SF百科図鑑

グレッグ・イーガン「万物理論」

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December 02, 2004

グレッグ・イーガン「万物理論」

万物理論やっと読み終わった。
主人公はノンフィクション番組の取材からテープ編集までをこなすフリーの科学ジャーナリストで、契約先のテレビ局から依頼を受けて「万物理論」を発表する三人の学者の取材をすることになり、会場であるアナーキストたちが住む人工島に行く。ところが、ACと名乗る「汎性」(=肉体的精神的にセックスを離脱した性、「中性」ないし「無性」)が現れ、「万物理論」の三人のうち最右翼とされる女性科学者の命が狙われているので守る必要があるという。主人公は科学者に取材を続けながら並行してACについて調べるが、彼らは、物理学上の「万物理論」と情報理論を統合し宇宙全体の組成をも包含した唯心論的人間原理的巨大理論を狂信し、万物理論完成によってその真なることが証明されると考える主流派と、逆に、万物理論完成によってすべての物理法則が数学的公理に還元され宇宙が崩壊するとか、人々の精神と情報とが融合し次々と発狂してしまい人類が破滅する危険があると考え、万物理論研究者を殺害してこれを組織しようとする離反グループとが対立していることが明らかになる。このAC内部対立の図式に主人公らは巻き込まれ次々と死者や行方不明者が出る。更に、これとは別に、人工島に住むアナーキストたちに対する弾圧の動きも重なってくる。
主人公は一貫してこのACの狂信的理論を論駁しそのテロ行為を阻止しようとするが、結局、主人公も科学者も細菌兵器に感染してしまう。一方で、AC造反グループの理論を裏書するような奇病「ディストレス」が爆発的勢いでぎ広がり始める&&。
というようなストーリー。
いったい、ACの理論は真実なのか? 正しいとして、誰の理論が? じわじわと「アレフの時」が迫るにつれ、理論のディテールは修正を迫られながらも、実証されていく(?)&&。
最後は、結局唯心論というか観念論的なオチで、破滅は回避され、一種の進化のビジョンが広がるというハッピーエンドだが、安易っちゃあ安易。個人的には崩壊する宇宙を見てみたかった。

で、評価。メインアイデアとそれに関する執拗な論理的突き詰め、議論の展開はイーガン以外誰もここまでやらないでしょう、あんたも好きねえという感じの徹底ぶりで、さすがである。オチが安易だという以外にケチのつけられない迫力だ。
しかし、「宇宙消失」と同様にストーリー展開に工夫がなく一人称で単調に語られる抑揚のなさと人物描写の平板さが足枷になっている。また、メインアイデア以外にも細かいアイデアが未消化のまま無数にぶち込まれているのだが、いずれも中途半端に詳細にディテール描写されたままそれ以上突っ込むことなく放置されて終わっており、それがノイズとなって、メインテーマをぼやかす悪影響をもたらしている。特に第一部の冗長さは耐え難い苦痛である。要するに、小説として、物語としてよくできていない。このアイデアの凄さと、小説としての下手さのギャップが、イーガンの個性であり欠点である。それは短編ではあまり感じずにすむが、長編になると如実に露呈されてしまう。

アイデア作家としての力量、思弁能力の凄さを認めつつ、やはり小説として発表する以上は、物語として一定水準のものに組み立てる義務があると思うのが、その面がかなり未熟な作家といわざるを得ない(少なくとも本書が書かれた1995年の時点では)。

また人物描写も、もう少ししっかりしてほしい。せっかく変成した未来社会の特異なディテールを極めて理知的にスペキュレーションしていながら、そこに生活する主人公が現在の我々と大差ない倫理観や生活感の持ち主であるのはあまりに知的に怠惰だろう。この主人公と恋人の痴話げんかのくだりなど、陳腐すぎてあきれ返ってしまうほどだ。終盤、「汎性」の人物との恋物語で若干のユニークな人間性考察がなされるものの、せっかくの脱構築化された「性」の設定がほとんど生きておらず、机上の論理操作の域を超えていないのが非常に残念だ。またアイデアとしては面白いにせよ、本書のメインテーマと必然的に結びつく点でもないので、この程度に中途半端に取り上げるだけで終わるのなら、むしろ完全にカットして、本書の本題のみに論点を絞って書いたほうがいい作品になったと思う。

結論としては、力作ではあるが、技量の乏しさが空回りに終わった「意余って力足りず」の作品、という評価に落ち着こう。

テーマ性 ★★★★★
奇想性  ★★★★★
物語性  ★★
一般性  ★★
平均3.5点
文体   ★★
意外な結末★★★
感情移入力★
主観評価 ★★1/2 (29/50点)
silvering at 22:13 │Comments(3)TrackBack(0)読書

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この記事へのコメント

1. Posted by slg   December 02, 2004 23:01
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