クーデター軍SS

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クーデター軍SS




亡霊小隊プロローグ『その頃桂家では』



無意味に広いこの家の床掃除もやっと終わったところだ。
何やら手持ち無沙汰だったので、居間のテレビの電源をつけた。

「……あ」

「どうしたの、珪一ちゃん?」

「いや、もう国会が占拠されたらしい。
 ……ったく、珪兆さんは大丈夫なのかね」

数日前から、伯父の所属する自衛隊が何やら不穏な動きを見せていた事は知っていた。
新聞では連日、やたらと不安を煽りたてるような見出しが一面見出しを飾り、
それはどうやら、つい一ヶ月くらい前に話題になった魔人再生法案が原因で起こった
自衛隊のクーデターらしいという噂だった。

「ああ、クーデターの話ね。
 あのね。伯父さん今、その中にいるみたいよ」

「……マジかよ……?
 じゃあ、やっぱりあの人も頭どうかしてたんだなぁ……
 珪蔵爺さんももう死んだってのに……
 日本を滅ぼすとか、本気で考えてるのかね」

うちの家系は代々、どうやら頭の出来が少々世間の人々に比べて劣っているらしい。
この家に今居る中でまともな思考回路を持っているのは、
俺と、あと珪乃姉さんくらいなものだと思う。

「うーん……まぁ、ねぇ。
 でも、クーデターが成功したら……珪兆伯父さんも佐官に昇進できるかもしれないんでしょ?」

「……無理だよ、あの人には」

「仮にそうなれたら、伯父さんが命令できる立場の人が、もっと多くなるわけじゃない?
 そうやってまた小隊の人たちみたいに、沢山部下を殺しちゃえば――」

「そんな事言ってたの?」

「うん」

俺は寝転がったまま、珪乃姉さんの方を向く。
あの人にとってこれは、日本を滅ぼすためじゃなくて単に出世するためのクーデターなのか。
確かに、今の自衛隊のシステムのままでは、魔人は佐官以上の階級にはつけないそうだ。

……魔人には人格に問題があるヤツだって多いんだから、
考えてみればまあ当たり前の話なのかもしれないが。

「それにしたって……やっぱり珪兆さんの能力は回りくどすぎるんだよ。
 いくら自由に使える霊の軍隊を作っても、装備がなくちゃどうにもならない。
 もっと一発で大量にブッ殺す方法があればいいのにな」

「っふふ……なんか、珪一ちゃんは夢がないねぇ。
 でも、珪兆伯父さんが活躍すれば、魔人再生法案だって撤廃されるかもしれないわよ?
 私達魔人一族にとっては、どちらにせよ悪くない話でしょう?」

「……そんな簡単に日本が変わるものかな。
 世間の流れってやつはどうしようもないと思うよ、俺は。
 正直こういう事をする奴らって、頭が狂ってると思う」

ブラウン管(俺の家は未だにチャンネルを回すタイプのテレビだ)を指差す。
中でワイドショーのコメンテーターが俺と同じような事を言っていて、
俺は少しだけ不愉快になった。

「……珪兆伯父さん、死体が残ればいいけどねぇ」

珪乃姉さんもやはり、事件の事が気になるのだろう。
俺の横に正座して、テレビを見始める。

「だよなぁ。
 できれば、姉さんの能力の役に立つように死んでほしいものだけどな」

卓袱台の煎餅を取って齧る。
一つ、姉さんに言い忘れていた事があったのを思い出した。

「そうだ、姉さん」

「何?」

「ついさっき、伯母さんが新しい死体持ってきたから。
 俺は霊専門だし、好きに使っていいよ」

「そう。ありがとう」

姉さんが微笑む。
テレビの中では、別の部隊が国会の中に突入したと伝えていた。
こういう安全なところに居ながらにして歴史に残る大事件を見るのは中々悪くない気分だ。
テレビのリポーターが連呼している。「今の世の中はどうかしている」と。

