SF百科図鑑

Bob Shaw "The Ragged Astronauts"

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May 15, 2004
Bob Shaw "The Ragged Astronauts"

http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0671654055/qid=1084980785/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl14/002-6014764-1541602?v=glance&s=books&n=507846
今読んでいる本はこれです。
忙しくてなかなか読む暇がない

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1. 英国SF協会賞 [ 馬とSFの日々 ]  June 11, 2004 15:40
ここらでまとめておく。
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1. Posted by 連載(1)  May 16, 2004 00:33
襤褸着の宇宙飛行士 ボブ・ショウ
目次
第一部 正午の影
第二部 立証飛行
第三部 珍事の世界
第一部 正午の影
第一章
トラー・マラキンら地上で見守る人びとの目に、その飛行船が危機に向かっていることが明らかになった。だが──信じられないことに──船長は気づいていないようだった。
「あのばかたれは、自分のやっていることが分かってるのか?」声の聞こえる範囲には誰もいなかったが、トラーは声に出して言った。両手を目の上にかざして、日光を遮り、事態の推移を更によく見ようとした。背景には、この「ランド」の一帯に住む者なら誰しもなじみ深いものがあった──しみ一つない濃紺の海と、白雲のけばだった青白い空、そして、母なる世界『オーヴァーランド』の霧に煙る広大な姿が、音もなく空の下にぶら下がり、その円盤が雲の衣の横を何度も何度も横切るさまだった。明け空の輝きにもかかわらず無数の星が目に見え、『木立座』を形作る九つの最も明るい星も輝いていた。
その背景に向かって、飛行船は、軽い海風に乗りながら流されて行った。司令官は動力クリスタルを維持しようとしていた。船は、一直線に浜へ、先細りの円をなす青と灰色の空間へ、オーヴァーランドのささやかな視覚的投影へと向かっていた。船は着実に進んでいたが、船長が明らかに判断を誤っているのは、船が乗っている陸への風が意外に浅く、三〇〇フィートの深さもないことだった。その上では逆方向にハファンガー高原からの西風が吹き降ろしているのだ。
トラーは追い風と向かい風の流れを正確に追うことができた。というのも、岸辺に沿ったピコン削減パンから立ち上る蒸気の柱は、わずかな距離を陸に向かって流れたあと、すぐに上昇し、海に向かって逆流しているからだ。これらの人工的な霧のかたまりの間には、高原の屋根からの雲のリボンがある──そこに飛行船に対する脅威が存在するのだ。
トラーは子供のころから持ち歩いているずんぐりした望遠鏡をポケットから出し、雲の層を調べた。半ば予想した通り、数秒以内に、白い蒸気のからまりの中に、ぼやけた青と深紅のしみが浮かんでいるのが見分けられた。注意しないで見ても誰も気づかないか、あるいはそのかすかな埃を視覚的な効果として見過ごしてしまうだろう。だが、トラーの危機意識はより高まっていた。トラーが羽翼虫(プテルタ)をすぐに見つけられたということは、雲全体にやつらがたっぷりと種をまき、目に見えない何百の生物が船に向かっているということを意味した。
「太陽記録器(サンライター)を使うんだ」肺いっぱいの力を込めて叫んだ。「あのばかに、舵を切れというんだ。船を上下させるんだ。それか──」
緊急事態に錯乱して、トラーは行動の手順を決めようと辺りを見回した。長方形のパンと燃料庫の間にいるのは、半裸の機関士と清掃員だけだ。監督官や事務職員の全員が、いや増す昼の暑気を避けて、屋根の張り出したステーション・ビルの中に入っているようだった。低い建築物は伝統的なコルコロン風のデザインである──オレンジと黄色の煉瓦が、複雑なダイヤモンド模様にはめ込まれ、全ての角や縁に赤い砂岩の飾りがついている──どことなく、強い日差しの中でまどろむ蛇のように見える。トラーは、狭い縦長の窓のどこにも職員の姿を見つけられなかった。手で剣をしっかりおさえ、管理棟に向かって駆け出した。
トラーは哲学階層のメンバーにしては異常に背が高く筋骨隆々で、ピコン・パンを受け持っている労働者たちは彼の進路を妨げないよう慌てて道をあけた。一階建ての建物に着くや否や、記録士補のコムダク・グラが太陽記録器を持って現れた。トラーが近づいて来るのを見ると、グラはたじろいで、装置を渡そうという仕草をした。トラーは断った。
「君がやるんだ」言いたいことをうまく言葉にする余裕がないのをごまかすため、我慢できない様子でトラーは言った。「装置は君の手の中にある──何を待っているんだね?」
「すみません、トラーさん」グラはサンライターを近づいてくる飛行船に向け、スイッチを入れるや否や、中のガラスの薄板がかたかた鳴った。
トラーは、パイロットが光線による警告を受け取り、注意を払っているかどうかを確認する間、両脚を交互に上げて跳んだ。船は前方に向かい、静かに見境なく進んで行く。トラーは望遠鏡を取り上げ、青く塗られたゴンドラに目を凝らし、その船が王室のメッセンジャーであることを宣言する羽と剣の印をつけているのに気づき、少し驚いた。どんな理由で、王が、『王室哲学者』の最果ての実験ステーションと連絡を取る必要があるというのか?
一年にも思える長い時間のあと、研ぎすまされた視覚で、トラーは船の前方デッキに隠れた慌ただしい動きを視認することができた。数秒後、ゴンドラの左側に灰色の煙が上がった。並行する駆動チューブが発火したことを示していた。飛行船の船体が波打ち、右折すると全体が傾いた。その間、急速に高度を下げたが、既に雲すれすれのところを飛んでおり、蒸気の蔓に飲み込まれて時々視界から消えた。距離と気流によって演出された恐るべき悲劇が、浜辺の静まり返った観衆を襲い、混乱して動き回る者もいた。
船上の誰かがプテルタと出くわし、恐怖に震え上がったのだろう、とトラーは考えた。トラー自身が夢の中で幾たびも経験した運命だった。

2. Posted by 連載(第2回)  May 16, 2004 00:34
トラー自身が夢の中で幾たびも経験した運命だった。悪夢のエッセンスは、死のヴィジョンであるということよりも、全くの絶望を意味するという点に、ひとたびプテルタの殺生可能域に入ると、抵抗の努力は無益であるという点に存していた。暗殺者や獰猛な動物に直面したとしても、人は──死の確率がいかに圧倒的であろうとも──戦いに身を投げ出し、その点では死との奇妙な和解を望みうる。だが、この鉛色の球体が振動しながら追跡してきた場合、なし得ることは『全く何もない』。
「いったい何が起こってるんだ?」そう言ったのは、ステーション長のヴォーンダル・シストだった。司令塔の正面玄関に現れたところだった。頭の丸くはげ上がった中年男で、平均より低い身長を気にしているらしく、異常に背筋をまっすぐにしていた。こぎれいな日焼けした顔は、困惑と興味の入り交じった表情を浮かべていた。
トラーは落ちて行く飛行船を指差した。「どっかのばかが、はるばる自殺しにやってきたんですよ」
「警告したのか?」
「ええ、でも手遅れだと思います」トラーは言った。「一分前には、船の周りはプテルタでいっぱいでした」
「これはひどいな」シストはぶるっと震えて、手の甲を額に当てた。「スクリーンを上げるように命じよう」
「それには及びません──雲の下端はこれ以上下がりませんから、球体の群が、日光に照らされながら、広い地面を越えて、ここまでやってくることはないでしょう」
「私は危険を冒す気がないんだ。誰が保証するというんだ──?」シストは言葉を切って、感情のはけ口を得たことを有り難く思いながら、トラーをにらみ上げた。「きみはいつ何時何分、重役の決定をなしうる権力を手に入れたんだね? 私が自分のステーションだと信じているこの場所で? グロ王が、私に前触れもなく、君を昇級させたとでも言うのかね?」
「あなたに関する限り、誰も昇級など必要ありませんよ」トラーはセンター長の皮肉に手ひどく反応して言い、浜に向かって突っ込もうとしている飛行船をにらみつづけた。
シストは口をあんぐり開け、目を細めた。今のコメントが彼の肉体的状況を言っているのか、能力を言っているのか、決めかねていた。「無礼な」シストは糾弾した。「無礼にして、不服従だ。然るべき人たちの耳に入れるつもりだぞ」
「泣き言はやめてください」トラーは言って、きびすを返した。

3. Posted by silvering  May 16, 2004 02:58
第2章まで読了。
王のメッセンジャーの飛行船が哲学士の研究ステーションにやってきて、プテルタの集団に襲われ不時着。主人公のトラーが、「いったいどんなメッセージを持ってきたのか?」といぶかるところまでが第1章。
第2章は、コルコロン王の息子レドラヴォーが主人公。軍の指揮官として、最前線で兵士とともに戦う彼は国民の信望が厚い。
ある日、コルコロン軍を率いて森を抜け、ゲサンに攻め入り、広場で生け贄の儀式をしている原住民に出くわす。生け贄の女をブラッカの樹に結わえ付けている。この樹は内燃機関を持ち、動力水晶の力で爆発をするこの世界の動力源でもある。レドラヴォーらは奇襲を仕掛け敵を征服する。そして、樹液処理班に樹液処理をさせていると、王のメッセンジャーの飛行船が飛んで来るのを目にし、「いったいどんな用が?」といぶかる。

世界設定もいいが、謎めいた導入もなかなかうまい。ボブ・ショウ、小粒ながらさすが小説作りは職人的にうまい。
4. Posted by silvering  May 16, 2004 12:52
第3章

レイン・マラキンの邸宅──スクエア・ハウスとして知られる──は、コルコロン国の首都ロ・アタブリの北の郊外にある円い丘、グリーンマウントにあった。
書斎の窓から都市の様々な地区をパノラマ式に眺望できた──住居地区、商業地区、工業地区、行政地区──そのパノラマはボラン川に向かい、その対岸で、五つの宮殿を囲む公園に道を譲った。哲学士長の配下にある家族たちは幾世紀も昔、この選ばれた地区に一団の住宅や建物を与えられ、その職が今よりも高い尊敬を払われていたバイトラン四世の治世に居住を許されていた。
哲学士長自身は、グリーンマウント・ピールと呼ばれる四方に広がった建物に住んでいた。その領地内において、全ての家が『偉大な宮殿』の視線の及ぶ範囲に配置され、サンライターによる情報伝達を容易にしていることが、哲学士長のかつての重要な地位を示していた。だが今、そのような特権の強調は、他の系列の長の感じる嫉妬や憤怒をただ増幅するだけだった。とりわけ産業最高指揮官であるチャッケル王子は、グリーンマウントを自らの帝国のお飾りにすることを望み、哲学士を免職してより身分の低い地区に移り住ませようとあらゆる権力を駆使して画策していることを、レイン・マラキンは知っていた。
時間は『昼後』の初めで、地域がオーヴァーランドの影から出て、都市が二時間の眠りから甦り、美しく見えていた。落葉の樹々の黄色やオレンジや赤の彩りが、今から芽吹き葉を生い茂らそうとしている異なるサイクルの樹々の青や濃い緑の彩りと好対照をなしていた。あちらこちらで飛行船の赤く輝く気嚢が、パステル色の円や楕円をなしていた。川にはランドの遠い地区から千もの品々を運んでくる海洋船の白い帆が見える。
窓辺のデスクに座りながら、レインは錚々たる眺望に我を忘れた。その日一日、レインは自分の中ふかく、奇妙な興奮と期待感を感じていた。確信を得るてだてはなかったが、この精神的な高ぶりは何か非常に稀で重要なものにつながるという予感があった。
5. Posted by silvering  May 16, 2004 13:29
第3章を読み終わった。
グロ王が哲学士のレイン・マラキンを訪ね、この国の動力源であるピコン水晶の不足を憂う。
今日中に第1部を読み終わる予定。
6. Posted by silvering  May 16, 2004 13:30
ここまでのおさらい(間違いは随時訂正)

