SF百科図鑑 Mary Gentle "ASH -- A Secret History"


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November 25, 2004

Mary Gentle "ASH -- A Secret History"

ASH気が早いが、ビジョルドをもうすぐ読み終わりそうなので、いよいよ最後の1冊、英国協会賞受賞作の本作のスレッドを立てておく。4分冊の米国版の第1巻を既読の、あれである。

スレが下がったので、投稿日時を詐称してage

粗筋・感想(追記)
 2004.10.27 p266まで(米国版第1巻のスレッドよりコピペ)
2004.11.30 粗筋完全版
アッシュ 秘密の歴史 メアリ・ジェントル

イントロダクション
女傭兵アッシュ(1457-1477)について様々な歴史家が論じてきた。しかしこれまで人目にふれず保管されてきた決定版とも言うべき文書が見つかったので出版することになった。

プロローグ 1465-1467 讃美歌57:4の2「わが魂は獅子とともに」

傷跡ゆえに、彼女は美しかった。
二歳になるまで彼女に名前をつけようという者はいなかった。傭兵の焚火の周りを這って食べ物を探し、雌犬の乳を吸い、泥の中に座るようになっても、〈うんこ犬〉〈汚れ面〉〈灰まみれのケツ〉などと呼ばれる始末だった。その髪がぱっとしない薄茶色から白っぽいブロンドに変わるにつれ、〈アッシー(灰色)〉と呼ばれるようになった。言葉を覚えると、すぐに彼女は、自らを〈アッシュ(灰)〉と呼んだ。
アッシュが八歳のとき、二人の傭兵が彼女を強姦した。
それゆえ彼女は処女でなかった。

アッシュは自分を犯した(顔の三つの傷はこのときのもの)二人の傭兵をクロスボウとナイフで殺し、一人前扱いされ鞭打ちの刑を受けたあと武器を与えられ訓練を受ける。

アッシュはトイレにたち、キャプテンと部下三人が森に入るのを見てあとをつけ、先回りして教会のそばの木の穴に隠れる。傭兵四人は祭壇に向かって歌う。〈処女から生まれた獅子〉が現れアッシュに近づき引きずり出す。アッシュはもらしながらも傭兵の歌を歌うと獅子は襲わずに去っていく。「処女でないのに襲わなかった、これは何かの前触れか」と傭兵は驚く。

アッシュは自分の美しさを際立たせるため髪を伸ばして耳を隠し男たちと寝るが、銃兵のガイライムだけは手を出さない。ある日彼はアッシュに牛を引かせ、剣を与えてトサツ場につれていく。飛び散る血しぶきを浴びて失禁し泣きだすアッシュに、ガイライムは牛を切れと命じる。アッシュは泣きながら牛をやっと切り殺し、体を洗う。

アッシュはリチャードと塔に登り戦闘を眺め、キャプテンのテントできいた軍の部隊配置の話に従って論評を加える。その際中に初潮。塔から降りてすぐ塔が崩壊する。戦闘は双方が捕虜を取って終わる。ガイライムは捕虜に取られ結局戻ってこず、さまざまな噂が流れる。アッシュはリチャードと声が聞こえるという話をしていると村の尼シスター・イグレインからお前には悪魔が宿ってるといわれる。このときの戦は、モリネラの戦い(1467)と思われる。

最後に、この「del Guiz Life」の翻訳者(中世史学者)ピアス・ラトクリフの編集者にあてた手紙で徐々にこのテキストの性格が明らかになる。過去に出された二種類のテキストの編者の一人(チャールズ・マロリー・マクシミラン)はバーガンディ王国(これ自体は実在する、フランス東部のバーガンディ族の国でフランク族に征伐された)が崩壊(アッシュは病死、国王は処刑)後も実在したと論じるが事実ではないと反駁する。