「まったく、世の中どうかしてるわねぇ」

「うん」


プラチナ・ゴードン



「キミは胸毛は生えているか?」
いきなり演説をはじめるゴードン。
「胸毛は男の勲章だ。我が国では胸毛の生えていない男は男として扱われない。男は胸毛で全てが決まる。胸毛のない男はうんこと同義だ。」
ゴードンの演説は続く。
「胸毛!胸毛の生えてる者のみが私の支配する世界で生きる資格がある!人に胸毛が生えているのではない!胸毛に人がついているのだ!」
なんかゴードンが盛り上がってくる。
「我が能力はそのものに胸毛が生えているかを見抜く!胸毛の生えていないものは覚悟をしておくんだな!」
決めポーズをとるゴードン。
「全ては胸毛のために!胸毛の支配する世界のために!胸毛の生えない猿どもよ!滅びるがいい!」
自分の胸毛をアピールするゴードン。もっさもさだ。


ピョンフ



ガゼルパンチ バババン! ゴリラ握撃 バババン!
皆大好きサバンナ少女 ピョンフちゃんだ
「この戦いが終わったら皆に本場のチョコレートをごちそうするよ!」
「ピョンフちゃーん、それ死亡フラグー」

チーターダッシュ ザザザン! ライオン斬撃 ザザザン!
元陸上選手で今は殺し屋 ピョンフちゃんだ
「あいつの生首が金メダルの代わりさ!」
「ピョンフちゃーん、槍の先舐めながら喋らないでー」

死亡フラグに中二力 そんなものなど知らないぜ
いつか倒すぜ松平 野獣パワーが炸裂だ
あいつはかわいい サバンナ少女ピョンフちゃんだ


フジクロ



多かれ少なかれ魔人とは好戦的なものであり、だからこそ危険視されている。
ゆえに、米国にダブル大統領の一人、プラチナ・ゴードンの名の元、範馬の称号を
掛けて候補者二名の決闘がなされたのはあるいは必然なのかもしれない。

フジクロ。
暗殺者である彼は決して苗字以外を語ろうとはしない、いや、フジクロという姓すら
正しい戸籍上の名の一部であるかすら疑わしい。

ピョンフ。
彼女の国には苗字という概念がない。そしてピョンフという名も母国語で「強きもの」を
意味する称号の様なものであり、我々の持つ名前の概念とは微妙に異なる。


「正直、国会強襲部隊のリーダーを選ぶのにここまで揉めるとは思わなかったわよ。
アタシは別にどっちでもいいんだけどさー、まあ私の人生を無茶苦茶にした元凶の
松平ってのに超凄いアタシの必殺技を見せる前の練習と思えばこーいうのもいいかも♡」
「なるほど、君にとって僕は本命の前の肩慣らしって事か」
「ピンポーン!!」
「ところで一ついいかな?」
「何、ギブアップ?残念だけどアンタは必殺技の練習台に決定だから!!
アタシの必殺技マジ凄いしー、ま、死なない程度にはセーブしてあげるから」
「―いや、後ろ気をつけたほうがいい」

ピョンフは慌てて後ろを振り返ろうとし、寸前で堪える。

「…っ、その手はくわないよ!ここにスカウトされた時にぽぽさんっていうキレーな
お姉さんが色々教えてくれたのよ。魔人同士の戦いでは相手から目を離しちゃダメって」

ピョンフは語り終える事は無かった。彼女の後頭部に落とされた爆弾の炸裂が完全に
意識を奪い取っていたからだ。

「ま、見ても見なくても結果は一緒だったんだけど」

爆発によって生じたクレーターに声を掛けるフジクロ。と、ここで気が付く。
自分の鴉が投下する爆弾はこんなに高威力だったかなと。

「大統領」
「なんだいボーイ」
「彼女死んじゃったかも」
「ガッテーム」

両手の手のひらを上に向けやっちまったぜ的な顔をする大統領。
幸い、すぐさまぽぽ家御用達の魔人用医療班を召集したためピョンフは一命を取り留め
国会襲撃の日までに完全回復した。

