軍隊の規模

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目次



概要

軍隊には大きさが存在する。
それは師団の数であり、軍艦の総トン数であり、戦闘機の数である。
ここでは主に量的な意味での軍隊の規模について考える。
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規模の違いとは?

軍隊の規模は千差万別と言っていい。例えばとあるA国と同様の国を設定したとしても、突き詰めればその国の主食から宗教、政治思想や国民性にまで忠実に再現することを要求される。実際にそのままのコピー国家をゲーム上で運用することは、すでに数値が定まっている戦略シミュレーションなどでしかない。

周辺に敵国がいなければ規模は縮小していくし、敵国だらけなら拡大していく。
また国の方針でも異なってくる。軍事国家ならば軍隊は大きくなるし、平和国家なら縮小する。
世界で活躍する軍隊は比較的大きくなり、専守防衛のみを考えれば小さくなる。
そこに民族性、政治状況、経済etc...など無数の要素が絡み合い、その国の軍隊の規模は決まる。

しかしそれでは話にならないので、以下ではいくつか規模を設定する上で確定的と思われる要素について取り上げていきたい。
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規模の要素

国土面積


言うまでもなく、国土面積が大きければ大きいほど軍隊の規模は大きくなる。
しかし国土の大部分が永久凍土であったり砂漠であったりした場合、そのような不毛な土地に駐留させる意味は無い。
例えばオーストラリア陸軍は予備役を含め8万人ほどある。総人口約2000万人と言うことも影響しているが、これはほとんどが砂漠の上、ロシアなどのように国境を陸で接する国が無いためだ。
一方、世界最大の国ロシアは多くの国と国境を接し、陸軍だけで39万人、国内軍などを併せれば50万人以上の規模になる。
(ロシア連邦の総人口は約1億4000万人)
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国民数


軍隊を構成するにはまずは人、つまり兵士が必ず必要となる。兵士は基本的に国民から徴兵なり志願なりで集められる。つまり国民の数が多ければそれだけ軍隊に回せる人間も多くなる。
しかし単純に人口の多い国と少ない国を比較して前者の方が兵員数が多いとも限らない。多い国が志願制、少ない国が徴兵制だった場合、少ない方の兵力が多くなることもある。
例えばイスラエル国防軍は職業軍人と徴兵人数を合わせ約17万人(そのうち陸軍は12万5000人)を有し、有事には予備役41万人が動員される。
しかしイスラエルの人口は僅か700万人にしか満たない上、国土面積も四国より少し大きい程度でしかない。
日本は1億2000万人の人口を抱えるが、予備兵力を含めて約31万人となっている。(ただし政策や予算面での都合も大きい)
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国家戦略


現代の軍隊は政府組織の下に置かれる。故にその政府の意向を受けるのは必然となる。
政治方針は軍事国家であったり平和国家であったり福祉国家であったりするが、主に予算と方針が影響する。
予算や政治方針によっては軍はしばしば強圧的になり、政治が未熟で軍が抑えられない場合、クーデターが発生する場合もある。
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予算


予算とはそのままの意味で、軍縮したり福祉を重視する政策をとれば、軍事予算は縮小され軍隊の規模も縮小する。
しかしこうした行動は弱体化を目的としたものではなく、財政逼迫やふくれあがった軍事予算の適正化(特に冷戦終了後は多くの国で財政が健全化の方向を目指し、軍事予算が適正化(縮小)された)などを理由とすることが多い。また変わった理由では軍が政府などにとって危険な存在となった場合、いざというときの為に弱体化させようという意図がある場合がある(大抵はそのようなことをしなくてはならなくなった時点で予算縮小など出来ないような状況に陥っている)
予算が潤沢な軍隊の方が当然質・量共に強くなり、また装備面で無くとも兵士の福利厚生が充実することは士気などに大きく影響する。
予算が少ない場合、正面装備(戦車など)よりも後方支援(兵站)を担う部隊の方が先に縮小されやすい。
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国家方針


方針とは、財政ではなく国家としての方針に動かされる場合である。
例えば軍隊廃止を目指した場合はそのような形へと動き、専守防衛なら自国の地勢に合った兵器が多くなり、海外派兵を重視すれば機動性の高い部隊を配置しようとする。
また外交関係でも、同盟を破棄すればそれまでの同盟国の製品を輸入することは難しくなり、別の兵器を購入するか国産にするかしなくてはいけなくなる。
最近の例では、クラスター爆弾の制限条約に英国が賛成したことが挙げられる。クラスター爆弾は極めて有効な兵器だが、英国政府はクラスター爆弾をオスロ・プロセスに反対しても保有するメリットは無いと判断し、また代替兵器(地雷)が存在することなどから土壇場で賛成に回った。現代政治において軍事が政治より下であることを示す一例となっている。
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軍事ドクトリン