(ここまで読んでぐぐってみた。原書は四部作が全体で1冊の長編として出ており、外側のラトクリフ博士の物語が第四巻で全体を統合し、一種の中世を舞台にしたSFになってしまうそうで、中世を舞台にしたエピックファンタシイを期待した者は面くらい、酷評をしているものもいる。なおアッシュはジャンヌダルクをモデルにした架空人物と思われる。)

第1部 1976・6・16-7・1

アッシュは獅子の旗を掲げ、ロバート・アンセルムを副官とする81人の部隊を率い、バーガンディ軍と衝突する。そして敵将の男爵を負かし、勝利宣言する。ところが、500を越える弓兵部隊が現れ、退却を余儀なくされ、馬を失いながらローマ皇帝フレデリックの領内に逃げ戻る。皇帝には無駄な戦闘をするなと詰られる。アッシュはロバートに自分の領地が欲しいと語る。副官は仲間を失った敵兵の心中を思い、アッシュは神父にでも懺悔しろというと医師フロリアンのテントに行く。肩の外れた男の手当て、強引に肩をはめなおす。アッシュは早く部隊にもどれといい、フロリアンは何でもっと瀕死の患者や死者をつれてこない?と皮肉る。アッシュはフロリアンをテントからつれ出す。そこへリカード少年が皇帝が呼んでいるときたので、医師と共にいくとテントの周りに貴族が集まっている。ゴドフレイもいた。アッシュは報酬として皇帝に「夫」を与えられ、否応なく結婚を承諾する。フェルナンド・デル・ガイズという皇帝の遠い親戚の若者と。

アッシュは姑と婚礼の髪や衣装を整えているがそこへ部下がやってきて指示を仰ぐ。姑は顔をしかめるが、アッシュは謝りながら部隊のキャンプに向かう。皇帝は公爵に下がるよう申し入れているらしい。アッシュはキャンプで報告をきき、フットボールをせよと命じる。またボーイのリカルドがいい男になったので変な噂が立つと困るからもっと幼い少年を雇わねばという。アッシュはゴドフレイから、フロリアンが夫と兄弟で、もともとバーガンディ出身であることをきく。医師であるため勘当同然の状態らしい。ゴドフレイは仲直りを勧めるがフロリアンは断る。ゴドフレイはアッシュの結婚にも難色を示す。5年前、アッシュは婚約者に放尿され侮辱されたことがあったのだ。それをききアッシュはショックを受ける。アッシュはフロリアンに、兄が覚えているかどうか尋ねてほしいというが、フロリアンは断り、実は女性であったことがわかる。男性でないと軍務につけないため男性のふりをして軍医の訓練を受けたが、すぐにばれ、様々な部隊を転々としてここにたどりついたという。アッシュは何とか辞めずに済むようにすると請け合う。
(この展開はあんまりじゃねーの?)


