SF百科図鑑 Bernard Wolfe "Limbo"


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May 04, 2005

Bernard Wolfe "Limbo"

リンボー(煉獄)プリングル100冊より。スペイン語版を間違えて買ってしまったが、その後英語版を入手したので、とりあえず英語版を読む(スペイン語勉強したくなったら、後でつき合わせながら再読予定)。が、かな~り分厚いので、多分後回しになるでしょう。ちなみにこれまで読んだらあとのプリングルの手持ちは「ロデリック合本」と「ヴィーナス+X」を残すのみになる(後者は翻訳が出そうなので、そちらで読む予定)。あと注文済みの本が果たしていつ届くことやら。粗筋感想追記2005.5.11
読了。パワフルな凄い本だ。
本書が書かれたのは1952年。そして、この本は1990年の世界を舞台にしている。本書の世界においては1970年代に米ソ間で核戦争が起こり、両陣営の主要都市が壊滅。アフリカで負傷兵の治療に当たっていた二人の医師が、世界の運命を変えてしまうという話である。したがって、今では一種の改変歴史小説になっている。
では今、読む価値が無いかというと、むしろ逆である。とにかく、冒頭から結末まで、物凄い迫力で小さな活字に400ページ超の超絶ボリュームを飽きることなく読みきらせてしまう(さすがに長いので一気読みとはいかず4日ぐらいはかかってしまうのだが)。その馬力の要因となっているのは、おびただしい参考文献(要約末尾参照)を綿密にリサーチして積み重ねる、精神分析論、文明論、政治論の緻密なダイナミックさである。当初は難解で不要に感じられるこの「小難しい」議論は、終盤になるにつれ作品のテーマ上の必然として計り知れない力を発揮し始めるのだ。
また、いうまでもなく作品のモチーフとなっている二つの奇想のインパクトも強烈だ。第三次大戦で謎の手記を残して失踪した医師(主人公)が、インド洋上の地図に無い島で原住民の呪術に仕方なく手を貸して行うロボトミー手術。この医師が残した冗談半分のメモを曲解した友人医師が、終戦後の荒廃した世界にでっち上げる「手足切断」運動(何と、自発的に手足を切断した人々は、様々な超人的能力を付与する義肢を自由に付け替えている)、これにより二大陣営に再統合された世界。特に、後者の文明描写は不気味で迫力がある。実際にこのような運動が一般化しうるかははなはだ疑問なのであるが(せいぜい狂信的新興宗教で終わるだろう)、意図的に戯画化をしている(ヴォネガット的ともいえる)本作のコンセプト上、リアリティよりも、インパクトのあるデフォルメのほうが重要であり、その点からはむしろここまで極端にグロテスクに造型したからこそ本書の印象は強烈なものとなった。
本書の根幹テーマは、戦争などの諸悪の根源である人間の攻撃欲求を抑えるためには、どうすればよいのか? という問題だ。これに対するひとつの方途が、タピオカ島で原住民が行う(主人公が仕方なく手を貸す)ロボトミーであり、もうひとつの方途が、主人公の友人医師ヘルダーが世界に広める「手足切断」である。攻撃をしたいと思う「脳の部分」または、攻撃の指令を受けて作動する「手足」のどちらかを切除すればよい、というわけだ。
そして、これに対する作者の回答は、「いずれも誤り」である。人間にとって、攻撃本能は不可欠なものであり、人間性の本質と分かちがたく結びついている。その事実を受け入れつつ、理解し、分析し、笑い飛ばすこと、そして、人を愛することによってしか、人間は戦争や腐敗を免れることができない。これが作者の結論であるが、ただこの結論を述べるだけではなく、あとがきで挙げられている様々な文献上の学説をベースにしながら極めて分析的に論を進めているのが説得力を付与している。特に、テオドル・ライク、エドムンド・バーグラーを参考にしたという「人間の持つマゾヒズム傾向」や「攻撃性と擬似攻撃性」の理論は興味深く、原典に当たってみたい気持ちになっている。
以上は、主として本書のテーマ性、奇想性にかかわる評価であるが、物語としても本書は面白い。インド洋上の島に隠遁しロボトミー手術を日課としている主人公が、アメリカ人と思われる手足がなく透明な義肢をつけた人々の訪問を受ける導入部だけでも謎だらけで興味をそそるが、この主人公が故国アメリカ(名前もエリアも変わっている)に戻り、その変わり果てた姿を次々と目の当たりにしながら、閉ざされた過去、主人公の空白の18年間、主人公の追いたち、これらを巡る様々な謎が、次第に解き明かされていくとともに、一見平穏に見えた二大国の関係や、国内の政党同士の関係(手足切断後に義肢をつけるべきか否かという論点を巡る「プロプロ党」と「アンチプロ党」の対立)、「手足切断」思想そのものに反対する地下組織の存在、「公職に就いた者は自衛のための行動をとってはならず、これに違反した者は誰でも暗殺してよい」という「暗殺条項」をめぐりからみあう権力内部の葛藤、こういった様々な政治的対立が絶えず流動していくのだ。アクション、サスペンスも盛り沢山だし、議論もエキサイティングで飽きさせない。主人公の心理的トラウマも作品のテーマとうまく結びついている。
古い作品であるが、未訳なのが非常にもったいない。自費出版ででも訳して皆に読ませたいという気になるほどだ。
ちなみに題名Limboは、主人公が「手足切断によるユートピア社会」に冗談でつけた名称である。手足を意味するlimbと、この世とあの世の中間に位置する煉獄であるLimboをかけた駄洒落だ。

テーマ性   ★★★★★
奇想性    ★★★★★
物語性    ★★★
一般性    ★
平均     3.5
文体     ★★★★
意外な結末  ★★★★
感情移入力  ★★★
主観評価   ★★★★(40/50)

