SF百科図鑑 闇夜におもちゃの国で


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

■ 闇夜におもちゃの国で  Dark Night In Toyland ボブ・ショウ 2005.11.25

(英国SF協会賞)

「頼むから今日だけはかんべんしてくれ」カークハムは祈った。
だが、すぐにもうひとりの自分、この一ヶ月というもの頭の中で痛烈で冷笑的な声をひびかせるようになったあの男が割り込んできた。そうさ、どんなときでも年端のいかない子にとって、癌で死ぬというだけで十分につらい――だがそれがクリスマスに起こるようなことがあれば、それこそ最悪だ。
カークハムは、その声を聞いた理由を理解するに足るほど〈明教〉(ミトラを主神とする古代ペルシャの宗教。紀元前三世紀頃のペルシャで信仰され、小アジア・ローマ帝国に伝わり盛行。一時キリスト教勢力に匹敵するほどだったが、四世紀のミラノ勅令以後衰えた。ミトラス教。)に精通しているように見えるのに、声を聞いたことを恥じ、怯えるあまり、跳び上がって荒々しく書斎の周りを歩き回った。オークのパネルに覆われた部屋はかつて、二一世紀の敵対的雰囲気の中で宗教的信念を貫くという使命を持つ小さな町のメソディスト牧師に極めてふさわしいものであった。ところが、今や、暗く閉所恐怖症を誘うような雰囲気だった。彼は窓辺に行き、緑色のベルベットのドレープを脇に寄せた。外は海のような青──クリスマスの朝六時。冬のほかの日の朝六時と異なるところはない。
また声。そうさ、クリスマスだよ──われわれは星を追いかけているのさ。
カークハムは手の甲をかみながらキッチンに入る。コーヒーを入れるのだ。ドラがいた。パウダーブルーのガウンを羽織っている。コップやスプーンを洗うのに忙しい。背筋を伸ばしている。気丈な女性だと友人や隣人から言われてきたに違いないが、カークハムだけは知っている。その気丈さも、ティミーの病気には打ちのめされる程度のものでしかないと。
ある夜カークハムは妻に信念について尋ねた。妻は悲しげなある種の軽蔑をこめて言った。「あなたは二足す二が四だという信念があるの? もちろん違うわ、ジョン。だって、あなたは、二足す二が四になると知っているんだから」妻がそのことを彼と話したのはそれが最初で最後だった。だが、妻は生死に関する個人的意見陳述をしたのに違いないと、カークハムは胸騒ぐ思いであった。
「いつの間に降りてきたんだ? 聞こえなかったよ」 カークハムは言った。「君にしては早いじゃないか」
ドラは頭を振る。「今日一日をできるだけ長い日にしたいのよ」
「そんなことをしても無駄だよ、ドラ」妻がしようとしていることは理解できた。いよいよ処刑されるという日の朝、ドストエフスキーが一分一秒を拡大分割し、一時間を一生の長さにしようとしてやったのと同じこと。
「時は過ぎ行くものだ、止められないんだ」カークハムは言う。「それを喜ぶべきだ。永遠に立ち向かうにはそれしか手がないんだよ」答えを待つ。自分の発言が傲慢に聞こえたのを意識しつつ、妻が自分に反論し、自分の助けを欲していることを認めるのを期待して。そうすれば、カークハム自身の心にも、自分は助けてやれるんだという自信が持てるから。
「ミルクにする? クリーム?」妻は言う。
「ミルク」二人はしばらく、別々にコーヒーをすする。二人の間で、明るく清潔なキッチンの光景がきらきらしている。
「来年のクリスマスはどうしよう、ジョン?」ドラの声は無味乾燥で、休暇に何をしようかと話し合っているような感じだった。「二人だけになったら」
「神がわたしたちに何をおあたえになるかを見極めよう。そのころまでには、きっと理解できるよ」
「もう既に理解しているのかもしれない。きっと、理解しなきゃならないただ一つのことは、理解する必要のあることなど何もないということかも」
