それがどこのどんな風習だろうと、祭りだろうと、面白そうならとりあえず手を出してみる。
それが、情報屋フランシスの性格である。
そして、やりたいと言われたら、嫌だといいつつもやらずににはいられない。それが、看護師ニーナの性分である。
時には二月の十四日。時刻は朝の十時過ぎ。
ニーナは延々車を走らせ街へと向かい、チョコレート専門店のショーウィンドウの前でうんうんと頭を悩ませていた。
「そもそも、チョコである必要性はないんですよねえ……」
そんな事を思いながらも、やはり乙女達の心を鷲掴みにするかわいらしいチョコレートの数々に、ニーナも心ときめかずにはいられない。
フランシスにくれてやらなくても、自分が全て食べたい程に、どれもこれもが私を食べてと輝いている。財力が許すのならば、端から端まで買い占めたいところだが、ニーナはぐっと我慢した。なにせ実際、その財力を持っている男がごく近くにいるのである。
ニーナがぱらぱらとカタログを眺めながら、ふと気まぐれに『一度でいいから全部買い占めてみたいですよねぇ』と呟いた所、一週間後トラック数台が家の前に止まったと言う事件があった。
無論全てのトラックにお引取り頂いたが、飛びぬけたバカをやらかしてくれた当のフランシスは『なんだ、欲しかったんじゃなかったのか』といたく不満げであった。
おかげで、あの家では迂闊に夢も語れないニーナである。
「ていうか、下手なもの買ってった所で、平然とばりばり食べて終りそうな予感しかしないんですが」
むしろ確信である。
ううむと、ニーナは再び頭を捻る。
その時である。
「手作りなんかいいと思うんですけどねぇ」
極至近距離で男の声があり、ニーナはぎょっとして隣に振り向いた。
居並ぶ少女の中に平然と、赤茶けた髪の青年が立っている。どうも、と会釈したこの青年を、ニーナは間違いなく見た事があった。
「パン屋の……」
「はい、販売係です。まいどありがとうございます」
「いえ、特に毎度ご利用はしてませんが……」
「そうでしたか。では明日からご利用するといいです。うちのパンは吐き気がするほど甘いですよ」
「それ、購買意欲をそぎたいんですか? そそりたいんですか?」
「そそってるつもりですが」
「全くそそられません」
おかしいなぁ、とパン屋の販売員こと、ウィルトスが首を捻る。
「それで、手作りチョコの話ですが」
唐突に話題を戻して、ウィルトスがショーウィンドウの上に積み重ねられているブロックチョコを指差した。
「こちらの手作り用チョコレート、難しい手順を踏まなくても簡単に生チョコが作れると言う触れ込みで、若いお嬢さん方に人気なんだそうです」
お客さんに教えてもらいました、と言いながら、ウィルトスはそのチョコを十袋も抱えて店員に差し出す。
ニーナは眉を上げてウィルトスを見た。
「あの、それ……」
「どうするのかという質問でしたら、食べます」
「ご自分でですか?」
「いけませんか?」
法に触れるかと問われれば、決してそういうわけではない。だがいけないかと訊かれたら、なんとなくいけないような気がするのがバレンタインデーである。
「失礼ですが、見た目によらず実はもてないとかそういう……」
「はあ、それにはまずもてるの基準から話し合う必要があると思うんですが」
「くそめんどくさい男ですね……」
さすがフランシスの友人である。
思い切り嫌そうに顔を顰めたニーナの胸に、ウィルトスは買ったばかりのブロックチョコを押し付ける。
ニーナは目を瞬いた。
「あの……」
「おすそ分けです。僕が必要なチョコは一人分ですので」
といっても、ウィルトスの手にはまだ八袋ものブロックチョコがある。とても一人分とは言いがたい。
「あの。差し出がましいようですが、お一人でその量のチョコレートを摂取するのは、少々健康によろしくないのでは……」
「はあ。誰も一人で食べるとは言ってませんが」
「言ったでしょうがたった今一人分だって」
ウィルトスが首を傾げる。そして、満足そうに頷いて微笑んだ。
