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開目抄  文永9年2月 51歳御作

正義の光を!万人の生命よ輝け!

「御書根本」の戦いで、社会・キャンパスに英知の陣列を拡大する学生部。本年は、年間拝読御書として「開目抄」を学んでいく。日蓮大聖人が、御本仏としての大師子吼をしたためられた開目抄。池田名誉会長は、「大白蓮華」で連載中の「開目抄講義」の冒頭で語っている。「宗教は人間性の柱です」「哲学は人生の骨格です」「私どもの願いは、21世紀を『民衆の勝利』『青年の勝利』そして『人間の勝利』の世紀にしたい――この一点にあります。世界は、いよいよ人間主義の宗教を待望しています。その新時代を開く要として、また、大切な会員の糧として、大聖人の大師子吼であられる『開目抄』の講義を開始することにしました」第1回の今回は、開目抄の背景、題号の意義、大意などを研鑚する。

背景

 開目抄は、文永9年(1272年)2月、日蓮大聖人が51歳の時、佐渡流罪中に執筆された御書です。門下一同に与えられた御書ですが、具体的には四条金吾のもとに送られました。
 本抄は、日蓮大聖人こそが末法の御本仏、すなわち「人本尊」であることを明らかにされた「人本尊開顕の書」です。翌年の文永10年4月には、「法本尊開顕の書」である「観心本尊抄」が著されています。

大難は「喜悦」「風の前の塵」

 大聖人は、文永8年9月12日、竜の口の法難にあわれ、それに続いて佐渡に流罪されました。「開目抄」の御執筆は、御生涯における最大の難の渦中のことでした。
 当時の佐渡は「彼の国へ趣く者は死は多く生は稀なり」(御書1052ページ)と仰せのように、まさに「死地」でした。
 とりわけ初めの約半年間の住まいとされた塚原の三昧堂は、死人を葬る原の中にある一間四面の荒れ果てた狭い堂です。
 屋根は板と板が合わず、堂の中には雪や雨が入り込んできました。壁も破れて、冷たい風が容赦なく吹き抜けるありさまです。
 このようなあばら家で、大聖人は飢えをしのぎ、命をつけ狙う念仏者らの迫害にも耐え抜かれました。
 「筆端に載せ難く候」(同956ページ)、「現身に餓鬼道を経・寒地獄に堕ちぬ」(同1052ページ)と仰せのごとく、筆舌に尽くせぬ艱難の生活のなかで、壮絶な精神闘争を続けられたのです。
 紙も筆も乏しい厳寒の三昧堂で著された本抄は、大聖人自らが「かたみ」(同223ページ)の書と仰せになられています。そして、現在の400字詰め原稿用紙で、100余枚に相当する著述を、文永8年11月から翌文永9年2月の間で構想・執筆されたのです。
 大聖人は、高々と叫ばれます。「当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし」(同ページ)。また、「流人なれども喜悦はかりなし」(同1360ページ)と。
 いかなる迫害や弾圧も、広大無辺で自在な、大聖人の王者の御境涯からみれば、「風の前の塵」(同232ページ)であったのです。
     ◇
 末法は「白法隠没」と言われる時代です。正法が隠没し、邪智が深まる時代なのです。この末法に妙法を行ずることは、大変に困難なことです。
 そのため、大聖人は、開目抄のなかで、二つの重要な法理について強調されます。それが、「五重の相対」と「誓願」です。
 まず、「五重の相対」を通し、末法における正法を明確にされます。
 さらに、「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同232ページ)などの御文を通し、「誓願」の力を訴えられるのです。
 この二つの法理については、次回以降で詳細に研鑚していきます。

“わが発迹顕本”

