いつからともなく、流れた噂。


「ねぇ、知ってる?満月の夜、裏々山のほこらに行くとね・・・・・・



 ・・・好きな人と契りを交わすことができるんですって。」




□□□□□□□

月光シンドローム

□□□□□□□


満月の夜、少女は一人、身支度をする。
そうっと、長屋を抜け出して。

高い塀を乗り越え、目指すは。

(裏々山────────。)


夜道は危険だ。よっぽどの理由がない限り、こんな夜中に外に、ましてや裏々山に行こうなんて
思わないだろう。

(噂が、本当だとしたら)

少女は、ハッ、ハッと息を切らせながら、山を駆け上がる。

(きっと、あの方に抱いてもらえるんだわ)

涙をにじませながら、走る。満月が道を照らしてくれているおかげで、暗闇の中を進むより
幾分か楽だ。

『満月の夜、裏々山のほこらに現れる「狐」にお願いするのよ。』

そうすれば、想い人に抱いてもらえる。

忍術学園のくのいち教室には、恋にまつわるいろんな噂が伝わっている。
その中でも、この噂は、最近になって初めて聞いたものだった。

噂の真偽は不明だが、それでも、今はただ、その噂に懸けるしかなかった。
真夜中に裏々山に行くという危険を冒しても、だ。


『ごめん・・・・・・・。私には、好きな人がいるんだ。
 君の気持ちには、応えられない────・・。』

彼の言葉が頭をガンガンと打ちつけて、やまない。


ずっと、ずっと慕っていた。
思い切って、気持ちを伝えた。

──・・彼には、想い人がいた。


文章にすると、なんて簡単に表せてしまうのだろう。今までの日々が、
たった三言で表せてしまうなんて。
(くやしい・・・・・・・っ)

唇を噛み締め、彼の言葉を振り切るように全速力で駆け上がる。
木々を抜けると、ほこらが見えた。
「ここ・・・・なのかな・・・・・・・。」

確かめるように呟くと、恐る恐るほこらに近づく。

(「狐」なんて・・・・・・いるのかしら。)
目をこらして、ほこらの中をのぞきこむと、ふいに人の気配がした。

「───・・こんな夜中に、一人で来たのかい?」
「ひゃぁっ!!!!!」

思わず声をあげて振り返る。
「き・・・・・・・・狐・・・・・・・・!!!!????」

そこには、狐────────・・・
ではなくて、狐の面をかぶった少年がたたずんでいた。

(人間・・・・・?てゆうか、忍・・・・・・?)

月の光に照らされて、何色かはわからないが忍装束を着ている。

(狐、って、彼のことだったのね。)
彼が誰なのか、人間なのか、はたまた化身なのか、そんなことはどうでもよかった。

「狐さん。」
「・・・・・・・・・・・・・何かな?」
「・・・・・あなたに、お願いすればいいのよね?」
「────────・・・・。」

はぁ、とため息をついて、理解したといったように狐の少年が肩をすくめた。

「やれやれ、君もか。」
面倒くさそうにもう一度ため息つく。面は、はずす気はないようだ。

「それで、誰がいいんだ?どうせ六年生だろう?」
もう飽きたよ、と、つまらなさそうに吐き捨てる。この発言から、この少年がどうやら忍術学園の生徒であることは
確かなのだが、彼女には、少年の正体は興味がないようだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一刻、黙りこくったまま、少年と対峙する。

そして、ギリッと噛み締めた唇をほどくと、少女は、鈴の音の鳴くような声で、呟いた。

「・・・・・・・・久々知兵助先輩・・・・・・・五年生の────・・。」
やっと、想い人の名を告げると、彼女はハラハラと涙を落とした。


「・・・・・・・・・・・・へぇ、こりゃ意外だね。兵助とは。」


少し驚いたような声をあげたものの、いいだろうと快く少年は承諾した。

「本当なの?狐さん。本当に、久々知先輩に抱いてもらえるの?」
すがるように、少年に詰め寄る。

「約束を守れば、だよ。いいかい?
 ・・・今日の事は絶対に誰にも言わないこと、これが一つ目の約束だ。」
「ええ、絶対、ぜったいに言わないわ!」

「もう一つ。今から現れるのは、本当の久々知兵助じゃない。外見も、仕草も、それはもうソックリだけどな。
 だから、山を降りてからは、今夜の事は忘れるんだ、いいかい?もう一度お願いに来ることも駄目だ。」