「ドラ!」妻が不信心を露呈する瀬戸際にいるという事実に直面して、カークハムは冷静な興奮を覚えた。たとえそれが明るみに出たとしても、カークハムには何もしてやれないことを分かっていた。その言葉を口に出さなければならない。その考えを言葉に翻訳し、空気の振動に変換しなければならない。たとえ神の眼が至るところで光っているとしてもだ。
声。優れた視力を神は持っている。つまりだ、そうでなければ、銀河の中央に鎮座ましましている分際で、何千光年もの距離を越えて宇宙光線を放ち、ちっぽけな少年の骨髄の一個の細胞に命中させるなんて芸当ができるはずはないのさ。この射撃の腕に関してはだれの本にも書いてある。良書にも……
ドラの表情に対するカークハムの注意がとぎれがちになった。あらゆる場所の中でも、それはよりによって脊髄でなければならなかったのだ。生体構造があまりに複雑すぎて、生体粘土による再生に適さないその場所。もちろん治療は施された。最も進歩した素材を使って。そのおかげでティミーは数ヶ月寿命を延ばした。しばらくの間は、治療がうまくいくのではないかとすら思えたほどだった(いつか画期的治療法が発明されるはず)。だが、そのうち少年の左脚が動かなくなった──癌を除去するほどの速度で形成されたはずのバイオクレイが、オリジナルの組織を再生するには不十分であることが明らかになる最初の兆候だった。
「……もうそろそろ起きてるはずよ」ドラが言っている。「見に行きましょう」
大事な機会を逃したことを感じながら、カークハムはうなずいてティミーの室に入った。夜の薄明かりの中で息子が目を開けているのが分かった。だが、ベッドサイドに置いたクリスマスプレゼントに手を触れた様子はなかった。カームハムはまたもや、『傷心』という言葉の語源を思い知った。自分の声を信じかねて、後じさる。ドラはベッドサイドへ行き、膝をついた。
「クリスマスの朝よ」慰めるように言う。「見て、あなたにプレゼントよ」
ティミーの目はじっと彼女の顔に注がれている。「知ってるよ、ママ」
「開けてみたくないの?」
「まだいいよ──疲れてるの」
「よく眠れなかったの?」
「そういう意味じゃないんだ」ティミーは母から目をそらした。小さな顔は威厳に満ち、孤独だった。ドラはうつむいた。
この子は知ってるんだ、カークハムは思う。そして、気持ちを奮い起こして行動に出た。急ぎ足で部屋を横切り、多彩色のパッケージを開き始めた。
「ほら、見てごらん」カークハムは陽気に言った。「レオおじちゃんからだよ──音声記録器だ。見てごらん、とうさんの声が色つきの模様に変わるんだよ! それから、これは自動チェスセットだ……」彼はプレゼントを開け続け、とうとうベッドの上はプレゼントと開けた包み紙だらけになった。
「すごいね、パパ」ティミーはにっこりする。「あとで遊ぶよ」
「よしわかった、ティミー」カークハムはもう一歩踏み込んでみることに決めた。「何か特に欲しいものがあったのかい?」
少年は突然、警戒するように母親を見た。カークハムはよしいいぞ、と思った。「一つだけあったんだけど」ティミーは言う。
「何だい?」
「先週ママに言ったよ。でもパパは買ってくれないだろうなと思った」
カークハムはショックだった。「どうして……?」
「生体生地キットよ」ドラが言った。「あなたがどう思うか、ティミーは知ってるのよ」
「なんだって! きみはわかってるだろう、それはだめだと……」
「でも私が買ってあげたわ」
カークハムは抗議しようとして、気づいた──麻痺した両脚の不自由さにもかかわらず──ティミーがベッドの中で身を起こそうと必死になっているのが。顔は熱意に満ちている。今じゃまをするのは間違いだと分かった。ドラはクローゼットに行き、大きく平らな箱を出した。ラッピングはなかった。その上に、ネオンサインのように規則的に点滅する蓄電インクで印刷されていた、「バイオドー」と。カークハムは嫌悪感が蠢くのを感じた。
