SF百科図鑑

William S. Burroughs "Nova Express"

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March 24, 2005

William S. Burroughs "Nova Express"

プリングル100冊より難物優先ということでウィリアム・バロウズ。ノヴァ急報サンリオSF文庫、ペヨトル工房で邦訳があるのだが、いずれも古本屋で法外な値段がついておりコストパフォーマンスが悪いので、仕方なく安価な原書を取り寄せました。

しかし、果たして、前衛的で難解で知られるバロウズ作品、物語構造の文脈で語りうるような内容なんでしょうか、ちょっと不安。

***

読了。

バラードだのラスだのディレーニイだのが子供の自慰行為に見えるぐらい、とにかくすさまじい。これに比べたらバラードなんて、極めて明晰明快で分りやすい。なんたって、文脈があるもの。

全く文脈が無いどころか単独の文すら意味が崩壊しているように見える文章が冒頭からラストまでほぼ終始一貫して続く。が、ただのジャンキーの妄語垂れ流しではなく、注意深く読めば明確な意味の読み取れる箇所はかなり存在しているので、それらを手がかりに他の部分の意味を解釈することは必ずしも不可能ではない。

本書がプリングルの100冊に選ばれた理由は、バロウズが自己のヴィジョンや主張を表現する器として明確なSFガジェット、ギミックを採用しているためだろう。その設定は非常に曖昧ではあるが、第三章にまとまった形で存在する舞台設定の説明部分を核として、他の部分の細かい言及を苦労してつなぎ合わせながら解釈すれば、要するに、上位の次元でノヴァ警察がノヴァギャングを取り締まっている。ノヴァギャングは三次元空間の生物にとりついてこれをエージェントとして操りながら、三次元宇宙の生物がすむ星を次々とノヴァ焼却し破滅させる組織である。星星の生物が、言語や映像や音声や薬物のウイルス=ドラッグに汚染され、相互に争い進歩が妨げられている場合には、ノヴァギャングはこの状態を利用し更にウイルスを蔓延させ、その一方でノヴァ化の準備を進める。これを取り締まるノヴァ警察も三次元生物をエージェントとして用い、ウイルスの毒性を消すアポモルヒネや沈黙ウイルスでウイルス蔓延を阻止しながら、ノヴァギャング工作員を逮捕告発し、ノヴァ化を食い止める機構である。ノヴァギャングのエージェントらの犯罪を裁くのが生物法廷である&&というような内容のようである。

そして、わが地球がノヴァギャングのターゲットにされ、ノヴァ化の危機が迫っているとして、作者バロウズは自らをJ・リーとして作中にノヴァ警察捜査官のエージェントとして登場させ、地球の権力悪や腐敗を上記基本設定の中に当てはめながら次々と断罪していく。それによれば、地球は昆虫星人や植物人間などのエイリアンに侵略され寄生され共生を強いられている。人間は気づいていないが、これらのエイリアンがノヴァギャングと結びつき、ドラッグ・ウイルス=様々なサブリミナル映像・音声・番組・書籍・雑誌・新聞その他諸々あらゆるメディアや薬物&&を使って人々を感染させ、腐敗させ、そのヴィジョン認識の周波数を狂わせている。その結果として、ヒトラーが、第二次大戦と広島・長崎の原爆があり、その原爆映像はそれ自体がウイルス映像としてドラッグ作用を有している&&。

ドラッグとウイルスという類比を地球上の様々な支配悪や腐敗に一般化して用い、かつ、それとエイリアンによる侵略、超次元の正義と悪の対立図式、ノヴァ化といった宇宙SFや形而上SFのネタを結びつけた異常な発想と、ドラッグ中毒者の幻覚をそのまま綴ったかのような支離滅裂でいながら意味ありげな強烈なイメージの文の断片が紡ぎ上げられる異常な文体が本作の特徴。

作者の意図は何か。物語的なプロットは断片的にしか存在せず、全く無いも同然である。最終的にノヴァ警察もノヴァギャングも勝敗を決しないまま、サブリミナル効果や社会集団同士の相互罵倒のエスカレートによる戦闘の永続化といった現実社会の問題の指摘で終わってしまうこと、これと対応する冒頭の部分もまた作者の分身であるリーの「ドラッグに汚染された権力の腐敗の暴露が本書の目的だ」との発言で占められていることからしても、文体・内容両面において麻薬中毒のアヴァンギャルドなインパクトを利用した社会悪・権力悪の描写・告発、ということであろうか。

社会や人間を腐敗させる様々なものを視覚的・聴覚的・言語的なウイルスというSFアイデアに統合してみせた発想は見事だと思う。この観点からまじめに論理的に考察すれば様々なことが統一的に説明できるのではないかという気がするし、興味がある。

が、本作についていえば強烈なイメージや支離滅裂な文章の奔流に翻弄されるあまり、そういった整理された首尾一貫した考察や、それに対する論理的処方箋が示されていないうらみがある。あるいは、そういった言語による論理化自体がウイルスそのものであるという観点から忌避する意図なのかもしれないが、個人的に賛同はできない。作者自身が永年薬物中毒者で、実の妻を射殺した経歴の持ち主であり、麻薬的イメージの創出力や社会悪に対する生理的嫌悪エネルギーの強さは相当のものがあるとしても、それを社会思想にまで高め論理化・理論化する観点の欠落というか嫌悪は、やはり見方を変えれば弱点だと思う。そういう観点を欠落している以上、結局自らが文章によるドラッグであり、ウイルスでしかない。それらを止揚する観点が根本的に欠けているのが限界であり、わたしの世界観・価値観にも反する。

結局、本書を私が読む意味は、

1>本質的に秩序化志向を持つがゆえに陳腐な観念に凝り固まりがちなわたしの思考力を取り戻すための原始化、部分リセット、脱構築化が必要となった場合における「読むドラッグ」として、

2>社会悪や腐敗のすべてを統一的に説明する社会学的「統一場」理論の創出を助けるアイデアブックとして、

の二点に尽きるという結論である。

テーマ性 ★★★★

奇想性  ★★★★★

物語性  ─

一般性  ─

平均   2.25

文体   ★★(強烈だが好みではない)

意外な結末─

感情移入力★(異様な文体の迫力と、視覚・言語ウイルスというメインアイデアの秀逸さ)

主観評価 ★★(20/50点)

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