SF百科図鑑 小説「題未定」2001.6.8


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2001年

6/8

題未定

世界は入れ子構造をしていた。

(断章)巨大構築物都市。1階ショッピングセンター。2階住宅&学校。3階古書店。ぼくは3階でその本を見つける。その本はこの世界について書いたものだった。「題未定 世界は入れ子構造をしていた。 (断章)巨大構築物都市。1階ショッピングセンター&&」慌てて本を閉じる。その本はシリーズものになっており全6冊のようだが、抜けている巻があった。同じ棚の上の段には、「20世紀SF・」の古い版が置いてあった。河出文庫。おかしいな、このシリーズに旧版はないはずだが&&。本のページは黄変して縁が反り返っている。内容を見ると収録作品が全く違うし、後半半分ぐらいが脚注に費やされている&&。しかも、編者が浅倉久志になっている。
そのとき、頭の中でカチリと音がして、わたしは4階オフィスの階に入ったところだった。同僚と打ち合わせをし、午後2時に取引先との交渉があるので、午後1時半に&&で待ち合わせることとなった。間もなく11時になる。わたしは&&の近くまで同僚に車で送ってもらった後、昼食に一人で出かける。もちろん、わたしはラーメン店以外は目に入らない。ところが、その2車線道路(おそらくその地区の幹線なのだろうが、ほとんど車も人も通っておらず、わたしはごく自然に車道部分を歩いている&&)のカーブを右に曲がったすぐの右側にあった「&&ラーメン」の店名には聞き覚えがなかった。熊本系? 東京系? それとも&&系? &&ここはどこだっけ&&頭がぼんやりしてきた。入りあぐねていると&&
頭の中でカチリと音がした。知人の&&がエスカレーターを降りてくるところだった。おれは&&に&&ラーメンについてきいてみた。&&によれば&&ラーメンは&&系で、&&のスープに&&だれをあわせ、麺は&&で、トッピングに&&を&&たものを乗せるところに特徴があり&&ということだった。おれ&&頭がぼやけて&&

&&という夢を見た。
あまりに魅力的な幻想世界のため、そのディテールをできるだけ現実の夢に忠実に構築しながら、夢を現実の論理思考で損なわないように気をつけて、文章に残しておく必要がある、と考えた。
夢の迫真性を損ねるのは、曖昧な部分を無理に言葉に置き換えようとするからである。強引に辻褄を合わせようとして、夢に現れなかったものを現れたかのように記すからである。実際には名前がなかったのに、無理に名前を与えようとするからである。
言葉と夢とどちらが先か? むろん、夢であろう。夢は言葉より上位の次元にあるのに、上位次元のものを下位次元のもので表現しようとするところに無理がある。夢は、思考の核が判然とせず、ほぼ視覚の断片的な連続性を中心として構成されている。視覚イメージの連なりには明確な因果性が認められない。それゆえ、存在しない因果性を無理に付与することにより、夢らしさが必然的に損なわれてしまうのである。
そこで、我輩は、不明確な部分を&&によって表現することとした。
次に問題なのは、視覚イメージの切り換わりの表現である。
夢は、何らかの街あるいは構築物を舞台とすることが多いが、それは、局所的には物理法則に従っているものの、全体としては物理的空間法則と全く相容れない。視覚イメージの中で、思考が働く場面になると、その思考に合わせて空間が切り替わってしまうことが多い。対面していた人物が別の人物に入れ代わったり、対面していた人物と自分とが入れ代わったりするし、今までいたのではない全く別の場所に移動しており、その世界像、世界の構造そのものが全く変わっていたりする。
我輩は、これを表現するのに、頭の中でカチリとスイッチが入れ替わる音をさせることにした。そして、一人称を変化させることにより、世界としても自分としてもモードが切り替わったことを表現しようとした。
我輩は、以前に、「人格切替え能力」が知的能力として認知され、ナノテクで身体改変をするごとく、サイコテクで精神改変の技術的コントロールが可能となり、人々が、状況に応じて人格を使い分けることができるようになった未来社会と、そこで起こる新たな社会問題、主観問題について検討しようとしたことがある&&。その社会では、人々が自らの精神のスイッチを切り替えることにより、何十何百もの人格を変幻自在に使い分けることができるのである。かつて、多重人格は精神障害とされ、人格同士が争って行動上の問題を引き起こすものとされていた。しかし、それが精神障害とされたのは、内的コントロール機構が外部的に構築できないため、内的健康上の問題を引き起こすし、その行動予測不能性により外的にも問題を引き起こすというもっぱら技術的不備のゆえの暫定的取扱いであったと今は認めざるを得ない。その一方で人々は、「自己変革」を熱望し、人格改造のマニュアル本やセミナーが商業的に成立していた。また、宗教の機能もそこにあった。人格の同一性が健康の証しとされながら、同時に社会と適合できない「唯一の自己」から逃れて別の自己を得ようと、人々は必死になっていたのである。これは、客観的に見れば矛盾したダブルスタンダードであり、いずれ然るべき技術が開発されれば排斥される運命にあったと認めざるを得ない。そして、このような人格使い分けの技術が開発されれば、もはや精神的な悩みも、宗教も不要となるはずである&&。しかし、そうなったとき、人間社会はどうなるのか?
その先を考えるのが、我輩の役目である。しかし、これは我輩自身を人格切替が可能になった精神状態にあるものと仮定し、我輩以外の人間もすべてこの技術を身につけたものと仮定した上で、日常生活のあらゆる事項についての精密なシミュレーションをする必要がある。我輩の頭の中だけでは追い付かない。コンピュータ上に人格切替技術を身につけた複数の人格プログラムを泳がせ、検証する必要がある&&。幸い、コンピュータの論理は現実社会の物理法則の比喩であるため、そのシミュレーションはおそらくかなり正確だろう。
そして、そのような人格切り替えの瞬間を表現するのに、「カチリ」という無機的な音ほどふさわしいものはない。
我輩は、夢における空間イメージの切り換わりが同時に人格の切り換わりを伴うものと解釈して、この「カチリ」を採用することとしたのである。
我輩は、さっそくノートパソコンを起動させ、ワープロプログラムを立ち上げて、書き始めた。