アッシュが元気よく足を踏み入れると、そこは〈青き獅子の旗印〉の下にある中央広場だった。アッシュは背を丸めて屋根なしのカートの後部にのぼり、樽や藁籠や濡れた地面に三三五五座っている、あるいは腕組をして立ち、しかつめらしく彼女を見上げている男たちを見まわした。
「要点を確認する」アッシュの声は緊張してはいなかった。聞こえない者がいないように、はっきりと明確に話した。「二日前、われわれは公爵の軍と小戦闘をした。これは雇い主の指示に基づくものではなかった。私が命じたのだ。軽率だったが、われわれは兵士だ。軽率にならざるを得ない。時には」
最後の言葉で声を落とすと、ビール樽のそばにいる重騎兵の集団から笑い声が上がった。ジャン・ジェイコブ、グスタフそしてピーテル──パウル・デ・コンティの軍からきたフラマン人の男たちだ。
「あの時点で、われわれの雇い主には二つの選択肢があった。契約を破棄することもできた。そうなれば、われわれは敵方に直ちに寝返り、バーガンディ公チャールズと契約していただろう」
トーマス・ロチェスターが叫んだ。「多分、今からでもチャールズ公爵と契約交渉できますぜ。あの人はいつでも戦線から離れた場所にいますから」
「まだその時ではないだろう」アッシュがさえぎった。「一日か二日、待つ必要がある。われわれが彼を殺しかけたことを彼が忘れるまでな!」
また笑い声、もっと大きな。そこへ、ヴァン・マンダーの一味がやってきた──彼らは厳格さで知られ、それゆえ尊敬を集めていたので、これは重要な集会なのだ。
「それについては後で論じるとしよう」アッシュはきびきびと話しつづけた。「ニュースにいる司教がだれだろうと、われわれにはどうでもよいことだ。それゆえ、フレデリックは、もしその選択をすれば、われわれが寝返ることを知っていた。それが第一の選択肢だったが、彼は選ばなかった。第二番目の選択肢──彼が、われわれに報酬を支払う」
「そのとおり!」二人の女弓兵(この二人のいないところでは、二人は「ゲレイントの情婦」として知られていた)が喝采を上げた。
アッシュの鼓動が速まった。左手を剣のつかにかけ、破れた革張りを指でなでた。
「そう、お前たちも気づいてのとおり、われわれは金を受け取ってはいない」
野次がとんだ。群集の後方にいる者たちが前に詰めてきた。弓兵、石弓兵、嘴槍兵、火縄銃兵。誰もが肩を寄せ合って、アッシュを注視していた。
「ところで、私とともに戦った者たちは、よくやってくれた。素晴らしかったぞ。見事であった」考えるように言葉を切る。「あれほど多くの過ちを犯しながらも、戦いに勝つなど見たことがないわ!」
大爆笑。アッシュは負けじと声を張り上げ、特定の名前を呼び上げた。「ユエン・ヒュー、お前は、死体の物を盗む役目を忘れた。パウル・デ・コンティ、お前は突撃の号令時に遠すぎて、敵に達したときには馬がすっかりばてていたぞ! 降りて歩いて来たわけでもないのに、呆れたわ。司令官の命令に注意を払うことについてもな!」アッシュはそれ以上追及するのを止めた。「四六時中、旗印から目を離さぬようにと、きつく言っておかねばならんな&&」つばを飲みこんだ。
ロバート・アンセルムは、何百というかまびすしい話し声に負けじと、必死で声をはりあげて賛同した。「おっしゃるとおり!」
笑い声が起こり、当面の危機は乗り越えたとわかった。少なくとも一時的には。
「そのために、我々は今後、数多くの小戦闘の訓練を積まねばならぬ」アッシュはカートの後部からにらみつけた。「おまえたちのしたことは、とてつもなく素晴らしい。孫たちに語るがよい。それは戦争ではないのだ。戦場では、騎士と騎士の一騎打ちなどありえない。なぜなら、お前たちには弓というものがあるからな! おお、それに──火縄銃もな」銃部隊の男たちの気安い不満に応えるように、にやっと笑い、「火縄銃が不発に終わるときの、あの素敵な音の聞こえない戦いなど、戦いとは呼べんからなあ!」
アストンの軍から来た赤毛の重騎兵が叫んだ、「斧を取れ!」すると、歩兵たちが声を合わせて歌った。銃兵たちもあれやこれやと、下品な声で応じた。アッシュは彼らを鎮めるようにと、アントニオ・アンゲロティにうなずいて指示した。
「何にせよ、あれはすばらしかった。残念ながら、金にはならなかったがな。それゆえ今度、バーガンディ公チャールズの尻に槍を突き立てる機会があれば、私は真っ先に駈け戻り、お前たちの報酬の先払いを要求しよう」
後方の声が一瞬の静寂をとらえて叫んだ。「ハプスブルグ公フレデリックの糞野郎め!」
「寝言を言うな!」
爆笑。
アッシュは尻の重心を反対側に移した。不安定な風が、顔に髪を吹き広げた。料理の火の、馬の糞の、密集した群集の八百日分の汗臭い体の匂いがした。彼らの大部分は頭をつるつるに剃り、野営地で原則的には戦闘から守られているのだ。嘴槍や斧槍は、一ダースもの束になってテントに積まれている。
子供たちは広場の隅を駆け回っているが、戦った男女が集まった群集の中には入れない。戦わなかった男女、つまり娼婦やコックや洗濯女は、大半が野営地の外れにとめたワゴンの縁に腰かけて、聴いていた。いつものことだが──相変わらず、サイコロのばくちに興じている男、濡れた布をかぶって寝ている酔っ払い、どこに行ったかわからない連中もいた。だが、配下にいる人間の大多数は、目の前にいた。
見知っている多くの顔を目にして、アッシュは考えた。私にとって最もありがたいことは、彼らが私の言葉に耳を傾けてくれることだ。彼らは私に指図されることを期待している。彼らの大半は、私に味方してくれる。その代わり彼らに対し、私には責任がある。