「そうですね。つまり僕は間違った事は言ってないということです」
「いえ、ですから……」
「それではチョコを溶かしたり塗ったりする作業がありますので、僕はそろそろ失礼します」
言って、ウィルトスはさっさと店を出て行ってしまう。
手元に残ったブロックチョコをしばし見詰め、結局ニーナは細々としたトッピングを購入して家路についた。
「隣町くんだりまで出て行って、結局手作りチョコですか……」
なんとなく馬鹿馬鹿しい気がしないでもなかったが、まあ有名店の手造り用チョコならば手に入れた価値はそれなりにあるだろう。ただでもらってしまった事を考えれば、どちらかといえば得だったと言える。
ニーナは完璧主義者だ。つくるからには完璧をきさねばならぬと、視線で射殺す勢いで温度計を睨みつけ、冷やしては暖めるをくりかえす。
大人しく生チョコを作ろうかとも思ったのだが、それも少々手抜きな気がしてトリュフを作ることにした結果である。
そして、正に最後の暖め工程に入ったその瞬間、
「なにしてるんだ」
いつの間に忍び寄ったのか、フランシスが極至近距離に立っていた。
癖とも言えるフランシスのこの行動に、流石に最近は驚かなくなったニーナだったが、集中に集中を重ねた現状では少々話が違ってくる。
盛大に飛び上がって驚いたニーナは手元を狂わせ、チョコを溶かしたボールに思い切り湯銭の湯が飛び込んだ。
「ぎゃぁあぁ! わ、私の血と汗と涙とココアバターの結晶がぁあぁあ!」
台無しである。水分が混ざった瞬間に、チョコレートは二度とまともには固まらない。
愕然として悲鳴をあげ、ニーナはきっとフランシスを睨み付けた。
「なんつーことしてくれるんですか! わ、わ、わ私がいったいどんだけ苦労してこの艶やかチョコレートをここまで育てたと……!」
「チョコレート?」
とぼけた様子で、フランシスが聞き返す。たっぷり数秒の間を置いて、フランシスはああ、と思い出したように呟いた。
「バレンタインか」
「なにすっとぼけたこと抜かしてるんですか! あなたがやりたいって言ったんですよあなたが!」
「ああ、覚えてる」
「忘れてたら本気ではたきますよ。全力で」
ニーナの怪力で思い切りはたかれたら、さしものフランシスも少々は痛みを覚えるだろう。ひょっとしたら喜ぶかもしれないという懸念があるのが、マゾの面倒くさい所である。
「それで?」
「なんですか?」
「チョコレートだろう」
言われて、ニーナは完全にだめになったチョコレートに視線をやる。
「ご覧のとおり、フランシスさんが驚かせるのでだめになりました。まったく殺意物です」
「これか」
ニーナの言葉を完全に無視し、フランシスはチョコレートのボールを手に取る。指で掬い取って口に運び、フランシスは無表情のままニーナを見た。
「美味い」
「そりゃ分離してない所は美味いでしょうけど」
「ならこのまま食おう」
銀のボールを抱えたまま、フランシスがスプーンに手を伸ばす。
風情もクソもあったものじゃない男である。分かってはいたがニーナは肩を落として溜息を吐いた。
「いいですけどね別に……」
「靴を脱げ」
唐突である。
ニーナは疑問に満ち満ちた視線でフランシスを見上げた。
「……なんですか?」
「靴だ」
「それは聞こえてました。理由を聞いてるんです」
「塗る」
「なんですか?」
思わず奇妙な声が出る。
塗る――とはつまり、チョコを、足に、ということだろうか。
「あの……フランシスさん……?」
「何だ」
「いえ……なんでもないです」
あなた一体何処まで変態なんですか、と訪ねようかと思ったが、何処までも無限に変態であることはすでに周知の事実である。
がっくりと肩を落としたニーナの腕をがっしと掴み、フランシスはその体をずるずるとリビングまで引きずっていった。
食べ物を粗末にするのは好きではない。エビフライは尻尾まできっちり頂くニーナとしては、まったく許しがたい部類の行為である。
今正に、チョコレートを足の指の間にまで絡みつかせ、それを男に舐めさせている状況でそういう主張をするのもどうかと思いはするのだが、どうにもニーナは落ち着かなかった。
