「スティーブン・キング『呪われた町』(上下)集英社文庫」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「スティーブン・キング『呪われた町』(上下)集英社文庫」(2005/12/04 (日) 20:47:10) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<div class="datebody">
<h2 class="date">September 28, 2005</h2>
</div>
<div class="blogbodytop"></div>
<div class="blogbody">
<div class="titlebody">
<h3 class="title">
スティーブン・キング『呪われた町』(上下)集英社文庫</h3>
</div>
<div class="main">
小野真由美が『屍鬼』の下敷きにした吸血鬼+ゾンビものの古典。<br clear="all"></div>
<a name="more" id="more"></a>
<div class="mainmore">
確かに、死んで吸血鬼となった人々が支配する田舎町を舞台とした、ゾンビとの死闘というアイデアやストーリーは、小野の『屍鬼』と同じである。そこをとらえて、小野の作品を盗作である、と非難する識者もいるようだが、<br>
1 キングの原作の上記アイデア自体、特に新規なものではなく、昔からある陳腐なテーマの焼き直しに過ぎない。むしろ、そのような陳腐なテーマに重厚な現代的リアリティを付与したところにキングの新しさがある。<br>
2 キングの上記作品自体が既にジャンル作家が共有する超有名な古典と化している。<br>
3 米国と日本では商圏の重なりあいが小さい。<br>
以上の理由から、キングの上記作品をある程度まで下敷きにした作品を書くことは許容されると私は考える。もともと、私自身、知的所有権の過度の保護は、「模倣を基礎としない創造はほとんどありえない」という現実にかんがみるとき、創造活動への萎縮効果をもたらし文化・文明の発展を阻害するから、知的所有権の保護は具体的状況に応じて必要最小限であるべきであると考えている人間である。<br>
そうした観点から考えると、小野作品をキング作品と比較するとき、<br>
1 小野作品が舞台とする日本の田舎町はキング作品における米国のそれと全く異質な日本独自の風土とした描写がなされ、その日本的風土の独自性を強調することこそが小野作品の執筆意図であることが明らかである。<br>
2 小野作品は、登場人物の心理描写等においてキング作品よりも格段に詳細であり、質的に遥かに凌駕している。<br>
以上の点からして、盗作として非難すべき範疇にあるとは全く思わない。実際に両者を読み比べても質感が全く異なり、意地悪い目であら捜しをして外形的な類似を発見しようとする姿勢で読まない限りは類似性に思い至らないほどに、読後感は違っている。私の意見は「セーフ」である。この程度のものをいちいち盗作としてあげつらっていたら、この世に存在するほとんどの作品は多かれ少なかれ何らかの作品の盗作になってしまうであろう。<br>
で、それはともかく、本書であるが、前半はさすがにキング、ぐいぐい読ませる筆力は段違いである。ただ、プロットがやや単調なため、後半は次第に飽きてきて、半分流し読み状態になってしまった。<br>
キング作品としては中の上程度の出来ではなかろうか。<br>
テーマ性 ★★<br>
奇想性 ★<br>
物語性 ★★★★<br>
一般性 ★★★★<br>
平均 2.75<br>
文体 ★★★<br>
意外な結末 ★★<br>
感情移入力 ★★★★★<br>
主観評価 ★★1/2(28/50)<br>
***<br>
小野真由美
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: