SF百科図鑑

Mack Reynolds "Looking Backward, From The Year 2000"

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June 04, 2005

Mack Reynolds "Looking Backward, From The Year 2000"

2000年からかえりみればプリングル100冊マジック3。作者は日本では全く無名。エドワード・ベラミーの「かえりみれば」へのオマージュ?(とはいえベラミーのは原書、翻訳とも持っているのに未読。)追記2005.6.8
読了。
エドワード・ベラミーの『顧みれば』とほぼ同じ設定、登場人物で、100年後の新たな展望を元に書かれた再話ともいうべきオマージュのようであるが、ベラミー作品を未読のため断言はできない。少なくとも手元にあるベラミー作品をぱらぱらめくったところ、登場人物の名前は全く同じだった。
ベラミー作品は未読のため、同作との比較では語れない。作品の性質上、ベラミー作品と比較する形でなければ真の評価は出来ないことを承知の上で、あえてその観点を度外視し純粋に一作品という観点から感想を述べてみる。
ベラミー作品では19世紀から100年以上を『眠ったまま』2000年へトリップする設定のようだが、本作は1970年代から2000年へのトリップである。主人公ジュリアン・ウェストは、ベラミー作品では一人称だが、本作では三人称になっている(作中でベラミー作品への言及がある)。
詳細は後掲の粗筋の通りであるが、心臓病で余命長くて二年と宣告された主人公は、婚約者と別れて、10年後まで冷凍睡眠する道を選ぶ。婚約者は、10年後までまっていると誓う。ところが、主人公が目覚めたのは30年後の新暦3年(西暦2003年)だった。その世界は、70年代とは似ても似つかない<ユートピア>に変貌を遂げていた。ほとんどの労働は自動化され、人々は義務としての労働から解放され、ほぼ自己の充実のためにのみ、労働をしていた。すべての情報が巨大な高性能のデータバンクに集積され、人々の教育は小さいころからの多面的適性検査データによってコンピュータが最適と判断する方法で行われ、きめ細かく適性と能力に応じた労働割り当てが行われる。多国籍の巨大企業が世界経済を支配して政府に取って代わり、企業のギルドが構成する議会が国家に代わる(ただし地域の<擬似都市>が最高の政治組織でありその調整役に過ぎない)存在となっている。男女差別は一掃され、男女は真に対等となり、強制的パートナーシステムたる結婚制度は廃止され、自由意志で互いにパートナーを選ぶ。所有、地位、支配、優越といった概念は、野蛮人のものとして超越され、軽蔑されている。主人公は、この世界の住人と議論を重ねながら、70年代的世界と、今目の当たりにしている<ユートピア>との相違について思索を重ねてゆく&&。という話である。
本書の読みどころは、まさに70年代的政治経済情勢を前提として著者が構築するユートピアと、その観点から逆照射される70年代敵世界像の批判である。それゆえに、70年代から現在までに大きな変貌を遂げたコンピュータネットワークや通信システム、あるいはジェンダー問題に関しては、著者の空想以上に現実の進歩が早かったために本書の内容は既に古びているのだが、それを差し置いても政治・経済システムに関する作者の辛辣な主張の中には、現在でも通用する、あるいはむしろ70年代よりも現代のほうが退化しているためにかえって今こそよく妥当するものが結構ある。一例を挙げると、自由市場経済が利潤追求による経済の発展への信頼を基調にしているところ、利潤追求が財・サービスの向上ではなくむしろ低下を促進するケースとして自動車産業などを例に展開される批判は非常に的を射ていて読み応えがあった。
このように、主として経済、政治学的なユニークな着想や批評を詰め込んだアイデアブックとして、本書は予想以上に面白かった。
その本書の性質上、ストーリーは付け足しと断言できるほどにおざなりなものであり、エンディングも呆れて口がOの字になってしまうような<出来の悪いショートショート>的なものであったが、むろん、本書の美点とは全く無関係であり、どうでもよいことである。
最近個人的に興味を持って研究している<人間の攻撃心>は、そこから発展して、<人間の快楽追求という特性の観点から構築し直した政治・法・経済理論>およびその構成要素たる個人の行動原理という観点からの<人間の意識や利己性と外部世界や全体性、客観性、利他性との折り合いのつけ方>などの無矛盾的で緻密で経験則適合的な体系的・理論的記述へと興味が向い、フロムに始まってジェームズ、ヴィトゲンシュタイン、ベルグソン、メルロポンティ、ローレンツ、マルクス、ウェーバー、ジンメルあたりの、私と気が合いそうな学者どもの書物から、これはと思う着想をぱくってつぎはぎしまくろう(無論、気に入らないところはバカにし、叩きまくる予定)と思っているところだが、本書はそのネタ本、アイデアブックの一つとして、今後もちょくちょく参照させてもらうつもりだ。
テーマ性     ★★★★★
奇想性      ★
物語性      ★
一般性      ★★
平均       2.25
文体       ★★★
意外な結末   ★
感情移入力   ★★
主観評価    ★★(20/50点)