登場人物
トラー・マラキン──哲学士。
レイン・マラキン──哲学士。トラーの兄。
ゲサラ──レインの内縁妻。
エイサ・マラキン──トラーの母、トラーを生んで死んだ。
ヴォーンダル・シスト──哲学士実験ステーション所長。
グロ──王。哲学士の人事権を掌握する。
ビトラン四世──先代のコルコロン王。
チャッケル王子──産業最高指揮官。哲学士階級の排除を目論む。
レドラヴォー・ネルディーヴァー王子──コルコロン軍最高指揮官。王の長男。
リーフ──コルコロン軍曹長。
レイロ、ノスナルプ、クラヴェル──コルコロン軍副官。
オウポープ──粘液処理師。
タンスフォ──コルコロンお抱えの医師。


用語解説
ランド──2重惑星の一。トラーらが生活する星。
オーヴァーランド──ランドの姉妹惑星。
木立座──ランド頭上に輝く最も明るい九つの星。
太陽記録器(サンライター)──太陽光線を利用して警告信号等を発する装置。
羽翼虫(プテルタ)──群をなし飛行船を襲う球状の生物。
スクエアハウス──レイン・マラキンの邸宅。
グリーンマウント──ロ・アタプリ北方の円い丘。
ロ・アタブリ──コルコロン国の首都。
ボラン川──コルコロンを流れる川。
グリーンマウント・ピール──哲学士長の邸宅。
ルーングル半島──コルコロン国の東端。ゲタン族が住む。レドラヴォー王子が侵攻する。
ゲタン族──ルーングル半島に住む原住民。女を樹の生け贄に捧げ豊穣を祈る風習を有する。
ブラッカ──ランドに自生する樹。独自の内燃機構を有し、動力水晶と呼ばれる動力源となるものを内包している。爆発して種をまく。
ピコン水晶──ブラッカの根から地表に突き出す緑色の部分。
ハーベル──ブラッカの下方の根が集めてくる紫色の『何か』。ピコン水晶と混合することで動力/爆発源となる。
輝ける道──ルーングル半島を通る道と思われる。
粘液処理師(スライマー)──ブラッカ等の粘液を処理する職。
7. Posted by silvering  May 17, 2004 04:31
第4章
トラー・マラキンは、自分がベッドに一人ではないということに気づきながら目覚めた。そのことが気がかりであると同時に、心地よかった。
左側に横たわる女の体熱を感じた。片腕をトラーの腹の上に、片足を両太ももの上に乗せていた。なじみのない感覚であればあるほど、よけいに心地よかった。じっと黙ったまま横たわって天井を見つめ、スクエアハウスの謹厳なアパートに、どうして女を連れ込むことになったのか、その正確な状況を思い出そうと努力した。
首都への帰還を祝って、サムルー地区の賑やかな酒場を次々と梯子したのだった。前日早くから回り始め、<小夜>の終わりごろまでに切り上げる予定だったが、エールとワインの回りが早く、会う知人という知人が皆愛すべき親友のように見え始めた。<昼後>を過ぎて夜になるまで飲みつづけ、ピコン盤の匂いを忘れようと盛り上がった。夜遅くになって、群衆の中の同じ女がそばにいるのに気づいた。偶然で説明するには不自然なほど何度も。
黄褐色の髪で背が高く、胸が大きく、肩幅が広く、ヒップが大きかった──ハファンガーで抑留生活を送っていた頃、夢見たタイプの女だった。しかも、傍若無人に<乙女の友>の小枝を銜えていた。円くあけっぴろげで、複雑さのないその顔の頬が、ワインで赤く染まっていたのをはっきりと思い出せた。笑うと真っ白い歯がのぞき、前歯の一本がわずかに三角形に欠けているだけだった。この女が話しかけやすく、気兼ねなく一緒に笑うことのできる相手であると分かった。けっきょく、夜をともにするのは世界中で最も自然なことに思われたのだ──
「おなかすいた」突然女は言って、トラーの横で上体を起こした。「朝ご飯食べたいな」
トラーは、見事なまでに全裸の女の体をほれぼれとながめながら、微笑った。「もしぼくが、先にもっと別のことをしたいとしたら?」
女は失望の表情を浮かべたが、ほんの一瞬だけで、自分の乳房をトラーの胸板に触れ、その微笑に答えた。「気をつけないと、死ぬまで精を吸い尽くしちゃうわよ」
「ぜひお願いしたいね」トラーは言った。その微笑は満足げなくすくす笑いに変わった。女の体を引き寄せた。キスをすると、気持ちのいいぬくもりが身も心も覆い尽くした。だがたちまちトラーは、何かまずいことがあるなと思った。ほんの些細な、落ち着かない気持ち。両目を見開いて、すぐに不安の原因の一つに思い当たった──寝室の明るさが、既に夜明けを過ぎていることを示していた。今日は二〇〇日の朝で、明るくなったらすぐにいくつかの図面と掲示用イーゼルを<偉大な宮殿>に運ぶ手伝いをする、と兄に約束していたのだ。誰でもできるつまらない仕事だったが、レインはトラーに是非引き受けてほしいと望んでいるようだった。恐らく、委員会の会合が長々と行われている間中、ゲサラと家に二人きりで残されるのがいやなのだろう。
ゲサラか!
そういえば、前日ゲサラと会ってすらいないことを思い出し、トラーは声を出してうめきそうになった。朝早くハファンガーから到着し、兄と短い面会をし──その間、レインは自分の図面のことで頭がいっぱいだった──それから酒盛りに直行した。ゲサラは、レインの内縁妻で、家計を切り盛りする女主人であり、それゆえに、トラーに対しても、きちんとした夕食の席には敬意を払うよう望んでもいた。他の女ならば、トラーの礼儀知らずを見逃しもすれ、気難しくがんこなゲサラならば怒らないはずがなかった。ロ・アタブリへの帰りの便の機内で、兄の家庭に余計な緊張を持ち込まないためには、ゲサラとしっかり向かい合おうと、トラーは誓ったのであったが──最初の一日目からして、ゲサラとの対決から逃げてしまったのだった。自分の舌とからまりあう湿った舌の感触は、ゲサラの想像以上に自分がこの地域の規範を犯してしまったのだということを、トラーに痛感させた。
「申し訳ないが」女の抱擁から体をふりほどきながら、トラーは言った。「きみはもう、うちに帰らないと」
女は口をあんぐり開けた。「えっ、何?」
「ほら──急ぐんだ」トラーは立ち上がり、女の服を小さな束にして女の腕に押し付けた。衣装ダンスを開き、自分用の新しい服を探した。
「あたしの朝食はどうなるのよ?」
「時間がない──きみに出てもらわなくちゃならないんだ」
「それは結構」女は辛辣にいい、自分の衣服である半透明の織物でできたひもや布ぎれをかき回し始めた。
「申し訳ないと言っただろ」着られることを拒んでいるズボンに尻を突っ込もうと躍起になりながら、トラーが言った。
「大変たいへん結構──」両のオッパイを薄っぺらいプラジャーに押し込もうとしながら、女は言葉を止め、部屋の天井から床を眺め回した。「あなた、ほんとにここに住んでるの?」
トラーは胸騒ぎを覚えながらも、楽しんでいた。「僕が適当に家を選んでは、忍び込んでベッドを借りているとでも言いたいのかい?」
「夕べはちょっとおかしいと思ったの──わざわざ馬車でここまできて──音も立てずに──ここはグリーンマウントじゃないの?」その疑いをあらわにした目は、トラーの筋骨隆々の腕や肩を眺め回した。女が何を考えているのか探ろうとしてみたが、その表情に非難の色は表れていなかったので、逆らわないことにした。
「今朝は散歩にうってつけの天気だよ」そう言って、女を立たせると──服はまだファスナーを閉め終えていなかったが──部屋に一つだけある出口に急がせた。ドアを開けた正にその瞬間、トラーはゲサラ・マラキンと顔を合わせるはめになった。ゲサラはちょうど廊下を通りかかったのだ。青白く病的な顔で、前に会った時よりも顔色が悪かった。だが、灰色の目は力を失っていなかった──そして、怒っているのも明らかだった。
「おはよう、いい<昼前>ね」ゲサラは冷たいまでに正確に言った。「帰っていると<聞かされて>いたわ」
「夕べはすみません」トラーは言った。「僕は──僕は、引き止められてまして」
「見りゃ分かるわ」ゲサラはあからさまな嫌悪を浮かべながら、トラーの横にいる女を見た。「で?」
「で、何です?」
「あなたは紹介する気はないの、その──お友達を?」

