ひどい男だと、そう思った。
 ひどい男達だ、と言った方が正しいだろうか。
 それとも、ひどい大人たちの方が適切だろうか。
 どちらにせよ、なんにせよ、ともかく誰がどう聞いても、あまりにも非道な話だった。

 痛みを覚悟していた。
 引き裂かれる痛みを覚悟して歯を食いしばり、男に体を預けたクロルを貫いたのは、しかし予想に反して視界を白く焼くような快楽だった。
 体の奥が意思とは無関係に男を締め付け、震える唇から聞いたこともないような甘い嬌声が零れ落ちる。男に媚びるようなその声に自分が驚き、唖然として口を押さえたクロルの耳に、男は唇を寄せて楽しげに嗤った。
「いい声で鳴くじゃないかね。お嬢ちゃん」
「ひ……あ、あぁ……うあ……」
 最奥に留まったまま、柔らかな肉壁をえぐるように男が浅く腰を振る。ただそれだけの動きで声を抑えられないほどの快楽が腰を甘く痺れさせ、クロルは半ば恐怖に近い感情に駆られて男の肩にしがみ付いた。
「なに、したの……? これ、なに……なに……?」
「仕事だろう? おまえさんのな」
「ちが……っこ、んな……ぼく、し、知らない……こんな……あぁああぁ!」
「そうか……なるほど、今までのお相手は女の扱いを心得ていなかったと見える。我を失うほどの快楽は初めてかね。気を失うほど感じたこともないのだろうな」
 男が腰を大きく引き、体が跳ねるほど強く突き上げる。
 肉を打つ乾いた音がした。クロルは喉をそらせて悲鳴に近い嬌声を上げ、男から逃れようと反射的に腰を引く。しかし男はそれを許さず、クロルの腰を掴んで再び強く突き上げた。
「かはっ……ぁ、あぁ……ぁ……!」
 息が出来なかった。強すぎる快楽に視界が揺らぎ、犬のように舌を突き出したまま浅い呼吸を繰り返す。
「堕ちるには早すぎる。もう少しプロの気概というものを見せてもらいたいものだな」
「ぁめ、ま……ゆすらなぃ……で……! だめ、だめ、だめ、だめ……!」
 男が腰を揺らすたびに快楽が爪を立て、鈍い痛みと共にじりじりと這い登ってくるのを、クロルはどうすることもできず恐れて待つことしか出来なかった。
 歯を食いしばって喉を逸らし、濡れた唇をわななかせて弱弱しい嬌声をこぼしてかぶりを振る。
「だめ……だめ、ぇ……また、また、いッ――!」
 クロルが今まさに達しようというその寸前、男が唐突に腰を揺らすのを止めた。
 同時に息が詰まるような苦しさが喉までこみ上げ、クロルは歯を食いしばってその感覚をやり過ごす。
「……焦らされたことは?」
 訊かれて、クロルはわけも分からず首を振った。かき乱されたまま放逐された快楽をもてあまし、先の快楽を求めてうずく体に困惑することしか出来ない。
 ひどく苦しかった。救って欲しくて男にすがり、だがなんと言って何を求めればいいのかすらわからない。
「ない、か……なるほど。なんとまあ、まっさらなことだ。娼婦などと笑わせる。これではまるで社交界で拾った小娘だ」
「あ、ご、ごめ……ごめん、なさ……でも、でも……でも、ぼく、でも……」
「ああ、いや。責めているんじゃあないさ。ただ少々……いや、かなり予想外でな。罪悪感に心を痛めているところだ」
 男が長い舌を出し、クロルの頬を濡らす涙を舐め取った。
「だからといって、やめてやれるわけではないのだがな」
 苦笑いして、男は再び大きく腰をゆすり上げた。硬く張り詰めた肉の塊で狭い胎内を無遠慮にこすり上げられるたび、引きかけた快楽の波がより大きく押し寄せてきて、クロルは男の肩に爪を立てて身をよじる。
 その鎖骨に、男は唇を落として白い肌に鮮やかな赤い痕を刻み込んだ。痛いほど充血して立ち上がった乳首にやわやわと歯を立て、舌先でくすぐるように舐めあげる。嫌がって暴れるクロルの体を細い腕で押さえつけ、男は何度も叩きつけるように貫いた。
「そう締め上げられると、さすがにそろそろ私もつらいな」
「あ……や、やだ……だめ、だめだ、だめ、なか……は、やっ……」
「精液の話か? つまらん保身だな。避妊具なしでここまですれば、妊娠の確立はそう変わらん」
 嗤って、男は少し息を弾ませながら、クロルの肩に顔をうずめて強く腰を抱き寄せた。
「やだ、やだやだや、やだ、やだぁ! お願い、おねがいやだ、やだ……! おねがい、おねがい、おねがい……!」
「悪いが、もう遅い」
 瞬間、熱い液体が吐き出されるのを胎内に感じ、クロルははじける様に背を逸らせてガクガクと体を震わせた。
 クロルの医師に関係なく体は貪欲に男を締め付け、最後の一滴まで搾り取ろうと収縮を繰り返す。
 焼けるような熱がじんわりとした暖かさへと変わり、クロルはくたりとなって男の胸に倒れこんだ。
 男の腕が強く腰を抱き寄せたまま、落ち着かせるようにクロルの背を軽く叩く。