他方で、契約先となりうる他の部隊も常に複数あるのだ。
彼らは静まり、アッシュの言葉を待った。あちらこちらで仲間同士の交わす言葉が聞こえた。湿った地面の上で多くの長靴が動いた。人々は何もいわずアッシュを見つめた。
「三年前この部隊を立ち上げて以来、お前たちのほとんどが、わたしについて来てくれた。それ以前からわたしについていた者も中にはいる。わたしが〈金のグリフィン〉それから〈大蛇の仲間〉のために徴発した兵士。周りを見たまえ。狂った荒くれ男だらけだ。お前自身もそうだし、お前の隣の男もたぶんそうだ! わたしについてくる者はみな、狂わねばならん──だが、そうすれば」アッシュは声の調子を強めた。「そうすれば、どんな逆境からでもお前は生きて帰れる──そして、この上ない名声と──報酬がもらえるのだ」
アッシュは鎧をつけた腕を上げ、声の調子を上げた。「そして今度こそがその時だ。たとえ、結婚によって報酬を得るとしてもだ! 何事にも初めというものがある。フレデリックはそれを見つけたのだ」
アッシュは副将軍たちを見下ろした。彼らは身を寄せて立ち、言葉を交わしながらアッシュを見ていた。
「この二、三日の間、わたしはいろいろと画策した。それはわたしの仕事だ。だが、お前たちの未来でもある。われわれはいつも公の集会で、どのような契約ならば受け入れるべきか、あるいは受け入れるべきでないかを議論してきた。そこで今回は、この結婚について論じようではないか」
言葉はいつもどおり滞りなく出てきた。彼らに話しかけるのに困難はなかった。その流暢さの陰で、アッシュの声は張り詰め、細くなった。素手の両手を握り締め、指の関節が緊張しているのがわかった。
何を言えばいいのだろうか? われわれはそれを受け入れるべきだが、わたしにはできないと?
「議論が終わったら」アッシュは続けた。「投票で決を採る」
「投票?」ゲレイント・アプ・モーガンが叫んだ。「本物の投票で決めるつもりですか?」
誰かがはっきりと聞こえる声で言った。「民主主義とは、目上の言うとおりにすることさ!」
「そうだ、本物の投票だ。なぜなら、もしわれわれがこの申し入れを受ければ、わが部隊の領地となり、わが部隊の収益となるからだ。もし受け入れないとすれば──フレデリック皇帝が許してくれそうな言い訳はただ一つ」アッシュは言った。「『わが部隊が許してくれなかったのです!』」
アッシュは、彼らに深く考える暇も与えないまま続けた。「お前たちはわたしについてきた。そして、他の傭兵部隊とも数多くともに働いたが、どれ一つとして何年も続くどころか、ひとシーズンも持たなかった。わたしはお前たちの武装が常に十分であるようにと、行く先々で略奪品をお前たちに与えてきた」
雲が動き、日光がぬれた地面を横切って、アッシュのミラノ式プレート・アーマーを照らした。あまりにタイミングがよかったので、アッシュはゴドフレイに疑わしげな視線を投げた。ゴドフレイは、両手で〈いばらの十字架〉を握りしめて、カートの下に立っていた。
(以上、116pまで)
髭の男は天を見上げ、茫然と微笑んだ──そして、男たちの上に立つアッシュの絵姿をちらっと満足げに見やった。明るい色の鎧をまとった彼女の頭上の空に燃える〈獅子の紺碧〉のほむら。ささやかな奇跡。
アッシュはしばらく話すのをやめ、聴衆が自分の鎧に気づくのを待ちながら立っていた。いかに高価であるか、そしてそれが何を意味するかについて。〈わたしはこの鎧を着られる、それほどわたしは優れているのだ。お前たちは本気でわたしに雇われることを望むはずだ。正直になれ、男たち&&〉
アッシュは話した。「もしわたしがこの男と結婚すれば、われわれは冬に身を寄せる土地を手に入れる。農作物や材木や毛糸を売って儲けられるぞ。われわれは」軽く付け加えた。「毎年、装備を整えなおすだけのために、自殺じみた契約を結び直す必要もないのだ」
長く黒い髪、緑の鎖帷子の男が叫んだ。「もしおれたちが皇帝の気に入らない契約条件を出したら、来年はどうなるんです?」
「彼は、われわれが傭兵だと知っている」
女弓兵が肘で群集をかき分け、前に進み出た。「だが、今既にあなたは皇帝と契約中です。その封建諸侯の一人と結婚するまでもなく」頭を後ろに傾け、アッシュを見上げた。「彼はあなたに、聖なるローマ帝国への忠誠を、望んでいるのではありますまいか、隊長?」
「もしおれが誰のために戦うべきか、人に教わらなきゃならんなら」火縄銃兵が言った。「とっくに封土の税を食らっていますわ!」
ゲレインド・アプ・モーガンがどなった。「それを心配するのはもう遅い。提案はなされたのだ。わたしは財産争いに参加することに一票投じる。皇帝の機嫌を損なうわけにいかん」
アッシュはカートから見下ろした。「われわれは今まで通りやっていけばよいはずだ」
広場を不平のつぶやきが波のように駈けめぐった。弓兵はきびすを返した。「お前たちは、隊長にチャンスを与えないのか? アッシュ隊長、あなたは結婚させられますよ」
アッシュは、女弓兵が誰であるかわかった。変わった名前の金髪女だ。ルドミラ・ロストフナヤ。ベルトから石弓のクランクを下げている。〈ゲノア出身の石弓兵だ〉とアッシュは思い、両手をカートの縁にかけた。めまいがして気分が悪かった。
なぜわたしは、この提案を受けるべきだと説得しようとしているのか? 
そんなことはできん。
うす汚れたちっぽけなバイエルンの土地どころか、この世界のいかなる地であれ──
(以上p117)