(中略。女の名前はフェラ・リブーといった。ゲサラは、あんたは名前も知らない女を連れ込むのかと呆れ顔で、兄に告げ口。トラーはフェラに戻るまでいてかまわないという。トラーは兄のところへ行き、小言を言われる。)

トラーは戸惑いをごまかすために肩をすくめた。「名前なんてどうでもいいでしょう?」
「お前に世知を授けてやろうというおれの努力に、お前が何の意味も認めないならな」
「そんなことは──」トラーは深く息を吸い、兄を怒らせることで新たな問題を抱え込ませるはめになるのは、金輪際やめようと決めた。「で、どれを運べばいいんですか?」
(p54まで)
8. Posted by silvering  May 18, 2004 00:33
p54-
王プラド・ネルディーヴァの公式住居は建築上の美点よりもむしろその大きさで名高い。何世代にわたる為政者が尾翼や塔や円屋根を増築し、個人的な気まぐれに合わせようとした。たいていはその当時流行の建築様式で、結果として建物は、珊瑚礁あるいは、ある種の昆虫によって徐々に建て増しされる構造物のように見えた。初期の造園師は、平行したパーブルや垂木を植えることによって段階的な秩序を与えようとしたが、何世紀の間に他の雑多なものに紛れてしまった。様々な石工によって多様な外観を与えられた宮殿は、同じぐらい非均等な色の植物に覆われ、遠目には見分けるのが困難だった。
だが、トラー・マラキンは、そのような美学的屁理屈には惑わされなかった。グリーンマウントから兄のつつましい側近の後を馬に乗って進んだ。夜明け前に雨が降り、朝の空気は清く心が洗われるもので、新しい始まりに向け、魂が日の光を受けて一新された。頭上には巨大な<オーヴァ―ランド>の円盤が澄んだ光沢を放ち、多くの星が周囲の青い空を彩っていた。都市は様々な色のしみが信じがたいほど複雑に散らばりながらボラン川の灰青色のリボンへと伸びている。そこでは雪の菱型紋のような帆が輝いている。

9. Posted by silvering  May 18, 2004 00:40
このあと、王の宮殿の会議場で委員会が開催される。主要な議題は資源不足問題である。<ランド>の反対側にあるチャムテタンには多量のブラッカがあるらしいが、それを手に入れてはどうかという意見などが出て、議論は混沌としていく。

ということで66ページまで、今日はあまり読めませんでした。今から布団の中で第4章だけでも読み終わります。
10. Posted by silvering  May 20, 2004 00:26
第4章読了。
哲学士階級の長・グロは、王にブラッカ不足解決策として、「オーバーランド」移住を提案するが、他の階級の者から反発を買う。あるlordに殴り掛かられ、反吐を吐き、止めに入ったトラーがこのlordを殴ってしまう。王は、このグロの提案を最優先で検討する、と深刻に告げる。
委員会は中途で終了し、トラーは帰宅、ゲサラにまたもねちねちとやられ、連れ込んだ女のことを皮肉られて逆上し、「彼女は娼婦じゃない! 俺は結婚する気だ!」と宣言してしまう。