<あらすじ>

西暦二千年から顧みれば マック・レナルズ


われわれが今行っている改革からすると、一八世紀の産業革命など桃色の紅茶に見える。(米国労働省 雇用保障主席分析官 ルイス・レヴィン)

<現在>
「三十年」ジュリアン・ウェストが言った。「きみはこのすべてがたった三分の一世紀で起こったと言うのかね?」
リートはうなずいた。「変化に熟した時期の歴史的文脈で、三十年余の時間を甘く見てはいけない」一瞬考えて、唇を閉じ、今から使おうとしているイラストに指を置こうとした。
この三十年間の世界激変状況について、ジュリアンはリートから説明を受ける。確かに大学の人員数はどんどん増えているが、それ以上に人間の知識量、情報量が8年ごとにほぼ倍増していることが大きいという。


<過去>
ジュリアン・ウェストは医師に余命?1~2年を宣告される。ただし摂生をすれば。不健康な生活を送れば数週間、あるいは明日まで持たないかもしれない。セックスも御法度。ジュリアンにはフィアンセのエディス・バートレットがいた。医師は臓器移植技術について現在は幼児期であること、十分な進歩があるには5~10年以上は要するだろうことを告げる。
***
酒場でジュリアンはエディスに医者に言われたことを打ち明ける。そして、店員のジェイムズ・デンプシー・リンチに、10年間いなくなる予定だがその間に資産の価値下落を防ぐにはどうすればいいか相談し、絵がいいという結論に落ちつく。
***
ジュリアンは、冷凍睡眠研究の権威であるピルスベリー博士を訪ね、ネズミ実験しかしていないから、失敗の確率も高いから、違法で免許剥奪になるから、と難色を示す博士を何とか説得して、自分の冷凍睡眠を承諾するよう働きかける。そのためには、金の力で合法化させ、ピルズベリーを新発見の大科学者に仕立てあげて見せる、という。
***
ジュリアンは、真空コンテナーを車でウッドストック近郊の山中の洞窟に運び込み、時代に別れを告げる。
***
ジュリアンはキングストンのホテルでエディスに電話で別れを告げ、僕たちの婚約も向こうだと告げる。エディスは10年でも待つわと言うが、ジュリアンは電話を切る。そしてピルスベリーに電話し、2時間以内に病院に行くと言う。