「・・・・・・・・・・・・。わかってる。今日限りの夢だって。そう思うわ。」
こぼれそうな涙を飲み込むと、少女は、まっすぐ少年に向き直った。
一夜限りでも、夢でもいい。

大好きだった彼に、抱かれるのならば。

「そうかい。・・いい子だ。君は、本当に兵助の事が好きなんだね。」
フッ、と、狐の少年が優しい表情をしたような気がした。

「・・・・・・それじゃあ、後ろを向いて、三つ数えるんだ。三つ数えたら
 振り返ってごらん。そしたら、君の想い人がたってるはずだ。」
「うん、わかったわ。」

くるりと後ろをむく。

ドクン、ドクン、ドクンと胸の鼓動が早まるのを感じた。

「一・・・・・・・二・・・・・・・・。」

今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
初めて出会った日。初めて話した日。
彼の低くて甘い声、少し癖のある長い髪。
瞬きをするたびに揺れる、長い睫。



────すべてが大好きだった。

「・・・・・・・・・・・三。」

長い長い三秒間。ゆっくり、ゆっくり、振り返る。

「・・・・・・・・・・・・・・!!!!」



「久々知・・・・・・先輩・・・・・・・!!!!」



そこには、大好きな笑顔が、満月の光の下で、輝いていた。


□□□□□□□
時は流れ、くのいち教室の一角・・・・・。

「ねぇ、聞いた?あのウワサ。」
「どのウワサよ、今度は。」

教室の隅で、二人のくのいちがひそひそ話をしている。
なんとなく気になって、少女は、聞き耳をたててしまう。

「ほら、裏々山のキツネを見つけて、お願いすると、好きな人とむすばれるっていう!」
「ああ・・・・・・・なんか最近になって流行ってる・・・?」
「そう。あれ、本当らしいのよ。この前も、同級生のくのたまが真夜中に裏々山に向かってるのを見たって
 子がいるんだけどさ。」
「ふぅん・・・それで?」
「なんか、山を降りてきて以来、憑り付かれたみたいになってて。ずーっと山のほうを見て、
 生気がぬけたようになっちゃったみたいで。」
「で、どうなったの?大丈夫なの?その子?」
「それがさぁ、もう一度裏々山に行こうとして、その途中で山賊に誘拐されたかなんかで、
 今でも行方不明らしいのよ・・・・・・・・」
「うそ・・・・ほんとに?キツネの呪いとか!?てか怖・・・・っ!」
「でしょ────っ!学園でもトップシークレットなんだから、あんたも絶対いっちゃだめよ?」
「う、うん・・・わかったわ!」

(・・・・あらら。つい、全部聞いてしまったわ)

少女は読んでいた本をパタンと閉じると、机につっぷした。

(裏々山のキツネ・・・・・・・か。本当なのかしら?夜に裏々山まで行く勇気はないけど────でも。
 あの人と両思いになれるんだったら────。)

そう考えながら、読んでいた本の裏表紙をめくる。
本の貸し出しカードが挟まっている。
(今日はいるのかな・・・・先輩・・・・・・。)
貸し出しカードに記された、自分の名前の上には、「不破 雷蔵」の文字。
いとしそうに彼の名前をなぞると、少女は、机から立ち上がり、図書室へと向かった。

「図書室」と札の掲げられた部屋の引き戸をひく。
すこし埃っぽいけれど、なんだか落ち着く、本のにおい。

「やぁ、くると思ってたよ」
(・・・・・・・・・・!)