<あらすじ>

リンボー バーナード・ウルフ

第1部 タピオカ島
第1章
「本日のヨゴ、たくさん」老人があえぎながら言った。
山登りはきつく、何度もラフィアヤシの幹によりかかって息を調えねばならなかった。止まるたびに、同じけだるい儀式めいた仕草をした。頭から緑のひさしのついたテニス帽(ヨハネスバーグの手入れの行き届いたオランダ人経営のスポーツショップで見つけたやつ)を脱ぐ。痩せこけた胴回りに巻きつけたシルクのペイズリースカーフ(ダーバンにあるすばらしいロンドン人経営日用品店の手つかずの棚から失敬した品)を外す。腰巻で額をぬぐう。そして、手を下に伸ばしてクリケットシューズ(英国領事館配属の前海軍士官のロッカーからいただいたケープタウン・カントリークラブのみやげ物)ごしに脚を揉む。
自分が無理をする気のないことはわかっていたが(「注意深くやらないと、ヨゴが悪いぞ」とドクター・マーティンはよく言っていた)、休息に時間をかけるつもりはなかったし、引き返す気もなかった。
***
老人が山道を登る。ジャングル。鳥の声。行き先はマンドゥンガ・サークル。村人は追っていないだろう、サークルに出入りを許されていないから。そして彼の知る限り、この島にはマーティンの他によそ者はいない。
山頂の小さな空き地にでた。サークルの中心。島のぎざぎざの岸壁が見晴らせる。ぎらぎらするインド洋。快晴。一八年前もこうだった。東方のスマトラ島とボルネオ島の上に太陽があった。
この険しい岸壁に船をつけるのは自殺行為。だが飛行機はありうる。マーティンも飛行機で来たし。マダガスカルの方角に見えるしみは飛行機? まさか。西へずっと行けばアフリカだ。
島の反対側に降りる。
***
まもなく砦に到着。「皆に平和を! 平和と長寿を。開けてくれ、ウブだ」現地語でいう。門番の若者ノトアが「平和を、ウブ」と応じる。若者の頭部には開頭手術の跡がある。マーティン医師のロボトミー手術。手は拳も握れなくなっている。
中に入る。マーティンはモアガの手術中らしい。手術には機械が導入されている。機械に頼ると腕がなまるが、省力化になるからいい。もっともその反面、助手たちの無駄口の相手というルーチン外の仕事が増えてしまうのだが。いくつもの四角い小部屋のマジックミラーごしに、ロボトミーを受けた現地人の受診者たちが寝ているのが見える。その奥には巨大な動物実験室。マーティンは、隣近所とトラブルの多いモアガという主婦の開頭の真っ最中だ。手術が終われば性格が改善されるはずだ。手術の設備や技術も向上しているので死者は減っている。マーティンの息子ランボが助手。果たしてモアガの予後はどうだろうか、うまくいくだろうか。
一方でウブは、先ほど見た空の影のことが気になっていた。

第二章
手術の描写。体中にプローブがとりつけられ、あらゆるデータがリアルタイムで測定されている。マーティンはモアガの攻撃中枢を切除する。それと同時に性的快感の中枢も失われる。手術は終了した。
***
ウブはマーティンに新たなよそ者の船が現れたことを報告する。英語を話す白人の船が、沖合に出た漁船と遭遇したという。この数週間で七回目、だんだん場所が近づいている。更に、先ほど見た飛行機類似の影。一八年間マーティンを放置していた連中が今更マーティンを追っているとは考えがたい。単なる管理区域のルーチン巡回だろうか。マーティンは、彼らと正面から向きあうしかあるまいという。彼らは一見人間だが、手脚を切断して透明で光るチューブに取り替えている、「変足人」。おそらくアメリカ人。
ウブとマーティンが対策を話しあう場面。更には、マーティンが行っているロボトミー手術の効果についての会話。ノトアは妻への暴力を止めるためにロボトミーをしたが、それによって性欲も失われた。妻が迫っても手を出さなくなった。ウブは、なら妻も施術したらいいというが、マーティンは拒否する。女性のエクスタシーは何ら病気ではないのだ。病気というのは社会が定義するもので、現地でそれを病気と決めつけているに過ぎない、云々。
マーティンは、他人に危害を及ぼす者にのみロボトミーに応じる方針だった。それは攻撃中枢を切除したものは性欲のみならず、芸術的ユニークさ、自分らしさを全く失ってしまうからだった。現にノトアの作品も個性的な毒気が抜けて陳腐な具象作品ばかりになってしまっている。ウブは、ノトアの以前の作品に価値を認める者は誰もいないから何ら問題はない、精神的に外れた者はどんどんロボトミーすべきだと主張するのだが。
マーティンはウブとよく話しあうため別室に案内する。
***
彼らは研究室に入った。もし変足どもが攻撃してくるなら、ロボトミーをしないほうがよかった、とマーティンは言う。そこへ、変足が船から飛んだヘリで上陸したという知らせ。マーティンは英語がしゃべれるウブが代表として話せばいいという。英語は第三次大戦前にヨハネスブルクでおぼえた。現地人のトボトミーの跡はファッションである。マーティンはやつらが帰るまで隠れるので絶対にいわないこと。
ウブは了解する。

第三章
マーティンは、ウーダとともに、着陸して周囲を焼き払いながら進む変足人たちを窺った。やつらは腕の部分に様々な器具をとりつけて使用していた。第二陣の人間ヘリコプターが腕にとりつけたプロペラを回転させながら舞い降りた。だが、いずれも武器は身につけていないようだ。マーティンは、リーダーが誰か見当をつけながら見守った。
***
大男に向かってウブは進み出た。大男の横にいる二人の男が通訳しようとするので、ウブは英語で話しかけ、マーティンにいわれた通りの説明をした。大男は、テオと名乗った。彼らはインランド・ストリップ(第三次戦争で残された米国の居住可能地域)からきたらしい。彼らはスポーツをしており、地図にないこの島を拠点に使いたいという。テオ自身は蝶採集がしたい。テオは少し滞在して帰るが、他の連中は数ヶ月滞在したいという。また、手足にとりつけている器具は「インモブ」というそうだ。ウブは、自分たちがマンドゥンガと名乗っているが、それは悪魔払い(マンドゥンジ)がすんだ正気な人間という意味であること、悪魔につかれた人間をマンドゥンガバスということ、『戦争を川の対岸に押し留める』のが理想であることを説明すると、テオは、『インモブ』も戦争を対岸に押し留める手段であるといった。
彼らは元来た道を戻って行った。ウブはマーティンのところへ戻り説明した。『インモブ』という言葉がマーティンの意識に引っかかった。
***
インランドストリッパーたちが島に滞在するとなると、研究所が見つかるのは必至だ。何としても「マンドゥンガバス」の所在を知られてはならない。マーティンは、ウブに、再度テオらに接近し、できるだけ情報を引きだすように指示する。また、マーティン自身はもうこの島にいられないので、今夜にでも米国に出発する旨を告げる。

第四章
息子が変足人からの情報を伝えに来る。彼らの年配者にも手足を切除している者がいるし、若い連中も切除しているものが多い。切除した手足の数で呼び名が違うらしい。
マーティンは息子に食料の船への積みこみと、夜に学校へマーティンの顔見知りを集めることを指示する。
マーティンは妻のウーダと別れを惜しんで、ヤクを使う。この島では大麻(アッパー)とロタバンガ(ダウナー)がとれる。妻はいかないでというがマーティンは必ず帰るからという。二人は別れの情交を行う。

