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<table cellspacing="7" width="90%" bgcolor="#E6FFFF"> <tbody> <tr> <td><font color="#4169E1" size="+1"><b>■ デフレ二〇〇一年 Deflation2001 ボブ・ショウ</b></font></td> <td valign="bottom" align="right">2005.11.29</td> </tr> </tbody> </table> <br> <table width="88%"> <tbody> <tr> <td style="LINE-HEIGHT: 140%"> たかがコーヒー一杯に一〇ドルも払わねばならないのかと、レスター・ペリーは身震いした。<br> 約一ヶ月の間、値段は八ドルで変わらなかったから、ずっとそのままなのではないかという合理的ではない希望をいだき始めていたのだ。プラスチックのカップに黒い液体がごろごろと音を立てながら注ぎ込まれる間、悲しげに自動販売機を眺めた。そしてコップを手に取りくちびるをつけると、悲しげな表情はより強まり、思わず声に出していた。<br> 「一〇ドルだとさ。おまけにできあがったときには冷たくなってやがる!」<br> パイロットのボイド・ダンヒルは肩をすくめたあと、その慣れない仕草で制服の金の房飾りの美しさが損なわれたのではないかと、自分の身なりを確かめた。「何を期待しているんです?」ダンヒルは無関心そうに答えた。「航空会社は、先週、<コーヒー自動販売機整備係労働組合>の賃上げ要求を断ったところですよ。で、組合は遵法闘争を始めた。おかげでコストが上がったということです」<br> 「だが、あいつらはほんの四週間前に、一〇〇パーセントの賃上げ要求を飲ませたばかりじゃないか! あのときだったよ、コーヒーが八ドルに上がったのは」<br> 「組合のもともとの要求は、二〇〇パーセントの賃上げでした」<br> 「んなこといっても、会社に二〇〇パーセントも給料を上げる余裕があるわけがないだろうが?」<br> 「チョコレート販売機担当係組合の連中は、二〇〇%の賃上げに成功しました」ダンヒルが言った。<br> 「ほんとうに?」ペリーは困ったように首を振った。「テレビのニュースで出てた?」<br> 「この三ヶ月というもの、テレビは映らないでしょう」パイロットは、思い出せ、というように言った。「テレビ技術者の年間基本給二〇〇万ドル以上という要求は、まだ議論の真っ最中だから」<br> ペリーはコーヒーを飲み干すと、カップをゴミ箱に投げ入れた。「おれの飛行機は、もう準備できたかい? 今すぐ出発できる?」<br> 「もう四時間前に準備は終わっていますよ」<br> 「なら、こんなところで油売っててもしょうがないな」<br> 「<軽飛行機エンジニア組合>の労働賃金改善協定ってのがあります──いかなるメンテナンス業務にも法定最小限の八時間が許容されなければならない」<br> 「ワイパーブレード交換するのに八時間かよっ!」ペリーはふるえながら笑った。「それが労働賃金改善協定だって?」<br> 「それによって、この空港のエンジニア一人あたりの労働時間が倍増してます」<br> 「そりゃそうだろうぜ、三〇分ですむ仕事に八時間もかけてればな。だが、そりゃ完全に水増し請求じゃ──」パイロットの顔に冷たい表情が浮かんでくるのを見て、ペリーは言葉を切った。そうして、はっと思い当たった。そういえば、<航空使用者協会>と<低翼二気筒民間飛行機パイロット組合>の間の賃上げ交渉は、今まさに紛議中なのだ。使用者側は七五%の賃上げを提示しているが、パイロット側は、一五〇%の賃上げに固執し、さらにはマイル数に応じたボーナスの加算まで要求している。「バッグを運ぶボーイを呼んでくれるかい?」<br> ダンヒルは首を振った。