ドクトリンとは基本原則のことで、つまり軍事における行動原則、戦略原則のことを言う。
類似した言葉に戦闘ドクトリン(戦略教義)がある。また軍事戦略と同一視されることもあるが、軍事戦略はこれよりもっと具体的なものを指す。

さて原則とは原理のことで、簡単に言えば「大まかにそうあるべき」ということだ。
例えば「原則として外出を禁ずる」とあれば、「外出は禁止されるのが基本だが、厳密にはそうでない」ということで、つまり例外規定―この場合であれば病気などの理由により―があることを意味する。だが必ずしも例外が規定されているわけではなく、単に大まかな指標として定められるものであることに注意したい。

軍事ドクトリンの一例としては、かつてソ連軍がマルクス・レーニン主義を軍事ドクトリンとして定めていたことがあげられる。
主にマルクス・レーニン主義の理論である、「プロレタリア独裁」「永続革命論」「革命的祖国敗北主義」がソ連軍には影響している。
  • 「プロレタリア独裁」は、反(共産)革命勢力である富裕層(ブルジョワジー)の排除。
  • 「永続革命論」は、ソ連だけに留まらない世界中での共産革命の実現。
  • 「革命的祖国敗北主義」は、自国が(帝国主義的)戦争を起こした場合は、民衆はそれに乗じて現体制を破壊する。(クーデター)
以上の点を踏まえた結果、ソ連軍の目標は「ブルジョワの排除、世界革命の実現、他国民衆の意識改革(煽動)」を大まかな目標として掲げ、そのような方針で軍隊を作り上げていくことになる。作ると言ってもこれらは思想と言うべきもので具体的な作戦に用いられるものではなく、もっぱら軍人や国民に対する意識改革だ。しかし赤軍とも呼ばれるように、こうした共産主義思想を持った軍隊というものは考え方自体が違っており、それ故に革命のためなら暴力をいとわない人命軽視などが発生しやすい。兵器面でも人命より攻撃性能を重視したりと言ったことが見られる。
またブルジョワの排除を目指していることから高度な教育を受けた人材が出にくくなり、また優れた人材が粛正により淘汰される可能性がある。
そして共産主義とは根本的に民衆革命によるもので、故に革命軍を名乗るなら志願制によるものではなく、すべての革命民衆が闘う徴兵制がこれら思想の場合には行われやすい。

このように大雑把な方針が、軍事ドクトリンと言える。
ここではソ連軍での事例をあげて解説したが、この言葉の範囲は広く、例えば「A国が危険だ」とすれば軍の配備状況などはとりあえずA国を仮想敵国として動き、また「専守防衛」と決めればその実情にあった兵力の削減や兵器の配備などが行われる。
大雑把であるが、かつての日本軍のように海軍が南方を、陸軍が北方を意識してバラバラに兵力を配備してしまえば、いざというときに軍事戦略が立てられなくなるため非常に危険である。また軍事戦略がそうであっても、実際に作戦で用いられる具体的な戦略が定まっていなければ、戦力を浪費しかねない。日本軍は差し当り連合国への勝利を目標としたが、他は局地的な戦術に頼り、戦争全体を通しての国家戦略、軍事戦略が定まらなかったため、後に場当たり的な作戦が多く見受けられるようになった。
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経済力


一般に中長期(約10年程度)軍事予算がGDP比2.2%を越えると、経済そのものに重大な損失が発生すると言われている。
このため先進各国のほとんどは2%前後で留めている。なお現在の自衛隊は2007年はGDP比0.7%と、低い水準(いわゆる1%枠は撤廃されているにも関わらず)で、しかもここ数年は周辺国の軍拡に対し実質的な軍縮傾向にある。これは福祉国家としての福祉政策や長引く不況への経済政策が優先措置とされてきたためで、特にミサイル防衛(MD)さえ少ない予算から捻出するという、異常と言える緊縮体勢を強いている。
2007年の日本国一般会計予算は約83兆8000億円で、内防衛関係費が約4兆8000億円、同年のGDPが515兆7000億円。もしGDP比2%なら約10兆3000億円、5%なら約25兆8000億円と、もし特別会計360兆円を考慮したとしても総予算の17%を占めてしまう巨額になり、相当の負担となることは想像に難くない。

