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C・J・チェリイ『ダウンビロウ・ステーション(上下)』ハヤカワ

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2001年

3/30
「ダウンビロウステーション」は「ディテールへのこだわり」が命の作品なので、平行して用語辞典、人物辞典等のレジュメを作りながら読まなければ楽しめません。そこで用語集を作りながら300ページを突破してようやく面白くなってきました。最初は何が何だかわからなかったけど。人物造型は基本的に「サイティーン」とよく似ています。登場人物がやたら多いです。完全にチェリイ節ですが、「サイティーン」と違い宇宙ステーションが基本的に舞台で、時空の広がりが大きくいかにもスペースオペラと言った趣のスケールの大きい話です。普通小説の手法でスペースオペラを書いているといった感じ。地球会社対同盟、その狭間のペルと下界人たち、マーチャンター、艦隊、と複数の政治/社会勢力の相克と権謀術数を緻密に書き込んだ政治スリラーです。とにかくディテールに凝るのがこの作品の売りですから、ディテールを楽しもうとするのが正しい読み方です。アイデアは全て既存のものの使い回しで新しいものは全くありませんので、SFに驚天動地のアイデアや認識の変革を求める人(私)には向きません。したがってもちろん私にも向かないのですが、こういう作品も毛嫌いしないで読まなければ読書傾向が偏ってしまうので、無理にでも読む次第であります(笑)。

「血も心も」と「宇宙への序曲」を買いました。
3/31
「ダウンビロウステーション」上読み終わりました。
ストレートな戦争スペオペです。直球勝負。ディテールへの執拗なこだわり。それ以外は何もありません。そういうタイプの小説を許せるかどうかで評価が180度違いそうです。私個人はどうかといえばはっきりいって苦手なタイプです。しかし、良薬口に苦しといいますから苦手なものもできるだけその良さを理解するよう努力しないと成長しないので、我慢して読んでいるのです。私個人としてははっきりいってバラードやシルヴァーバーグのような思弁小説ばかりひたすら読んでいたいタイプの人間なので、アメリカ的なスペオペははっきり嫌いです。読むのに異常に時間がかかってしまい、こんなものを「面白くて1日何冊も読み飛ばす」なんて人が信じられず、よほどの天才なのかと感心してしまいます。思弁小説なら毎日何十冊読んでも飽きないんだけどなあ(笑)。
したがってこの本も用語辞典を作るという目的を無理やり作って読み、無理やり興味喚起して何とか半分読み終わりました。多視点的な進行、病的なまでの異常なディテールの書き込み、といったチェリイ節が従前のスペオペとは一線を画するところですが、しょせんメインプロットはただのスペオペです。ペルの下界人の絡みはSF的思弁を展開できそうなテーマなのですが、スペオペのプロットの色づけ的な扱いしか受けておらず勿体ないです。それゆえ異常な書き込みにつき合うのも「スペオペのプロットを追うためだけで何ら生産に結びつかない」という徒労感が常につきまといます。正直いって、用語辞典を作りながら読まなければ相当つらかったと思います。が、しかしリアリティがある分、アシモフの「銀河」の12よりはましでしょう。さて、下巻の展開もどうせ見えていますが、80年代の最後の本なので我慢して読むとしましょう。今日中に読み終わりそうです。