なんつーか、このSFの読みどころはもちろん、「二重惑星」という魅力的な世界設定、その惑星感移住のテクノロジーや如何に? 「オーバーランド」はどんなところ? といったところにあると思うのだが、人情の機微や政治力学といったところを余さず描写する点に、ボブ・ショウの特徴がある。「オービッツウ゛ィル」なんかもそうだったし。そして好感が持てるのは、「権力や因習と対決して孤立する孤独な普通人」を中心に据える視点の作品が多いということだ。俗物を嫌い、素朴な正義や怒りを大事にする人間観。「オービッツウ゛ィル」の主人公がそうだった(とはいえ、自分の過失で子供を見殺しにしちゃったんだから自業自得なわけだけど)。本作でいえば、他のlordに罵られながら、一世一代の大移住計画を提案するグロ、行きずりの女を居候する兄の邸宅に連れ込み、兄嫁に詰られるトラー、チビを気にする小心な俗物のシストなど、とにかく登場人物の性格が多彩に色分けされている。こいつら、人類じゃないはずなんだけどね──(設定は明確じゃないんだけど)。
11. Posted by silvering  May 20, 2004 00:34
読みたくなった人はこのURLで買ってください。
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12. Posted by silvering  May 21, 2004 00:30

第5章
トラーの実の父リスデル・ダラコットが孫のハリーを成人の通過儀礼である「プテルタ狩り」に連れ出すが、ハリー及び同行した証人が次々と「ブテルタ病」に感染して死亡、ハリーの母も二次感染で死亡する。
<ランド>は資源不足のみならず、プテルタが媒介する死の病に脅かされる。

第2部 実験飛行
第6章
トラーは軍事研究所に配属される。剣や槍の改良研究のようなものを想像していたが、実態は「ブラッカに代わる燃料の研究実験」が主要業務であった。一方で、トラーはフェラを「第4級の妻」としたが、フェラの切望により第3級の妻に変更された(第4級であれば夫の任意で離婚できるが、第3級は一定期間拘束され離婚できない)。この地域の交通手段は「馬車」や馬であるが、フェラが馬を嫌うため夫婦で外出するのは決まって徒歩である。ある日フェラと散歩に出かけたトラーは、プテルタの都市来襲に遭遇する。それまで人類の在住エリアに日中襲来することのなかったプテルタだが、突然変異か、都市部へ日中の飛来を恐れない群が現れ始めた。こういったプテルタは決まって『プテルタ菌』の保有者だった。以来、グリーンマウントのプテルタシールドは多層式に強化され、また一般民家も外壁にシールドを張り巡らすようになった。ある日、王の伝令がグリーンマウントを訪れ、4日後に委員会を召集するという。「4日後なので緊急事態ではないと思いますよ」という伝令に『多分そう思う」とトラーは返す(が内心は非常事態を危惧していた)。

いよいよ、<ランド>は危機的状態に陥り、<オーヴァーランド>への移住の気運が高まるのかノノ。<オーヴァーランド>は生存に適する地なのか? サスペンスは高まる。
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13. Posted by silvering  May 21, 2004 00:33
げ、ハイパーリンク貼れない。
なんてこったい。
14. Posted by silvering  May 22, 2004 14:40
第7章
王の会合召集。王はグロにオーバーランド移住の技術的可能性や必要な燃料等を確認の上、移住計画の着手と<ランド>裏側の大国<チャムテス>討伐を支持するともに、スタッフ組織を解体しピラミッド構造の組織に組み替え、息子のラドラウ゛ォー王子にその指揮を命ずる。

第8章
レドラウ゛ォーの苦悩。技術者として、プテルタ病で家族を亡くしたダラコットを徴用することなどが決まる。王に『哲学士をぞんざいに扱うな』と諭され心外と答えるが、内心、自分の代でこの国が終わることを憂う。

かなり面白くなってきた。
15. Posted by silvering  May 23, 2004 21:26
第9章
レドラヴォーがグリーンハウス訪問。その前にきた弟のチャッケルの侍従がレイン、トラー、その妻を侮辱しトラーが逆上しぶん殴って半身不随にする。怒ったチャッケルに殺されそうになるが、レドラヴォーが止め、トラーを遠征軍に入れる。その後レドラヴォーは夜を徹してレインから

くっそーなんどえーとっくはずしてもえーとっくになりやがる。
あんいんすとーるいしてやったぜ。
16. Posted by silvering  May 23, 2004 21:38
atok捨てました。

第9章続き。オー快適。
レドラヴォーは夜を徹してレインからオーヴァーロード移住技術について聴き取った後、レインの妻を『夜の友」として要求。妊婦とやるつもりなのか? 夜、自室に向かうトラーは偶然レインの妻と会う。下半身が血まみれで血の足跡・・・。中絶されたのか。

第10章
トラーらコルコロン遠征軍は西へ征伐に向かう。手は6本指。オーヴァーランドとランドは互いに同じ面を向け合っており、オーヴァーランドの真下にコルコロンがあるから、コルコロンでは真昼に日食が発生し「小夜」が訪れるが、西へ向かうにつれオーヴァーランドの位置がずれ、夜と小夜は融合してしまう。
17. Posted by silvering  May 25, 2004 01:39
第11章

凄い展開だ。コルコロン遠征軍はチャムテス征伐で苦戦するが、チャムテス人は新種のプテルタの毒粉に対する免疫がまったくなく、触れた瞬間即死することが判明する。コルコロン軍が何もしないうちに、何千万人というチャムテス人が数日間でほぼ死に絶える。労せずしてチャムテス国を占領したコルコロン軍。しかし、ダラコットはプテルタの猛威によるチャムテス絶滅に絶望し、日誌を書くのをやめ服毒する。同じ軍の配下に、息子のトラーがいたにもかかわらず。
18. Posted by silvering  May 26, 2004 06:29
第12章
ダラコットがトラーを呼びつけ自分が実の父であることをコクる。

第13章
マーン・イブラーはプテルタの脅威に絶望し、オーウ゛ァーランドへの移住を切望する。
19. Posted by silvering  May 27, 2004 22:41
本書の一太郎翻訳が進行中。
あるいは、BSFAアンソロジーより先に出るかも。

さて、第15章(第2部)まで読んだ。
第15章で、グローはいよいよ試験飛行という日の直前に死亡し、当日が葬式となる。トラーは試験飛行の船長に選ばれ、葬儀に出た後、飛行に出発する。
第16章が本書の一つのクライマックス。ついに気球が上昇を始める。二つの惑星の中間点に近づくにつれ、重力が低下し気温も低下する。中間点を越えたところで、トラブル発生、乗務員の一人が船から離れてしまう。トラーらはロープを投げようとするが無重力のためうまく投げられない。乗務員に胸のロープを船から反対方向に投げれば反動で船に近づけると叫ぶが、乗務員は逆に船にロープを投げ、オーヴァーランドに落ちて行ってしまう。トラーは、ランドへの帰還を指示する。
20. Posted by silvering  May 27, 2004 22:43
上の感想は、
第15章?第14章
第16章?第15章
の間違い。
21. Posted by silvering  May 29, 2004 22:34
第16章?第19章 まで。
凄い展開。面白いよこれ。
第16章 レインは洞窟の壁画を発見、何千年も前のもの。その絵からレインはブラッカとプテルタの驚くべき真相を見抜く。そこへ訪れたレドラヴォー。折悪しくプテルタ襲来。二人は馬で戻ろうとするがレインの馬が転倒、レドラヴォーによって止めを刺される。レドラヴォーはレインに一緒に乗るよう申し出るがレインは断る。歩いて都市に戻る途中で力尽き、プテルタに襲われながら、渾身の力で真相のメッセージを残す。
第17章 都市に戻ったレドラヴォーは、都市住民の蜂起に出くわす。さしものレドラヴォーも、首謀者を処刑したものの、蜂起を治めるどころか逆に刺激してしまい、オーヴァーランドへの移住を決意する。住民たちは都市のシールドに火を放つ。
第18章 トラーは兄の死体を見て疑いを持つ。レインは真相を書いたメモをトラー宛に残していた。レインはゲサラを救い、王らとともに四隻の船でオーヴァーランドに旅立つ。
第19章 中間点を過ぎた後に、王の船がトラブルに見舞われ、トラーの船にぶつかりそうになる。トラーは船を脇にかわし、王の船の気球が破れて墜落する。トラーは船の中でゲサラと結ばれる。

残り2章、「根性で」翻訳進行中。

第18章より抜粋

第18章 兄の死を胸に

トラーは一〇分ほどの間、身動きもせずその黄色い頭巾の遺体を見つめ、喪失の痛みを克服する方法を考え続けた。
(レドラヴォーがやったのだ)トラーは思った。(あの怪物を生かしておいた代償として、私が得たのがこれだ。あの男は、兄をプテルタのなすがままにして見捨てたのだ!)
前昼の太陽はまだ東の空の低い位置にあったが、気流がまったくないため、岩の多い丘の斜面は既に気温が上がり始めていた。

