢力を向こうに一大詐欺をやってのけ、拡張主義へのアンチテーゼを突きつけ、自然に従って力強く地道に生きる杜松のようなインディアン的生き方への配慮をせよという問題提起をして終わる。SF的にみえる題材を少しだけ扱ってはいるが、結局SFではないことが最後に分かるというアンチSFであり、SFのように見せかけた政治小説、フェミニズム小説、帝国主義批判小説、自然回帰主義文学、お説教小説ということになる。
ウィルヘルムの主張には全く同感であり、ここに出てくる男性キャラや米ソの政府などはことごとく胸くそが悪くなるほどに無神経かつ傲慢の弱者切り捨て、ピラミッド主義のいけすかない人間/組織揃いで、反吐が出るくらい気分が悪いことを認めるに私もやぶさかではない。
しかし、それをここまで長々と、平板なプロットで蜿蜒回りくどく冗長に大展開された上、ジーンによる大演説のおまけまでつくとなると、話は違う。一言、「やりすぎだ」。

というわけで、おれはカレーが食いたくてカレー屋に入ったのに、いきなりあんみつの大盛りを食わされた、という気分なのが正直なところだ。

ウィルヘルムって全部こんな感じなんだろうか。これは純文学としては評価できるのかも知れないけど、アンチSFではあっても、もはやSFではないと思います。「カインの市」と「クルーイストン実験」ぐらいは基礎教養だから読もうとは思うが、それ以外の作品はちょっと遠慮しようかなと思います。相性悪そうなので。


テーマ性  ★★★★
奇想性   ─
物語性   ★
一般性   ★★
平均    1.75点
文体    ★★★
結末の意外性★
感情移入度 ★
主観評価  ★1/2(15/50点)
8. Posted by 手下X22   December 22, 2004 02:26
サンリオだから
仕方ない