「自分で運ぶしかないですね。先週の金曜日からスト中だから」<br> 「何で?」<br> 「自分でバッグを運ぶ客が多すぎるから」<br> 「なんてこった!」ペリーはバッグを担ぎ上げると、アスファルトの路面を通って、待機中の飛行機に運んだ。五席ある客席のひとつに座り、シートベルトを締めると、デンヴァーへ着くまで読む雑誌を取ろうと手を伸ばしたが、二週間以上のあいだ、新聞も雑誌も手にはいらなくなっているのを思いだした。離陸するまでの準備に、異常に長い時間がかかっていた──飛行機の管理者がなんらかの団体交渉をしているのだろう──けっきょくペリーは、不安の中でうたた寝を始めていた。<br> そしてとつぜん、空気が吹き出す音にびっくりして目を覚ました。飛行機のドアが飛行中に開いたことを示す音だった。肉体的にも精神的にも震え上がって目を開くと、大きく開いたドアの脇にダンヒルが立っているのが見えた。高価な制服は、パラシュートのベルトによって奇妙な形に縛り上げられていた。<br> 「何だ──いったい何事だ?」ペリーは言った。「火事でも起こったのか?」<br> ダンヒルは、極めつきのかしこまった口調で言った。「いいえ。ストライキです」<br> 「冗談言うな!」<br> 「冗談と思います? たった今、ラジオで聞いたんですよ──使用者側は、<低翼二気筒民間飛行機パイロット組合>の極めて謙虚な要求を拒否し、交渉を打ち切った。で、われわれは、<低翼単気筒組合>と<高翼二気筒組合>の仲間たちの助けを得て、最終的に、全組合員が深夜の労働を直ちに中止するという結論に達した。それが今からおよそ三〇秒前」<br> 「だけど、ボイドよ! 俺はパラシュートを持ってないし──俺はどうなる?」<br> パイロットの顔に、陰鬱な決意の表情があらわれた。「なぜ、あなたの心配をしなくちゃならないんです? 私が必死で、年間にたった三〇〇万ドルぽっちの給料を認めさせようと頑張っているというのに、あなたは何の関心も払わなかった」<br> 「俺は自己中心的だった。今では反省している。すまなかった」ペリーはシートベルトをはずし、立ち上がった。「飛び降りるんじゃない、ボイド──きみの給料を倍にするよ!」<br> ダンヒルは我慢できないというように言った。「それは、我々の組合の要求額よりも低いですね」<br> 「おお、そうだったか! なら、三倍にしよう。きみの今の給料の三倍だよ、ボイド」<br> 「残念ですが、個別の交渉はできません。組合の結束が弱まりますからね」ダンヒルは向こうを向くと、ドアを越えて、激しい音を立てる暗闇の中へ飛び込んだ。<br> しばしペリーはパイロットの姿を目で追っていたが、やがてドアを四苦八苦して閉めると、コクピットに移動した。飛行機は自動操縦でしっかりと飛んでいた。ペリーは左側の席に座り、操縦桿を握ると、ベトナム戦争の戦闘機パイロットとして従軍した若き時代の記憶をたどった。みずから飛行機を着陸させることは、一種のスト破りとして、組合との関係をひどく悪化させるだろう。だが、まだ死ぬ心の準備はなかった。ペリーは自動操縦を解除し、今こそ必要な操縦技術を呼び戻そうとがんばった。<br> <br> その飛行機の数千メートル下で、ボイド・ダンヒルはリップコードを引き、パラシュートが開くのを待った。衝撃は予期したよりも弱く、数秒後、ダンヒルは相変わらず同じスピードで落ちていた。顔を上げて見ると──ぴんと張ったドーム状のパラシュートではなく──まだ縫い合わせていないナイロンの切れ端がいくつもぱたぱたとはためいている。<br> そしてダンヒルは、<パラシュート縫合・包装組合>が休みを増やせという要求を飲ませるために、破壊工作を行うぞと脅していたのを思い出したが、時既に遅しだった。<br> 「共産主義者め!」ダンヒルは大声でののしった。「このくそったれ、アカの無法者のヒヒ野郎っ──」<br></td> </tr> </tbody> </table>