「いいの、パパ? ぼくもらっていいの? 心配しなくてもいいよ」ティミーはほとんどベッドから起き出していた。パジャマのジャケットはくしゃくしゃにまくれ上がり、手術で背中につけられた治療用胸当てが丸見えだった。
カークハムは無理につくり笑いをした。「もちろんだよ、何の問題もないさ」
「ありがとう、ジョン」ドラは目で感謝を伝えながら、ティミーの体を枕で支えてやり、ほかのプレゼントをテーブルに移動した。
カークハムはうなずいた。窓辺に行き、カーテンを開けて外を見た。窓ガラスはまだ夜闇に塗り込められ、寝室の光景を映していた。暖かい明かりの灯ったベッドに座った子供。傍らにひざまずいた母親。以前にはカークハムをくつろいだ気分にさせてくれていたはずのクリスマスの団欒は、ドラのプレゼントで台無しになってしまった。部屋を出てゆっくり考えたいと思った。だが、予想外の息子の上機嫌を損ねやしないかと心配だった。そこで、ベッドサイドに戻り、ティミーがバイオドーの箱の中身やトレイを、出しては見、出しては見するのを見守った。
体表の肉を表すピンクの生地。筋肉として働く赤っぽい小さなかけら。神経を形作るぐるぐる巻かれた青や黄色の細紐。体幹骨となるセロリ状のプラスチックの茎。脊髄をつなぐ白いビーズ。きれいに注意深く作られた、二個一組の小さな目。筋肉繊維をつなぎとめるスナップ式のナイロンフック。神経を接続する銀のプラグ。そして──カークハムの目に最もおぞましいのは──灰色のパテ。ティミーの背骨で作動しているバイオクレイの質を落とした市販品、神経節として機能するものだ。原始的な小さな脳みそ。少年の手は箱の上を動き回り、一つの品から次の品へとせわしなく移動する。
カークハムは床上に放り投げられた蓋を見る。「バイオドーはお子さんに生命の奇跡を教えてくれます!」馬鹿どもめが、と思う。奇跡は理解したとたんに、奇跡でなくなるということすら分からんのか?
ティミーはてかてか光った取扱説明書を読んでいた。「ママ、最初に何を作ろうかな?」
「これは何だと思う?」
「うんとね……大きな芋虫! 単純な無脊椎動物……目が見えないやつ……作ってみようかな? 今すぐ」
「善は急げ、よ」ドラは言った。「さあ──ママが手伝うわ」
ふたりは頭を寄せ合って──一生懸命に、何度もマニュアルを見ながら──八インチの芋虫を作り始めた。まずはじめに、適当な長さの筋肉線維を選ぶ。ミニチュアの傘のような延展具を先端につける。ブルーの神経コードを取り付け、中央で切断し、銀の神経コネクタを各切断面につける。
適当な仕切りの中から、表面が薄緑色の肉をとり、縦長の裂け目のあるホットドッグロール型に固める。神経を備えつけた筋肉繊維を裂け目に入れ、ロードスプレッダーを緑の肉の両端にしっかり据えつける。
最後にティミーは緑のパテの球をとり、手首に押し付け、一分ほどの間、規則的なリズムで手を開いたり閉じたりした。神経刺激のパターンを受容物質に埋め込むためだ。
「できたぞ」ティミーは息を切らして言う。「ママ、ちゃんと動くかな?」
「大丈夫よ。完璧に作ったもの」
ティミーはほめてもらおうと、父を見上げたが、カークハムは作業台の上の生命なき緑色の物体をただ見るだけだった。それはおぞましくもあり、魅惑的でもあった。ティミーはグレイの球を内部に入れ、そこに二つの神経コネクタを差し込んだ。
その瞬間、芋虫がうごめき始めた。
ティミーは驚いて叫び、それを落とした。このにせの生き物は、ボードの上に横たわり、横ざまに伸び縮みを繰り返した。縮むたびに体の内部が気持ち悪く開き、中の筋肉がふくらむのがカークハムに見えた。
嘘つきだなあんた、キリストさんよ、と怯えながらカークハムは思う。生命は特別でも神聖でもないよ、誰にでも作れるもんだ──つまりわれわれには魂なんてないのさ。
