SF百科図鑑 ブルース・スターリング『タクラマカン』


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2001年

6/11
スターリング「タクラマカン」読み進む。
何編か読んでみて、今いちなのは翻訳のせいではないかという気がしてきた。無理にこなれた日本語にしようとしてかえってわかりにくくなったり、又、訳語の選択が不適切だったりする。訳語から原文を想像し、「おれだったらこう訳す」と考えながら読むと、けっこう楽しめるようになってきた。もっとも、異常に時間がかかるけれども。
「聖なる牛」★★
何が書きたいのかさっぱり分からない。未来のインドで映画を撮る話のようだが、意図が不明。相変わらずキャラクターはマンガのようでリアリティがないし、どうでもいいディテールの描写が多すぎる。ライフスタイルを描きたいのか、政治的意図があるのか? 後者とするとあまりに単純化し過ぎて説得力がない。ライフスタイル小説にしても、あまりに無内容過ぎるし、ここで描かれるスタイルも一時の流行で、すぐにかっこ悪いものになってしまう。正直いって、文体にしろ題材にしろ、ここに描かれるライフスタイルにしろ、何だかオタクっぽくてしかも時代遅れの感じで、かっこいいとは思いませんでした。インド映画なんてわが国では一時の流行で終わりましたしね。訳も古臭い。訳しているのがオヤジじゃあねえ。しかもなまじこなれた口語体で訳そうとしているだけに余計にたちが悪い、古さが際立つ。
「ディープ・エディ」★★★
これもねえ、「聖なる」に比べたらまだそれなりにちゃんとストーリーがあるけれど、相変わらず人間にはリアリティがなくマンガっぽいし、おまけにオタクっぽい。しかしやはり訳語の乱暴さというか語感痴ぶりが最も印象を下げている要因でしょう。
というわけで、ヒューゴー賞受賞の「自転車修理人」に入り、これはいちおうそれなりにちゃんとしたキャラ(ライル)が出てきますが、やはり訳に問題がある。
エディの仲間の可動住宅で自転車修理業を営むライルという人物がプロタゴニストで、ヨーロッパに行ったっきりのエディからデータディスクを受け取っています。この人物の毎日の生活のディテールを描くことにかなりの筆が費やされます。しかし、相変わらずディテールにかまけ過ぎてストーリーがぼやけています。60ページ中20ページが進行したのにストーリーは全然動かず、ライルがエディ宛の郵便物を受け取ったり、自転車のフレームにエナメルを塗る作業をしたり、NAFTAの放送しか映らないケーブルテレビのモニタで大統領のニュース放送を見たり、ヴァーチャル端末で母親としゃべったりします。はっきりいってくどくていらいらします。訳文もひどい。
少し好みに変えて訳してみます。