<現在>
<かれ>は、時間も場所もない<流れ>の中にいた。そこへ、呼びかける声が聞こえる。ついに<かれ>は、上へ、外へと流れに乗って、<出現>した。
***
「目を開けようとしているぞ。最初はわれわれのうち一人だけを見るようにしたほうがいい」
「なら、いわないと約束して。今はまだ。これはひどい精神的ショックになるという予感がするの」
最初のは男の、ふたつ目は女の声で、どちらもささやき声だ。
「ぼくが様子を見守ろう」
「だめ、約束して。予感がするから」
「彼女のいうとおりにして」三つ目の声がささやく。
「できればそうする。さあ、急いで行くんだ。出てくるぞ」
どこか後方で、衣ずれの音。
ジュリアン・ウェストは目を開ける。五五歳ほどの男が興味深そうに覗き込んでいる。
全く知らない男だ。ジュリアンは肘を立てて上体を起こし、周囲を見まわす。無理をしたせいか、圧倒的なほどの悪寒に襲われる。見たことのない部屋。その部屋にも、似たような内装の部屋にも間違いなく入ったことはない。ウェストは見知らぬ男を見る。
相手は不思議そうに微笑む。「気分はどうかね?」そういった。
目覚めたジュリアンは、死んだピルズベリーの後を引き継いだという男から、この世界が眠りに入ってから30年後、西暦2000年に改暦されて新暦2年にあたる未来であることを知らされる。ジュリアンの病気の治療法は七年後に実現されていたが、ジュリアンの<ステーシス>に異変が生じ、精神障害を生じないように蘇生する技術に不安があったことから、蘇生が遅れたのだという。ジュリアンの内臓は眠っている間に治療されていたらしい。
ジュリアンは、男のくれた薬を飲み、再び眠る。
***
一二時間の睡眠のすえ、再び目覚めると、<アカデミシャン>のレイモンド・リートと名乗るその男(医者)は、世界の変化について説明し始める。ここは<ジュリアン・ウェスト大学シティ>という。元はペンシルヴァニア州。工場も車もない。彼は別室に案内され、食事をもらう。とてもうまい。肉などはほとんど合成食らしい。学士、修士、博士のシステムは廃止され、医者は五年おきに大学に戻って一年ほど勉強し、試験を受けなおすらしい。勉強は自宅で通信システムを使って行える。
食事の後、全自動の風呂に入り、その後、襟のないデザインがシンプルで気ごこちのいい服に着替える。
それから<私室>に移動した。古今東西の新聞、書籍はすべてデータバンクに集積され、いつでもダイヤル一つで呼び出すことが出きるし、自動翻訳される。呼びだされた回数が自動記録され、一定数を越えると<コメンテイター>の資格を取る。マスメディアは個人個人の手に委ねられている。
リートは妻と娘を紹介するといった。


<現在>
ジュリアンは、リートの妻のマーサと娘のエディス(婚約者と同じ名)を紹介された。二人は本を通じてしか知らない、ジュリアンの時代に興味を持ち、ジュリアンの覚醒を待ちうけていた。彼は、宗教や政治状況の変化についてたずねた。過去に都市へ流入していた人口は郊外に逆流して分散し、かつて<都市>だったエリアは今やセンター的機能しか有しなくなっていた。民主主義も<都市文明>も、ギリシアの文明がそうなったように新しい文明や政治システムに淘汰されていた。学校もなくなっていたし、酒もスピリッツ類は姿を消し、サイコセラピーの発達でアル中もいなくなっている。また、<逆所得税>ともいうべき低所得者への手当が拡充されている。仕事に関しても対面する必要性がないため、一箇所に集まって働く場所としての<オフィス>もなくなっている。巨大なビルのひと棟ひと棟(150階建て、5000棟)にすべての機能が備わり、ダイヤル一つで呼びだせるので、ビル自体がかつての<都市>機能を果たしている。また<可動町>(モバイルタウン)といって、人々は可動式の家を海辺などに移動させては生活している。貨幣は廃止されている。