*****

グリーンマウントの敷地を出て北西に向かったとき、空港地区の空にのぼってゆく飛行船の数が増えているのがわかった。上空の大気の深い青色の中に点々となって吸い込まれていく。その動きから見て、弱い東向きの気流があるのは明らかだ。それはつまり、プテルタがやってくれば出発の混乱がさらに悪化することを意味する。左を見やれば、都市から舞い上がる煙の柱は、高空の気流に達したところで、水平方向に攪拌されていた。燃える樹木が時たま爆発して粉末を撒き散らしている。
トラーは危険にならないほどのできるだけ速い速度で丘を駆け下った。通りはさいぜんと同じく人通りがない。だがちょうど前方より、暴動の叫び声が聞こえてくるのに次第に気づいた。放棄されたビル群の最後のシールドをくぐり抜けたところで、空港地区の周辺のようすが変わっていることに気づいた。
バリケードの割れ目が広がり、そこに恐らく総勢百人近いであろう群集が集まっていたが、基地への受け入れは若い者が優先で、年嵩な者は立ち入りを拒否されていた。石や木材の破片が兵士に投げつけられたが、剣や槍を持っているのに、何の反撃もしなかった。数人の馬に乗った士官が兵士の背後に控えていた。襟のような形の剣を持ち、両肩に緑に光る飾りをしていることから、ソーカ連隊の一隊であることが分かった。ソーカ連隊とは、レドラヴォーに忠誠を誓い、ロ・アタブリにはこれといった関係のない男たちだ。いつ何時大虐殺に発展してもおかしくない雰囲気だ。もしそうなれば、反乱軍の兵士たちもこの場にやってきて、戦争のミニチュア劇が展開することだろう。
「しっかりつかまって、頭を隠すんだ」剣を引きながら、ゲサラに言う。「強引にでも中に入らなければならないからな」
トラーは青角馬を全力疾走させた。この力強い獣は、即座に反応し、間をさえぎる地面をわずか数秒の間に疾風のごとく駆け抜けた。トラーは反乱軍にまったく気づかれないまま、反応する隙も与えないままにその間を通り過ぎようと思っていたが、硬い粘土質の地面にひづめの音がこだまし、石を拾おうとこちらを振り返っていた男たちに気づかれてしまった。
「青服がいるぞ」叫び声があがる。「やつの薄汚い青コートをはぎとっちまえ!」
失踪する巨大な獣と、トラーの戦争用の剣を見ただけで、誰もが道を空けて走り散ったが、不規則な石つぶての連射から逃れるすべはない。トラーは上腕部と太ももに堅いのを食らった。横殴りに飛んできた薄板のかけらが手綱を持つ手を直撃した。トラーは青角馬をなだめながら、バリケードのひっくり返された丸太の間を通り抜けた。そして兵士の列に近づいたとき、ドサッという音を聞き、ゲサラの体を通じて衝撃を感じた。ゲサラはあえぎながら、一瞬しがみつく手の力を緩めたが、再び強くしがみついた。兵士の列は道を空け、トラーは馬を止めた。
「ひどくやられたかい?」トラーはゲサラにきいた。鞍の上で振り返ることはできないし、ゲサラがつかまっているから降りるわけにもいかない。
「たいしたことはないわ」ほとんど聞き取れない声でゲサラが言った。「進んで頂戴」
ひげの准将が近づいて、会釈をし、馬のくつわを取った。「航空長のトラー・マラキン様ですか?」
「そうだ」
「すぐに、第一二気球庫のレドラヴォー王子に連絡をおとり下さい」
「そのために来たんだよ、准将」トラーは言った。「道を空けてくれたほうが通りやすいんだが」
「失礼ですが、レドラヴォー王子の命令には、ご婦人の連れは入っておりません」
トラーは眉を上げ、准将の目をじかににらみつけた。「それがどうした?」
「あの──何でもありません」准将はくつわを放し、後ろに下がった。
トラーは馬を急がせて前進し、気球庫の並びへ向かった。そのような現象を説明した者はなかったが、穴の開いたシールドは、密閉されたシールドよりもうまく乱気流から気球を保護していることが分かった。素の西空が、気球庫の合間にあいた四角い裂け目から光を注いでいた。そのせいで、いつになく巨大な塔の群のように見えた。そのふもとでは、何千人という作業員、乗務員、身の回り品や食料を抱えた移民たちがせわしなく動き回っている。
このような極限状況にありながらも、システムが円滑に機能しているということは、レドラヴォーやチャッケル、その部下たちがいかに優れた統率能力を持っているかを物語っていた。船は相変わらず、二機、三機とまとめて飛び立っていく。ふとトラーは、大した深刻な事故も起こらないのは奇跡に近いことだと思った。
その瞬間、まるでトラーの考えたことが引き起こしたかのように、あまりにも速い速度で飛び上がった船のゴンドラが、格納庫の出口の縁にぶち当たった。船は上空に打ち上げられながら振動し、二〇〇フィートの高度で、数秒前に出発した別の船に追いついた。振り子運動の限界を超えたところで、コントロールを失った船のゴンドラは、横殴りに、追い越した船の気球に突っ込んだ。気球は破れ、左右のバランスを失い、深海で傷ついた生き物のごとくはためいてはよろめき、船は地面に落下した。その後を加速用支柱がゆっくり追った。船は食料ワゴンの一群を直撃した。その衝撃が導火線を切断したに違いない。というのも、突然火の手と黒煙があがり、傷つきあるいは恐慌をきたした馬たちのいななきが、全体の混乱状況を倍化させたからだ。
トラーは、搭乗者の運命については考えないように努めた。もう一隻の船のめちゃくちゃな離陸は、初心者の仕業に思えた。この移民計画に割り当てられた有資格パイロットは一〇〇〇人はいるはずだが、そのうちかなりの者がここにたどり着けないようだ。恐らく都市で妨害工作にあい、足止めを食っているのだろう。世界間を渡る旅人たちに、これまでの度重なる熾烈な困難に加え、また新たな危険が付け加わったわけだ。
気球庫に近づくにつれ、ゲサラの頭が背中の上で揺れているのが感じられた。彼女への心配が高まった。彼女の軽い体では、トラーが間接的に感じたあの衝撃に耐えるのは無理だろう。第一二気球庫に近づくと、その気球庫とそれに続く北方の三つが多数の歩兵や騎兵に取り囲まれているのに気づいた。守られている地帯の人の動きは、比較的穏やかだった。気球庫の中では四隻の気球船が発射を待っている。気球を膨らませる係が手前に配置され、派手に着飾った一団の男女が、じゃらじゃら飾りのついたスーツケースや荷物の山のそばに立っている。男の中には、事故で大破した船を覗き込みながら、飲み物をすすっているものもいる。その脚の周りを、小さな子供たちがピクニックでふざけ回っているかのように走り回っている。
トラーはその区域を眺め回し、中央にレドラヴォーとチャッケルとプーシェのいる一団を見つけることができた。かれらはいすに腰掛けたプラド王のそばに立っていた。いつもの王座に腰掛けた統治者は、地面を見下ろしており、明らかに今起こっている出来事に茫然としていた。年老いて魂が抜けたように見えた。トラーの記憶の中にある活力に満ちた姿とまったくの正反対だった。
やや若い大尉が馬の手綱を引いて止め、トラーを迎えに来た。ゲサラを見て驚いたが、文句も言わず、地面に降ろすのを手伝った。トラーは馬を降り、ゲサラの顔が蒼白なのを見た。体をかすかに揺らし、目線はうつろで遠くを見ていた。ひどい痛みを感じていることを物語っていた。
「わたしが運んでいったほうがいいようだな」大尉の合図で兵士の隊列が道を空けると、トラーは言った。
「歩けるわ、歩ける」ゲサラはささやいた。「手をどけなさい、トラー──その獣は、わたしが手助けされるのを見るべきではないわ」
トラーはゲサラの勇気に感心し、うなずいた。そして彼女の前に立ち、王のグループに向かって歩き出した。レドラヴォーが振り返ってこちらを見た。一度たりともあの蛇のような微笑を浮かべることはなかった。大理石のように滑らかな顔の中で、目だけが苦悩の色を湛えていた。白い胴鎧には対角線状に赤いしみがついていた。刀の鞘の先端付近には血が厚く凝り固まっていた。だが、その挙措は、ザヴォルが話したような狂気の激怒よりも、むしろ抑制された怒りを示していた。
「マラキン、わたしは何時間も前に使いを出したのだ」レドラヴォーは冷ややかに言った。「いったいどこに行っていたのだ?」
「兄の遺物を見てきました」注意深く質問に対する必要な答えを避けながら、トラーは言った。「彼の死には、非常な疑問点があります」
「何を言ってるのか分かっているのか?」
「ええ」
「お前は昔のやり方に戻ってしまったようだな」レドラヴォーは近づいてきて、声を落とした。「父は、お前を傷つけてはならんという誓いをわたしからもぎ取った。だがわたしは、オーヴァーランドに着いたらその誓いからは自由だぞ。で、わたしはお前に約束しよう。わたしはお前が永年探していたものを、お前にやろう──だがな、今のところは、もっと重要なことで頭がいっぱいだ」
レドラヴォーは振り返り、歩み去った。そして、発射管理員に合図した。すぐに気球を膨らませる係員が作業を始めた。巨大なファンをクランクで回し、やかましい音を立てて作動させた。プラド王は驚いて頭を上げ、落ち着きのない片目で周囲を見回した。ファンの騒音が、前例のない未知の世界への飛行が今まさに始まらんとしていることを告げるや、貴族たちの大半から、かりそめのお祭り気分は吹っ飛んだ。家族は寄り集まり、子供たちはふざけるのをやめ、使用人たちは、主人の荷物を船に運ぶ準備を始めた。それらの船は、王の船が飛んだ後に出発することとなっている。
護衛の隊列の向こうでは、統率されていないことの明らかな様々な作業が続いていた。移民船を送り出すための様々な作業が。至るところで男たちは駆けずり回り、気球船を気球庫に運ぶ平底カートがガタガタ音を立てる合間を、食料ワゴンが走り回っている。空港地区の広間の遠い彼方には、完璧に近い天候条件を利して、輸送船のパイロットたちが気球を膨らまし、風防の助けを借りずに離陸している。いまや空は船でごった返し、オーヴァーランドの険しい三日月に向かって舞い上がる奇妙な空送胞子の群のようだ。
トラーはこの壮観な眺めに畏怖を覚えた。極限状況に追い詰められると、自分たちの種族は神のごとく一つの世界からもう一つの世界へ跳び越える勇気と能力を持っていたことが証明されたのだ。だが、トラーはレドラヴォーの発言に困惑してもいた。
レドラヴォーのいった誓いはある種の事柄の説明になっている──だがそもそも、なぜ彼はそんな誓いをさせられることになったのだろう? 数多く山積する課題の中で、なぜ王は、トラーの問題を選び出し、彼を個人的な庇護の下においたのか? この新しい謎に興味を引かれながら、トラーは考え深げに王の座っている方角を見た。そして、プラドがまっすぐこちらを見ているのに気づき、奇妙なスリルを感じた。ややあって、王はトラーを指差し、周囲の者を通じて一直線に心理的威力を及ぼし、トラーに手招きをした。側近たちの好奇の目もものかは、トラーは王に近づき、頭を垂れた。
「きみはわたしによく仕えてくれたな、トラー・マラキン」プラドは、疲れてはいるが毅然とした声で言った。「今わたしは、もう一つだけきみにやってほしい仕事がある」
「仰せのままに、陛下」トラーは答えたが、プラドがもっと近くに来て、個人的なメッセージに耳を傾けるように合図すると、これは本当に現実なのかという感覚が強まった。
「確かめてほしいのだ」王はささやいた。「わたしの名が、オーヴァーランドでも覚えられているのかと」
「陛下──」トラーは混乱に動揺しながら、身を起こした。「陛下、おっしゃる意味がよく分かりません」
「そのうち分かるときがくる──今は持ち場に戻るのだ」
トラーは礼をして後ろに下がった。だがその短いやり取りについて考える暇もないうちに、カートカング大佐に呼びつけられた。SESの前の主席委員である。
22. Posted by silvering  May 30, 2004 09:16
読了。いやあ、面白かったです。冒険活劇としても、SFミステリとしてもサービス旺盛。

