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『ダブル・スター』 Double Starロバート・A・ハインライン(Robert A. Heinlein) 済」(2005/12/08 (木) 20:32:04) の最新版変更点

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<p> 『ダブル・スター』DoubleStarロバート・A・ハインライン(RobertA. Heinlein) 済<br> (03/06/03)どういうわけか、私のハインライン作品に対する印象はアンビバレント。ハインラインの功績は、荒唐無稽なだけだったSFに(当時としては)大人の読者の読むに耐える人間模様を描き込んだところに一つはあるといわれているが、私にはどうもハインラインのそういう部分がひっかかる。SF的テーマと、そういうロマンチックな部分がうまく合致したときは、「夏への扉」「大当たりの年」「宇宙の孤児」「時の門」「輪廻の蛇」などの名作を生み出すのだが、バランスが壊れたときは始末に負えないひどい作品になる。例えば世評が高く、最高傑作に数える人も多い「月は無慈悲な夜の女王」は、私にはとんでもなく退屈で血なまぐさいエゴイズム小説でしかなかった。本作は後者の典型。そもそも、これはSFなのか? 太陽系の大統領になり済ました役者が次第に身も心も大統領そのものになっていく・・・というアイデアは、例えばディックあたりが書けば不条理SFの大傑作になる可能性もあろうが、ハインラインの場合は普通の娯楽小説(それも陳腐な方の)で終わってしまう場合が結構多く、本作もその失敗例と言える。何も太陽系を舞台にする必要のないアイデアで、それこそSFで書く必然性がない。オールディスが褒めているのがよく分からないなぁ、というのが正直なところ。とにかく・・・「エンターテインメントとして」つまらなかった。唯一の読みどころは、タコの姿をした昔懐かしい火星人が出てくるところ(笑)【創元SF文庫/1点】</p> <br> <p>2000/1/11<br> で年が明けて、正月からこっちずっとごたごたしていた。やっと少し落ち着いたので、また腰を据えて読書に励もうとしているのだが、年末から読んでいるハインライン「ダブルスター」が面白くない。主人公の人物像や政治思想が既に古臭いものになっており時代に合わないのだ。まあ、ハインラインの政治思想が古臭く単純/幼稚であることは別に今の時点でそうであるだけでなく、発表された50、60年代当時から既にそうだったのであるし、ハインラインの他の作品はたとえ主人公がいかにもアメリカ的に前向きなだけの類型的な人物で政治思想が陳腐な自由/民主主義(愛国/軍国的な)であっても、それ以外に読みどころがあるので、それほど欠点として意識する必要はないことが多かったのであるが、この作品にはそういう長所が少ない。だから欠点だけが余計に際立つ。偉大なる先達を冒涜するのは嫌だから、できるだけ欠点に目をつぶり長所だけを探して褒めようと思って読んでいるのに、その涙ぐましい努力にもかかわらず、面白いと思える箇所が殆ど見つからない。<br> 皮肉なことにこの小説で今のところいちばん面白かったのは、「いかにも」といった感じの火星人の描写である。タコのような外見のウェルズの火星人と五十歩百歩の「パルプSF」的な火星人は、最近の小説ではすっかり姿を消しているが、そのぶんとても懐かしくかつ新鮮な印象を受ける。例えばロビンソンの火星シリーズなんて、科学考証は正確で人物も生き生きとしてリアリティがあり、ほとんど普通小説のように読めるけど、その分、チャーミングなエイリアンや、馬鹿馬鹿しい活劇の楽しさがなくなってしまっている(SFから可愛いエイリアンが減ってしまった分、アメリカでポケモンがブームになっているんではないかとすら思える)。