第五章
マーティンは、島の歴史、学ぶだけでなく自ら創造すべきこと、老人の伝統への固執を軽視しないことを若い者に説教する。島の歴史上の二つの重要事件は、14世紀にアフリカ、マダガスカルから来た移民が定住しマンドゥンガの儀式を持ちこんだことと、1972年にマーティンが飛行機で着陸し、マンドゥンガの儀式にロボトミーを持ちこんだことであった。以来、マーティンは島の人々に様々な科学や医療技術を教え、多数の専門家を育成した。
***
アフリカの高原でマンドゥンガの儀式を行っていたX・バンツー・アラブ人たちは相次いでマダガスカルに二つの村を作り、互いに争ったが、不満を持った人々はそれぞれの酋長を悪魔憑きとして晒す儀式を行った上、船で出発し、この島を見つけて住みつき、以来悪魔払いの儀式(粗暴な人間を処理する)を続けながらこの島を支配してきた、というマーティンの講義は、若者たちがいつもきいて丸暗記しているものだった。
***
悪魔払いには前頭葉の切除を行う。多くの部族民の頭骨に穴があるのはこれが行われた証拠だ。マーティンは頭の解剖図を広げて、自分のライフヒストリーを知っているだろう、と語る。
***
マーティンは飛び級で医学部を終え、脳神経外科に進む。狂人の治療には初め電気ショック、次いでロボトミーが研究対象となったが、いずれも人体を機械と考える発想から来ていた。60年代はロボトミーが主流で、マーティンもロボトミーの訓練生だったが、その途中で戦争になった。医療チームの飛行機で飛んでいる間にこの島に着陸し、脳切除の儀式を見ているうちに、自分がいてもいなくても行われるのなら自分が加わっても同じことだと思い、ロボトミーを行うようになった。
だがロボトミーには弊害も指摘されていた。ノーバート・ウィーナーというサイバネティックスの学者は著書の中で、よい部分も同時に切除され脳の全体としての一体性が損なわれるおそれを指摘した。
***
マーティンがロボトミーの効用について講義しようとしたとき、変足人たちが研究所上空にいるという情報が入った。マーティンは息子と共に現地を見に行く。

第六章
アンプ(手足のない人間)どもはテオを筆頭に次々舞い降りた。テオはおれを見ろといってMの文字を背中に浮き上がらせるなどのパフォーマンスをし、子分のアンプたちは喝采した。やがて彼らは帰っていった。息子はMって何?ときいた。マーティンは「わからないがマンの意味じゃないだろう」と答えた。
***
マーティンは教室に戻って脳の講義を続ける。70年の脳の図面と、それを元に自分たちが脳の新たな機能中枢を特定して書きこんだ90年作成の図面を比較し、自分たちの脳に関する知識は世界一であるとほめたたえる。そして、脳切除には慎重であるべきで、やらざるを得ないのはその人物が他人に危害を加えるかまたはそれを強く望む場合に限られるが、そもそも危害を加えるとはどういうことか? われわれの部族は他の生命によって有害なのか? こういった問題を過去の成果を分析しながら、自分が留守の間に考えておけ、と命ずる。
***
ランボは船まで父を送る。マーティンは、先ほどの講義で話したリンボードという男がランボの名前の由来で、ヨーロッパに見切りをつけアフリカに移住した彼と自分の境遇が似ているからその名をつけたこと、彼は何かを敵に回し逃げたがゆえに不自由であったこと、それゆえに人に見えないものが見えたはずであること、彼の著書があるので読んでおくといいことを告げた。そして船で出発した。

マーティンのノートより(マーク2)
1990,5.30
マダガスカル、ディエゴ・スアレス
ラザルス(寄生物学者)と名乗り、ボートを預け、髭を伸ばし、五日後モザンビーク行きの船に乗る予定。
***
同日 モザンビーク
街を歩きホテルに泊まる。
***
6.5
南ア、ダーバン
パスポートは要らないようだ。島に沢山ある米ドル紙幣はすごい価値だ。ケープタウンから船が出ているようだ。
***
運命について考える。母は私を原爆投下の日に生んだ。何たる皮肉。母はまだ生きているだろうか?
***
6.7
ダーバン
私はなぜ日記をつけるのか。70年学生のとき以来だ。誰にも見せてない。だが父の放射線薬学の業績を書き残したりもした。誰宛? 自分の運命を重要なように考える誇大妄想の気があるのかも。
***
6.9
ダーバン
船はこない。原爆で焼けた跡地の近くの図書館に入ると、死者の骸骨があった。死の灰でやられたのだろう。ドストエフスキーの「地下室の手記」、私の愛読書があった。
***
ノトアの症例:彼の問題は「それ」に「自分」を売り渡し、他人の不幸を自分の創作のネタにする性癖にあった。
***
6.15
ケープタウン
定期船を待つアンプたちが多くいるが、ノンアンプもいるので別に目立たない。髭も伸びてきた。スマッツ将軍に似てきた。
***
6.22
ケープタウン
くっちゃね。妻に解剖される夢。明日の朝船が来る。はれるや。
***
6.23
ノーバートウィーナー号
原子力船の上で乗り合わせた若者ジェリーとの会話で、インランドストリップと東連合の二大国が世界を支配し、平和を保っていることがわかった。インランドストリップの人口3400万人。
***
6.24

窓から見ているとテオが乗っていてびびった。義手義足の少ないものが多いものに敬意を表し、テオがいちばん威張っていた。女は五体満足。
***
6.26
ジェリーが三本足のバッジをしていたのできいたら誕生日の記念に母にもらったらしい。彼の誕生日にインモブが始まったらしい。1972年10月19日。一体その日何があったのか?
インモブって何だ?