こうして範馬の称号を持つ者が決定された。もちろん誰からも文句は出なかった。


園部香夏子『真実の信仰』



「運のわるーいヒポポタマスぅぅ~~~
 本当についてないヒポポタマス……ホッ! ホァッ!」

傍から見れば、狂人のようにしか見えないだろう。
そして実際、園部香夏子は狂人に限りなく近かった。

園部香夏子は今、鼻の穴と耳の穴の両方に割り箸を突っ込んでいる。
「ヒポポタマスのうた」を歌いながら、激しくコサックダンスを踊る。
歌のリズムにそぐわない事甚だしいコサックダンス。
しかし彼女は、大粒の涙を流しながらも見事にコサックダンスを踊りこなしている。

日々の鍛錬の賜物だ。

「や、やめようよ香夏子ちゃん……!
 ボクは他の神とは違って、
 そんな儀式しなくても助けてあげるのに!」

しかし、呼び出された中二神・中西は――
召喚されるたび、この状況に困惑せざるを得ない。
何故なら彼を呼び出すのに、そのような儀式は不要なのだから

「何を……仰るのですか! 中二神様ッ! ホッ! ホッ!
 神ともあろうものが一奉仕種族であるこの私にそのような」

「いや違うって!
 ボクは、そんな珍妙な儀式を要求するような神性だと周囲に誤解されたくないんだよ!
 本当にいつも言ってるけれど、もっと楽な儀式でいいんじゃないかな!」

どこかで見たような適当なデザインの神……
中二神・中西は、必死で園部を止める。
実際、彼はそんな召喚儀式が必要な程大した神でもないし、
そしてそれ程非常識な神でもない。
ただ、園部の魔人能力に引き寄せられて気紛れで彼女に力を貸しているだけなのだ。

……その時、「ヒポポタマスのうた」のテープが止まった。
ようやくこの儀式が終わったのだ。
しかしコサックダンスの構えを解かずに……園部は、中二神・中西を見た。

「いいえ……!
 中二神様。貴方は偉大な神です……
 これまで、貴方の力で成し得なかった事が何かあったでしょうか……?
 どんな魔人の、どんな恐るべき能力でも……
 貴方は常にその神の力で成し遂げてくださった。
 私は――その偉大な力に見合う『魔人』となりたい。
 そのためにはどんな代償も支払う覚悟です。その覚悟の表現として、この儀式を行う……
 私は貴方の奉仕種族として、何か間違った事をしているでしょうか?」

言い終わると、園部は再びコサックダンスを踊り始めた。
儀式のためではない。よりリズミカルに。より激しくキレのある動きを。
全ては、中二神・中西を呼び出す儀式の練習のために――

「……香夏子ちゃん……」

――やっぱり、キミは間違っているよ。

中二神・中西はその言葉を飲み込んだ。
どうせ、ボクなんか大した神じゃない。
だからどんな覚悟を見せられたって、ボクにはそれに見合うような事は……

頭の電球の光も弱まり、気落ちしたようにフワフワと部屋の隅に向かう中西。
しかし、その時ふと先ほどのラジカセが目に入り。

「――っ!!?」

彼の脳に、衝撃が走った。

「か……! 香夏子ちゃん……! これは……!?」

「……。
 ついに……ついに気付かれてしまいましたか、中二神様……
 この秘めたる覚悟……貴方に知らせたくはなかった……」

「J○SRAC許諾マーク――!」

例のマークが、ラジカセには燦然と輝いている。
中西は動揺していた。
この子は……園部香夏子は……
今まで、ボクを呼び出すたびに……
その度に、「ヒポポタマスのうた」の著作権使用料を支払っていたというのか!?

