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―四―
「・・・はぁ」帝からの用件は、思った通りのとても面倒な仕事の依頼だった。隣を歩く戒斗の表情も暗い。まぁ内容を要約するとこうだ。
『春なのに桜に混じってもみじが紅葉しているから原因を突き止めて解決しろ』
・・・。・・・・冗談抜きに、そんなに簡単に言わないで欲しい。神官と神主をやっているからと言って必ずやり遂げられるかは不明だ。
『最近美しい桜に混じって色鮮やかな紅が咲き誇っているようだが・・・何か心当たりでもあるか?貴族の御堅い奴らがそれを見て凶兆じゃ凶兆じゃと煩くてかなわん』 簾を上げ、俺と戒斗に素顔を曝しながら形の良い眉を顰めた現帝。 『・・・・恐れながら。それは帝を案じての事のように思われますが・・・』 『ふっ・・そんなものは単に上辺だけよ。皆は早く戒斗に春宮に即位してもらいたいとの事らしいからな』 『父上っそんな事は』 『わかっておる。だが、そんな話もこの耳には風の便りとして入ってくるのだから仕方あるまい?』我ながら地獄耳だな、そう言って苦笑気味にぼやく現帝に幼馴染は顔を真っ青にして瞳を見開いた。 『とにかく、この奇怪な現象を神官、そして我が国の第一皇子に早期の解決を命ずる。さっさとあの貴族という肩書きを持ったボケた御老体どもを黙らせてくれ』 『・・・御意』 『承知致しました』
――――こうして 今に至る、そんな訳だ。 「なぁ葵依、こんな自然の現象を解決しろって言ったってこんなのどうやって解決するつもりだよ?」軽く唇を拗ねたように尖らせ、戒斗はお手上げだとでも言うかのように俺を見つめる。・・・少し長くなった髪を後ろで括り、前髪をかきあげるその仕草はやはり昔から相も変わらず。懐かしさに一瞬瞳を細め、俺は軽く息を吐き美しき桜の花弁を攫う。 「・・・戒斗、お前は本当にこの紅葉が自然に現れたものだと、思っているのか・・・?」 「え・・・?」俺の言葉は予想外だったらしく、瞳を丸くして立ち止まる戒斗。俺は少しだけ歩を進めて立ち止まり、ゆっくりと振り返った。 「・・・そうだろう?それより、こんなに近くに来ていてもまだ気づかないのは問題だな」 「は」俺は戒斗を背に庇い、静かに身構えた。
「―――――――来るぞ」
次の瞬間、俺たちの頬を一陣の風が撫でていった。瞬き一つの間に先ほどまではなかった一人の青年の姿が現れる。色鮮やかで燃えるような深紅の髪と同色の瞳。鋭く輝く銀縁の片眼鏡に艶然とした・・微笑。 「・・・あの気配はお前か」 「へぇ、俺が見てるの わかってたんだ?」俺の言葉を楽しげに聞いて謡うように応じる、この世の者とは思えないほどに美しい・・・青年。
「・・・ずっと、俺たちを監視していただろう・・・?」
ずっと感じていた誰かの視線。朝からずっと・・・時には突き刺すような敵意も混じるのも感じながら、俺はただその視線を探り続けた。
―――――誰が 狙いなのかと。
「ふふっそんなに警戒しなくてもいいんじゃない?今回は次期神鬼刻主サマと現・神鬼双龍・・・いや、神鬼龍に挨拶をしに来ただけだからね」 「お前、何が言いたい?」少しの間も開けず、戒斗が切り返す。その瞬間、正体の知れない青年の瞳に鋭い殺意にも似た光が宿り・・・
「っ戒斗!!!!」 「今回の神鬼龍殿はせっかちでいけないねぇ?」 「うわっ」
瞬き一つの間に青年は戒斗の背後をとり、身動きがとれないようしっかりと戒斗を押さえつける。 「何すんだよっ放せ!!」 「それで放す馬鹿はいないと思うけど?」 「・・・・・・・・・貴様、何が目的だ・・・?」俺と戒斗の反応を楽しむかのように紅い唇を禍々しく歪め、青年は徐に戒斗の顎に手を掛けた。 「何を・・・」 「大人しく見てれば判るよ?」 「なっ・・・!!?」青年の言葉と同時に俺は目には見えない強大な力の圧力によって、身体を拘束される。舞い降りてきた深紅の花びら一片を自らの吐息を吹きかけ弄び、溶けて形を無くしたそれを口に含む青年。そして青年は、そのまま戒斗の唇に自分のそれを押し当てた。 「んっ!!?」 「戒斗!!!!」俺は全く身動きが取れず、戒斗も手足をばたつかせて抵抗するもしっかり身動きが取れないよう拘束されているので逃れられない。この間にも青年は戒斗の口内を侵し、色鮮やかな紅を飲み込ませていく。 「んんっ・・・やめっ・・ふぁ・・・あ・・・・はっ・・・」戒斗も必死に抵抗しているのだろう。僅かな隙間から深紅の液体が流れ、零れ落ちていく。
「――――――――餓鬼」
長々と重ねていたそれをやっと離し、青年は可笑しそうに戒斗の唇の端を舐めた。俺の拘束が解かれるのと同時に手を放して距離をおき、そのまま崩れ落ちる戒斗を嘲るようにして見下ろす。 「貴様っ・・・!!」 「先手必勝って奴だよ、一ノ瀬葵依」戒斗を支え凄まじい形相で自分を睨みつける俺を、笑って流す青年。
「俺は、鬼を統べる者・刹那。摩綺羅と呼ばれているけどね」
一度は聞いたことがあるだろう?と髪をかきあげながら俺を見据える刹那と名乗った青年。
「摩綺羅・・・だと?」
確かに俺にとっては聞いたことがある名前だった。驚愕のあまり思わず眉を顰めた俺を見、再び刹那は艶然とした微笑を浮かべる。 「そう、俺は摩綺羅。千年前、お前の先祖に封印された――――幻の鬼」軽く舌を舐めその深紅の瞳で俺を射抜く・・・殺意を抱いた強固たる意志。 「これは宣戦布告だよ、次期神鬼刻主」手近にあった桜の枝を手折り、口元を更に歪めていく美しき青年。 「千年前成し遂げられなかった己が願いを叶える為、俺はまた樹那を潰す」 「なっ・・・」 「必ずそこの皇子サマをいただきに行くから、命が惜しかったら手を出さないことだね」ばきっとその手にあった桜を折って一瞬にして枯らし、すぅっと瞳を細める。だがふと思い出したかのように、青年は紅い唇からそっと細く息を吐いた。
「あぁ、でも鬼刻はいないとつまんないか」
そう呟いて。
「まっ今日は挨拶だけだからこれで退散するけど、次会うときは覚悟しといてね?」 「きさ・・・」 「ばいばい」次の瞬間、何の音をたてる事もなしに青年は・・・姿を消した。思わず先程までの出来事が全て夢の中の出来事だったかのような錯覚に陥りそうになる。だがただただ呆然と立ち尽くす俺と意識のない戒斗、そして枯れ果てた桜の枝のみが・・・この場に残された。
「面倒な事になったな・・・」
俺は戒斗を抱きしめる手に力を込め、とある考えを・・・胸のうちに宿し。そして今日も暖かで無邪気に蒼い空を、無機質な瞳で見上げていた―――――
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