<過去>
パーティーに参加していたジュリアンは、ロイ・ロンドンに外へ出ないかと声をかけた。外では、反戦と民主主義を叫ぶヒッピー(大半はお坊っちゃんの大学生)の集会が行われていた。取り押さえようと警官隊が入ったものの、押され気味だ。ヒッピーたちの目的はただ自分たちを主張をマスコミを通じて世界中に報道してもらうことでカタルシスを得たいだけだ。政治目的の達成などどうでもよい、<反対のための反対>にすぎない。
ヒッピーと警官隊の格闘はエスカレートし、ジュリアンはロイに逃げようというが、もはや参加者と野次馬の見分けがつかなくなっている。近くにいた記者は警官に殴られて倒れた。ヒルトン・ヘイマーケットの窓ガラスは割られ、ジュリアンも腹部を警官に殴られた。ジュリアンは胸をつかむ。
そしてベッドで目覚める。


<現在>
眠った後、朝、目覚めたジュリアンは、主観的には僅か三日前婚約者と別れたばかりで、10年待っていてくれるといわれたというのに、客観的には30年が経過し、肉体的外見はともかく60歳以上になり、周囲の社会も変わり果てている、なんという悪夢かと思うと、その場から逃げ出したくなり、外へ出て、エレベーターで1階に降り、表に出た。周囲は変わり果てていた。無用となった貨幣の入った財布を捨て、茫然と歩きまわった。建物の周囲には公園や川や湖といった行楽施設がもうけられていた。ボールを持っている迷子の幼い少女が外国語で話しかけてきた。さっぱり分からないが、この子は好意を示しているようだった。男女分け隔てなく似たような格好をした人々が周囲を歩いている。ジュリアンは、建物にもどり、エレベーターで戻った(リートの名を告げると自動的に元の階に戻った)。部屋に戻ると、エディがどこへ行っていたのかと驚いていた。外で迷子を見たことを告げると、首にIDタグをつけているし、至るところにマイクロレンズがあるから、すぐに両親に連絡が行き、保護されるだろうとのことだった。貨幣だけでなく、株も宝石も金も交換価値がなくなっているらしい。ぼくは無一文で、福祉に頼って生きるしかないのかというと、慈善、自然などというものはないという。そして彼女は、エドワード・べラミーの本を差しだした。
***
(要旨)人間社会というものを馬車にたとえると、人はいちばんいい席に座り、それを保持し、子供に譲ろうとする。馬車馬にされた者は一顧だにされない。かくしてこの馬車の座席は普段は安全であるが、いつ何時転覆するかわからない危険を常に伴っている。だが、一度上に座った者は誰しも馬の心を忘れてしまう。
***
ジュリアンは、それを現在の自分の状況への皮肉(馬車の座席を奪われた者)ととらえるが、エディはもっと表面的な意味で捉えていた。米国の道路はベラミーの書いた時代とは比べ物にならないほどきちんと舗装されている上、原子力自動車は全自動化され、座席数も十分に多く、席を取りあう必要はないという。
ジュリアンは、ハーマン・カーンがアンソニー・ウィーナーとの共著「西暦2000年」の中で予測した経済成長率(平均的な世帯の収入が二万ドルを超える云々)は達成されているのかと尋ねるが、エディは、あの本は事実を低く見積もりすぎていた、と答える。


<現在>
リートがジュリアンに、「どうだね、次々と予測もつかないことが起こって大変じゃないかね」ときく。ジュリアンが空腹を告げると、リートは食堂へ案内した。エディの趣味でキッチンはついているものの、通常はダイヤルで希望メニューを打ち込み、地下の厨房で調理されたものが自動的に運ばれてくるというシステムだった。しかもすべての食材は合成されている。ジュリアンは朝食に卵料理その他を注文した。
朝食を食べながら、リートはトランシーバーを持つようにといった。また、毎年一定額のクレジットポイントが各人の口座に降り込まれる。労働の必要はない。リチャード・ベルマンは「20世紀末の全人口の生存のためにはその2%の労働で足りるようになっているだろう」と書いたが、実際はそれを上回る率で生産の自動化、コンピュータ化が進んでいた。働く人数はごく数人だけでも、彼らの背後に全人類の全歴史がかかっている以上、「人類が自らのために自ら生産している」ということができる。
そんな話をしながら食事を終えると、リートは口述筆記マシンを紹介した。