「わたしはキティ・キャサディ」女はためらった。「中に入っていい?」
ライルは手を伸ばして女の筋肉質の手首を掴み、店に引っ張り上げた。あまり美人ではないが、体は引き締まっていた&&マウンテンバイクレースやトライアスロンの選手のようだった。年は35歳ぐらいだろうか。正確には分からない。美容整形や本格的なバイオ・メンテナンスを受ければ、正確な年齢は分からなくなる。もっとも、まぶたや毛髪、体内の組織といったものを、微に入り細に入り、医学的に検査すれば話は別だが。
女は興味津々と店内を見回し、茶色のポニーテールをふるわせた。「どこから来たんだ?」ライルはきいた。もう女の名前は忘れていた。
「もともとは、アラスカのジュノー生れよ」
「カナダ人か。そりゃすごい。テネシーにようこそ」
「でも実をいうと、アラスカは昔アメリカ合衆国の一部だったんだけどね」
「そんなばかな」ライルはいった。「おれは別に歴史家じゃないけど、地図でアラスカの場所ぐらい見たことあるぜ」
「この古い建物の中に、作業場から何から備え付けてあるってわけね! 大したもんだわ、シュヴァイクさん。あのカーテンは何?」
「予備の部屋だよ」ライルは答えた。「前に同居人がいたんだ」
女は眉を上げた。「ダートゥーザス?」
「ああ、そうだ」
「今は誰が?」
「誰も」ライルは悲しそうにいった。「物置きに使っているよ」
女はゆっくりうなずき、明らかに好奇心に駆られて、室内を見回していた。「あのスクリーンには何が映ってるの?」
「実は、よくわからない」ライルは部屋を横切ってしゃがむと、セットトップ・ボックスのスイッチを切った。「わけのわからない、政治的なたわごとだよ」
ライルは、女の自転車を調べ始めた。シリアルナンバーは全部剥がされていた。いかにも「地区」らしい。
「最初にやるのは」ライルが要領よくいった。「君の体にきちんと合わせるということだ。サドルの高さを合わせ、次に、ペダルとハンドルを合わせる。それから張力を調節して、車輪を真直ぐにし、ブレーキとサスペンションを調べ、シフトを調節し、ドライブトレーンに油をさす。いつもそうやるんだ。君のは、サドルを取り替えたほうがいいね&&このサドルは男性の骨盤に合わせてあるようだ」ライルは目を上げた。「クレジットカードは持ってるのか?」
女はうなずいて、顔をしかめた。「でも、もう残り少ないけど」
「かまわないよ」ライルはページの角を折ったカタログを開いた。「君にはこれが必要だね。中級のゲル・サドル。好きなのを選んで、明日の朝までに届けてもらう。それから」ライルはページを繰る&&「おれにこれを一つ買ってくれ」
女が近寄ってページを見た。「<コッターレス・クランクボルト・セラミック・レンチ・セット>? これでいいの?」
「ああ。おれが君の自転車を直し、君はおれにこの工具を買う。それで貸し借りなしだ」
「OK、いいわよ。安いわね」女は微笑した。「あんたの仕事のやり方、気に入ったわ、ライル」
「この「地区」に暮らしてれば、物々交換にも慣れるさ」
「今まで、不法居住なんてしたことないわ」女が考え込むような顔をしていった。「ここの雰囲気は好きなんだけど、不法居住区は危ないって言われているから」
「よその不法居住区のことは知らんが、チャタヌーガの不法居住区は安全だよ。もっとも、無政府主義者が危険だと思うんなら、話は別だけどね。でも無政府主義者は、ぐでんぐでんに酔っぱらわない限り、何の危険もないよ」ライルは肩をすくめた。「確かに泥棒は多いけどね、いちばんいやなのはそれだろうね。あと、ピストル持ってると吹聴してる強面が2人いるけど。ほんとに使っているのを見たためしがない。もちろん古い銃はすぐ手に入るけど、今時じゃ使える弾薬を作るのにも、本物の化学の知識が必要だからね」ライルは女に笑顔を返した。「ま、君は自分で自分の面倒は見られるだろうけど」
「ダンス教室に通ってるからね」
ライルはうなずいた。引き出しを開けて、テープの巻き尺を取り出す。
「店の上につけてある滑車やケーブルが見えたけど。この建物をまるごと地面から持ち上げておけるわけ? 天井から吊るすみたいにして」
「ああ。おかげで押し込み強盗対策は万全だ」ライルはドアの脇の台にさした護身棒を見た。女はライルの視線をたどって武器に目をとめると、感心したようにライルを見た。
ライルは、女の腕と胴の長さを測り、中腰にさせて、股から床までの距離を測ると、メモをとった。「よし。じゃあ、明日の午後にきてくれ」
「ライル?」
「何?」ライルは立ち上がった。
「この部屋、貸してくんない? 「地区」に安全な居場所が必要なのよ」
