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学園栄光区  上野 慎


  聖職者というのは、人々を導き教える聖職に従事している僧侶、神官、牧師等を指す。昔から宗教に関係なく、聖職者というのは人々から尊敬される一方で、民衆から厳しく監視されてきた。古今東西の民衆は聖職者の腐敗を厳しく見抜き、メディアや芸術などの様々な方法を通して怒りを表現している。

日本でも聖職者のスキャンダルをよく耳にする。数年前にはオウム真理教の麻原代表や、法の華三法行の福原代表が宗教を利用した犯罪を犯し、逮捕されている。また最近の日本では、葬式の時に僧侶に払う布施の金額が議論の的となっている。いつの時代からか日本の庶民は、葬式の費用だけでも膨大な金額を支払うのに、僧侶からも高額料金を請求され苦しんでいる。宗教は本来民衆を幸せに導くものであるが、その宗教のリーダー=聖職者によって人々が不幸になっている。この深刻な重病が蔓延している現代社会を理解しながら、聖職者を考察したい。

日本人は宗教に無知である。現代社会に存在する諸々の宗教がどのような歴史を持っているかを明確に理解している人間などそうはいない。よく言われることだが、生まれたときは神社へお参りに行き、結婚式はキリスト教式に教会で行い、葬式は仏教に基づき寺院を使う。日本人という民族はそういった民族である。日本には神道と仏教が錯綜し、世界の宗教を漠然と受け入れてきた文化がある。そんな日本の民衆に対して、民衆が宗教に無知なのを良いことに、か弱い民衆を騙し続け、利用し続けてきたのが日本の宗教界である。「坊主マル儲け」とは良く言ったもので、昔から聖職者というのは庶民から金に執着た汚い人間として見られてきた。昨今の宗教に対する民衆の不信は、突如としてわき起こったものではなく、長い歴史の中で培われた必然の思いなのである。

人々の宗教離れが進んでいる現在、民衆から見放されないように各宗教界は、真剣に教義の意義付けをしている。さんざん庶民を騙して栄えてきた宗教界にすると、宗教離れの現状は大問題なのである。さらに現代日本の宗教界は後継者不足にも真剣に悩まされている。若者が宗教から離れてしまっているため、未来を担う若者が育たない。長年、一心不乱に寺や神社の繁栄に奮闘してきた聖職者は、その繁栄を保つことの出来ない不安に日々怯えている。

 いいかげんな宗教が蔓延するとどうなるのか?その答えは、鎌倉時代の大僧侶日蓮が教えてくれる。日蓮は「立正安国論」の中で、「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る」と述べられている。鬼神とは思想の事、すなわち宗教のことである。

 現代社会は、天災、疫病、犯罪の多発した社会である。このような社会が正常な社会であるはずがない。
人々に正しい思想を教えられない聖職者は詐欺師である。人々が正しい思想を持ち、誤った思想を見抜く力を持つことが世界平和につながるのである。人々を導く真のリーダーを現代は必要としている。