ジュリアンは身支度を負えると、リートの論文「これまでに起こった変化の基礎」を読み始めた。それは、二〇世紀に起こった社会経済的変化を振り返った論文で、米国で<文化科学学会>をはじめ様々な学者が、デルファイ未来予測その他の手法で2000年の世界を予測しようとしたこと、その他各国の学者や団体が同様の予測を行ったことを指摘し、また大学内部でも学生団体が組織され、政治暴動が起こり、あるとき突然だれもが質問を発し、それに対する回答が出始めた、と記していた。
***
その回答は次のページに書いてあった。「金不足」という題で、「貨幣価値を基礎づける金銀が不足したため、米国政府は企業の株の一定割合を所得税の代わりに拠出させ、配当を受け取りながら、その株式の持分を貨幣価値の基準とした。これによって、何ら生産せず数量に限りがあり保管にコストも要する金銀と違い、経済が活況を呈すれば自動的に貨幣価値が上がり経済が自動的に活性化するというシステムが確立された」という内容であった。
***
ジュリアンをそれを読んで、「忍び寄る社会主義」と呆れた。さらに、「教育とメリットシステムの発展」という論文は、「貧乏の理由が教育にあるのではなく、貧乏だから教育が行き届かなかったのだが、経済社会システムの改善により貧困が姿を消すとすべてのものが十分な教育を受けられるようになった。一面的で不充分なIQテストに代わり、人間の脳や身体の機能をあらゆる面から測定評価しデータバンクに蓄積する適性検査システムが確立され、人々の教育はこのデータに基づいて最も適性のあるものへと自動的に振り向けられるようになった。トップ企業の世襲制は廃止され、ガルブレイズの<新産業国家>ないしマイケル・ヤングの<メリットクラシ->が実現すると、データバンクに集積された適性や経歴、希望等の情報が一括管理され、各種事業の人員選抜に際してはコンピュータがこのデータを使って自動的に割り振りをするシステムが確立された」との旨書いていた。
***
ジュリアンはうなった。「偉大な兄弟が四六時中監視してるってか、ぞっとしねえな」次の論文は「スーパー企業、世界企業の発展」。「企業、資本の集中が進み、経済活動の国境がなくなった結果、世界経済の大部分をごくひとにぎりの巨大企業、世界企業が支配し、その株主である各国、及びその国民の利害が反映されるようになった。それは軍事力による国際紛争の解決を否定した、なぜなら他国内にある自国の資産を破壊するおそれがあるためである。しかも、国家は企業の大株主であることや、国家予算の大幅な増大によって、必然的に経済に深く関与することになった」という内容であった。


<過去>
ジュリアンはベトナム戦争に副官として従軍していた。シェイク・ハークネス軍曹、ザ-マン将軍らと一緒だった。敵のリーダーはチャーリーという男だった。援軍のチョッパーが来た。彼らは敵軍や住民の死体を数え、捕虜二人を連れヘリで飛び立った。ザ-マンは捕虜に仲間の逃げ先をきいたが、答えないので、二人とも突き落として殺した。ジュリアンはがくがく恐怖に震え、何のための戦争なんだと思いながら、リートの部屋で目覚めるのだった。

10
<現在>
その日はあまり大したことはなく、昼食後、健康チェックを受けた。データバンクシステムは医療データから始まり、様々な個人データに及んだらしい。どこで健康に問題が生じても直ちに最寄の医師が最適の治療を行える。
さらに、娘は毎日六時間農業をしているらしい。といっても遠隔操作で20台のトラクターを動かすだけの在宅勤務だ。中西部にある農場で、カンサス州ぐらいの大きさの巨大農園だ。トラクターが故障したらオートパイロットのヘリコプターで代わりのものを送ればいい。似たものは昔からあった、例えばウォルドーがそうだという。
食事をしながら今度はジュリアンが質問攻めにあった。特に、戦争の心理について。疲れたところでお開きになった。
翌日、娘がドライブに連れて行ってくれることになった。父親はくれぐれも気をつけろと娘に言った。