<br> そう考えると、この作品中の、当時は「類型的でくだらない」と思われていたパルプ小説的なエイリアン描写が時代を超えて光を放ち、逆に、パルプ小説を乗り越えようとして持ち込まれたのであろう政治哲学や人間ドラマの方が、かえってこの作品の古びるのを早めているのは何とも皮肉な話だ。まあ、まだ全部読んだわけではないから一発逆転の可能性が皆無ではないけど。少なくとも、現状における評価を、この後の展開で満点評価にまで跳ね上げるのはほとんど無理だろう。<br> しかし、ハインラインは「月は無慈悲な夜の女王」も、つまんなくて途中でぶん投げてあるんだよなあ。政治色が前面に出ているものは、例外なく退屈極まりない。SFにする必然性が薄いんだもの、国を月や惑星に置き換えただけでさ、くだらないよ。下等だ。次元が低い。幼稚だ。知性あるコンピュータの「マイク」にしたって、既にキャラとして古くなっており、魅力に乏しいし。今でも読むに耐えるのは、「話」として面白い初期の未来史ものと、SFの形を借りて別のことをやろうとしたものでない、純粋にSFとしての面白さを狙った「夏への扉」とか、短編とか、その辺のごく一部の作品ぐらいじゃないか。この調子だと、70年代以後の作品の質は推して知るべしかな。<br> とにかく、今は早いとここの作品を切り上げて、もっとまともな作品を読みたいよ。(前に読んだホールドマンがよすぎただけに、この作品の古さが余計に堪え難く感じられるのかも知れないが。)</p> <p><br> 1/15<br> ハインライン、やっぱり面白くなかった。その後遺症で、他のSFが読めなくなった。当分、ミステリを読んだ方がよさそうだ、後遺症が消えるまで。</p> データベースより つまらない。一本調子なストーリー、魅力に乏しいキャラクター、古臭い政治哲学、SFとしての必然性のなさ。翻訳にしてわずか2百数十ページながら、読み進めるのが苦痛で2ヶ月ぐらいかかってしまった。面白くない。正真正銘の凡作。高校生ぐらいのころに読んでいたらそれなりに読めていた可能性はあるが、今のおれにこれを読んで感動しろというのは、ちょっときついよ。誉めるところを見つけるのが困難。ラストも多分こうするんだろうなと思ったとおりの展開で、小説としてのまとまりはよいけど、いかにも白々しい。全然駄目。
<p> 『ダブル・スター』DoubleStarロバート・A・ハインライン(RobertA.Heinlein) 済<br> (03/06/03)どういうわけか、私のハインライン作品に対する印象はアンビバレント。ハインラインの功績は、荒唐無稽なだけだったSFに(当時としては)大人の読者の読むに耐える人間模様を描き込んだところに一つはあるといわれているが、私にはどうもハインラインのそういう部分がひっかかる。SF的テーマと、そういうロマンチックな部分がうまく合致したときは、「夏への扉」「大当たりの年」「宇宙の孤児」「時の門」「輪廻の蛇」などの名作を生み出すのだが、バランスが壊れたときは始末に負えないひどい作品になる。例えば世評が高く、最高傑作に数える人も多い「月は無慈悲な夜の女王」は、私にはとんでもなく退屈で血なまぐさいエゴイズム小説でしかなかった。本作は後者の典型。そもそも、これはSFなのか? 太陽系の大統領になり済ました役者が次第に身も心も大統領そのものになっていく・・・というアイデアは、例えばディックあたりが書けば不条理SFの大傑作になる可能性もあろうが、ハインラインの場合は普通の娯楽小説(それも陳腐な方の)で終わってしまう場合が結構多く、本作もその失敗例と言える。何も太陽系を舞台にする必要のないアイデアで、それこそSFで書く必然性がない。オールディスが褒めているのがよく分からないなぁ、というのが正直なところ。とにかく・・・「エンターテインメントとして」つまらなかった。唯一の読みどころは、タコの姿をした昔懐かしい火星人が出てくるところ(笑)【創元SF文庫/1点】</p> <br> <p>2000/1/11<br> で年が明けて、正月からこっちずっとごたごたしていた。やっと少し落ち着いたので、また腰を据えて読書に励もうとしているのだが、年末から読んでいるハインライン「ダブルスター」が面白くない。