優しい声が、本棚の奥から聞こえてきて。
「あ・・・・・・不破せんぱい・・・・・・・?」

ひょっこりと、棚の影から顔を出してきたのは、五年ろ組の図書委員、不破雷蔵。
「今日が貸し出し期限だったでしょ?期限を破ることなんてキミはしないから、今日くると思ってた
 んだ。」
亜麻色の髪をふわりとゆらして、雷蔵が微笑む。
「あ・・・・・・」
うまく言葉が出ない。こんな風に話しかけてもらうのが、嬉しくて嬉しくて、心臓がくるしい。

「よく本を借りに来てるの見かけるから・・・・。あ、ごめんね、急に話しかけて・・・」
「い、いいえっ、そんな!!!!」

ずっと、ずっと憧れていたのだ。目の前にいる彼の名前を知った時、心が躍ったのを覚えている。

□□□□□□

────彼女は、本が大好きだった。
週に数冊は本を借りるのだが、その本の貸し出しカードの欄には、必ず「不破 雷蔵」の名前が
記されていた。

(あ、また不破って人の名前がある・・・・・・・・。)
(どんな人なのかしら・・・。わたしと本の趣味が似てるんだろうなぁ・・・・・。)

なんとなく気になりつつも、その名前の主が何年生なのかもわからないまま、数か月がすぎて。
ある日、いつものように図書室に向かい、目当ての本を抱え、貸し出し手続きをしている時だった。
目の前の図書委員は少女を見て、少し含みのある笑顔でこう言ったのだった。

「・・・・・・和歌、好きなんだね。俺も好きなんだよ」
「え・・・・・・・?」

菫色の制服に身を包んだ上級生。そういえば、いつも手続きをしてくれる図書委員の先輩だった。
突然話かけられて、おもわず返事につまっていたその時。

「あ、不破先輩────!未返却本、回収してきたんスけどぉ~~!」
入り口から聞こえてきたのは、一年生の図書委員、きり丸の声だった。
「・・ああ、今行く」

はい、と本を差し出し、「キミとは趣味が合いそうだな」と口元を綻ばせて呟いた彼は、呼ばれた
方向へと気だるそうに歩いていく。
(不破・・・・・・・・・・って、もしかして・・・・?)

少女は呆然と、彼の背中を見つめる。
のちに、顔見知りの一年生のきり丸を捕まえて問いただすと、「不破雷蔵」は確かに先ほどの図書委員の彼
だということが判明した。

それ以来、図書室に向かうのが彼女の日課になっていた。
図書委員は当番制なのか、毎日彼がいるとは限らない。かといって、きり丸に不破雷蔵が当番の日を
聞く勇気もない(・・・・・・というか、そんなこと聞いたら必ず報酬を求められるだろう)。
彼がいない日は閉館まで本を読み、彼のいる日は、必ず本を借りに行き、話すキッカケをさぐっていた。

だが、意中の彼は、貸し出し手続きにも笑顔で応じてくれるが、あれ以来話しかけてくる様子もなかった。

今日こそは自分から話しかけようと何度も何度もシミュレーションを繰り返していたのだが、いざ
あの笑顔の前にたつと、何故か足がすくんでしまって、何も話せなくなってしまうのだ。

───そんな事を何度か繰り返していて、今に至る。

「すごい読書家なんだね。キミって。毎日来てるのかい?」
小首をかしげて、ニッコリと笑う彼。言葉を交わすのは、2か月ぶり、二度目だった。

「は・・・・・・はい、わ、わたし・・・本が・・・す、好きなんです」
(なななな、何どもってんのよわたし!!せっかく不破先輩が話しかけてくれたのに!
 あれだけ、何を話すかずっと考えてたのに!)
心とは裏腹に、あまりの緊張で言葉がうまく出てこない。

「あはは、知ってる。くの一教室の子で、こんなに図書室に通いつめているのって、
 きっと君くらいだもの」
「えっ?」
(そ、それって、先輩、ずっと私のこと知ってたってこと・・・?先輩目当てで来てるの、バレてたらどうしよ・・・・)

手に抱えた本で顔を隠すようにしながら、雷蔵を見上げると、目が合った。
フワリと優しく微笑まれて、顔に血がのぼっていくのを感じた。

「和歌が好きなんだね。」
「え、あ、ハイ!」
「えっと───・・『月読みの光に来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに』、だっけ?」
「・・・・・・・・あ、湯原王の歌・・・。」
雷蔵が口にした和歌は、志貴皇子の御子たる湯原王の月見の宴での歌である。
「へぇ、よく知ってるんだねぇ。」
驚いた様子で、目を輝かせる。