11
<現在>
翌朝、タバコを注文しようとしたが、在庫がなかった。エディによると肺がんのもとになるので今時はほとんど需要がなく<中央倉庫>ぐらいにしかおいていないらしい。ジュリアンのニコチン中毒は既に治療されていた。アルコールもこの時代では程ほどに楽しむ程度。虫歯は完全に防止する方法が確立され、歯医者は大幅に減っているようだ。
***
食事後、案内されエレベーターで駐車場に降りた。専用エレベーターだった。ジュリアンは有名人で注目されているらしい。ここは大学市という名だが、講義は教授の講義ビデオとテレビ電話で行われるから講堂は要らない。ただ、学生同士の議論や娯楽、研究設備のためにここに住む人もいる。
エレベーターを出るとエディは周囲の様子を窺う。そこは駐車場。今や私有の車はほとんどない。

12
<現在>
車は出発した。エンジンは車輪についており、電動式で、道路から供給される原子力発電の電気を使用する。自動操縦装置が三つついていて、マニュアルにも切りかえられる。人々は地下道をほとんど使うので、地上は行楽目的にしか使わない。外は再森林・牧地化されているので景色が最高だ。急ぐときは飛行機を使うこともできるが<スピードより安全>なのであまり人気がない。車は必要に応じて欲しいものを呼べばすぐに来る。交通手段は全部国有化され無料化されている。スピードは時速800キロも出る。メートル法以外廃止。資源は節約するようにしている。米国が亜鉛や鉛を使いすぎて輸入国に転落した歴史がある。<レーザーもぐら>という遠隔操作ロボットで地下10マイルまで掘れるようになっている。とはいえ原子力の危険性から注意している。湖には魚がいる。レジャーとして魚釣りは残っている。過去の自動車産業、有料交通は利潤追及による経済システムだったため無駄が多かった。商品の購入は今はすべて搬送シュートや自動運転車で自宅に運ばれ、返品自由だ。
景色を見るだけ見て、来た方向に車を戻した。

13
<現在>
何がいちばん珍しいかときかれたので、女性の服装と答えた。エディは、ファッションや化粧が男の気を引いたり、男同士がステータスを示したりするために強いられた無駄で、女性が奴隷だったから存在していたが今はなくなった、今は男女完全に平等で機械化のゆえに女に出来ない仕事はなく、女は自由に男を選べ、離婚はない、なぜなら結婚もないからだという。車は大学都市に戻った。

14
<過去>
家で昼食を取りながら、結婚がなくなり同居の合意という以上の意味はなくなり、出ていくのも自由であると知った。ドクター夫婦ももとは普通に結婚していたが今は法的拘束力はないそうだ。エディは、愛というのは対等のもの同士でしかなり立たないから昔はホモだけが真の愛だった、今初めて男女の愛が可能になったという。
食事後ジュリアンは休むように言われた。
ベッドで昔の本を読んでいるうちに寝てしまった。
***
昔の夢。ニューヨークでエディスとつきあう前にボビー・ストームというヌードモデル兼売春婦を買っていた。売春は精神の高まりが乏しいので好きでなかったが彼女は例外だった。ある日彼女のワンルームに行って、セックスしたあと、外から助けてという女の悲鳴がした。ジュリアンは行こうとしたが、警察に知れたら自分は夫に離婚されるからやめてといわれ、諦めた。まもなく自宅へ向かっていると、四人の不良少年に襲われ、ピストルで対抗した。パトカーが来て保護され、自宅に送ってもらった。翌日新聞に、レイプされて死んだ女の記事。悲鳴をきいた住民はだれもかかわりあいたくなくて通報しなかったらしい。おれもだ、と思った。