 また、大聖人は、本抄御執筆の動機について、「日蓮の不思議を留めておこうと思い、開目抄を構想した」(同919ページ、通解)と「種種御振舞御書」のなかで仰せになられています。
 竜の口の法難の際に示された「発迹顕本」の甚深の意義を留めるために、本抄を御述作されたと拝せられます。
 池田名誉会長は「開目抄講義」で、「大聖人は相次ぐ大難を乗り越えられ、障魔を打ち破る激闘のなかで、発迹顕本という『生命根本の勝利』を勝ち取られたのです」と述べています。
 そして、「私たちも、いかなる障魔も恐れず、勇気ある信心を貫けば、何があっても無明を破り、法性を顕す自分自身を確立することができる。それが、私たちの発迹顕本です」と講義しています。
 大聖人が大難を打ち破って「生命根本の勝利」を示されたことにより、万人が成仏する道が開かれたのです。

題号の意義

 「開目抄」という題号は、大聖人の命名によるものです。
 御真筆は、本文をしたためられた65枚の和紙と大聖人ご自身が表紙として書かれた「開目」との和紙1枚、計66枚から成っていたと拝されます。
 池田名誉会長は「開目抄講義」で、「『開目抄』全編の主題は、『開目』というこの題号に尽きている」とし、次のように述べています。
 「『開目』とは、文字通り『目を開く』ことです。また、『目を開け』という大聖人の呼びかけと拝することもできる」
 「閉ざされた心の目を、どう開いていくのか。無明の闇を、いかなる光明で照らしていくのか。その解決の道を開かれたのが、末法の御本仏・日蓮大聖人であられます」
 さらに、「大聖人に目を開け」との呼びかけが、実は「人間・民衆への深い信頼」の上に成り立っているとしています。
 大聖人が生命を賭して確立された凡夫の成仏の道を、万人にも勧められている開目抄。
 まさに、最高の「人間尊敬」のメッセージが、本抄には込められているのです。

本抄の大意

 開目抄は、末法の人本尊について顕された御書です。末法に出現された日蓮大聖人こそが、主師親の三徳を具備された仏であることを立証されているのです。
 本抄は、大きく「標」「釈」「結」の3段に分けられます。
 初めに一切衆生が尊敬すべき主師親がテーマであることを「標」し、続いて儒家・外道・内道における主師親を「釈」し、最後に日蓮大聖人こそが末法の一切衆生を救う主師親であると「結」ばれています。

思想の浅深を判ずる五重の相対

 本抄は「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり」(御書186ページ)との一節から始まります。これは人々が尊ぶべきものとして主師親の三徳を示されています。
 続いて、儒家・外道・内道で三徳を具えた人物として尊敬されている人の教えを釈されていきます。
 ただし、大聖人は儒外内の教義を単に解釈されているだけではなく、諸思想および一代聖教の浅深を判じ、法華経本門寿量品の文底に秘沈されている一念三千こそが成仏の法であることを示していかれます。その際、「五重の相対」という教判を用いながら、諸思想を比較されます。
 そして、日本の諸宗が、正法に背いていることを指摘し、大聖人がただ一人、法華経の行者として立ち上がり、多くの難を受けてこられたことを述べます。


疑問を検証し大確信を述べる

 本抄の後半では、世間や門下からの“大聖人が法華経の行者であるならば、なぜ諸天善神の加護がないのか”という疑問に答えられていきます。
 まず、法華経の内容に即して二乗・菩薩・天人が法華経に大恩あることを示し、“彼らが守護の働きを現さないのは日蓮大聖人が法華経の行者ではないからか”との疑いを強めていかれます。
 そのうえで、宝塔品の六難九易、提婆達多品の悪人成仏と女人成仏、そして勧持品の三類の強敵を考察し、法華経の行者が難を受けるのは経文に説かれている通りであることを論証されます。
 また、「日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ」(同223ページ)と仰せになり、竜の口の法難によって発迹顕本したことを示されます。
 それらのうえで、あらゆる疑問を突き抜けて、「我日本の柱とならむ……」(同232ページ)と仰せになり、不惜身命の決意をもって末法の衆生を救済するとの御本仏としての大誓願を示されます。
 そして、妙法受持の功徳(転重軽受と成仏)と折伏の意義(破折と慈悲)を教えられて不退転の信心を勧められます。
 最後に、「日蓮は日本国の諸人にしうし父母(主師親)なり」(同237ページ)と叫ばれ、大聖人こそ万人を救済する末法の主師親であることを示し、本抄を「結」ばれています。