第二部 インランドストリップへ
第七章
窓の外でテオが船長や客と話している。テオは島をめぐりタピオカ島で蝶をとった後ヴィクトリア湖(浚渫計画あり)を見た。彼はオリンピックで世界記録を沢山出しましたねと誉められていた。
マーティンはカーテンを閉め日記を書いた。
***
7.2
アンプたちはサイバネティックスに毒されている。頭の中は合金への興味でいっぱいだ。なぜテオはスポーツやレジャーにかこつけて鉱物の調査をこそこそとやっているんだろう? 明日フロリダについたらもっとよく調べてみよう。
***
外でテオらが話している。オリンピックの種目の大半は結局、手足を作った技師の能力を競っているに過ぎない。本当のスポーツじゃない。人間性を高めるこのインモブ、最高の競技はD&D(器用さと識別能力のテスト)だ、それは脳によるプロスの制御能力のテストになるから。そしてテオは、こんなこと生身の手では出来ないよといって、猛烈な速さで両手で皿を投げて操る。速すぎて皿が見えなくなった。半年練習したらしい。みんな拍手喝采、すげーっ、と。テオの頭におおきな傷跡がある、あれは何だっけ。
***
そのとき自分の手がほてって汗ばむのを感じた。この手で、頭骨に触れる感触&&テオの頭の傷跡。思い出す。日記に書く。
***
1972年10月19日
マーティンは相棒とアフリカで負傷者の手当てに従事していたが、ある日、若い負傷兵の身分書きを見て、戦前に相棒と同じ平和団体に所属していた男であったことに気付く。この男はパリ、ヨハネスブルグなど多くの都市に原爆を落とし壊滅させていた。当局の指示のロボットとはいえスローガンと思想のこの落差はどうだ。相棒に見せると相棒も驚き、顔を見て知っているといった。
マーティンは割れた頭蓋骨の縫合をしたが、その最中、脳の平和主義思想の中枢が攻撃中枢によってたやすく妨害されないようにしたらどうだろうと考えていた。実行はしなかったものの、その夜眠れなくなり、自分のアイデアを日誌に記した。
米国では原爆投下で人口は三分の1.家族も死んでいるだろう。わかれた妻の生んだトムという子はどうなっただろう。
切なくなったマーティンは日誌を書き終えると、飛行機を盗んで飛んだ。すると無線で危機を伝えるアナウンスが入った。敵機が近づいているから飛ぶなといっている。
キノコ雲が上がった。戻ることは死だ。違法飛行。原爆を生き延びても死刑になる。マーティンは自動指令装置を壊し、オートパイロットで逃げた。
***
マーティンは全部思いだした。彼は書いた。
1972年10月19日
おれはついにやった。ロボットになっていないおれの部分がノーといった。
「それ」にノーといった。
おれはノーといった。
おれはいった。

「ノーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

1972.10.19。ジェリーの誕生日? 違う、おれんだ。おれが戦犯になり生まれ変わった日だ。
何に?
まだわからない。
***
もう書けない。これだけ書いておく。テオの謎が解けた。おれが頭を縫った若い兵士だ! 彼の手足は一体どうなったんだよ???

第八章
マイアミは廃墟と化し、サーカスから逃げ出した動物が繁殖してめちゃくちゃだった。北米最大の都市はニュー・ジェームズタウンというらしい。プラグマティズムのウィリアム・ジェームスからとったのだろう。ぜひ訪問してみたい。ジェリーから輸送手段などいろいろ教えてもらった。
***
飛行機はニュージェームズタウン上空にさしかかる。ビルの合間に個人住宅が建ち、異常な対称形になった計画都市だった。露出過剰なスチュワーデスがおっぱいを見せびらかしながら、向かいに座ったブラザー・ヴィシュヌに「飛行場から車で送りましょうか?」と露骨に誘惑し、断られていた。マーティンはガンジーホテルに行きたいといったが、冷たく「ゲート三」といわれただけだ。しかし彼女は次の客にまたもやアタックし振られていた。彼女が好色なのかそれともニュージェームズタウンの女一般が性的に積極的になったのか、興味を引かれた。飛行場についた。

第九章
ホテルで何日滞在するかときかれ決まってないといい渋い顔をされたがごまかして部屋に入り着替えバルコニーにでてしたの部屋のバルコニーを見ると『戦争と平和』を読んでいるアンプがいた。そこへ水着の女が近づいて本を投げ捨て、上に乗った。アンプは怒って女を投げ飛ばしまた本を読み始めた。ハンサムなアンプこそモテモテだし、女は性的に相当進んでいるようだ。アンプは行動がメトロノームのように機械化され加速され垂直的になっているせいでセックスも機械的行動の一環に過ぎないのだろう。インモブだらけのここに来てから、ギャグが全然通じないのを感じていた。インモブたちは直線的でゆとり、遊びがないのだ。
と、変な飛行機が飛んできた。
スチームローラーを避けろ!
と機体に書いてある。マーティンは詩を思いだした。

結び目は斧では切り難い
斧の刃がつぶれてしまうぞ&&

鏡で顔をチェックし髭をヴァンダインぽく剃り、テーブルの上の本を見る。インモブのテキスト。内容はジェームズの「戦争と等価な倫理」、ガンジーの解説つき。ページの下に「スチームローラーを避けろ」のスローガンがふと文字で書いてある。つけている日誌をそのカバーの中にはさみ、抜き取った中の本は机の引き出しに入れた。
それからラジオでサッチモの特集番組をきいた後、テレビを見た。若いアンプ向けのプロスの解説番組。義手が置いてあり、講師が説明をしている。義手の仕組について。接続部にあらゆる神経と筋肉組織との複雑な接続端子がついており、原子力のエネルギーカプセルを内蔵、これによって電気信号を超強力な運動エネルギーに変換する。何十何百馬力の力がでる。
アナウンサーが来て「ブラザー・テオがきています!」と紹介した。
***
そこではまず訓練ヨットを使った海上訓練の模様が紹介された。次にテオがD&Dのテストを監督する様子が流れた。その後、テオが旅行でとった映像が紹介された。タピオカ島の人々がテオを取り囲む。ウブ、ノトア、モアガ、ウーダ、ランボ。ウーダは手に何か白いものを持っている&&。
そこで居眠りし、麒麟が「スチームローラーを避けろ」のネオンサインの『スチームローラー』の文字を食べている夢。その単語を食べるなと叫ぶと、麒麟はお前はいつもキーワードが隠れているのに見ようとしないな、といい、詩を歌う。そしてきく耳を持たないなら勝手にしろと言い捨てる。足下でアンプたちが火や鋸の手であばれ、テオが率いている。とアンプたちが動物になり、自分が麒麟になる。手術の場面。テオが鋸で切りつける。摩天楼から落ちそうになる。ヴィシュヌがテオは悪いアンプだと言う&&。
***
目覚めて理解する。アンプたちは自発的に手足を切断したのだ。
テレビではヴィシヌが「テオのスポーツ&レジャー目的の周遊はただのカモフラージュで、実際は帝国主義的目的で何か別のことをしていたのだ」と批判していた。
これに対し、テオは、採集した蝶を見せながら、「とんでもない言いがかりだ。両陣営はプロスの原材料の産地を分けあっている。帝国主義など時代錯誤。いつの時代も根拠のないレッテルばりをして見当違いな批判をするやからがいる」と反論する。
だがマーティンは、「テオのうそつきめ。お前は石を掘っていただろう」とテレビに向かって言う。そして眠りに落ちた。