ルドミラは、アッシュが結婚を受けいれれば、傭兵部隊は諸侯の所有に帰し、引いては帝国の傘下に組み込まれ、皇帝はただで部隊を手に入れることになるという。あるいはアッシュは軍務から離されるかも知れないが、そうなると部隊を率いるものがいない。集会は騒然とし、アッシュは「六時の礼拝までに決めておくように」と告げ集会を終える。しかし、その結果は「皇帝にはむかうわけにいかないので結婚すべし、部隊の処遇についてはアッシュに期待する」というものだった。アッシュは悪態をつき、去る。
夜、テントで悩んでいると、ロバートが来る。アッシュは自分が政治について知らぬまま愚かな決断をしたと言い、助言を求める。
数日後婚礼がとりおこなわれるが、フェルナンドはこない。遅れてきて式を終えたフェルナンドは、馬と結婚するところだったなどと憎まれ口をきき、アッシュに侮蔑的な発言をして去る。アッシュは5年前と同じ欲望をフェルナンドに感じ、「自分は不幸な花嫁かもしれないが、幸福な未亡人になってやる」という。
アッシュが会場を回っていると、アシュトゥリオというゴーレムを引き連れたビシゴス人のカルタゴ使節ともう一人のカルタゴ使節が喧嘩になり、皇帝が追い返せという。フェルナンドはおれがアッシュの部隊の一部をつれてエスコートするという。アッシュはわたしの部隊だと怒るが、今は我慢せよと側近に止められる。