「……ボ、ボクは……」

「いいのです……中二神様。
 私は、あなたに見返りを求めてはおりません……
 私は自分の信仰を試したのです。
 自分がどこまで『神の領域』に近づけるか――」

「ボクは……」

ボクは、大した神じゃない。
この世界にはびこる邪神達と比べたら本当に情けない、ただの中二神だ。
でも……

本当にこのままで、いいのか。

「……願いを言ってくれ」

「中二神様」

「ボクを呼び出したという事は、そういう事なのだろう?
 ボクが……いや、オレがどんな願いでも叶えてやる。
 オレは今ッ! 貴様の覚悟を受け取った!」

「……中二神様!!」

――中二神の心に、爽やかな風が吹いた。

もうあの頃のようないじけた目はしていない。
なってやる。この、圧倒的な信仰に応えるだけの……
オレだけを信じてくれる、園部香夏子に相応しい神に。


中二神・中西は、辺りを睥睨した。
取り囲む圧倒的な魔人兵力。小竹私設兵団。
フッ……そうか……
こいつは、こんな状況でもオレを呼び出すために「ヒポポタマスのうた」を――

「そうさ香夏子。こいつらに見せ付けてやろうぜ……!
 本物の神の力ってヤツをな!!」


バッド・F・ワーカー1



(バッドの)咆哮と同時に**の死体は 形を変えた
それは
腹を括り身構えたはずの小竹軍が 一瞬にして体勢を回避に向ける程の変貌であり
邪悪を具現化したかのような姿は 明らかに
明らかに 破壊のみを求めていた

バッドは 生まれて初めて精神に過大な負荷(←小竹様光臨による外部ストレス)を受けることで
自身の能力の本質が実は
フジクロの護衛から著しく離れたところにあり
激しい怒りを糧にして死体とオーラの総量が急速に増大していくのを自覚した

破壊には大きな快感が伴い
その直後 急速な体積の減少と強い喪失感に襲われた

フジクロ「・・・汚ねぇ花火だ。」


その花火は新しい命を祝うかのように瞬いた。


バッド・F・ワーカー2



足元に転がる***の死体を前に、バッドは黙々と花火化処理を始めた。
これでまた、空に大きな華が咲くだろう。
あの時見た、あの美しい花火のように……。


【以下、72年後の歴史書より】

あの時のクーデターで最もおぞましい魔人を挙げろといわれれば、真っ先に思い浮かぶのがバッド・F・ワーカーであろう。

しかし、死体を花火として用いるこの冒涜的魔人が、その嫌悪すべき着想を得たきっかけは、後に彼が述懐した通り、全くの偶然であったのだろうか。
筆者はこの点に疑問を抱き続けてきた。
というのも、私は彼の死体花火に関連すると思われる、一つの歴史的事実を突き止めたからである。
それはあのクーデターから更に10年前の出来事である。

当時、大坂に在住し8歳だったバッド少年は、母親に次のように語っている。

「お母さん、空に緑色の物体が飛んだよ! それは空ではじけて無くなったんだ! まるで花火のように!」

なんとも荒唐無稽な作り話のようであるが、事実、バッド少年の顔には汚らしい緑色のスライム状の粘着物がべったりと付着していた。しかし、母親はバッド少年の言葉を真に受けず、子供のいたずらだと思い、このことを聞き流してしまったという。

だが、その時からである。
我々が良く知る、あの狂人としか思えない、バッド・F・ワーカーのメンタリティが形成されたのは。
私が推測するに、あの時、バッド少年が見た花火のようなもの。
あれが少年の精神を狂わせた元凶ではなかろうか。
飛んできた緑色の粘着物が原因なのか。それとも、あの花火を目撃したこと、それ自体が原因なのか。
おそらく後者だろう。
なぜなら、あの時、その周辺で彼と同様の発狂者が数人確認されたと記録されているからである。

だが、今となっては、その詳細なところは分からない。
なぜなら、この事件と前後して関西は滅亡したからである。
凄まじい混乱の最中、この小さな事件に関するデータはほとんど失われてしまい、いま、我々があのクーデター発生原因を研究する機会をも損なっているのである。


待宵桃



「お、お兄ちゃん……! お兄ちゃんなの……!?」
「ち、ちがうんよ……。な、何いうとるん??」

 待宵桃は戸惑っていた。範馬が連れてきた、この真名という女。明らかに精神に異常をきたしているとしか思えないこの女が、先程から自分のことを兄だと決め付けてくるのだ。

「お兄ちゃん、ずっと、どこ行ってたの……。舞も、真名も、ずっと心配してたんだよ……。でも、良かった。お兄ちゃん、やっぱり生きてたんだね……」
「ま、待ちぃ。うちはお兄ちゃんじゃないから。ていうか、うちは女やし……」

 ――嘘だッ! 