第三部 インモブたち
第一〇章
目覚めた。7月4日。ホテルの中を歩きまわったが、スケッチをしている女などがいた。新聞を買って読んだ。テオとヴィシヌの論争の記事が出ていた。外に出た。
***
通りはアンプだらけで、若いアンプが幅をきかせ、1つなし、2つなし、3つなし、4つなしとランクが上がっていく。アンプ特有の階級のメルクマールがありそうだ。
様々なスローガンが文字やアナウンスの形で叫ばれる。
「アームのある男はアームド(武装している)」
「戦争こそ最後の脚」
「武装解除=四肢切断を続けろ」
「二本脚分短く、頭一つ分長く」
「平和主義とは受身主義」
「インモビライゼーション(固定化・移動不能化)なくしてデモビライゼーション(武装解除)なし」
そうか、インモブとはインモビライゼーションから来ているのか。
スチームローラーにやられる男の銅像もあった。
と、広場で有色人種や女性への四肢切断権の解放を叫ぶ女性が、NAACP(有色人種四肢切断国家連合)のブラザー・ベツンを紹介し、ベツンが演説を始めた。
そこへジェリーが現れ、マーティン=ラザルスに声をかけた。
***
ジェリーは船が修理中で予想外の休暇をもらい、オリンピックを見に来たらしい。
マーティンはジェリーに、自分を原始人のウブに見立てて、脚を切った理由を説明させた。彼は16歳のとき試験に合格して脚を切り、しばらくしてプロ(義足)をし立てて貰った。理由は、「受動あってこその平和」。手がなければ戦えない、脚がなければ歩けない。だが、元の手足より強力なプロをつけるのでは無意味でないか? そんなことはない。脳が攻撃指令をすれば、プロは自動停止するのだ。スチームローラーについては? よけなければならない、回避すべきだ、それこそが重要なことだ、という。
*** 
縁石を踏もうとしたところでジェリーの義足が飛びあがってジェリーの顎を打ち、マーティンは慌ててジェリーを支えた。訓練不足、調整不足による不具合らしい。再調整が必要だという。
マーティンはコロンビウムという金属についてきいた。高温に耐える唯一の合金の素材だそうだ。それがないとプロは作れない。採掘地を探して、東連合が北極、ストリップが南極を探しているが、グリーンランドやマダガスカル近辺にもある可能性が高いので併せて探しているらしい。
ジェリーは軍に入ったらヴィクトリア灌漑の次に南極探査を志望している。
***
オリンピックではD&Dを見たいとジェリーは言う。高性能のプロにどれだけ脳がついていくかを競う競技だからと。先週の雑誌で、アンプの脳機能がノンアンプに比べて高まっているという報告が載っていたらしい。
ジェリーは倫理等価大学に向かっていた。マーティンも一緒に見学しろという。連合の交換留学生も来ている。街をスケッチして回っているのがそれだという。ホテルにいたあの女が偶然道を歩いてきていた。彼女はスチームローラーの像のスケッチを始めた。

第十一章
スライドを使って、講師は、ジョジョという昆虫のサイボーグを実験を紹介した上で、人間のプロははるかに複雑だという。肉体と機械の結合システムはC&C、コミュニケーション&コントロールシステムと呼ばれる。サイバネティックスの創始者はノーバート・ウィーナー。一方で、ライプニッツに始まる電子計算機。サイバネティシストが開発した人工脳の完成形はEMSIAC(電子軍事戦略集積コンピュータ)であった。
講師の説明は続く。
***
次は哲学者。インモブがアリストテレス的自己と客体の異化を終了させ、人類の現実、環境への無限の同化を可能にすると論じた。次に彼は政治意味論協会からのゲストを紹介した。
***
その男は、「幻覚箱」を見せた。角度によって、地面を掘っているテオに見えるものだった。それを例にあげ講師はいかに人の視点によって物の見え方が違うか説明した。そしてインモブ導入前は米ソが対立し様々なイデオロギーの存在を人々は当然視し、その結果あの戦争が起こった。
***
ところが戦後米ソは、いずれもコンピューターによって戦争機械として統合されている点では同じでありかつ最悪であると悟った人々は、インモブで非武装化し米ソの対立は解消した。
そして講師は「幻覚箱」の向きを変え、蝶を採っているテオを見せ、彼は蝶を採っていたのだと結論した。
***
マーティンは講義をきくのをやめ外を見るとあのスケッチ女がいた。

第一二章
次にパニックコントロール研究所で訓練を受けるインモブたちを見学した。みなプロを外してリハビリをしていたが、ヒグビーという青年は優秀なのでいきなり「4つなし」になってもいいと言われていた。ジェリーは感心した。
***
次の講師は、テオの90年の脳マップを見せ、こいつはプロに合わせて成長している、自己完結したただのコンピュータEMSIACとは違うと誉めちぎる。そして、人間の脳をロボトミーによって光速のコンピュータに仕上げようと言う技術、ダイアネティックスの誕生を語り、その分野で画期的な成果を残した殉教者として、マーティンの名をあげる。彼こそEMSIACSを倒し、人間の脳こそ最高のコンピュータたりうることを示した英雄なのだと。かれこそ脳を襲う「スチームローラー」を排除する方法を示したのだと。
***
自分の名前にマーティンは唖然とする。まさか、あの簡単なロボトミーの構想メモが、インモブの支柱になったと言うのか? テオらの制服のMはマーティンの頭文字なのか?
ジェリーはマーティンこそ真の偉人だ、自分の誕生日はあの記念すべき彼がメモを書いてEMSIACSにはむかい殉死した日なのだと大絶賛した。
彼らは屋上レストランにいったが、マーティンはうわの空だった。マーティンはウブを引きあいに出して、動けなくするための四肢切断でかえって高性能の手脚を手に入れる矛盾をウブは理解しないだろうというが、マーティンは相手にしない。政治には干渉するなと言うだけだ。
更に、プロに賛成する党と反対する党、プロプロ党とアンチプロ党があることもわかった。
ジェリーは午後の講義にも誘うがマーティンは断った。ジェリーは、ウブにマーティンの本を読ませるといいといった。
***
マーティンは外に出た。アミューズメントの店があった。インモブたちがロボット人形の劇を見ていた。自分たちのミニチュアの動きを見て笑っている。ここがインモブたちの怒りを発散する場なのか。だが、マーティンと呼ばれる牛が歩み去るときには笑わなかった。マーティンは笑いだした。周りが怪訝に振りかえった。マーティンは逃げ出してベンチに座り、凹んだ。