世界最強の軍備を持つアメリカの場合、GDP比で見ると近代で最も高かったのは第二次世界大戦期の37.8%で、この時期は国民の戦意高揚もあり戦時国債の大量発行で切り抜けたが、それでも戦時体制への移行は避けられず、食料の切符制や生産管理体制などを敷いた(ただし食料の切符制下でさえ普通にステーキを食していたというが……)
その後の冷戦真っ只中のベトナム戦争では最大9.3%で、終戦時には5.5%と減少に転じている。この減少傾向はGDPの増大とも合わさるが、90年代以降はイラク戦争開始までは3.0%と、世界最強の軍事力を思えば相当抑えられるようになっていった。
そしてイラク戦争の今日では4.2%と上昇しているものの、それでもかつてのベトナム戦争期に比べ格段に負担は少なくなっている。これは一つに先述したようなGDPの増大や、最近の経済危機、福祉充実など多方面に議会予算と国民の目が向けられるようになり、軍事予算にこれまでのような多額を投資しにくくなっていること、そして兵器の発達による人件費の減少が、大きく影響していると思われる。
だが、そのように様々な軍縮政策を行っているとはいえ依然として3%以上の水準は高く、アメリカは欧州や日本と比較し社会保障やインフラ整備を
市場、つまり民間資本に多く委ね、公共事業費の抑制を図っている。民間に委ねることは一つのやり方だが、これにより州道の有料化や収益率の低いインフラの老朽化などの問題が多数起きている。最近では2003年の北米大停電の原因として需要に対し貧弱な送電網が挙げられたり、個人へのインターネット普及の遅れ、医療保険の民間資本への委託による高価格化、カトリーナ被害に見るような防災対策の遅れなど、多大な影響と損失を出している。
これらは広大な領土や異常気象の発生のしやすさ、市場主義に由来する経済システムの違いなどを考慮すべきだが、議会でも度々取り上げられるように軍事予算の圧迫が一つの原因となっていることは否定できない。
2007年時点で、アメリカ合衆国の国家予算約2兆8000億ドル、国防関連費が約6000億ドル、GDPは約13兆8000億ドルで、GDP比約4.3%(端数を含めると4.2%)、国家予算の21%を占める大きな負担となっている。


軍隊はタダではなく、様々な経費を通じて莫大な費用を必要とし、経済効率は他の事業と比較して極めて悪い。
軍隊が存在するためにはまずは国家が無くてはならず、故に軍隊を思い切って縮小したりすることも国家生存の道の一つである。軍隊のために国家が破綻してしまえば元も子もない。

経済力が大きい、つまり自国経済が繁栄していればその分だけ税収も増え、予算も潤沢なものになる。
如何に軍事国家を目指したところで、どのようなことがあっても全てを軍事予算と変えることは出来ないし、また予算総額がそもそも少なければ出せない。無い袖は振れない。

経済力があるということはいざというときの選択肢も増えるし、増減も許される限り許容される。
このように国の予算は多いに越したことはない。

だが経済力がない国では、どうにかしたくてもどうしようもない。
そうした国では軍隊の規模をやむを得ず最低限に留めるか、常設軍を廃止するか(コスタリカが一例)、その他を圧迫するかしかない。
理想としては軍事予算の縮小が求められるが、周辺が敵国であり少しでも緩めばたちまちに占領されてしまう恐れがある場合、軍人の年俸や社会福祉予算などを削る他はない。それだけでも長期的に見れば国力の衰退を招くだけだが、それでも足りない場合は整備物品にも困窮し、最終的に軍が破綻するか国家が破綻するかという所にまで来てしまう。

身近な例では北朝鮮がある。
特殊部隊などを含め陸軍は百万人規模という数値だが、陸海空いずれの面でも装備品は二級以下である。
またそのほとんども経済力が無いために稼働率は低く、予算を軍事が圧迫しているため国民の大多数が貧困生活を送っている。
だが現状として質にシフトするような予算は存在せず、また規模を縮小しようにも数でまかなっている状況でこれを減らせば即座に攻撃されてしまうだろう。
核兵器は一応保有しているとされるが、実態は不明の上、弾道ミサイルに搭載できないと言われている。故に核兵器の抑止力だけでこの規模を減らすことは不可能と言える(実際には軍の体制などの複雑な関係が入り乱れているため、これらだけを理由とは出来ない)
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宗教


