想風月華
序
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benhino3
―序―
一陣の風が、さわりと辺りを吹きぬけた。・・・何処からともなく聞こえる、美しき歌声を・・・共に連れて。
人は何処へ行く?
短い生という時間の中で。
何の為に生きる?
理由もなく歩き続ける旅人よ。
必死になって生きる意味を探していた私
でも私の身体は 悲鳴をあげるほどの痛みしか覚えなくて。
だからせめて優しさに包まれようとしてみても
―――――――――・・・ただ、心が痛くなるだけ。
何故、こんなにも切なくて
何故、こんなにも哀しいのか
苦しいほどに、胸を締め付ける何か。
・・・そんな事さえ解らないまま―――
不意に歌声が途切れる。風と共に翻る、燃えるような緋。銀色の淵の、片眼鏡の奥に見える・・・同色の瞳。見下ろすは、大きくも小さくもない・・・『樹那の国』と呼ばれる、美しき国。ここに、そんな国を見つめる青年がいた。
「‘―――――――・・・私は、何処へ行くのだろう’・・・ねぇ?」
嘲るようにして最後の節を口ずさむ青年。この世の者とは思えないほどに・・・美しい、青年だった。
「もう、あれから千年の時が経った、か・・・」
今になっても鮮明に蘇る、絶大な神気。鋭利な光を瞳に宿した――――美しき少女。だがもう、千年経った今となっては、単なるひとつの思い出に過ぎない。
「 風ふけば 落つるもみじば 水きよみ
ちらぬかげさへ 底に見えつつ―――」
不意に青年は、和歌を口ずさむ。その和歌に乗って、薄紅色の花びらの間からちらほらと・・深紅の花が咲き始めた。その様を見、青年は楽しげに自らの髪を弄ぶ。
「――――――もう、邪魔はさせないよ?」
くすりと微笑を浮かべ、千年経った今でもあの少女の気配の残る国に、青年は背を向けた。
「俺の勝ちだね・・・嵐」
刹那、一陣の風と共に・・・・青年は、姿を消した。