第四部 スチームローラーをかわせ
第十三章
メガ覚めると石像のそばでアクロバットをやっている男がいて人だかりがしていた。彼らはプロプロとノンプロの論争を繰り返していた。そして、プロを前提とする平和主義こそ自由な選択によるから、意味がある、マーティンも行動的平和主義を示したではないか、と結論付けた。
***
そこから立ち去る途中、マーティンは籠の中の人形と目が合う。マーティンはその人形に引き寄せられ会話する。
***
人はなぜわざわざ自分の手脚を切断するのか? プロプロとアンチプロの論争についてのマーティンの思索。そして人形との対話。

第十四章
人形の上から、アンプがマーティンの顔を見て心配した。「具合が悪そうですね」
男は、なぜマーティンに腕を切らないのかときいた。マーティンはプロ技術が向上する前にアフリカにいっていたからだ、手足がないと寄生中の研究が出来ないと答えた。男は今からでもやればいい、アンチプロの主張は矛盾している、という。また、ヴィシヌのテオへの攻撃は戦争の前触れではないか、と男はいう。
マーティンはアンプと、ニーチェのディオニソス願望はフロイドの死への願望と似ている等と話す。フロイトの二つの戦争衝動、エロスとタナトス。二人はいろいろ議論をする。
***
マーティンは、オーウェルやハックスリーを引きあいにだし、四肢の切断では不充分で性器も切除すべきだと反論する。攻撃中枢と性欲中枢が近いこと、愛と戦争が似ていること。二人は、マニ教などの例を挙げ、死への願望を論じ、互いの学問的知識を尽くして議論しあう。
***
議論続き、話題は、オルゴン。熱力学の第二法則。カーライル。心身療法。昼の意識と夜の意識が別であること。超能力。マタージーmattergy(宇宙の基本構成素=エネルギーと質量が互換するため)。不死。肉体なき魂。つまり、最後はトンデモ系のオカルト議論に飛躍する。
アンプの結論はかくして強力な支配力を獲得した精神はそれ自体、神にも等しい不死性を獲得するというものだった。
***
マーティンは考える。アガペーとエロス。聖人。聖ヘルダー。アンプは眠そうにやたらあくびをする。そして彼は、更に語る。問題は動物が皮を脱ぎ捨てることだと。そして長口舌を振るった。女をアンプにすべきかという話もでた。だが、「君は既にわれわれの同志だ。テキストナンバー1、スチームローラーをよけろを読め」といい寝てしまう。マーティンはかつての友人で同じようにあくびをしながら議論をふっかけ、頭の中に全てのよいものがあるとか無限のパノラマのこととかボードレールのレスビアンに対する見解とかを話しあったヘルダーのことをきくが、アンプは寝たままだった。
***
マーティンはそこを去り別のブースを見て回った。看板。

人類はあなたを必要としている!
スチームローラーをよけろ
今すぐインモブに登録

並んでいる若者たち。
死んだはずのヘルダーのことを考えながら、マーティンは歩く。そして「スチームローラーをよけろ」の本を発見する。1冊失敬する。
表紙にはこう書いてあった。

「スチームローラーをよけろ ~マーティン博士のノート~」
ヘルダー博士 編・序文
(インランド・ストリップ大統領)

そうだろうとも。もちろん大統領だろうともさ。
マーティンは腹の皮がよじれるほど笑い転げた。笑いすぎて顔が痛い。
そしてベンチに座り読み始める&&。
***
マーティン博士のノート(マーク1)より (ベーシック・インモブ・ポケットブック版)
1972.10.18
もう夜中だ。いろいろ考えると眠れない。上のベッドのヘルダーのいびきがうるさい(ヘルダー注・彼は私のことを気にかけていた。歴史的瞬間に立ち合ったことを誇りに思う)。
私はテディ・ゴーマン(テオと呼べばいいと思う)の頭を縫いながら考えた。この男は平和運動家だったのに、戦争コンピューターのイエスマンたる脳の部位のゆえに戦争機械の一部として多くの大都市を滅ぼしたのだ。彼の脳をロボトミーによって、戦争コンピュータそのものを破壊するように改造できればいいのに。
そもそも二大国は人間の作った二台の戦争コンピュータが人間を将棋のこまとしてチェスをしているだけだ。コンピュータが神機械となっており、人間はそのただの駒。私はこの機械をリバイアサンにならって「スチームローラー」と名付けたい。それは人間を押しつぶす。
第二次大戦で手足を失った人は自らを「clipped」と呼んだ。自分の意思で戦争をしなかったから受身の被害者なのだ。人間は自己憐憫、被害妄想の傾向が一貫してあった。自己(I)を常にそれを操るもの(It)の一部と考え、外在する支配的存在、ITを悪魔だとカルマだのと様々に呼んできた。その結果として自らの戦争機械の駒にしてしまったのだ。
人間は、自分で意思決定をし、それによって手足やそれを補助する機械をコントロールできるようになる技術を開発すればいい。必ずできるはずだ。
***
対策を私は思いついた。手術のときに。手術がおわってテッドをストレッチャーに乗せるとき、彼がひどく軽いことと、彼が目を開けて見たように思えることに私は気付いた。もし彼が脚をなくして私のせいだと思ったとしたらどうだろう。私は次のような会話をしただろうと想像する。
***
テッドは脚の喪失が私のせいだという。私は、それは二つのコンピュータのせいだというが、テッドは、ノーをいわなかった以上同罪だという。私はそれは人類全体だというがテッドは納得しない。
私は人類は戦争機械のイエスマン、虫のような存在になっていることをカフカの『変身』を挙げながら指摘する。人間はマゾであり、虫であり、赤ん坊である。だから戦争で手足を失うのがつらいのだ。また戦争に行かされる事自体が侮辱であり、その腹いせに敵を殺す。いわばやつ当たりの構造だ。
もし自発的に決定したのなら、自発的に手足を切ったのなら全然悲しくないだろう。自らのマゾの願望を自らの意思で決めるのなら。この「自発的手足切断主義」を広めるべきだ、と私はテッドに言った。そして理論的支柱としてはジェームズの「戦争と等価の倫理」がいい。アメリカ文学では昔から外因的四肢切断というモチーフが現れている。モビーディックのエイハブ。日はまた昇る。もし自発的なら悲しくはない。その理想郷の名はリンボー(手足=limbと、この世とあの世の境界地帯をさすlimboをかけている)と呼ぼう。
テッドは賛同し、自分はそれをやる、あんたは機械にノーといえ、言いつづけろ、といった。
***
あとがき
以上でノートは終わりだ。私は後でこのノートと万年筆だけを見つけた。空襲を幸いにも生き残った私とテオは、このノートの内容を実践し、自国のEMSIACを爆撃破壊した。すると「相手のいない状況」を想定していなかったソ連のEMSIACも予想外の事態にパニックに陥った。触発されたソ連の優秀な爆撃パイロットのビシヌがソ連側のEMSIACを爆撃破壊し、僅か二日で終戦を迎えた。戦後私とテオは平和運動を建てなおし、マーティンのノートに従ってインモブを広めてきた。
その一方、EMSIACのログに奇妙な17-M機の動きが記録されていた。おそらくマーティンはこの飛行機で出発し飛んでいる最中、撃墜されて通信装置を破壊されどこかに墜落したのだ。おそらく水中だろう。位置的にぴったりなのはヴィクトリア湖だ。おそらく湖底に沈んでいるのだろう。われわれはいつかヴィクトリア湖の浚渫を終え、機体と英雄マーティンの亡骸を見つけるはずだ。
ヘルダー