<table cellspacing="7" width="90%" bgcolor="#E6FFFF"> <tbody> <tr> <td><font color="#4169E1" size= "+1"><b>■デフレ二〇〇一年 Deflation2001 ボブ・ショウ</b></font></td> <td valign="bottom" align="right">2005.11.29</td> </tr> </tbody> </table> <br> <table width="88%"> <tbody> <tr> <td style="LINE-HEIGHT: 140%"> たかがコーヒー一杯に一〇ドルも払わねばならないのかと、レスター・ペリーは身震いした。<br> 約一ヶ月の間、値段は八ドルで変わらなかったから、ずっとそのままなのではないかという合理的ではない希望をいだき始めていたのだ。プラスチックのカップに黒い液体がごろごろと音を立てながら注ぎ込まれる間、悲しげに自動販売機を眺めた。そしてコップを手に取りくちびるをつけると、悲しげな表情はより強まり、思わず声に出していた。<br> 「一〇ドルだとさ。おまけにできあがったときには冷たくなってやがる!」<br> パイロットのボイド・ダンヒルは肩をすくめたあと、その慣れない仕草で制服の金の房飾りの美しさが損なわれたのではないかと、自分の身なりを確かめた。「何を期待しているんです?」ダンヒルは無関心そうに答えた。「航空会社は、先週、<コーヒー自動販売機整備係労働組合>の賃上げ要求を断ったところですよ。で、組合は遵法闘争を始めた。おかげでコストが上がったということです」<br> 「だが、あいつらはほんの四週間前に、一〇〇パーセントの賃上げ要求を飲ませたばかりじゃないか! あのときだったよ、コーヒーが八ドルに上がったのは」<br> 「組合のもともとの要求は、二〇〇パーセントの賃上げでした」<br> 「んなこといっても、会社に二〇〇パーセントも給料を上げる余裕があるわけがないだろうが?」<br> 「チョコレート販売機担当係組合の連中は、二〇〇%の賃上げに成功しました」ダンヒルが言った。<br> 「ほんとうに?」ペリーは困ったように首を振った。「テレビのニュースで出てた?」<br> 「この三ヶ月というもの、テレビは映らないでしょう」パイロットは、思い出せ、というように言った。「テレビ技術者の年間基本給二〇〇万ドル以上という要求は、まだ議論の真っ最中だから」<br> ペリーはコーヒーを飲み干すと、カップをゴミ箱に投げ入れた。「おれの飛行機は、もう準備できたかい? 今すぐ出発できる?」<br> 「もう四時間前に準備は終わっていますよ」<br> 「なら、こんなところで油売っててもしょうがないな」<br> 「<軽飛行機エンジニア組合>の労働賃金改善協定ってのがあります──いかなるメンテナンス業務にも法定最小限の八時間が許容されなければならない」<br> 「ワイパーブレード交換するのに八時間かよっ!」ペリーはふるえながら笑った。「それが労働賃金改善協定だって?」<br> 「それによって、この空港のエンジニア一人あたりの労働時間が倍増してます」<br> 「そりゃそうだろうぜ、三〇分ですむ仕事に八時間もかけてればな。だが、そりゃ完全に水増し請求じゃ──」パイロットの顔に冷たい表情が浮かんでくるのを見て、ペリーは言葉を切った。そうして、はっと思い当たった。そういえば、<航空使用者協会>と<低翼二気筒民間飛行機パイロット組合>の間の賃上げ交渉は、今まさに紛議中なのだ。使用者側は七五%の賃上げを提示しているが、パイロット側は、一五〇%の賃上げに固執し、さらにはマイル数に応じたボーナスの加算まで要求している。「バッグを運ぶボーイを呼んでくれるかい?」<br> ダンヒルは首を振った。「自分で運ぶしかないですね。先週の金曜日からスト中だから」<br> 「何で?」