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シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』国書刊行会」(2005/12/04 (日) 18:21:19) の最新版変更点

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<div class="datebody"> <h2 class="date">May 20, 2005</h2> </div> <div class="blogbodytop"></div> <div class="blogbody"> <div class="titlebody"> <h3 class="title"> シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』国書刊行会</h3> </div> <div class="main"><a href= "http://image.blog.livedoor.jp/silvering/imgs/3/f/3fe803a3.jpg" target= "_blank"><img class="pict" height="222" alt="ヴィーナス・プラスX" hspace="5" src= "http://image.blog.livedoor.jp/silvering/imgs/3/f/3fe803a3-s.jpg" width="160" align="left" border= "0"></a>プリングル100冊。出たばかりの翻訳を入手。表紙がカッコイイ。<br clear="all"></div> <a name="more" id="more"></a> <div class="mainmore"> 面白くて、あっという間に読み終えた。<br> 怪作である。叙述トリックの本格ミステリであり、性差や愛を描いた純文学であり、性差や差別や宗教や戦争の原因を探求する精神分析学/政治学/社会科学系ユートピア/ディストピアSFであり、性差消失のメカニズムやセレブロスタイル、Aフィールドといった科学アイデアを楽しむハードSFでもある。つまり、非常に多面的に楽しめる作品なのだが、そのバランスがスタージョン的としかいいようがないほど個性的で、「変」である。恐らく好みの分かれるところであろうが、変で「過剰」な作品が好みであるある私には、物凄く面白かった。<br> スタージョン作品は、幻想SFの技巧派という単純な一語で表現されがちであるが、本作や「海を失った男」に収録されている諸作に見るように、その真の魅力は「強靭な論理的奇想と耽美的情念の不安定な結合」にあると思う。「不思議のひと触れ」あたりに収録されている世評の高い初期短編も、それはそれでいいとは思うのだが、論理的奇想、思弁の凄みが無いのが物足りない。本書や「海を失った男」収録作のような本格SFを、もっと読みたい。<br> 正直、前半は「設定が無理筋だなあ」「セレブロスタイルなんていう便利なものがあるんなら、最初からチャーリーにそれを使えばいいじゃん」と突っ込みどころ満載で、ちょっといまいち? という感じだったのだが、実は大仕掛けの叙述トリックミステリで、最後まで読めば自然なことだったのだと納得できるようになっている。ただ、ミステリとしてみれば、まあ平均値ぐらいだろう。<br> 本書のいちばんの読みどころは、後半で展開される文明論の部分(まあ、この内容に興味のない人にとっては、ストーリーの流れをまとめて1回の演説で解決してしまう乱暴な手法に見えるだろうし、じっさい、小説にせず普通に論文として発表したほうが面白いという気もしなくもないのだが、それはおいておき)。特に、224ページ以下でチャーリーが読む「手紙」で大展開される部分が面白すぎるのは、たまたま柳美里サイトの事件などもあったりして、人間が持つ差別の本能について(差別されている人ほど他人を差別したがる)、いろいろ考えるところがあったせいもあるかも知れない。私は、差別は人間の本能であり、抑えつければかえって強まるものであるし、それは人間の闘争本能を通じて正しくルートを示してやれば文明の発展の原動力になるものと同じ精神の力であるから、重要なのはいかにそれを理想的な方向に流してやる制度機械を構築するか、その技術だと思っているが、その観点から229ページの「多数派の一部が優越感を抱きたい時には、彼らはその方法を見つけるだろう&&彼が優越性を持たず、それを身につけたり勝ち取ったりすることも望めない時には、自分よりも弱い何かを見つけて相手を劣等の地位に置くようになるのだから&&」の部分は、思っていたことの一部をうまくことにしていてくれて、「これは使える!」と嬉しかった(本を読んでいると、思っているのに自分の言葉でうまく表現できずにいたことを自分よりうまく表現してくれているのを見つけてラッキーと思うことがよくあるが、これはまさにそれ。テーマ性の高い本を読むさいの目的というか快楽~ストーリー的快楽とは全く別のもの~は、まさにそこにあるのだけどね)。で、その「差別本能」に対するスタージョンの評価は、結局一次的にはネガティブなのだが、最終的にレダム人の世界が自然発生的なユートピアでは必ずしもない(重要なネタバレなのでこれ以上は書けないが)ということが判明し、いずれとも判然としないまま終わる。要は、そういう人間性は悲しむべきものなのだけれども、自然なる人間とはそういうものであり、だからこそ愛というのは価値が高いんじゃないか、それを人為的に修正するのはちょっと違うし、というよりも人為的に修正しようとする動機そのものが不純なら意味がない、というあたりがスタージョンのスタンスではないかと思うのだけれども。<br> 物語、ストーリーとしては、確かにやや物足りなくはある。プロローグだけで終わってしまったような感じか。全く関係のない普通現代小説のパートが間に挿入される構成はいかにもスタージョンらしい技巧だと思うが。物語的面白さを追求するならば、多分、このエンディングから後のホモサピエンスとレダム人のダイナミックな興亡史を書いたほうが間違いなく面白いはずだが&&それは作者のやりたいことではなかっただろうから、しょうがない。<br> あとがきに挙がっている参考文献は面白そうなので読んでみたい。<br> エルバート・トーケイ「人間の身体とその働き」<br> W・H・ホワイト「移行期の人々」<br> ウィリアム・ジェイムズ「宗教的経験の諸相」<br> ルース・ベネディクト「文化の型」<br> フィリップ・ワイリー「消失」<br> エーリッヒ・フロム「精神分析と宗教」<br> マーガレット・ミード<br> G・ラトレイ・テイラー「歴史の中のセックス」<br> バーナード・ルドルフスキー「衣服は近代のものか?」<br> テーマ性   ★★★★★<br> 奇想性    ★★★★<br> 物語性    ★<br> 一般性    ★<br> 平均     2.75<br> 文体     ★★<br> 意外な結末  ★★★★<br> 感情移入力  ★★★<br> 主観評価   ★★★(32/50点)<br clear="all"></div> <div class="posted">silvering at 16:37</div> </div>

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