15
<現在>
目覚めるとマーサが心配した。うなされていたらしい。
マーサと話すうちに、麻薬が合法化されマフィアが打撃をこうむったこと、ギャンブルは貨幣廃止により小規模な娯楽になったこと、売春もなくなったことが判明した。
そこへドクター・リートが来た。この時代は鎮痛剤も使わない。悼みのもとをすぐに除去できるから。そして大半の患者には<ロボット医者>を派遣する。すべての患者情報がデータバンクに入っているので確実だ。医者は希望者の10分の1しかなれない。他はコンピュータが適当に割り振る。大企業の役員も門番と同じ給料だ。それでも人はやる気があるから、働くのが楽しいから働く。コンピュータの適性データに基づく配分だから確実だ。ひとびとは功績を挙げた場合には自己申告で四色のリボンをもらう。金ではなくそういった能力が男も女も一つの性的パートナー選択基準になる。ひとびとはギルドの議会を代表を通じて開く。大統領はいない。
これだけ変化しているのに、革命があったのでもないらしい。

16
<現在>
資本主義が現在の形態になるまでにいつ革命が起こったのかとジュリアンはきくが、特定の日に起こったものではなく、徐々に変化したらしい。ルーズベルトの労働政策にその源流はある。ひとびとは絶えざる流れの中で変化しつづけている。世界企業が一種の政府の役目を果たしている。貿易は激減し、交換価値は<生産するのに費やされた労働時間の総和>で決まる。それはただのマルクス主義ではなくそれ以前から一般に認められた視点だ。この社会経済体制の中でだれもが適した仕事に熱心に働いた。

17
<現在>
ジュリアンは手料理をつくってエディに食わせることにし、クスクス料理の食材や道具を注文する。料理をしながらエディと話す。ひとびとは奴隷を使って贅沢をすることをやめており、奴隷はいない。コンピュータが選んだ職員がいるだけだ。むしろ庭仕事などは金持ちの贅沢になっている。また芸術も金で売り買いするものではなく、人気のある者もリボンをもらえるだけだ。だれもがネットで批評できる。すべての仕事は45歳で定年だがひとびとはその後も何らかのかたちで働く場合が多い。また、ある仕事についてもコンピュータの評価が下がるとすぐに解任される。ドクター・リートも一度解任されて大学に行きなおした。
クスクス料理が出来て二人で食べる。エディは昔からジュリアンを美男子で連れ去って欲しいと思っていた。

18
<過去>
夢。マンハッタンのクラブ。ジュリアンが入って行くと、ジム・リンチ、アンドリュー・スコット、フッカー・アームストロングがいる。ユダヤ人のバーニー・コックがこのクラブに推薦されたという話題について、話が続く。最後にジュリアンは、友人のボブ・パーシーが中で頭を撃って自殺したと知らされる。

19
<現在>
ジュリアンは目覚めると<書斎>に行き、コーヒーを手にいれた後、エディとの昨夜の会話を思いだす。富豪連中は以前よりもいい暮らしをしていると言っていた。戦争は無意味になっているとも。まだ東西に微妙な違いがあるため世界政府樹立に至ってはいないが、その萌芽はある。
現在では人間の居住区内には虫が寄りつかない仕組が完備されている。
ジュリアンはデータバンクで婚約者について調べる。かれが睡眠に入って五年後に同級生と結婚し、7年前に亡くなっていた。ロイ・ロンドンの両親についても分かった。彼は現在引退し、コスタリカで生きている。70歳。
宇宙計画について調べる(難しいので一二歳向け要約を読む)。各種惑星に探査船を送っているようだ。ちょうどエディスが来て質問に答えた。それによると現在はタイタン基地が計画中である。火星には既に基地があるし、月面には入植地が地下にある。月の土壌から様々な物質を得ている。住人は数千人いる。
エディの父母が来た。
フィアンセのことを話すと、エディの母方の伯母らしい。エディの母はジュリアンのいる研究所に出入りしてリード博士と知りあった。

20
<現在>
エディとジュリアンはマーサとリートのいる朝食の部屋に入る。ジュリアンがエディの椅子を引くとエディは怒った。マーサはジュリアンの時代のひどい製品について、よく耐えていたものだというが、ジュリアンはあの時代にも消費者団体が運動をしていたと答える。そして、国家が内と外の敵を排除するために必要だったことも。子供たちが戦争のおもちゃや漫画の影響を受けていたことも。
さらに、<自由競争市場>の非合理性に話が及ぶ。この時代からすると企業による自由競争、利潤追及は、それが発生させる害悪を考慮にいれない(企業の利益になりさえすれば粗悪な品であろうが公害を引き起こそうが関係がない、つまり、その法則で経済が動けば利潤は極大化されるとしてもそれによって発生する害悪や価値破壊を阻止する機能を持たないので、総合的に見ると合理性がない)のはリディキュラス極まりない。この時代は、希少品を持つことがステータスシンボルになることはない、ステータスそのものを価値視することが軽蔑されるため、製品の価値は人気により自動決定され、人気のない製品は製造されない。ただ、製品の人気は絶えず変化するから、新製品が出た場合にそれが徐々に人気が出ればコンピュータの再計算によって生産基準が常時変更されている。過去において、<利潤追求性が財の社会的効用・機能の増進を阻害するケース>として、自動車が例に挙げられる。このような過去の悪しき例から、ひとびとはもはや(当該製品の持つ効用と切り離された、ステータスシンボルたる物の所有欲求という意味での)物欲を持たなくなっている。
この話をきき、ジュリアンは欲求不満を感じながら朝食を終えた。

21
<現在>
目覚めたジュリアンは「今の時代も人の一生はほとんど同じだ」と感じつつ、昨日の議論の内容を思いだしていた。教育システムについて、適性検査で子供を評価するといっても非常に多面的であること。芸術的なものも含めること。陶芸の作品などは物々交換でクリスマスプレゼントの交換のようにして互いに発表しあうこと。かつての国家にあたる大きなものはなく、個々の<擬似都市>に市長職はあるものの名誉職であって、給与はないこと。市長やそのスタッフは互選によること。絶対多数を誰かが取るまで2次、3次投票と絞りをかけていくこと。かつての合衆国政府に似ているのはギルド議会であること(ただ調整するだけ)。
***
ジュリアンはひとりで駐車場に降りて車を呼び、ニューヨーク、芸術家村に行く。だがそこは芸術目的で全てが造形され変わり果てていた。探しているものは見つからなかった。エディがトランシーバーに電話をかけてきて心配したので、「結婚プレゼントを探しに来たが、まだ見つからない」と答えた。

22
<現在>
ジュリアンは戻った。エレベーターに向かうとき若いカップルとすれ違い、かれらはあの少女と同じ外国語?を話していた。部屋に戻るとエディがいた。外人かときくと、違う、アメリカ人で、その言葉は<世界共通語>インターリンガであり、誰もが小さいころから話しているという。エディたちはジュリアンに合わせるために頑張って英語を覚えた。
ジュリアンがエディにプロポーズすると、エディは断る。それは無理だ、コミュニケーションに支障がある、基盤が違いすぎる、世界の知識水準は数年で倍になるからジュリアンが追い付くのは不可能で、特にジュリアンはもう30台半ばだ、いってみればエディから見てジュリアンは精神的赤ちゃんなのだ。<好き>とは言ったが男女の<愛>ではない、そんな概念から人類はもはや進化しているのだ、<好き>というのは赤ちゃんのころ父母が使っていた言葉に過ぎない。誤解させてしまったらしい、という。
ジュリアンは、ならおれは誰と話せばいいんだ、今生きている旧友ですらレベルが違いすぎて支障があるというのなら、と問いただす。ここは、ユートピアではなく、おれにとってはディストピアだ。なぜおれを起こしたんだ。
エディは悲しげに首を振る。「それはわたしが決めたことではないわ、ジュール。わたしは反対したのに」
~完~

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