 先ほどまで涙ぐんでいた真名が突然目の色を変えて叫んだ。

「お兄ちゃん、どうしてウソをつくの? そんな能力、お兄ちゃんしかいないじゃない。お兄ちゃんの気持ちとあたしの気持ちがどんどん同調していくよ……。懐かしいな、お兄ちゃんの能力……」
「い、いや、待ちぃな……。精神感応能力はそんな珍しいもんでもないし……」
「……お兄ちゃん、どうして真名を騙そうとするの? 真名のことが嫌いになったの? やっぱり、真名がお兄ちゃんのことを『死ね』って言ったから……。だから……。いや、おかしい……。お兄ちゃんと何か違う。ううん……。やっぱり違う……。もしかして、あなたはお兄ちゃんじゃない……? お兄ちゃんのフリをして、私を騙そうとしてただけなの……?」
「いや、うちは最初から……」
「ひどい……。ひどい……! どうして、真名にそんなことをするの!? どうして、真名を傷つけるの!? …………あ、あははははは。やっぱりお兄ちゃんはいないんだね! もう、もういないんだ! じゃあ、みんな、みんな死んじゃえばいいんだ! あ、あはははははははははは!!!!」

 目の前で突如笑い出した真名に恐怖し、桃は思わず範馬に泣きついた。「なんや、あの子。怖いんいやや」「うち、おうちに帰りたい」と――。だが、己の胸でしくしくと泣く桃を見て、範馬は思う。ああ、真名のやつ、とりあえず役に立ってるな、と――。桃の能力発動体勢は誰が見ても十分過ぎる程に整っていた。


出鯉真名准尉1



「やめて! 離してっ!
 こんなことしてる場合じゃないの!
 おねえちゃんを止めなきゃ……
 おねえちゃん、おかしくなっちゃったの!

 お兄ちゃんが死んでから、お姉ちゃん、ずっと塞ぎこんでて……
 あたしのせいだ、お兄ちゃんが死んだのはあたしのせいだ、って。
 あたしが『死ね』って言ったから、お兄ちゃんが殺されたんだって。
 そんなわけないのに! ずっとずっと思い詰めて……!
 お姉ちゃん、ごはんも食べなくなって、どんどん痩せていって……
 そしたら、そのうち変な男たちがお姉ちゃんを連れて行ったの。
 白い服に身を包んだ怪しい男達が、お姉ちゃんを取り囲んで、
 無理矢理、引っ張って、白いワゴンに乗せて……
 それから、お姉ちゃん、しばらく帰ってこなかったの。

 お姉ちゃんは二年後に帰ってきたけど、その時にはもう、
 おかしくなっちゃって。
 いつも独り言をブツブツ言って、訳の分からない人と文通して、
 変な雑誌に妄想を書き送って、一晩中、月を見て放心して……
 お姉ちゃん、あたしのこともお母さんのことも、まるで他人みたいに
 よそよそしくなって……。
 お兄ちゃんのことも『あの男』呼ばわりだし。
 おかしいよ、お姉ちゃん、あんなにお兄ちゃんと仲良かったのに。

 お姉ちゃんは、あの白服のやつらに洗脳されたに決まってる……。
 あいつらがお姉ちゃんに変な薬を使ったんだ。
 あいつらのせいでお姉ちゃんはおかしくなったんだ。
 お姉ちゃんがかわいそう……。かわいそうだよ……。


 …………きっと、お姉ちゃんはあたしを殺そうとしている。
 あたしだけじゃない、みんなを殺そうとしてる。
 今のお姉ちゃんは、怖い。
 怖い。怖い。怖い……。
 お姉ちゃんを野放しにしていたら、きっとみんなが殺される。
 だから、あたしがお姉ちゃんと一緒に死ななきゃ。
 お姉ちゃんを殺してあたしも死ぬの。
 こんなところにいる場合じゃないの。
 早くお姉ちゃんを探して殺さないと、絶対みんな後悔する……。
 あたしはお姉ちゃんを見つけないといけないの……!
 だから出して……。ここから出してよ!
 もう時間がないの! あの白服のやつらが全部悪いの!
 あなたたちもあの白服の仲間なの!?