主人公の人物像や政治思想が既に古臭いものになっており時代に合わないのだ。まあ、ハインラインの政治思想が古臭く単純/幼稚であることは別に今の時点でそうであるだけでなく、発表された50、60年代当時から既にそうだったのであるし、ハインラインの他の作品はたとえ主人公がいかにもアメリカ的に前向きなだけの類型的な人物で政治思想が陳腐な自由/民主主義(愛国/軍国的な)であっても、それ以外に読みどころがあるので、それほど欠点として意識する必要はないことが多かったのであるが、この作品にはそういう長所が少ない。だから欠点だけが余計に際立つ。偉大なる先達を冒涜するのは嫌だから、できるだけ欠点に目をつぶり長所だけを探して褒めようと思って読んでいるのに、その涙ぐましい努力にもかかわらず、面白いと思える箇所が殆ど見つからない。<br> 皮肉なことにこの小説で今のところいちばん面白かったのは、「いかにも」といった感じの火星人の描写である。タコのような外見のウェルズの火星人と五十歩百歩の「パルプSF」的な火星人は、最近の小説ではすっかり姿を消しているが、そのぶんとても懐かしくかつ新鮮な印象を受ける。例えばロビンソンの火星シリーズなんて、科学考証は正確で人物も生き生きとしてリアリティがあり、ほとんど普通小説のように読めるけど、その分、チャーミングなエイリアンや、馬鹿馬鹿しい活劇の楽しさがなくなってしまっている(SFから可愛いエイリアンが減ってしまった分、アメリカでポケモンがブームになっているんではないかとすら思える)。<br> そう考えると、この作品中の、当時は「類型的でくだらない」と思われていたパルプ小説的なエイリアン描写が時代を超えて光を放ち、逆に、パルプ小説を乗り越えようとして持ち込まれたのであろう政治哲学や人間ドラマの方が、かえってこの作品の古びるのを早めているのは何とも皮肉な話だ。まあ、まだ全部読んだわけではないから一発逆転の可能性が皆無ではないけど。少なくとも、現状における評価を、この後の展開で満点評価にまで跳ね上げるのはほとんど無理だろう。<br> しかし、ハインラインは「月は無慈悲な夜の女王」も、つまんなくて途中でぶん投げてあるんだよなあ。政治色が前面に出ているものは、例外なく退屈極まりない。SFにする必然性が薄いんだもの、国を月や惑星に置き換えただけでさ、くだらないよ。下等だ。次元が低い。幼稚だ。知性あるコンピュータの「マイク」にしたって、既にキャラとして古くなっており、魅力に乏しいし。今でも読むに耐えるのは、「話」として面白い初期の未来史ものと、SFの形を借りて別のことをやろうとしたものでない、純粋にSFとしての面白さを狙った「夏への扉」とか、短編とか、その辺のごく一部の作品ぐらいじゃないか。この調子だと、70年代以後の作品の質は推して知るべしかな。<br> とにかく、今は早いとここの作品を切り上げて、もっとまともな作品を読みたいよ。(前に読んだホールドマンがよすぎただけに、この作品の古さが余計に堪え難く感じられるのかも知れないが。)</p> <p><br> 1/15<br> ハインライン、やっぱり面白くなかった。その後遺症で、他のSFが読めなくなった。当分、ミステリを読んだ方がよさそうだ、後遺症が消えるまで。</p> <br> <br> <br> データベースより。<br> <br> つまらない。一本調子なストーリー、魅力に乏しいキャラクター、古臭い政治哲学、SFとしての必然性のなさ。翻訳にしてわずか2百数十ページながら、読み進めるのが苦痛で2ヶ月ぐらいかかってしまった。面白くない。正真正銘の凡作。高校生ぐらいのころに読んでいたらそれなりに読めていた可能性はあるが、今のおれにこれを読んで感動しろというのは、ちょっときついよ。誉めるところを見つけるのが困難。ラストも多分こうするんだろうなと思ったとおりの展開で、小説としてのまとまりはよいけど、いかにも白々しい。全然駄目。

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