「申し訳ないけど」ライルは礼儀正しくいった。「おれは、大家が嫌いだし、自分がなるのもいやなんだ。おれが求めてるのは、この店のイメージにぴったりはまってくれる同居人だよ。店の設備を整えてくれるとか、自転車の修理の資格を持っているとか、そういう人。だいたい、敷金やら賃料を取ろうものなら、税務署が嫌がらせに来る口実を与えるだけだから」
「そう、わかった。でもね&&」女は言い淀んで、伏し目がちにライルを窺った。「この空間を埋める以上の役には、立てると思うけど」
ライルは驚いて女を見た。
「あたし、そばに置いておくと結構役に立つ女なのよ。ライル、今まで誰にも文句を言われたことはないわ」
「ほんとかい?」
「ほんとよ」女は自信ありげにライルを見つめた。
「君の御提案については、考えておこう」ライルはいった。「名前は何だったっけ?」
「キティ。キティ・キャサディ」
「キティ、今日は仕事がたくさんあるから、明日また会おう。いいかい?」
「いいわよ、ライル」女が微笑した。「あたしのこと、考えててね」
ライルは手を貸して女を店から降ろした。ライルの見守る中、女はアトリウムを颯爽と去ってゆき、不法居住者用喫茶店<クロウバー>の混雑した入り口に姿を消した。それを見届けると、ライルは母親に電話をした。
「何か言い忘れたのかい?」母親がスクリーンから目を上げていった。
「ママ、信じてもらえないのは分かってるけどさ、実はさっき、知らない女がやってきて、おれにエッチしようと言ってきたんだ」
「冗談のつもりなんだろうね?」
「部屋を借りる代わりに、ということらしいんだ。もしそんなことがあったら、真っ先にママに報告することになってたから」
「ライル&&」母親はためらった。「ライル、すぐこっちに帰ってきたほうがいいわ。晩ご飯の約束は今夜にしましょう。いい? この件を話し合ったほうがいいわ」
「うん、わかったよママ。どっちみち、41階まで、仕事で、エナメル塗りの自転車を届けにいかなきゃならないから」
「ママは、この件にはいい感じは持っていないわ、ライル」
「うん、いいよママ。今夜会おう」
ライルはエナメルを塗ったばかりの自転車を組み立てた。そして、はずみ車をリモコン用にセットし、店外に出た。自転車に乗ると、リモコンにパスワードを入力した。店はおとなしく手の届かない高さまで巻き上げられ、黒焦げの天井の下にぶら下がって、静かに揺れていた。
ライルはペダルを漕いで、エレベーターに向かった。自分の生れ育った場所へ。
ライルは、大喜びしているいかれた客に自転車を届け、現金を靴に突っ込んで、母親のもとへ向かった。シャワーを浴び、髭を剃り、丁寧にシャンプーをした。母と子は、ポークチョップと荒びきトウモロコシを食べ、酒を飲んで酔っぱらった。母親は三人目の夫との離婚を嘆き、号泣したが、いつもよりはましだった。そろそろすっかり立ち直って、4人目を物色し始めるのだろうなという強い印象をライルは持った。
真夜中頃になって、ライルは、いつも通り、新しい服と残った食料を持って帰れという母親のすすめを断り、「地区」に向かった。まだ母親にふるまわれたシェリーで少し千鳥足だったので、アトリウムの壁の割れたガラスの前に立って、外の街灯りでぼやける夏の星空を眺めた。夜の「地区」にぽっかり開いた闇は、ライルが気に入っているものの一つだった。アーキプラットの他の区画のように神経質な24時間の防犯照明は、「地区」には再建されなかったのだ。
「地区」はいつも夜に活気を帯びる。一般人が「地区」の無許可酒場やナイトスポットにお忍びでくり出してくるからだが、その手の営みはすべて密閉されたドアの向こうで密かに行われているのだ。随所に散見される赤と青の蛍光色の誘うようななぐり書きも、歓迎すべき人工の闇を強調する役にしか立たない。
ライルはリモコンで店を降ろした。
店のドアは破られていた。
ライルに最後に自転車修理の注文をした客が、床に延びて気を失っていた。黒い迷彩の軍服と、ニット帽、山登り用具を身につけていた。
女はライルの店へ侵入するにあたり、ドア枠の光る安全ソケットから護身棒を抜いた。そこで、特殊構造の棒は、たちまち女に1万5000ボルトの電気を浴びせ、顔に染料と市販の脱力剤の混合液を吹き掛けたのだ。
ライルは、リモコンで棍棒のスイッチを切り、慎重にソケットに戻した。突然の客はまだ息をしていたが、明らかにひどい代謝困難に陥っていた。ライルは、女の鼻と口をティッシュでぬぐおうとした。棒を売った男のいっていた「消すことができない」という話は冗談ではなかった。女の顔とのどは緑色にまみれ、胸はスピンペインティングのようだった。