 やめてよ、何よその注射……。
 あたしをお姉ちゃんと同じ目に遭わせる気?
 治療? ……あたしが信じると思ってるの?
 違う。……違う。だめよ、何も分かってない。
 あたしはおかしくなんかない。
 お願い、あたしの話を信じて!!!
 おかしいのはお姉ちゃんなのよ!
 お姉ちゃんを! お姉ちゃんを殺さないと!!!!

 だから、出して! ここから出して! 出してよぉ!
 出して……! 出せ。 ……出せ、出せ、ちくしょう。
 出せよ、ちくしょおおおおおおオオオぉォォおおガっぁあああ!
 出しやがれェェええええ!!!!
 あだじをごごがらだぜえええええええええええええええええ!!!!!!





 うう……。
 ぐっず。ひっく……。
 おにいじゃあん……。
 どこいったのお……。
 はやぐ、帰ってきてよぅ……、はやぐがえってきてよお……。
 お姉ちゃんもずうっと待ってるんだよ、お兄ぢゃあん……」


 ***

 出鯉舞が都内の某精神科へと保護されたのが、あのクーデターから五年前のことである。そのわずか数日後、何者かの助力により彼女は病棟から脱し、希望崎学園での騒乱に巻き込まれ、死亡する。


出鯉真名准尉2



 ベッドに横たわる範馬慎太郎は紫煙をくゆらせながら、横で眠る裸の女にちらと目を遣った。女は子供のようにあどけない寝顔ですやすやと眠っている――。

 今回のクーデターに際し、範馬は旧知の仲であるぽぽ一族に協力を依頼していた。流石に日本魔人界の名家、ぽぽ一族のコネクションは凄まじく、亡霊小隊、西郷粕取ら魔人中隊の精鋭を仲間に引きいれ、二人のアメリカ大統領の援助約束まで取り付けるに至った。そして極め付けが、日本の伝統的魔人家系である、いわゆる「識家」の協力を得たことである。だが……

 ――その結果が、なぜこの狂女一人なのだ。

 識家の一角である末那識家(まなしきけ)から送られてきたのは、いま範馬の横に眠る出鯉真名一人であった。確か末那識家の現頭首はEFB指定能力者であったはずだ。彼女が動けば此度のクーデターを成功させるなど造作もないことだろう。だのに、なぜ彼女は動かないのだ?

 ――末那識の狸どもめ。

 末那識のやつらは全員が真っ白い長ランのような服に身を包んだ、見た目からして胡散臭い一族である。やつらは真名のことを末那識家の客分だと言っていたが、範馬の目には真名は彼らのモルモットにしか見えなかった。客分と言えば聞こえはいいが、要は拉致、洗脳し、飯だけ食わせて来たのだろう。軍から真名に給金が出ていたのも、おそらく末那識のやつらが手を回していたと推測される。しかし……

 ――まさか俺の慰みものに送って来た訳でもあるまいが。

 本当にこの女は役に立つのだろうか? 範馬がそう不安に思ったのも致し方ない。真名は彼が抱いている時こそ正気に見えるが、普段の言動はまさしく狂人そのものであった――。

 範馬は念のため、煙草の火を消すと、

「真名」

 と、横で眠る女の名を呼んだ。

「範馬さん……」

 応えて、女はとろんとした瞳を半開きにして、

「そろそろだ。行くぞ」
「はい……」

 もぞもぞとベッドから這い出し、着慣れぬ軍服を身に着け始める。

「真名」
「はい……」
「今日会うやつらは、もしかすると、お前のことを理解してくれるやもしれん。俺が良いと言ったら、訊いてみるがいい」
「はい。ありがとうございます……」