「ちゃんときっちり舐めてくださいよ。もったいないんですから」
「ああ、爪の中まで残さない」
言葉どおりに、フランシスは舌先を尖らせて爪の中に舌をねじ込み丹念に舐めあげる。鋭く息を吐き出して、ニーナは小さく鼻にかかった声を上げた。
「おいしいですか……?」
「ああ、格別だ」
理解に苦しむ味覚である。
しかしチョコ自体はそれなりに高級品だ。味が悪いわけがない。
「……いいなぁ」
つい自分も食べたくなるニーナである。
「欲しいのか」
「ええまあ……」
そうか、と頷き、フランシスは口元を拭う。
一瞬嫌な予感が頭を過ぎり、ニーナは慌てて言った。
「言っておきますけど、その股間のチョコバナナを舐めるつもりはゼロですからね!」
「……そうか」
股間のファスナーに伸ばされかけていたフランシスの手が、大人しく引っ込められる。危機一髪である。ニーナは冷や汗をぬぐった。
「じゃあ、ほら」
言って、フランシスは味も素っ気もないボールをニーナに差し出す。
さすがに引きつったニーナだが、しかし他に方法も無いので指で救って舐め取った。
「……美味しいじゃないですか」
さすがウィルトス推薦のチョコレートである。
それだけに、完璧に仕上げられなかったことが悔やまれた。全てはフランシスのせいである。
全部の指をべたべたにしながら、ニーナは腹立ち紛れにボールを抱え、ばくばくとチョコを口に運ぶ。
「ああ……美味そうだ」
低く、舐めるような声にぞっとする。
「ちょ……フランシスさん……? あの、め、目が、いつもより……三割増しほど、ヤバ……」
「久々に……食いたくなった。ああ、そうしてるお前も、美味そうだ」
「ひ……!」
怯えて思わず下がったニーナを、無論フランシスが逃がすはずも無い。
チョコレートのボールを抱えたまま凍りついたニーナの服を、フランシスは嬉々として引き裂いた。
ニーナの悲鳴が部屋に響く。
「な――なんてことするんですか私の大事な私物をおぉ! ていうかなんですか!? 何スイッチですか! マゾからサドに切り替わりですか!?」
「暴れても無駄だ。もうおさまらない」
「えぇえぇー!?」
ひっくり返ったボールの中身がべっとりと体にかかり、ニーナは二度三度と喚き声を上げた。フランシスはその声をむしろ楽しげに聞きながら、ニーナの体にぶちまけられたチョコレートを美味そうに舐めて行く。
「ちょっちょっと! ちょ、やめ、ほんと……わ、わぁ、わ、うわあぁ……!」
連続して情けない声を上げ、ニーナはフランシスにしがみ付く。
最近は踏んだりぶったりするばかりで、まともに襲われることもなかったニーナである。もがいて暴れるニーナの体に、フランシスは塗りこむように溶けたチョコをこすりつけ、その端から獣のように舌を伸ばして舐め取っていった。
ズボンまでを容赦なく引き裂いて、フランシスはニーナの足を掴んで高々と引き上げる。ニーナは愕然として叫んだ。
「ちょっとフランシスさん!? それを一体何処にどうするつもりですか!」
「お前の中に流し込む」
「馬鹿ですか! そんなことして病気になったらどうするんですかマジで! ちょっと本気でやめてください怒りますよ本気でやぁめぇてぇー!」
ニーナの悲痛な叫びも虚しく、溶けたチョコは同じく蕩けたニーナの秘部へと流し込まれていく。もうチョコは熱くはなかったし、ほぼ固まりかけていたのでおくまで流れ込む事はなかったが、ニーナは大声でびーびーと喚き散らした。
しかしフランシスはそんな声など聞こえないと言うように、口の周りをべたべたに汚しながらチョコレートと愛液を舐め取っていく。
「この変態鬼畜の外道やろう! こんなことして、もう二度と踏んであげませんからぁ!」
「それは困るが、これはやめん」
どこまでも分厚い面の皮である。
更にのろいの言葉を上げようとしたニーナの中に、フランシスは性格どおりの強引さで、しかも突然に押し入った。