第五部 愛とコロンビウム
第十五章
マーティンは全てを理解した。
彼は絵を描いている女学生に近づいた。マーティンが籠の中に入り、手足を失った絵だった。美化されていた。彼女はインモブのスカウトに来ているらしい。マーティンがベッドに誘うと奇妙な顔をした。だがOKだという。先ほどホテルで通りかかったときからつけられていたようだ。
***
1時間後、そのニーンという女とレストランで話した。
***
マーティンはニーンと両政府の体制について話す。東連合はカースト制らしい。コロンビウムの採掘競争についてはストリップ同様自衛だという。その後ニーンの部屋に向かう。

第十六章
ニーンとのセックス。マーティンは終始受身な立場を強いられた。それがインモブのやり方だという。戸惑いながらも次第に快感を感じ始めるが、同時に滑稽さも感じた。
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受身のセックスでなぜインモブの男は満足するのか。そもそも不能にならないのか。ニーンは、手足の分の血液が股間に回るため持続時間が長くなるという。マーティンは、インポテンツはマゾヒズムの代償的な反応である(苦痛に快感があるのに、五体満足で女を攻めるのでは苦痛を感じる暇がないから、不能になる屈辱で苦痛の快感を補おうとする)、ところが四肢を喪失しかつ受身に回ることでマゾ願望が充足されるから、不能になる必要がないのだというが、ニーンに笑われる。マーティンは、スチームローラーにひかれる男性の像を思いだし、女に代わりのスチームローラーを見出したのだと笑う。
***
次にマーティンはローズマリーを思いだしながらニーンをレイプする。初めは拒んだニーンも途中抵抗をやめる。ニーンのセックス感に動揺が生じたようだった。
***
ニーンはマーティンがコロンビウム採掘のテオのグループについて何か知っていると疑っていた。だからつけていたらしい。マーティンに好意を持ち助けたいという。そして、別室のドアを開け、ヴィシヌとユーラシア人がでてきた。

第一七章
ヴィシヌとダイは尋問を始める。船で載り合わせた写真などを見せ、身元の偽装も調べあげたという。テオの仲間だろう、やつは何をしていた、コロンビウムだろうと詰めよる。そして言わなければ殺す、言えば東部連合で保護し、六、七ヵ月後に計画を実行しストリップ上層部にお灸をすえた後凱旋させる、という。マーティンは、ならおれは受動主義に徹するといい、鉛筆を出し消しゴムを噛みきり中身を飲む。
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それはロタバンガだった。一二時間はラリった状態になる。ヴィシヌは仕方なくニーンに監視を任せ、ロスのスパイの報告を聞くことにする。
***
マーティンはオムや宇宙の幻覚を見る。
ニーンはまぶたの合図でマーティンから解毒剤の所在をききだし飲ませる。マーティンは覚めたが寝たふりをし、近づいたニーンの銃をはね飛ばし、縛りあげ、ロタバンガを飲ませて去る。一瞬殺意を生じ、ローズマリーと呼んだ自分に驚きつつ。

第一八章
45階から出て自室に戻るとヴィシヌとダイが家探ししていた。彼らが出るのを待ち、薬と本と金を身につけ慌てて出た。それから車を買い、飯を買って地図を見た。かなり狭いエリアになっており街の名前がなくなったり新しい名前になったりしていた。ソルトレイクシティはマーティンズタウン。そこに向かった。
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オートパイロットでマーティンズタウンに近づきつつ景色を眺め、自然の荒々しさと受容性の同居について考えた。
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マーティンズタウンにつき自宅に行くと、記念館になっていた。自分を祭りあげる看板があった。そしてマーティンは自分の妻や息子トムを目撃する。彼は次の火曜日にロスアラモスに行くといっていた。アンチアンプらしい。テオに反対していた。
***
家族を目撃し「蛙の子は蛙」という言葉をきいたマーティンは湖に沈むローズマリーらの幻覚を見、意識が朦朧とする。

第一九章
マーティンは湖底にいる、子供の頃の部屋の中にいる&&という幻覚の中から次第に目覚め、母や妻や医者がいた。マーティンは気を失って助けられたられ自宅の部屋に寝かされ看病されていたらしい。誰もいなくなったすきに逃げ出し車に戻って湖に向かい、小屋を見つけて中のベッドで寝た。息子への罪悪感、子供の頃母に愛されなかった病気の記憶&&幻想の中でいろいろな人が現れ、母が自分にしてくれたことに気付き、過去を解釈しなおしトラウマを消す作業の中で、彼は眠りに落ちた。

マーティンのノート(マーク2)より
1990.7.27
古い狩猟小屋にて
七月四日ロジア人とユーラシア人がおれを殺しに来た。一八年の歴史上いろいろあったらしい。参考文献を引用する。
第一局面72-75神話形成
マーティンのノートを見つけて神話をでっち上げたヘルダーは、米国に戻りテディが回復すると義足をつけたテディを巻きこんで機械を壊し、ロシアでも同じことが起こった。彼はラジオネットワークを初め、マーティンを神格化してトリP運動を始めた。