4/2
チェリイ「ダウンビロウステーション」★★★
何ですかこの下巻は。型にはまった戦争&政治スリラーで、おまけにあまり面白くなく、ただ血なまぐさいだけでどっちらけで終わってしまいます。そうするとアイデアが面白くない分、「銀河12」以下の評価になってしまうのはやむを得ません。★★1/2に近い大甘の★★★ですね。せっかくのディテール構築力が全く生かされておらず、テーマ的な深みがありません。大風呂敷を広げておいてこれはないでしょう。「たるみのない語り口」のゆえ、逆にこの決まりきった終わり方には本当に頭に来ます。これでヒューゴー賞? ついていけません。何が面白いのか、さっぱりわかりません。貴重な時間をこんな空虚な小説を読むのに費やしたのかと思うと腹が立つとともに、空しさに落ち込んでしまいます。とにかくこれをどういうふうに面白がれというのか、教えてもらいたいです。
ところどころ突っ込めば面白くなるアイデアも含んではいるのです。例えば下界人とのコミュニケーションや、殺人マシンに洗脳されたサイティーン人のくだりなど、掘り下げればスペキュレイティヴフィクションにもなりうるネタなのです。しかし、この作者はわざとしているのか、それとも思いつきもしないのか、その扱い方が浅くて通俗的で、まるで通俗女流放送作家の視聴率狙いの安易な恋愛ドラマの脚本のようです。下界人が異星人であるのに全然異質でなく、「人の好い原住民」程度の存在にしか描かれておらず説得力がない上に扱い方が表面的でコミュニケーションに対する突っ込んだ考察などそぶりにも見せないし、洗脳されたサイティーン人の苦悩の突っ込みもいかにも浅く、最後は「種族を超えた普遍的な友情」のような通俗的なところに落ち着いてしまうのも、いくら何でもくだらなすぎます。しかもこの洗脳のアイデアもブラナーの「ザンジバーに立つ」などの先例があり、何ら新しいものを付け加えていないどころかむしろ退歩しており、ブラナーのほうが遥かに深みがありました。
はっきりいわせてもらいます。くだらない! アシモフと違い文章力やプロット構築力はあるのにも関わらず、どうして出来上がったものがこんなにも面白くないのか、不思議で仕方がありませんが、作家としての姿勢に問題があるのか、それとも着想力や思弁能力に根本的な欠陥があるのかも知れません。「サイティーン」もこれよりましだったものの今いちだったし、この作家はもう不要! 2度と読まないでしょう。短編「カッサンドラ」は面白かったから、短編集ぐらいは読んであげてもよいですが、この作者の長編を読むのは時間の無駄です。貴重な人生、もっと有意義に使いましょう。

というわけで、地獄の80年代がやっと終わりました(あと中編1つ残っているけど)。長編に限っていえば、80年代はずば抜けてつまらなかった。中短編はかなりクオリティがアップしていますが、長編はディテールにかまけ過ぎてピンぼけの冗長で無意味に厚い作品が多かった気がします。この印象はチェリイとブリンのせいです。特にチェリイの罪は重い。

さて、明日からは気を取り直して、90年代に入りたいと思います。90年代も長編受賞作は相変わらず偏っていて冗長そうな作品が多くてうんざりします。特に怯えているのが、ビジョルドが3冊もあるというのと、ロビンスンの火星3部作が全部ネビュラかヒューゴーをとっているのと、ウィリスのダンワーシイものが2冊もあること。ほんとに地獄のように退屈そうだよなあ。「終わりなき平和」「遠き神々の炎」「ハイペリオン」は面白かったけどもう読んでしまったし。長編で残る楽しみといえば「ダイヤモンドエイジ」と「天空の深淵」だけですね。
90年代の楽しみは中短編ですね。というわけで楽しみは後にとっておき、つまらなそうな長編、中でも特に退屈そうなビジョルドから読むとしますか。まずは「バラヤー動乱」かな。

さて「バラヤー内乱」です。
ビジョルドは通俗的な作風だけど、ユーモアがある分チェリイよりは堪えられます。
この作品は2つめの長編賞受賞作で、処女長編「名誉のかけら」の続編にあたり、マイルズが生まれる前後の話です。この作品をより楽しむためには「名誉のかけら」を先に読んだほうがよいとのことですが、もともとこの作品を「楽しむために」読もうという気はさらさらなく、単に受賞作だから仕方なく読むに過ぎないので、「より楽し」く読めなくていっこうに困りませんし、時間が勿体ないので、「名誉のかけら」は読まずにいきなりこの作品からで平気でしょう。
ちなみに「名誉のかけら」のあらすじは、巻末年譜によると、「ネイスミスが交戦中の惑星のアラール・ヴォルコシガン卿に出会う。困難を乗り越えて、ふたりは愛しあい結婚する。」いやぁ~、くだらなそうですねぇ~。この粗筋を読んだだけで内容が想像でき、もう読む必要はなさそうです(笑)。
ビジョルドはたぶん、チェリイほどには読むのが苦痛ではないとは思いますが、しかし、読むことの空しさを味わわせてくれるという点ではきっといい勝負でしょう(笑)。

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