「……終わったぞ」
 言って、男はゆっくりとクロルの中から萎えたものを引き抜いた。あふれ出た白濁がズボンとソファを汚し、男は小さく行きを吐く。瞬間、クロルはもとより涙で濡れていた顔をくしゃくしゃと歪ませて、男の胸に額を押し当てたままその肩を乱暴に殴りつけた。
「ひど……ぃよ……! こんな、やだ、って……だって、娼婦の言うことは、ちゃんと、ちゃんと言うこと聞かないとダメだって……!」
「ああ……そうだな。嫌だと言われたことはやらないのが暗黙のルールだ」
 けれども、そんなルールなど平気で無視する男は多くいる。だからこそ娼婦は自ら男の手綱を握り、快楽でとろかし夢中にさせて、行為の主導権を握るのだ。
 そんなことくらい、クロルだって知っている。全てが思い通りにいくなどと思っていたわけではないし、もっとひどく扱われる覚悟だって出来ていた。
 それでも――。
「ひどぃ……よぉ……」
 文句くらいは言いたくなった。男は困り果てたようにクロルの髪をかき上げて、頬の涙を何度もぬぐう。
「ああ……ひどい男だよ、私は。それを否定しようとは思わんさ」
「……ううん」
 小さくはなをすすり上げ、クロルは頬に触れる男の手に自らの手を重ねて、静かに目を閉じて首を振った。
「できるだけひどくしろって……命令されたんでしょ……?」
 男がクロルの涙をぬぐう手を止め、愕然と目を見開いた。
「――なに?」
 辛うじてとぼけた、というレベルのお粗末な対応に、クロルは無理矢理笑ってみせる。
「軍人でしょ……? おじさん」
「反応に困る質問だな……なぜそう思う? この細腕で、私に軍人がつとまりそうかね?」
「服、脱がないのってさ……傷か、刺青か……それか盗聴器か、とにかく見られたくないものを隠すため……じゃいかなって。だって服なんか着たまま女を抱いたら、よごれとかシワとかに色々と気を使わなくちゃいけなくて面倒なのにさ」
「……服を脱ぐのが、そもそも面倒でな」
「それに、首筋にボールチェーンの跡が残ってる。日焼けもしてないのにこんなにくっきり残ってるんだから、四六時中首から下げてた証拠だ。これ、認識票の鎖でしょ? アクセサリーなんて面倒くさくて肩がこる物、おじさんがずっとつけてるとは思えないし、それでもつけていたいほど大切なものだったら、娼婦を抱くからってはずしてるのはちょっと変だ」
「母の形見を先日強盗に取られてな。その気晴らしに久々に娼婦を買った。それだけのことだよ、お嬢ちゃん」
「っていうか僕、情報部の廊下でおじさんとすれ違ったの、覚えてるし……おじさんは誰かと話し込んでだから、僕のこと見えてなかっただろうけど……」
 男は天井をあおいで手の平で顔を覆った。
「先に、それを言ってはくれないかね。私に無駄な労力を使わせないでくれ」
 だって、とクロルは眉根を寄せて唇を尖らせる。
「観察力とかも……テストされてるのかなって、思って……その、こういう状況でもちゃんと情報を収集できるかって……」
「優等生もそこまで行くと少々嫌味だぞ、クロル二等兵。時には騙される可愛げも必要だとはおもわないかね」
「別に、思いませんけど……」
「そうかね。君は私と気が合うようだ」
 投げやりに言って、男はクロルを自分の上から立ち退かせ、ゴキゴキと肩を鳴らしながら立ち上がった。
「私は疲れた。先にシャワーを浴びさせてもらうとするよ。マナーとしては最低だろが、もはや君は娼婦でなく、私も君の客ではない」
「あ、え、でもあの……僕これからどうしたら……!」
「約束があるから八時前には解放するように言われている――ああ、もうすぐ八時になるな。着替えて待ち合わせに向かった方がいいんじゃないかね」
 そう言ってシャワールームに消えていった男の見えない後姿をしばし見送り、クロルは唖然となって時計を見上げた。
 八時十分前。ウィルトスとは十時に待ち合わせをしてある。
 今から寮に戻って、身支度を整えていたらぎりぎりになるだろうか。クロルは慌てて立ち上がり、へたへたとその場に崩れ落ちた。
 腰が、立たない。
「……っは……はは……」
 思わず笑って、クロルはくしゃりと自身の髪をかき乱した。
 なにもかもが、ひどく滑稽に思える。
 常識とされていることと、自分を取り巻く世界とにあまりにも差異がありすぎて、恐怖心や嫌悪感と共に現実味が失せていく。
 ひどい男だと、そう思った。
 だがそのひどい男に、今ひどく会いたいとも思う。
 ふらつく足をしかりつけてどうにかこうにか立ち上がり、クロルは身支度を整えると、シャワールームに男を残して娼婦のように一人で部屋を後にした。



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