SF百科図鑑 大江健三郎『ピンチランナー調書』新潮文庫


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August 28, 2005

大江健三郎『ピンチランナー調書』新潮文庫

1976年の長編
いやはや強烈。
「僕」と大学の同窓で、もと原子力発電所技師の男。かれは核兵器製造をもくろむ左翼過激派の核ジャックの際被曝し、脳に障害のある息子<森>を持っており、このことと、左翼マスコミの女との不倫を理由に、妻と険悪な関係にある。「僕」の息子も障害児で同じ特殊学級に通っていることから、彼と接近する。彼は、「息子と自分の間に<転移>が生じ、宇宙が自分と息子に人類救済の使命を託したのだ!」と主張し、「僕」に長大な妄想体験記を送りつけてきた。それを「僕」にゴーストライターとして筆記せよというのだ、しかし、当然、筆記に際して「僕」の解釈が加わり、「僕」が彼にも影響を与えることになる。彼は、自分が18歳に、息子が28歳に、つまり自分の年齢のうち20歳分が息子に「転移」し、それをきっかけに、<民衆核武装による革命実現>を標榜する左翼過激派グループの対立、その両者の影のパトロンであり、過激派の活動を利用して世界征服をもくろむと思われる政界の右翼実力者<親方>=<大物A氏>のきちがいじみた政治喜劇に巻き込まれていく体験を語った。彼と息子は、最後に原爆被爆に起因する癌で死の床にある<親方>と対峙し、左翼党派の買収資金を渡され、笑い転げる。息子は金をつかんで表に飛び出し、みこしに火を放った過激派道化集団に突入し、金を焼き払う&&といった、狂気じみたストーリー。
先日読んだ安部公房の『飢餓同盟』と作品構造が酷似しており、第三者視点人物が最外側におり、その内側にいる行動の中心人物を通じて、閉鎖空間に凝縮されたこっけいにデフォルメされた人間社会の縮図を笑いのめすという構造である。しかし、デフォルメの極端さといい、核時代に置かれた人類の危機状況を前面に押し出したスケールの大きさといい、左翼運動の矛盾に対する辛辣な目線といい、SF的妄想視点からすべてを透かし見るクレイジーな饒舌文体の強烈さといい、格段にグレードアップしている印象である。
障害を持つ子と父の共生という視点から発展した作品という点では私小説的な要素もあると思われるものの、『個人的な体験』などと違い、それはあくまでも世界を見る新たな視点を獲得するための契機としてしか意味を持っておらず、関心は主にマクロな人類の狂気や危機を描くところに行っている。しかも、障害児を持った苦しい体験に基づく自らの狂気(<森・父>は作者自身のうちに抱える狂気を、見やすくするために理性的部分から切断して対比的に配置したものであろう)をフィルターとして世界を見ているから、それとの対比もしくは相互作用によって、世界の狂気が更にじ増幅されて圧倒的な迫力を持っている。
まれに見るパワフルで強靭なメッセージとイメージ喚起力を備えた作品である。
テーマ性  ★★★★★
奇想性   ★★★★★
物語性   ★★
一般性   ★★
平均    3.5
文体    ★★★★
意外な結末 ★★
感情移入力 ★★
主観評価  ★★★(33/50)

silvering at 12:16 │Comments(0)読書