「最近友人に教えてもらって覚えた歌だけどね。秋のお月様は綺麗だし、こういう恋の歌って好きだなぁ。」
そういって照れくさそうに微笑む彼の姿がまた愛らしい。
「あ・・・・・・・!ごめんね、いきなり話しかけた上に、僕ばっかり話しちゃって・・・!!!
 そうそう、返却手続きしなきゃだよね!ごめん!」
何故か顔を紅潮させて慌てながら、雷蔵が少女の手にする本を受け取る。
「あ、ありがとうございます・・・。」
そそくさと事務手続きにうつる雷蔵をみて、少女は肩を落とした。
(あーあ・・。もっと・・・話したかったな・・・。)
せっかく雷蔵から話しかけてくれたのに、一言も気のきいた事をいえなかった。
好きな人の前では、どうも臆病になってしまう。

「あ、あのさ──────・・・」
うつむき泣きそうになっている少女に、雷蔵が声をかけた。
「───・・はい?」
「えっと・・・僕・・不破雷蔵っていうんだ。あの・・・多分毎週水曜にはいるから・・・
 その・・・・」
そこまで言うと、雷蔵は真っ赤になって声をつまらせた。
「え───?」
感染ったように、少女の顔にも血がのぼる。
「えっと・・その、また、来てくれるかな?──────水曜日に。」
「!!!!!」
瞬間、少女は頭の中で『いいとも!』と叫んだのだった。

意中の相手に、彼の真意は不明だとしても、『自分のいる時においで』と誘われてしまった。

(どうしよう─────────・・夢みたい。)
その後、自分がどうやって図書室を出てくのたま長屋に帰って来たかはあまり覚えていない。
ただただ、幸せだった。
初めて会った二ヶ月前の時とは、どことなく雰囲気が──よく言い表せないが─違っていたが、
それでも、自分がイメージに抱いていたとおりの優しい男であった。
(早く、一週間たたないかしら・・・!!!次こそは、ちゃんとお話しなくちゃ・・!)

□□□□□□


「ねぇ、三郎。三郎、好きな子がいるっていってたよね?ほら、下級生の子だって。」
「ん?ああ、まあな。それがどうかしたか?」

所変わって、ここは忍たま長屋、上級生の長屋である。
不破雷蔵は、同室の親友───、鉢屋三郎に浮き足だった様子で声をかけた。
三郎に想い人がいる、というのは、最近になって本人から聞いた話だ。
もっとも、彼もそれ以上話そうとしないし、あまり突っ込むのも下世話かと思い、それっきりに
していたのだが───。

「わ、わたしも・・・・実は、ちょっと気になる子がいてさ・・・・・」

最近よく図書室でみかける少女を心に浮かべながら、顔を赤らめて雷蔵が告白をする。
今日声をかけた少女──、それは、最近雷蔵がずっと気になっていた相手だったのだ。


「なっ!!!!!マジかよ雷蔵!!!」
三郎は嬉しそうに飛び起きると、目を輝かせて雷蔵の顔をのぞきこむ。

「誰だよ、その女!あんまり変な女だと俺が承知しないけどな、とりあえずお前が
 好きになった女なら全力で応援するから!言ってみろよ?」
押し倒されんばかりの勢いで肩をつかまれ、自分と同じ顔が興奮した様子で顔をのぞきこんでくる。
「え、う、うん・・・・・・。た、竹谷と久々知にはまだ言わないでね?竹谷とか特に───。
すっごく喜んでくれると思うけど、顔に出るほうだからさ。」
「わかってるわかってるって!この大親友、鉢屋三郎を信じろって!で!?どんな女だよ?俺の知ってる子か!?」
「え・・・・ええっとね・・。図書室にいつも来てる子なんだけどさ・・・・・。くのいち教室の・・」