この部分に関し、編集者が「実在しないゴーレムを出すとファンタシイになってしまう」と苦情のメールをかくと、ラトクリフは「他の二人の学者も粘土人とか、ロボットと呼んでいる。ただ最終版の段階では削って欲しい」という。アナは「ゴーレムの伝説はあったのだろうが、読者が事実と混同するのはマズイから削ったほうがいい。また、ビシゴスやカルタゴはローマ帝国以後に絶滅したはずなのに何故こんな時代に出てくるのか、確認するように」と返答。ラトクリフは返答する。ビシゴスは、ローマ崩壊後にスペインと同化していた末裔が北アフリカのチュニジア?にカルタゴを再興した。歴史から突然消されることは珍しいことではない。バーガンディにしても中世ヨーロッパの最強国だったが突然消えたわけでなく、王家は第1次大戦前まで続いた。そして現にチュニジアでゴーレムの残骸らしきものが発掘されたらしい、今から飛行機で行ってくる、という内容だった。
(メタフィクション的になってきた)

第2部 1476・7・2-7・22 ヘクバ・レグニナム
「ヘクバ(地獄の女神)が(地上で)統治す」

アッシュはフェルナンドとともに部隊の一部を率いてライン川を船で下りながら、初夜を迎える。フェルナンドはアッシュが処女でないことを指摘し穏当な理由を求めるが、アッシュは平然と六歳で男を知ったこと、八歳でレイプされ、以後体を売っていたことを告げる。フェルナンドは売女と怒りながら何度かやった後、寝てしまう。アッシュはナイフで刺すことも考えるが結局思いとどまる。次の夜からフェルナンドは来ず、船はゲノアに近づく。

船はゲノア近くにつき陸路(馬)で移動する。一部の者が盗みを働きアッシュは耳を切れという。アッシュはカルタゴ大使二人が縛られているのを見て、フェルナンドに忠告に行く。そして休憩を入れさせ、大使に飯を食わせろというが断られ、戻る。部下から、「フェルナンドをまだ殺さないのか」と不満が漏れる。

「やつのセックスはいいんですか?」
「ジャン・ジェイコブ、少しは股ぐらから頭を切りかえるのだ──おぞましい!」
彼らが尾根にたどり着くと、風が霧を吹き寄せ、渦を巻いた後、海へと吹きさらった。黄土色の丘が地中海の日光を照り返した。ぼんやりと空は輝き──遠く見積もっても二、三マイル前方で──光が忍び寄る波に砕け散る。岸辺。海。
艦隊が、入江とその向こうの海を覆い隠していた。
商船ではない。
戦艦だ。
白の帆に、黒の旗。アッシュは一秒にも満たぬまに考えた。あれは半分がた戦争のための艦隊だ! しかもカルタゴの旗を掲げている!
唇に吹きつける風は塩の味がした。アッシュは唖然と、凍りついたように見つめた。一秒が何時間にも感じられるようだった。黒い三段漕船の刃物のように尖った船首が、平らな銀色の海面を裂いていた。少なく見て一〇隻、多く見て三〇隻。その間に、巨大な五段漕船──五〇から六〇隻。より岸に近く、巨大な薄型の輸送船群がゲノアの壁によって視界から隠れ、車輪によって駆動しながら、海水を虹色の噴水に変えていた。かすかに、間をさえぎる距離を越えて、アッシュは艦隊の進む重い震動音を聞いていた。*