 女は従順に礼を述べた。真名の扱い方は、末那識家から送られてきたマニュアルに全て書かれている。


出鯉真名准尉3『真名の旅』



みんなが……私のこと……。
頭がおかしいとか、正気じゃないとか、言うんです……。
違うのに…………。
おかしいのはみんなの方なのに……!
でも、あなたなら……。
あなたなら、私が正気だって……狂ってなんかないって……分かってくれると、信じてます……。

聞いて下さい……。
私は本当は出鯉真名なんかじゃないんです。
みんな騙されてるんです。
みんな、私のこと、出鯉真名だと思い込まされてるんです。
だって、考えてみて下さい。
私があんなアホで下品な兄の妹なわけないじゃないですか。
みんな仕組まれたことなんです。
私はいつの間にか、出鯉真名に仕立て上げられてしまった……。
私はあいつらの罠にハメられたんです!

みんな、私のことを誤解しています。
父も、母も、兄も、妹も、私の本当の名前を知りません。
でも、あなたなら……。
あなたなら、きっと私の本当の名前を思い出してくれる……。
前世で一緒にニャントロ星人から月を守って戦ったあなたなら……。

あなたはきっと忘れている……。
ニャントロ星人は強大な敵でした。
あなたも地球人として生まれ変わった時、きっと記憶を封じられたはず。
私だってそうでした。
私も兄が死ぬまで、自分が出鯉家の長女であると信じきっていました。
私が「死んでしまえ」と呪ったら、兄が関西で死んだ時。
私は困惑しました。後悔しました。
私があんなことを言ったから、兄が死んだのだと。
私がお兄ちゃんを殺したのかもしれないって……!

…………でも、私は気付いたんです。
よく考えたら、私があんなバカで下品な兄の妹なはずがないんですよね。

――そう。
その瞬間。私の深層心理に封印された前世の記憶が、一瞬で甦ったんです。
私は月世界でニャントロ星人と戦っていた、アストラルムーンアイズの一員だったんです!
私の記憶はニャントロ星人たちに封じられていたんです!
兄の死が、――いいえ、あんなやつ兄でもなんでもないけれど、とにかく彼の死が、私の記憶を呼び覚ましてくれたんです!

だから、あなたの記憶も、ほんのちょっとしたきっかけで、きっと甦るはずです。
私は、その「ほんのちょっとしたきっかけ」を用意しました。
あなたは失われた自分の記憶を求めて、私の指し示す通りに旅をすることになります。
記憶を求める旅路の果てに、あなたはきっと私の真の名に到達することができるはずです。
その名を叫んでください――!
私の真名があなたの心の奥底に封じられたアストラルムーンアイズとしての記憶を呼び覚ますはずです。
前世で共に戦ったあなたなら、きっと私の真名に到達してくれると……信じています。

私はあなたのことを信じています。
信じています……。
信じています……。

でも…………。

もう地球はダメかもしれません。
この世界の98%の人間は既にニャントロ星人に入れ替わられています。
――見てください!
アメリカの紙幣には必ずネコの額のような隙間が描かれています!
ニャントロ星人は既にアメリカ中枢部すら抑えているのです!

だから……。
あなたも、もしかしたら、もうニャントロ星人なのかもしれない……。
ニャントロ星人に脳味噌をかつお節に変えられているのかもしれない……。
だから、もしも、あなたが私の真名を間違えるようなら……。
それはあなたがニャントロ星人である証拠に他なりません。

それと、あまり時間をかけすぎないで下さい。
ニャントロ星人は私に理解を示す素振りを見せながら、黄色い救急車で私を拉致しようとするんです。
それがあいつらのいつものやり方なんです。
だから、あまり時間をかけるようなら、やはりあなたはニャントロ星人です。

もしも、あなたまでがニャントロ星人だったなら――。
この世界は、もうダメなんでしょうね……。
その時は――、

私は、アストラルムーンアイズの最後の一人として……
一人でも多くのニャントロ星人を道連れにする道を選びます――。


発動、『真名の旅』――。

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