宗教と言うものは一見関係ないように思えるが、冗談抜きに「戦うことを禁ずる」などとした宗教の国があり、それが厳格に守られていればその国に軍隊が存在できるかわからない。また宗教の中には原理主義や過激派などと呼ばれるように、妄信あるいは狂信することにより高度に洗脳された兵士を生み出す恐れもある。
しかし一般に原理主義あるいは過激派などと呼ばれる者達はその他大多数の一般信者の支持を必ずしも受けるわけではなく、また戦闘行動(革命行動)が目的となってしまい、その宗教の原理を拡大解釈あるいは無視するようなこともある。
そしてこのような宗教の性質を利用し、若いうちから洗脳するなどで宗教を軍事的な手段として用いる道具扱いすることもまたよくあることだ。

宗教にはこのような洗脳としての手段、あるいは民族自決の為の旗印とすること以外にも、軍事的に関わってくる。

現在でこそ表向きにはあまり言わないが、そもそも王権神授説などのように、神の権威を受けると言うことはその行動を正当化させるということだ。
軍隊の行動、あるいは国家の行動とは人間が関わっており、そして人間には正当性という後ろ盾があってこそ行動が出来る。
「神軍」などという言葉があるように、神の権威の下にその行動を正当化するということは、現在の先進国でも見受けられることである。
つまり、軍という一種の暴力集団が暴力を行うとき、その正当化の手段として「神の名の下に」という言葉を用いるのだ。

特に古代から中世にかけては十字軍や、王権神授説に基づいた王国軍=神軍というものが見られる。
近現代では、日本軍の神風のように軍国主義の一環、あるいは精神論として用いられた例がある。
最近では俗に言うイスラム原理主義などがあるが、多くはゲリラ、テロリストが正当化する手段としてそう名乗っているだけであり、イスラム教の原理には基づいていない。
また近現代では政教分離の原則により、宗教の利害関係が国家方針を動かすようなことはまず先進国ではない。

政教分離とは政治と宗教とを切り離す考え方だが、これは多くの宗教戦争の反省から国益などにそぐわないような戦争までしてしまったことからのもので、宗教が政治に関わることがすなわち戦争行動に結びつくものではない。
現代の先進国でも、普通に「神」という言葉が用いられる。(政策などで用いられることはないが、一般的な話の場で「神に祈る」などはしばしば見受けられる)
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地勢


地政学という学問があるように、国が属する地域性や風土というのは非常に重要なものとなる。
例えば資源も無く、戦略拠点とはなり得ないような絶海の小さな孤島の場合、わざわざ占領する価値は無い。例えばオーストラリア領マクドナルド諸島などは単なる自然保護地区で、戦略価値は皆無といっていい。
逆に戦略拠点となるような場所でしかも豊富な資源があった場合、占領するメリットは有り余るほどある。日本列島は西太平洋及び東北アジアに対して非常に重要な戦略価値を持ち、特に沖縄は要石とされる。資源のない国と言われるが硫黄やヨウ素、天然ガス、石炭、亜鉛、銅など各種鉱物資源を産出しているほか、世界有数の工業や教育を施された国民など、人的・経済的資源に恵まれている。
近年では冷戦の最前線。最近ではアメリカの打ち出した不安定の弧では、英国と同じく最も重要な戦略拠点と見なしていることなどからも、世界的にも有数のメリットが存在する(あくまで地勢からの判断で、実際の政治状況は問わない)

もし絶海の孤島だったならば、軍隊というものはほとんど必要ないと考えられる。
なぜならば周辺に敵国がなく、また敵国でなくとも隣国が非常に攻めにくいということであれば、敵国に対抗できる以上の戦力を保持することは非合理的だからである。
例えばアイスランドは周辺を海に囲まれ、また周辺諸国に現在の所は敵国となるような国家が存在しない。
準軍事組織は保有しているが常設軍はなく、しかし北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、PKO派遣なども行っている。
確かにNATOに加盟しているということは大きいが、その他の国が欧州連合(EU)あるいはNATOに加盟していることから、アイスランドを侵略するなどということは事実上、NATOに加盟していなかったとしても不可能に近い。
だがもしアイスランドが他国と陸地で国境を接していれば、相応の安全保障として軍隊を保持する必要性がある。海とは天然の要塞であり、あるかないかでは国防に非常に大きく関わってくる。

つまりは、周辺の国家の存在・自国の立地が大きく軍隊の規模に関わってくると言える。
国境を陸で接する国の方が、海で接する国よりも国境警備には力を入れなければならない。
周辺が敵国ばかりの国と、周辺が友好国あるいは非敵対国の国とでは、やはり前者の方が軍事力を上げなければならない。
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輸出入




同盟国




兵力あたりの絶対防衛力



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