*率直に言って、この部分にも中世的な伝説がまぎれ込んでいる。先の「カルタゴ」という名称の混入と考え合わせても、これは実際のところ、古代の歴史的なカルタゴの海軍のおぼろな記憶が、修道院の原稿に紛れ込んだものではないかと疑われる。すなわち、ミラッツオでローマ艦隊に滅ぼされる(紀元前二六三年)以前に地中海域を支配していたころ、主としてローマに対する防波堤ないしコルヴァスの役目を果たしたカルタゴの艦隊である。こういった時代の混乱は、中世史家にはさして奇妙には思われない。

そしてアッシュは、壁に囲まれた港湾都市のタイルばりの屋根からのぼる黒煙を認め、ゲノアの漆喰で塗り固めた壁や曲がりくねった道の合間を動く男たちの姿を見た。
アッシュは小さく言った。「荷降ろしをする輸送船あり。数は不明。艦隊による攻撃。援軍の船はなし。味方の軍勢は二〇〇人」
「退却、もしくは降伏せよ」
アッシュは、頭の中のその声をほとんど無視して、丘の下の岸辺を唖然と見ていた。
「ラムがあいつらの中に駆けて行ったぞ!」驚いて、ジャン・ジェイコブが一マイル前方の白いアグナス・デイを描いた旗印を指差した。アッシュは駆けまわっている自分の部下の数を急いで頭の中で数えた。
ピーテルは既にぐるぐる走りまわり、牡馬の制御をほとんど失っていた。「おれが警告の合図をします!」
「待て」アッシュは掌を上に向けて片手を挙げた。「聞け。ジャン・ジェイコブ、お前は馬に乗った弓兵を集めろ。騎士を起こして武装させろとの私の希望を、アンセルムに伝えよ、アンセルムが隊長だ! ピーテル、アンリ・ブラントに伝えよ、全てのワゴンを捨て、全員が武器をかき集めて馬に乗れと。デル・ガイツの服の者の指示には従うな──わたしがフェルナンドに話をする!」
アッシュはワゴンの群の中央の〈獅子の紺碧〉の旗印に向かって馬を全力で進めた。動き回る男たちの中に、リカルドの姿が見えたので、ゴドフレイと外国大使を連れて来いと怒鳴り、梁とロープと杭の入り乱れた混乱の中の、緑と金の縞模様の観覧台を目指して急いだ。フェルナンドは馬上に座り明るい陽光を浴び、伴の者たちに陽気に話しかけていた。
「フェルナンド!」
「何だ?」フェルナンドは鞍の上で振り向いた。その口元が傲慢にゆがんだ。アッシュは彼のことをただの注意深くない人間と思い始めていたが、その印象にそぐわない不満気な表情だった。ついに彼の冷酷な性格を暴露したのだ、とアッシュは思い、細心の注意をはらって鞍から地面に降りると、フェルナンドのたづなを掴んだ。そのため、フェルナンドを見上げるために頭を上げねばならなかった。
「何事だ?」フェルナンドはほとんど尻の周りまでずり落ちていたタイツをたくし上げた。「私が着替えの準備をしているのが見えないのか?」
「あなたの助けが必要だ」アッシュは深く息を吸った。「われわれは罠にはまった。全員が。ビシゴスの罠だ。やつらの艦隊がいる。やつらはトルコ人と戦うため、カイロに向かってはいなかった。ここにいるのだ」
「ここに?」フェルナンドは困惑して見下ろした。
「少なく見積もっても、一二隻の三段漕船と──六〇隻の巨大な六段漕船がいる! それに、輸送船も」
フェルナンドの表情はあからさまに途方に暮れ、困惑していた。「ビシゴスだって?」
「ビシゴスの艦隊だ! 銃だ! 軍隊だ! 向こう側の道に敵の軍勢がいる!」
フェルナンドはぽかんと口を開けた。「こんなところで、ビシゴスが何をやっているんだ?」
「ゲノアを燃やしているのだ」
「燃やしている──」
「ゲノアだ! 侵略軍だ。これまでにあれほどの数の船が、一箇所に集まるのを見たことがない──」アッシュは唇にこびりついた砂のかたまりをふき取った。「ラムはやつらに突入していった。戦闘が起こっているのだ」
「戦闘が?」
マシアスという男が、南ゲルマン訛りで言った。「さいです、フェルディ、戦闘です。覚えておいででしょう。訓練、対戦、戦争? そういったものを」
フェルナンドが言った。「戦争」
若いゲルマン人は、機嫌よく顔をしかめてみせた。「もし若様に、その気がおありなら。おれは若様より、訓練を積んどります! 若様はちょいと怠けすぎてたようですが──」
アッシュは彼らの緊張感のない会話をさえぎった。「わが主人よ、見るがよい。来るのだ!」
(以上p186-188)
そういってアッシュは馬を走らせ、フェルナンドは着いてくる。カルタゴ軍を見てフェルナンドはびっくりし、アッシュに言われて皇帝に知らせに戻る(あくまでも自分が命じた形にして面目を保つが)。アッシュは前回同様部隊に配置の指示をし、敵軍の様子を見ると、どうもゴーレムがいるらしく、ゴーレムが数体向かってくる。カルタゴは初めからトルコでなく我々を狙っていたのでないかとの疑惑が強まる。
(カルタゴとゴーレムという事実と異なる変数の存在によって、本作は「改変」歴史「SF」色を強めてきた。)


