SF百科図鑑 ジョン・ブラナー『テレパシスト』創元


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2001年

3/9

ブラナ-「テレパシスト」★★★★1/2
人の心に入り込むセラピストというネタは、筒井の「パプリカ」と同じだが、こちらのほうは60年代の作品である。そして特徴的なのは、不具のコンプレックスを持った私生児の青年が世界一のテレパシストとして自我を確立し、やがて「全き一個の人間」として内的問題を解決するに至るまでの成長小説としての色彩が濃い点だ。その文体は生真面目でやや生硬な感じもするが、論理的、理知的である。従前のテレパス、エスパーものといえば、位置付けは「マイノリティ」でも、どちらかというと心理を深く掘り下げたり、生き方を追求したりするよりもむしろ冒険活劇的な部分に重点が置かれ、本作のように純文学的なまでの掘り下げがされる例はほとんどなかった。その意味でも画期的な野心作だが、もう一つブラナーの特徴は個人の問題のみならずそれを世界政治、文明論のマクロな視点、論点と緊密に結び付け、かつ、中庸で冷静な視点でそれを描出できるという点だ。更に本作は、終盤においては芸術論にまで筆が及ぶ。邦訳にして300ページ前後の小品ながら、多くのテーマを凝縮している。
アイデア的にも、テレパスという昔ながらの手垢のついた題材に、「カタレプシーグループ」という新たな見事な発明をしている。この新発明は、ディックあたりが好みそうなネタであり、おそらくディックに書かせればどろどろの幻覚世界が現出して最後はわけがわからなくなるに違いないが、ブラナーの手にかかると極めて沈着冷静に破綻なく論理的な筆でストイックに抑えられる。
もっとも、この作品はプロットが一本調子で、分量的にもプロローグだけで終ってしまったような印象がありやや物足りないのは否めず、その分1/2減点した。しかし、たとえそのような欠点はあっても、ブラナーのシリアス路線の第一歩として記念すべき作品であるし、恐らく社会科学的な思考力ではSF界1と思われるブラナーの特異な個性を評価する意味でも、あえて高く評価したい。
じじつ、中盤のハウサンが患者を治療する場面における取扱いは、ある種図式化された明晰さがあって、ミクロ社会心理学の理論を小説化したような印象を受ける。とにかく、他の自然科学系のハードSF作家、文学系のソフトSF作家のいずれとも異なる唯一無二の個性であり、貴重な存在である。決して人口にかいしゃするタイプの作家でないことは否めないが、あるいはSFが本来進むべきであったのに誰も後に続かなかった正しい道を、ただ一人で示していたように思えてならない。同じようなことをやる作家は、今も昔も他に思い当たらない(政治をSFに持ち込んだ作家としてはスピンラッドぐらいだろうか、あるいはバラードも近いものがあるものの、やや幻想味が強く視点がパーソナルに傾いている点で資質が異なる気がする)。この「テレパシスト」一つとっても、現代の題材を同じ手法で描いたら全く違ったしかし素晴らしいものが出来上がるような気がする。誰かやろうとしないものだろうか?

というわけで、ブラナ-にすっかりはまってしまいそうなので、これを機会に主要作を一気に読んでしまおうと思う。「ザンジバル」も終盤に入って面白くなってきたし、この調子で「衝撃波」「羊」「軌道」も読んでしまおう。