うーむ、面白いではないか、ちゃんと訳すと! 小川隆の訳文がすべての元凶だったようだ。このマザコン気味の自転車修理人のキャラが面白いね。また、この「地区」の町並みの描写もたまらなく魅力的だ。ライルをたぶらかして、盗み?に入ろうとした女の正体やいかに? ともかく一部を訳し直してみたおかげで、何とか興味をつなげそうである。

「自転車修理人」★★★★
これはさすが受賞作だけあって、かなり面白かった。スターリングは細かいガジェットや漫画的なキャラ&世界設定に凝るあまり、ストーリーや人物描写に意を注がない傾向があったが、本作は、不十分ながらも人物設定やストーリーに進境が見える。マザコンで女絶ちしている自転車オタクの主人公のキャラが独特で面白い。NAFTA、スフィア、欧州連合、南という政治勢力やその内部の機構の描写は単純化され過ぎていて、あまりリアリティや説得力はないが、本作は女スパイ?のくだりがいちおう、ストーリーに抑揚をもたらしていて、他の作品のような「何を書きたいか分からない」だらだらした冗長さを免れている。ディテールやガジェットへのこだわりはサイバーパンクの後遺症だろうが、既に古びてあまりかっこよくなくなっているので、早いところ卒業して、人物の描き分けやリアルな世界設定、息をもつかせぬ緊迫したストーリー展開といった、当たり前の小説技術を身につけるのが先であろう。本作は、スターリングが幼児的なサイバーパンク後遺症から脱却する一つの方向性を示したという意味で重要な作品であり、それゆえに初のヒューゴー賞をもたらしたのだと言えるだろう。

6/12
スターリング「タクラマカン」★★★★1/2
傑作だ。ちゃんとSFを書けるじゃないの。何となく「宇宙のランデヴー」を連想させるが(潜入したらいろんな妙なロボットが出てくるところ)、核実験の空洞を使ってニセの世代宇宙船を建造し、中で住民を生活させるというアイデアはすごい。この住民の視点から事態を暴くストーリーの方がもちろん好みだが、こういう倒叙?的な話も面白い。相棒の中性キャラなど相変わらずキャラ設定は漫画的だが。また、躁病的な茶化した文体が相変わらずで、陰鬱な内容とミスマッチにも思えるが、これはスターリングの持ち味だし、風刺の観点からすると逆に効果を上げているかも。

6/13
スターリング「タクラマカン」より
「クラゲが飛んだ日」★★★★1/2
面白い。但し、その面白さの質はどちらかというと共作者のラッカーの持ち味に近い。馬鹿スレスレのぶっとんだアイデアを何の歯止めもかけずにいくとこまでドラッギーに暴走させるという手法は明らかにラッカーのものだ(「確率パイプライン」もそうだった)。他方、ホモでオタクの「タグ」などキャラ設定はスターリング的である。多少漫画的な感じはするけど、これだけ面白ければ十分でしょう。読み終わった後、一抹の空しさは残るけど(笑)。
「小さな、小さなジャッカル」★★★1/2
政治ネタが多いのがスターリングの一つの特徴のようだが(それもリアルにではなく、ある程度単純化して記号化した上で、茶化してしまう)、本作は同時代のネタをそのまま借用している分、取っ付き易い内容になっている。また、日本ネタもゼルダのメンバーの名前が出てきたり「真理教」への言及があるなど、記号を拾っているだけではあるけど意外性があってにやりとさせられる。ただし、スターリングの弱さである、事態を単純化し過ぎてしまい仔細な分析をせず表面的に流してしまう面や、ディテールへのこだわりがやや幼児的な感じがして思弁の緊張感を殺いでしまう面、そして最も致命的な「プロット、ストーリーの弱さ」はこの作品も免れ得ていず、特にストーリー面においては「ここまで大風呂敷を広げておいてこのオチは何なの?」といいたくなるぐらいひどい。つまり、小説になっていないということである。ストーリーの弱さとディテールの幼児性は、「タクラマカン」では多少払拭され、進境が見えてはいるけど、まだ全幅の信頼がおけない。いっそうの精進を期待したいところである。
「タクラマカン」書物全体の評価は、「タクラマカン」と「クラゲが飛んだ日」に免じて、辛うじて★★★★に乗ったというところだ。