<br> 「自分でバッグを運ぶ客が多すぎるから」<br> 「なんてこった!」ペリーはバッグを担ぎ上げると、アスファルトの路面を通って、待機中の飛行機に運んだ。五席ある客席のひとつに座り、シートベルトを締めると、デンヴァーへ着くまで読む雑誌を取ろうと手を伸ばしたが、二週間以上のあいだ、新聞も雑誌も手にはいらなくなっているのを思いだした。離陸するまでの準備に、異常に長い時間がかかっていた──飛行機の管理者がなんらかの団体交渉をしているのだろう──けっきょくペリーは、不安の中でうたた寝を始めていた。<br> そしてとつぜん、空気が流れる音にびっくりして目を覚ました。飛行機のドアが飛行中に開いたことを示す音だった。肉体的にも精神的にも震え上がって目を開くと、大きく開いたドアの脇にダンヒルが立っているのが見えた。高価な制服は、パラシュートのベルトによって奇妙な形に縛り上げられていた。<br> 「何だ──いったい何事だ?」ペリーは言った。「火事でも起こったのか?」<br> ダンヒルは、極めつきのかしこまった口調で言った。「いいえ。ストライキです」<br> 「冗談言うな!」<br> 「冗談と思います? たった今、ラジオで聞いたんですよ──使用者側は、<低翼二気筒民間飛行機パイロット組合>の極めて謙虚な要求を拒否し、交渉を打ち切った。で、われわれは、<低翼単気筒組合>と<高翼二気筒組合>の仲間たちの助けを得て、最終的に、全組合員が深夜の労働を直ちに中止するという結論に達した。それが今からおよそ三〇秒前」<br> 「だけど、ボイドよ! 俺はパラシュートを持ってないし──俺はどうなる?」<br> パイロットの顔に、陰鬱な決意の表情があらわれた。「なぜ、あなたの心配をしなくちゃならないんです? 私が必死で、年間にたった三〇〇万ドルぽっちの給料を認めさせようと頑張っているというのに、あなたは何の関心も払わなかった」<br> 「俺は自己中心的だった。今では反省している。すまなかった」ペリーはシートベルトをはずし、立ち上がった。「飛び降りるんじゃない、ボイド──きみの給料を倍にするよ!」<br> ダンヒルは我慢できないというように言った。「それは、我々の組合の要求額よりも低いですね」<br> 「おお、そうだったか! なら、三倍にしよう。きみの今の給料の三倍だよ、ボイド」<br> 「残念ですが、個別の交渉はできません。組合の結束が弱まりますからね」ダンヒルは向こうを向くと、ドアを越えて、激しい音を立てる暗闇の中へ飛び込んだ。<br> しばしペリーはパイロットの姿を目で追っていたが、やがてドアを四苦八苦して閉めると、コクピットに移動した。飛行機は自動操縦でしっかりと飛んでいた。ペリーは左側の席に座り、操縦桿を握ると、ベトナム戦争の戦闘機パイロットとして従軍した若き時代の記憶をたどった。みずから飛行機を着陸させることは、一種のスト破りとして、組合との関係をひどく悪化させるだろう。だが、まだ死ぬ心の準備はなかった。ペリーは自動操縦を解除し、今こそ必要な操縦技術を呼び戻そうとがんばった。<br> <br> その飛行機の数千メートル下で、ボイド・ダンヒルはリップコードを引き、パラシュートが開くのを待った。衝撃は予期したよりも弱く、数秒後、ダンヒルは相変わらず同じスピードで落ちていた。顔を上げて見ると──ぴんと張ったドーム状のパラシュートではなく──まだ縫い合わせていないナイロンの切れ端がいくつもぱたぱたとはためいている。<br> そしてダンヒルは、<パラシュート縫合・包装組合>が休みを増やせという要求を飲ませるために、破壊工作を行うぞと脅していたのを思い出したが、時既に遅しだった。<br> 「共産主義者め!」ダンヒルは大声でののしった。「このくそったれ、アカの無法者のヒヒ野郎っ──」<br></td> </tr> </tbody> </table>

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