恥ずかしそうに雷蔵がポツリポツリと彼女の特徴を挙げていく。

(ちょっと待て・・・・・その娘って・・・・・)
ヒヤリ、と背筋に冷たい水が伝うよな感覚。


「─────・・・・・・三郎?」
「・・・・・・・え」
「ど、どうかした?もしかして、彼女のこと、知ってたりする!?」
「え、いや、いやいや、知らないな。」
「なんだ、そっか。」

雷蔵の言う、「気になる子」はまさしく、三郎がずっと想いを寄せていた娘だったのだ。
きっと、雷蔵よりもずっと──・・ずっと前から。

「それでさ、彼女、すごく本が好きな子なんだ。おとなしい子だけど、なんてゆうか
 少し大人びてて・・・・・・・。・・・って、・・・・三郎?」
「あ・・・・・・・・・・」
ハッと、我にかえり、あわてて、表情を作ってごまかす。
「わ、悪い、なんか疲れててボーッとしてた。彼女の事、俺は知らないけどさ、お前が
好きになった女なら間違いない・・・・・・・間違いなくイイ子だと思うしさ・・・・・
俺は・・・・・・応援、するよ」
「・・・・・・・・・・・・・う、うん?ありがと」
「あーっ、ヤベ、腹痛くなってきた。ごめん、また明日聞かせてな、おやすみ。」
そういって三郎は自分の布団にもぐりこむ。

「え、だ、大丈夫?三郎・・・・あらら、寝ちゃった。」
スヤスヤと早速寝息をたてる三郎の布団を綺麗に整えてやると、ハァ、とため息をひとつ。
(三郎には、一番に聞いてほしかったんだけどなぁ。)
そう思いながら、障子を開けると、仄かに月の光が入ってきた。

────月。

『・・・三郎は、月みたいだね────』
いつか、親友にそう言ったような気がする。

その彼が、自分に、自分にだけ「好きな人が出来た」と教えてくれた。
それがどれほどうれしかったか。
決して自分の内面は見せなかった三郎が、初めて自分のことを教えてくれた。

(だから、僕も、一番に三郎に聞いてほしかったんだよ?好きな子ができたこと。)
振り返ると、スヤスヤと寝息をたてる親友の顔が月明かりを浴びていた。

□□□□□□
(雷蔵・・・まぶしいから・・・早く障子しめてくれよ・・・)

月明かりが煌々と自分の顔を照らして、寝付けない。
寝入ったふりをして、雷蔵から逃げてしまった。
せっかく、親友が、真っ先に自分に報告してくれたのに。
奥手で、純粋な雷蔵が、初めてこうして人を好きになったと言っているのに。

────心の底から、喜んであげられない自分が憎くてしょうがない。

(あーあ・・・・なんでこうなるんだよ・・・・・・)
布団を頭からかぶり、ぎゅうっと目を瞑る。

『三郎は、月みたいだね────』
ふと、いつの日にか親友にそう言われたのを思い出した。
二年ほど前・・・だろうか。記憶が鮮明に蘇ってくる。

『はは、なんだよそれ。』
確か、満月の日だった。真似るように、窓枠に腕をのせて、月を見上げて。
『だって、決して裏側は見せないでしょ?だから、月。』
『・・・・・・・・・。』
そう言って笑った雷蔵の顔は、少し寂しそうだったのを覚えている。

(・・・・そういえば、雷蔵にも素顔、見せてなかったんだっけ。)
一瞬、罪悪感のようなものがチクリとささった気がした。その棘をはらうように
三郎は、軽く息を吸って、吐いて。笑顔をむけた。

『じゃあ、雷蔵は太陽だ。』
『ええ?どうして?』
キョトン、と雷蔵が大きな目をこちらにむける。
それには応えず、三郎はかわすように微笑むと、そらを仰いだ。

(だって、月が輝いてられるのは、太陽のおかげだろ?)
心の中で、そう呟いて。

その一件以来、満月の晩が好きになった。
満月の晩には、よく一人で自主トレもかねて裏々山に月見に来ていた。
そして月日は経ち、一年前の満月の晩──。

変装の練習をしている所を、どこの誰だか知らない女に目撃されてしまった。
女は、ちょうど変装していた、六年生のある生徒の事をずっと想っていたようで──・・・。
三郎に変装したまま一度だけ抱いてほしいと、とんでもない事を頼んできたのだ。