第20章、トラーは、オーヴァーランドに着いたらレドラヴォーに殺されることが確実であるため、他の乗員に着いたら安全のため着陸前に飛び降りるようにいうが、チャッケルらは難色を示す。結局チャッケルの妻子が飛び降りたのでチャッケルも不承不承降りる(レドラヴォーへのいいわけのために、トラーに脅されたことにする)。ゲサラは、トラーと離れることを拒み、近づいてくるレドラヴォーにプテルタ砲を発射する。結局、トラーとゲサラは気球で逃げ出す。丘を越え、湖を渡ろうとするが尾根を越えられないことが分かり不時着。トラーとレドラヴォーが対決、トラーが勝つ。

第21章 トラーとゲサラは洞窟で生活している。トラーは兄からきいたプテルタとブラッカの共生関係、プテルタはブラッカの胞子で生きているため、ブラッカの脅威に対して突然変異(ピンク?紫)による毒で対抗する事実をチャッケルらに伝えようと考えている。朝になったら出発しようと思っていた矢先、トラーらはチャッケルの軍に見つかる。が、チャッケルはトラーらを許す。トラーはチャッケルにプテルタの秘密を語る。ゲサラが洞窟から不思議な光る石を見つける。それはトラーが実の父ダラコットから死ぬ前に託されたのと同じ材質だった。ランドとオーヴァーランドに同じようにブラッカとプテルタがあることはその普遍性に過ぎないと考えていたが、実はランドとオーヴァーランドの人々は何千年もの間、同じように互いに行き来していた証拠ではないのか? 新たな謎を提起しつつ、物語は幕を閉じる。

一つだけ言わしてもらうと、こんな二重惑星現実にはありえんだろ。その間に空気があるということが理解できない。気球で渡るなんて無理。だから本作は物理法則の異なる平行宇宙の物語と考えて仮説を楽しむべき物語だ。
登場人物が多彩でどろどろした人間関係、愛憎劇が書き込まれているのと、魅力的な設定、謎解き、カタストロフィと、それを回避するために挙行される一大移住イベント。オーヴァンランドでの新たな発見。アクションとセンスオブワンダーに満ちた、SFエンターテインメントの極上品といっていいだろう。

ちなみに巻末に続編「木でできた宇宙船」の引用がある。それによると続編の舞台は数十年後、ランドから突然希求が飛来し、王のメッセージを伝える。ランドで旧人類は死に絶え、ブラッカ毒に耐性を持った新人類の王国ができているという。そして、オーヴァーランドに属国になれと迫る。このメッセンジャーは自らがプテルタ毒のキャリアであり、彼のいう新兵器とはまさにプテルタ毒そのものであった・・・
続編も面白そうである。受賞作読みが終わったらたぶん、買ってしまうだろう。

本書の「Ragged Astronauts」の意味がよく分からずにいたが、この表現は後半でランドの移民たちがぼろを着て空港に向かう場面からとられていることが読んでいるうちに判明した。ぼろを着た一般市民が難を逃れて気球で姉妹惑星に集団で向かう一大イベントが本書のクライマックスであることから、この題名が採られている。

9点
23. Posted by silvering  May 30, 2004 09:47
あ、パラメーターです。

キャラクター度 ★★★★
アクション度 ★★★★
ミステリ度 ★★★
奇想度 ★★★★
娯楽性 ★★★★★
非科学性 ★★★★
24. Posted by silvering  May 30, 2004 09:52
ごめん、読み終わって満足しちゃったので翻訳は後回しにします。

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