「題未定

世界は入れ子構造をしていた。

(断章)巨大構築物都市。1階ショッピングセンター。2階住宅&学校。3階古書店。ぼくは3階でその本を見つける。その本はこの世界について書いたものだった。「題未定 世界は入れ子構造をしていた。 (断章)巨大構築物都市。1階ショッピングセンター&&」慌てて本を閉じる。その本はシリーズものになっており全6冊のようだが、抜けている巻があった。同じ棚の上の段には、「20世紀SF・」の古い版が置いてあった。河出文庫。おかしいな、このシリーズに旧版はないはずだが&&。本のページは黄変して縁が反り返っている。内容を見ると収録作品が全く違うし、後半半分ぐらいが脚注に費やされている&&。しかも、編者が浅倉久志になっている。
そのとき、頭の中でカチリと音がして、わたしは4階オフィスの階に入ったところだった。同僚と打ち合わせをし、午後2時に取引先との交渉があるので、午後1時半に&&で待ち合わせることとなった。間もなく11時になる。わたしは&&の近くまで同僚に車で送ってもらった後、昼食に一人で出かける。もちろん、わたしはラーメン店以外は目に入らない。ところが、その2車線道路(おそらくその地区の幹線なのだろうが、ほとんど車も人も通っておらず、わたしはごく自然に車道部分を歩いている&&)のカーブを右に曲がったすぐの右側にあった「&&ラーメン」の店名には聞き覚えがなかった。熊本系? 東京系? それとも&&系? &&ここはどこだっけ&&頭がぼんやりしてきた。入りあぐねていると&&
頭の中でカチリと音がした。知人の&&がエスカレーターを降りてくるところだった。おれは&&に&&ラーメンについてきいてみた。&&によれば&&ラーメンは&&系で、&&のスープに&&だれをあわせ、麺は&&で、トッピングに&&を&&たものを乗せるところに特徴があり&&ということだった。おれ&&頭がぼやけて&&

&&という夢を見た。
あまりに魅力的な幻想世界のため、そのディテールをできるだけ現実の夢に忠実に構築しながら、夢を現実の論理思考で損なわないように気をつけて、文章に残しておく必要がある、と考えた。
夢の迫真性を損ねるのは、曖昧な部分を無理に言葉に置き換えようとするからである。強引に辻褄を合わせようとして、夢に現れなかったものを現れたかのように記すからである。実際には名前がなかったのに、無理に名前を与えようとするからである。
言葉と夢とどちらが先か? むろん、夢であろう。夢は言葉より上位の次元にあるのに、上位次元のものを下位次元のもので表現しようとするところに無理がある。夢は、思考の核が判然とせず、ほぼ視覚の断片的な連続性を中心として構成されている。視覚イメージの連なりには明確な因果性が認められない。それゆえ、存在しない因果性を無理に付与することにより、夢らしさが必然的に損なわれてしまうのである。
そこで、我輩は、不明確な部分を&&によって表現することとした。
次に問題なのは、視覚イメージの切り換わりの表現で&&」
(完)

*   *   *
という小説を書いてみました。結末が陳腐で安易なものですみません、収拾つけるにはこれしかなかったので(笑)。この「夢を文章に記録している男」を一人の登場人物とする外枠の物語を作って長編化するのもいいかな、と思うんですが。