ティミーは楽しげに笑った。そして芋虫を拾い、裂け目の両側を押しあわせて、封をした。青白い肉が接合された。ティミーは不思議な自信に満ちて作業を進め、生き物の裏側に沿って小さな脚のような突起をつけ、再び置いた。今度はしっかりと脚に支えられ安定して、芋虫は作業台を這い、少年の握り拳から学んだリズムにしたがってやみくもに動き始めた。ティミーは母親の顔を誇らしげに、酔ったように見た。
「さすがね!」ドラが叫んだ。
ティミーは父を見上げた。「パパ?」
「パパは……パパは初めて見たな……」カークハムは名案を探した。「名前は何にしよう、ティム?」
「名前?」ティミーは驚いた顔をした。「このままにしておくわけじゃないよ。パパ。ほかのを作るときの材料に使うもの」
カークハムの唇は麻痺していた。「どうするつもりだい?」
「箱に戻すのさ、もちろん」ティミーは鈍く動き回る芋虫を持ち上げ、両手の親指を真ん中に突っ込んで引き裂き、灰色の球を出した。神経コネクタが神経節から外れると、にせの生き物はすぐに静まり返った。
「これはこの程度だね」ティミーがいった。
カークハムはうなずいて部屋を去った。

*****

「言いにくいことだが、息子さんの命は残り少ないね」バート・ラウントリーがドラのいれた紅茶をかきまぜながら二人に言った。午後の静けさの中でスプーンの小さなむとんじゃくな音だけが響いている。なれない悲しみに、眉根にしわを寄せていた。
対照的に、ドラの表情は、注意深いまでに落ち着いていた。「あとどれぐらい?」
「恐らく一週間ももたんだろう。新しい組織適合性のデータを取ってみたが、数値は非常に悪いね。わたしはね……嘘をついてまで楽観的な見込みを述べることはせんのだ」
「ぼくらも、そんなことは望んでいないよ」カークハムは言った。「痛みがないというのは間違いないのかい?」
「ああ──バイオクレイは埋め込まれたブロックだ。ティミーはただ眠りにつくだけだ」
「せめてそれだけでも神に感謝するよ」
ドラの手が突然震えて、ティーカップのふちからしずくをこぼした。わたしに反論したいのだ、とカークハムは思った。つまり、それならばバイオクレイの神に感謝すべきではないかと。妻がその考えを口に出してくれればいいのに、そうすれば魂の救済を与える手順を始められるから。神のメッセージは、今までもこれからも変わることはないと、妻に言い聞かせる必要がある。
やめるんだ、ジョン、ともうひとりのジョンがかみつく。聖書を何もかも福音ととらえちゃいけない。
「ティミーはバイオドーキットを見せてくれた」ラウントリーがいった。「非常によくできた作品をいくつか作ったようだよ」
「あの子は才能があるのよ」ドラは再び落ち着いた。「あまり上手に作るものだから、ありとあらゆる追加のパックを買ってあげたわ。平衡神経ユニットとか、音声模写セットとか──そういうのを」
「ほんとうに?」
「ええ、あの子の作るのをずっと見ていたわけじゃないけど。あの子は、ママのびっくりするようなものを作ってみせるんだ、と言っていた」
「この短期間でそんなに上達するとは、信じがたいことだ」
「あの子は才能があるの。残念だわ……」ドラは話しやめ、頭を振って息を詰まらせた。
「あの子があんな代物に熱中しているのは、よろしくないな」カークハムは言った。「何か非常に、病的なところがあるよ。あの子から大事なものを吸い取ってしまう気がする」
「ナンセンスだよ、ジョン。ぼくの職業的意見を言わせてもらうとね、この段階であの子が夢中になれるものを見つけられたのは非常にラッキーというべきだ。物事を思いつめずにすむということだからね」
「わたしもそう思うわ」ドラが言って、一矢報いた。
ラウトリーは紅茶を飲み終えカップを置く。「バイオドーはすばらしい素材だということを認めるべきだ。手術用バイオクレイの洗練されていない形態だということは分かっているね? その中の不純物がいろんな偶然の作用をもたらし、非常に奇妙な効果を生むことがあると読んだことがあるよ。ある意味それは、生命それ自体が……」
「すまないが」カークハムがさえぎって立ち上がった。「今週の説教を起案しなければならないんでね」