根っからの悪戯性と性欲に負け、一夜限りの思い出として、女の相手をした。
それ以来、次から次へと年頃の女が山へ尋ねてくるようになったのだ───。

──「裏々山のキツネ」の噂。
──その正体は、紛れもなく、鉢屋三郎のことであった。

最初はタダで女が抱けるし、変装の練習にもなるしで、喜んで相手をしていた。
だがしかし、一ヶ月前の満月の夜。
同級生に思いを寄せる娘を抱いて以来、三郎は何ともやりきれない気分を味わい続けていた。

同じ5年生、久々知兵助の事を、心の底から愛していた少女。
───・・彼女は、あれ以来行方不明だ。

───自分があんなことしたから。
───余計、兵助の事を忘れられなくなってしまったんじゃないか。

だから、もう一度、山へ来たら夢の続きから見られると思って、あろうことか新月の夜に
飛び出してしまったんじゃないか。
三郎は、満月の日にしか山には登らない。三郎ほどの忍たまでさえ、裏々山へは
十分に光りの指す満月の日にしか登らないのだ。それなのに、新月───月の出ない日に山へ登るなんて。
      • どれだけ思いつめていたのだろう。
あれから、一月たった今も、彼女の行方はわからない。
山賊にさらわれたとか、崖から落ちたんじゃないか、狐の呪いじゃないかと
いろんな憶測が飛び交っていた。

兵助は、自分にも、他の仲間にも何も言わなかった。彼女と知り合いだった事さえ、
彼女に愛されていた事さえ、仲間は知らない。
ただ、彼女の失踪以来、いつも夜中に抜け出しては、朝、ボロボロになって帰ってくる。
「訓練だ」・・・・・・・そういつも言っているが、
きっと、行方不明になったその少女を毎晩探しているのであろう。
兵助は責任感の強い男だ。こうなったのは自分が少女の想いに応えなかったらから・・。
きっと、そう考えているのではないか。

(・・・・・・・・・俺の・・せいなのにな・・)
普段、どんな悪戯をしたってあまり「悪い」と思うことはなかった。
それはきっと、他人の仮面をかぶっているからだろうか。
大切な人を傷つけて、初めて気がつく。自分がいかに卑怯者であるかということを。
「すまない・・・・・・兵助・・・・許してくれ・・・・。」

いつからだろう?自分の顔を捨てたのは。
いつからだろう?仮面をかぶらなくては、人と向き合えなくなったのは。

『三郎は────。・・・月みたいだね』

雷蔵の言葉を思い出す。この彼の言葉が、三郎を救うのだ。
裏側は見せなくてもいい──、そう、言ってくれている気がするから。
うっすら目を開けると、親友は背を向けて布団に入っていた。スヤスヤと静かな寝息が聞こえる。
「お前は、太陽だよ、・・・・・雷蔵」
小さく呟き、自重気味に笑う。
雷蔵がいなきゃ、ここまでやってこれなかった。あの笑顔に、何度助けられただろう。

大好きな親友を、守りたい。出来ることなら、ずっと。

─────────ダカラ、コノ恋ハ、アキラメナクテハイケナイ

(なぁ、雷蔵。やっぱ俺は、裏側を見せるべきじゃないんだよな。)
目を閉じると、つうっと涙が頬を伝った。
『月は、決して裏側を見せないから・・・・』
そう言った時の、雷蔵の寂しそうな顔が気になって。初めて、自分の「裏側」を見せた、半年前。

『・・・俺さ、好きな人ができたんだ。──下級生でさ。美人なんだよ』
そうやってサラリと軽く言うのが、せいいっぱいだった。初めて自分自身のことを自分から伝えた日。
「ほんとうかい・・・?三郎・・・・。」
親友は心底うれしそうに頬を紅潮させて、そして、一言つぶやいた。
「・・・・・・・ありがとう」

『教えてくれて、ありがとう』という意味だったのだろう。
あんなに、嬉しそうな雷蔵の顔を見たのは初めてだった。

───それなのに。




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