第二局面75-77権力獲得
トリP運動再開の過程でヘルダーは「暗殺条項」を宣言して回った。それは公的地位につく者はいかなる理由でも自衛名目の行動を禁じられ、これに違反した者は平和主義者の暗殺に委ねられるというものだ。
初めは反論の出たこの条項も、マーティンに代わりテオをカリスマとして迎えその助力で、トリPは勢力を拡大しストリップが生まれた。が、ヘルダーは殉教者の死体を忘れていた&&。

第三局面77-78旧皮質の危機
様々な材料がストリップ以外の場所にあったが、平和主義者の政権ではそれを探す行為はイデオロギーに反するため許されない。どうすればよいのかが悩みだった。暗殺条項は退役役人には適用がないことを利用して退官後に政府批判を始めるヴィシヌのようなものが現れた。トリPの二政権の外で再び帝国主義的危機が迫った。ヘルダーは途方にくれた。

第四局面78言葉の啓示
ヘルダーは山にこもりマーティンのノートを読み「インモブで自発的アンプとなり帝国主義的脳葉を切除すればいい」と思いつき、テオを呼んで両手を切ってくれと説明し、テオは考えた末これを承諾した。ストリップ国内は二人のリーダの失踪で大騒ぎだった。

第五局面78-79トリPからインモブへ
ヘルダーは脚を切りテオは両手を切ってスタジアムで壮大なおひろめイベントをし、インモブのすばらしさを叫んで大喝采で迎えられ、うさわは東連合にもすぐ伝わり両国のリクルートステーションは大盛況で行列が出来た。

第六局面80-90人工的リンボー
義肢製造技術は発達しておりプロ工場が続々とできる。だが、平和主義と矛盾しないかという観点から論争がおき、プロプロとアンチプロが対立したがプロプロが政権をとった。プロをつけて競う競技(特にd&d)が盛況となりオリンピックが開催され人々が熱狂した。そうするとプロの素材のコロンビウムが不足し両陣営は調査を開始。これをかぎつけたヴィシヌが三週前に暴露演説をした。
***
ジェリーの言う通り皮肉な状況だ、平和主義者にとってジョークだ。スーパー義肢を求めても地球上に素材は限られる&&。
***
で、おれはあの二人に襲われた。一体どういう状況だろう、今ごろ殉教者のおれが出ていっても混乱するだけだ&&。
***
だがおれはまだつかまっちゃいない。
***
だが息子を人質にとられている。
(スチームローラーの絵)

8.7
泳いだ

8.13
息子がアンプかどうか確認できない。ずっと考えている。

8.22
ニュースによると10.5-19、テオとヴィシヌが会談する。

9.13
誕生日。狩りをした。ヘミングウェイ「女のいない男」発見。籠に入ったアンプの自分の絵が気にかかる。

9.22
インモブなんてジョークだ。この手の思想はいつもそう。

9.27
ノトアの自由な絵を思いだす。ローズマリーの死体を思いだす。
(眼鏡をかけ乳から三本の手が出た裸の女、籠の中のアンプの自分の絵)

10.1
結局人間は自然にハイフンを打とうとする、合理化し予測可能に使用とする欲望から逃げられない。インモブは肉体・実態への恐怖の表れでありハイフン願望の歪んだ表れだ。だがにもかかわらず西と東に分かれたままこの両者を統合することを思いつかない不完全さ。おれはどうやらばか者たちの世界に帰ってきたらしい。

10.3
人は経済的動物といわれた、自分の利益に従って合理的の行動するというのだが、その後の歴史を見ると「アンビヴァレントな人間」、そして今やインモブによって、「マゾヒスティックな人間」であったことがわかった。経済的人間の衣は照れかくしに過ぎない。今また人間は二陣営に分かれて経済的動物のふりをしようとしているが、ただのカモフラージュだ。
(一九世紀=人を銃で撃とうとする男 二〇世紀=自分を撃とうとする男の絵)

10.4
インモブ=マゾヒスティックの典型。結局おれはこれを分かるために出てきたのか?
ウーダを思いだす。流産した赤ん坊が脳にいるのを頭蓋骨を開けて確認しろといった。
ゲームは明日始まる。
ぜひ希望するのは(落書きのめちゃくちゃな線)

第六部 ゲーム
第二〇章
テレビではオリンピック中継をやっていた。二週間マーティンは釘づけだった。中継の合間に湖の周辺をうろついたりしていた。また見ているとスタジアムが籠に見えその中に自分や家族が見えたりした。二週間後ゲームは終わった。
***
最終日、閉会式を間近に控え競技も残り少ない。そこへ、テオが登場。ヴィシヌに反論。今度はヴィシヌ登場。ヴィシヌは東部連合が世界最高のプロを完成させたという。ハイジャンプでそれを披露するらしい。
***
ハイジャンプで東部連合の選手はハードルを遥かに超えて跳び優勝した。閉会式が行われた。ヘルダーもいた。ヘルダーから像を受け取ったヴィシヌは一歩下がってマイクで、マーティンの名において、テオの「帝国主義的」所行を糾弾し、連合選手に合図した。すると義腕が発射され、正確にストリップの役人たちを襲った。腕に襲われた役人はなすすべなく次々倒れた。
***
マーティンはテレビを見ながら豚め、豚めと罵りつづけた。
空に飛行機の集団が現れ、スタジアム上空で止まり、縄ばしごが降りてきた。
やがて我にかえったカメラが情景を拾い始めた。混乱したアナウンサーがわめいていた。
飛行機に回収されたヴィシヌは飛行機からスピーカーで叫んだ。これは帝国主義的行動を行った役人に対する暗殺条項に基づく権利行使だと。戦争準備行動に対する当然の市民の行為なのだと。更には東部連合から『市民』が続々とアメリカ大陸に押し寄せている、ストリップ国民は権力から解放されるだろう。そして去った。
我に帰ったアナウンサーは誰かから報告を受け、叫んだ。ヘルダーとテオは事前に危険を察知し逃げたと。
予定より早いクーデターだったが、肝心の暗殺は出来なかったな、とマーティンは思った。そして、おれは自分の問題に折り合いをつけるためにも行動するしかない、と思った。
その前に、まずはゆっくり眠ろう。
三十分後彼は車にのってロスアラモスに向かった。1972年10月19日以来、これほど目が冴えたことはなかった。

第二十一章
一晩かけて南に移動したマーティンは、途中にあった民宿にH・C・アーウィッカーの偽名で泊まり、オーナーの息子に託する手紙をしたためる。
それは、Hつまりヘルダーに宛てた手紙で、自分=Y、ヘルダー=X