ラウトリーも立ち上がる。「そうだな、ジョン──どうせぼくも、クリニックに戻らなきゃならんし」
カークハムは医者を玄関まで見送り、戻ってみると、ドラは二階に上がっていた。たぶんティミーの部屋に。一瞬ためらったが、書斎に入り、説教に取り組み始めた。だが適切な言葉が頭の中でまとまってこなかった。ラウトリーが何を言おうとしたのかは分かっていた。もう一人のカークハムも頭の中で同じ言葉を繰り返しているのだ。
生命それ自体が、と無慈悲な声が高笑いして言う。化学不純物だからね。


一月八日、ティミーは昏睡状態に陥り、それ以後ジョン・カームハムとドラは待つ以外なすすべがなくなった。引き伸ばされた不寝番は、カークハムにとって夢のような時間だった。通常の時間の外側にいるように思われたのだ。息子は既に一つの世界をあとにし、次の世界に入ることを許されるまでの通過儀礼が終わるのを待っている。
今ついに、究極の審判が始まった。カークハムは、危惧していたよりもよく自分が耐えているのに気づいた。カークハムはよく眠ったが、いつもごく短時間で、時々、ティミーの部屋から物音が聞こえたと信じて目を覚ました。だがドアを開けて覗くと、息子はじっと横たわっている。ベッドの頭上の診断パネルの豆電球が一定のパターンで落ち着いた輝きを放ち、ティミーの容態に大きな変化のないことを示していた。
唯一の動く気配といえば、ドラの意見でベッド脇に積み上げたバイオドーの箱蓋の点滅するインクぐらいだった。その存在はいまだにカークハムの脅威だったが、夜の間は──ドラもティミーも眠っていたので──己の恐怖に直面し、打ち勝つことができた。
カークハムがバイオドーを嫌うのは、男にも女にも、まして子供にも、生命を創造する力を与えるからだ。それは論理必然かつ不可避的に、神の不在を帰結する。代わりにそれは、ティミー・カークハムとして知られる人格の存在をひと吹きで永遠に消し去ってしまおうとしているかのように思われるのだ。ただ神だけが──決してバイオドー・キットの製造会社ではない──墓石の向こうの生を約束できるのに。
カークハムは、不快かもしれないが、自分のジレンマに対するごく単純な解決策があるのに気づいた。
カークハムの作った巨大な芋虫は、ティミーの最初の作品にすら及ばないできばえだった。だから、それを分解する作業は思ったより苦痛でなかった。銀のプラグはグレイのモジュールからたやすく抜け、全ての動きが止まる。単純な機械的作業。動顚するようなことは何もない。
次のプロジェクトは、もう少し大きな芋虫で、一つ目だった。虹彩を通過する光量が一定値に達するまで、ひたすら光源に向かって這い進むのだ。その地点まで来ると、にせの生き物は突然引き返す。それもまた、ティミーの作ったバージョンよりも遥かに駄作だった──ドラは、この子は特別な才能があるといっていたが、そのとおりだった──だがともかく、その芋虫は、光に向かって這い進み、ためらい、向きを変え、歩き回り、再び光に向かって進んだ。あたかも複雑な動機を抱えているかのごとく。
だが、その操作原理を理解するや、カークハムはバッテリーで動くミニカーがテーブルの縁を越えることはないのと異なるところはないと分かった。強い歓喜とともに、カークハムは悟ったのだ、粗雑なバイオドーの作品をユニークで複雑な生身の生命と同列視するなんて、自分は何とナイーブなのかと。
そして、息子が刻一刻と死に近づいてゆく夜のずきずきするような静寂の中で、カークハムにとって、一つ目の芋虫を拾い上げ、腹を切り裂き、部品を箱に戻す作業は、感情を平静に保つ経験になった。


ティミーは、一月一二日早朝に亡くなった。
ジョンとドラは、ベッド脇で手を取り合って、診断パネルの照明が静かに消えるのを見守った。慈悲深いことに、最後の瞬間をはっきり示すしるしはほかには起こらなかった。ティミーの小さな顔は、真珠のように穏やかな輝きに満ちていた。カークハムは自分の中で他の灯りも消えてしまうのを感じていた──神は、子を失うという運命に関し一切の妥協をしなかった──だが、ひとつだけ貴重な炎がカームハムの内側で燃え続け、彼を支え続けた。