アッシュは谷間に入るが、茨の道で敵の罠だった。尾根から矢で攻撃され立ち往生するが、山に放火し煙にまぎれて逃げる戦法で何とか谷を抜け出す。フロリアンもきていたことが分かる。逃げる途中でアスチュリオの死体が見つかる。侵攻の情報を洩らしたくないカルタゴの仕業? かくして、北アフリカのヨーロッパ侵略戦争が始まった。


7日後、フレデリクスの下へ戻ったアッシュは、敗走したことについて皇帝の追及を受け、弁解も入れられないため開き直って、契約は終了したからもはや皇帝には拘束されないと叫ぶ。そこへ、カルタゴ大使の生き残りが牧師に保護されて現れ、カルタゴがバーガンディ征服のため、間にある全ての国に同様の謀略を仕掛けた事実を明かす。おりしも剣舞試合が催されており、い合わせたバーガンディの男がこれに反発する。また、フェルナンドはカルタゴ軍につかまり、カルタゴの王に忠誠を誓ったという。フレデリクスは怒り、フェルナンドの封土剥奪を言い渡す。カルタゴ人が空を見よといい太陽を指差すと、太陽は消えていた。

アナはこの原稿を読み、日食の記録を調べるが見つからない。そもそも、北アフリカの国が15世紀にヨーロッパに侵攻したなどという記録もなければ学説もなく、歴史の教科書にも書いていないのだ。わけが分からなくなり、チュニジアにいるはずのラトクリフにメールする。ラトクリフは学友の女学者と合流し、ゴーレムの発掘現場でゴーレムを見た。完全体1体と残骸数体が見つかり、関節やかかとの損傷状況から実際に歩いていたことが分かったという。素材はイタリアの石だったが、アッシュに関する新しい文献によるとカルタゴにはヨーロッパの文化が流入していたことやイタリアとの貿易の事実からそのような技術があったとしても不思議はないという。また歴史書から完全に消えたのは、歴史の激動期で紛れてしまったとしても不思議はなく、白人歴史学者達がアフリカに対する偏見から見落としてしまった可能性が高いという。アナは、ラトクリフに学友との共同研究およびテレビのドキュメンタリー番組とのタイアップを提案する。

(まじですごくなってきた。歴史学の科学としての有効性に関する痛烈な批判にもなっているのがすごい。歴史の教科書に書いてあることは、そもそも全部嘘であってもおかしくないのだ。よって立つ手がかりである文献に嘘が書いてあっても、誰も証明できないのだから。そうすると「ケルベロス第5の首」とくしくもテーマが重なってきた。大傑作の予感がしてきたよ。