ドラは深く震える声でため息をつき、夫の腕にしなだれかかった。カークハムは妻を部屋から寝室に連れて行った。ドラは夫に助けられて、ソファに横たわり、夫に羽根布団をかけてもらった。
「しばらくここにいてほしい」カークハムは言った。「休息をとるんだ。病院を呼んで来るから」玄関に向かった。
「ジョン!」ドラの声は疲れていたが、しっかりしていた。
「何だ?」
「わたし……わたし、あなたを困らせるようなことばかりしてきたと思うわ──でもわたし、間違ってたわ。間違ってた」
「わかっているよ。ダーリン。君がそれを理解してくれるなら、問題はないさ」
ドラはかろうじて微笑を作ってみせた。「ティミーが行ってしまったとき、それが起こったの。これが最後じゃないということが分かった。またいつかわたしたちは、あの子に会えるんだと」
カークハムは、満足してうなずいた。「君は、神のメッセージを受け取ったのさ。見失うんじゃないぞ、絶対に!」
灯りを消し、ドアを閉めて階段に向かった。右側から断片的に小さな音が聞こえる。小さな物体が転がるような音だ。脚を上げかげて、カークハムは止まった。ティミーが眠りに就いた場所から、その音は聞こえてくるようだ。考えるまもなく、カークハムは息子の寝室のドアを開く。ティミーの体は、薄暗い灯りの中に身動きすることなく静かに横たわっている。自分が何を予期しているのか、はっきりと分からないまま、カークハムは室内に踏み込んだ。
顔に布をかけてやればよかったな、と思った。
カークハムはベッドに近づき、シーツを引いて、息子の彫像のような体に掛けてやった。本能的に、カークハムは手を止め、息子の汗の浮いた額から、髪の毛の房を払ってやった。遺体にシーツをかぶせ終えたとき、自分の指に、灰色の物質のかすがいくつか付いているのに気づいた。それは、バイオドーの皮質のパテに見える。
ありえない、カークハムはひとりごちた。手首にしかつけちゃいけないのに。ティミーは、それを額になんかつけちゃいけなかったんだ──マニュアルにはそんなこと書いてなかったじゃないか。
後ろで音がした。
カークハムは振り返り、角の暗がりから現れた、小さな直立した人形を見て、両手で口を覆った。人形は、カークハムに向かって歩いてきた。両腕を広げ、ティミーがそうしていたように、左脚を引きずって。人形の唇が動いた。カークハムはかすかに、歪んだ音を聞いたような気がした。
パパ……パパ……パパ……
カークハムは後ろに転倒し、いすを転がした。人形は近づいてきた──裸で、ピンク色、ひどくぶざまにびっこをひきながら──カークハムは床に倒れたまま、人形を見つめていた。人形の唇が動き続けた。人形の瞳が、カークハムを見つめ続けた。
「ジョン?」ドラの声が、別の宇宙から響き渡る。「どうしたの、ジョン?」
ドラが今この部屋に入ってきたらどうなるかを、カークハムは思い描こうとした──突然、カークハムは力を取り戻した。既にカークハムをとらえたこの運命から、妻を救ってやる力を。
「何でもないさ」カークハムは叫んだ。「そこにいなさい」
カークハムはひざ立ちになり、ミニチュアの人形が近づいてくるのに任せた。幼児たちをわがもとへ、ルカ福音書18章、イエス・キリストの言葉。もう一人の自分が引用して、嘲笑する。カークハムは目を閉じ、滑らかな冷たいその体が、自分の脚にぶつかるのを待ち受けた。そして、人形を拾い上げ、両手の親指を使って、胸部を切り裂き、頭につながっている神経コードをむきだしにした。指の爪でそれを引き出すと、手の中の小さな物体は動きを止めた。
やらなきゃならないのは、部品を箱に戻すことだけだ、そうカークハムは考え、ベッドの中の人影から目をそらしたまま、新しい微笑を微笑った。
単純な機械的作業……