食いしばった歯の奥で、ニーナは悲鳴を喉の奥に押し込める。
「ひ、う……うぁ、あぁあぁ……」
こんな非道な扱いだろうと、平気で感じてしまう自分の体が恨めしいようであり、どこか救われているような気もする。
遠慮と言う言葉を元から知らないとしか思えぬ動きで乱暴に突き上げられながら、ニーナはふと、昼間のウィルトスの言葉を思い出していた。
あまりにも多すぎる一人分のチョコレート。だが、食べるのは一人ではないと言う。
あれだけの量があれば、それは体全体に満遍なくたっぷりとチョコを塗れることだろう。畜生変態仲間めと頭の中で罵りながら、ニーナはフランシスにすがり付く。
「ふ、ぁ……も、もう……わた、わたし……も……!」
「相変わらず早いな」
「踏まれてるときは自分だって早漏じゃないですかお互い様です!」
泣きながら絶叫し、ニーナはフランシスの肩口に額を押し付けて唇を噛んだ。
唇についていたチョコレートが口の中で溶け、甘ったるい香りが広がる。
そして、終わりが近づくといつもニーナは掃除の事を考えるのだ。床からソファから服から、とにかく全てをチョコレート色に染めてしまった食べ物と、これから胎内に吐き出されるだろうホワイトチョコレートモドキの後始末である。
背筋をぞくぞくと震わせて、ニーナは絶頂に息を詰める。フランシスはそんなニーナを膝の上に抱え上げ、まだらに残った体のチョコを舐め取りながら、ニーナの体を激しく上下に揺り動かした。
いくらぐったりとしていても、事が終ると忙しく働くのが看護師ニーナのパターンである。フランシスはそんなニーナを眺めながら、ソファにだらしなく寝転がる。
そして、
「次はホワイトデーか」
その呟きを聞き広い、ニーナはフランシスに振り向いた。
「ホワイトデーは十倍返しですよ。隣街の全店の、一番高い物を一個ずつを所望します」
十倍ではきかないレベルの値段になるが、フランシスは平然と頷く。
その店で一番高い物とは、無論その店の利権であることをニーナがはたと気付くのは、まだもう少し先のことであった。
*おまけ*
ウィルトスは鍋でチョコレートを溶かしていた。
甘ったるい香りが部屋中に充満し、クロルとヴィクターは何事かとキッチンを覗き込む。
「なにしてるんですか? チョコなんて……」
「すでにもらい物の処理に困ってるんだろうがよ。無駄に量増やしてどうすんだ」
言われて、ウィルトスはにこりと微笑んで振り返る。
「もちろん、クロルさんに塗ってから頂こうかと――」
がっしと、クロルがウィルトスの顔面を包み込むように鷲掴み、ぎりぎりと締め上げながら今年始まって以来の笑顔を浮かべた。
「どうも年末の大掃除であなたの頭の中だけ掃除し損ねたようなので、今からその頭の中に湧きすぎたウジをたたき出す作業にはいってもよろしいでしょうか教官殿?」
「おや意外と握力がおありなんですねえクロルさん。ヴィクター君ちょっと命の危機が迫ってるので助けてくれませんか痛い痛いいたたたた」
処置なし、とヴィクターが両手を掲げ、逃げるようにキッチンを後にする。
その日、パン屋リーベルタースにはひどく珍しく、パン屋の販売員の絶叫が響いたという。
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それが、情報屋フランシスの性格である。
そして、やりたいと言われたら、嫌だといいつつもやらずににはいられない。それが、看護師ニーナの性分である。
時には二月の十四日。時刻は朝の十時過ぎ。
ニーナは延々車を走らせ街へと向かい、チョコレート専門店のショーウィンドウの前でうんうんと頭を悩ませていた。
「そもそも、チョコである必要性はないんですよねえ……」
そんな事を思いながらも、やはり乙女達の心を鷲掴みにするかわいらしいチョコレートの数々に、ニーナも心ときめかずにはいられない。
フランシスにくれてやらなくても、自分が全て食べたい程に、どれもこれもが私を食べてと輝いている。財力が許すのならば、端から端まで買い占めたいところだが、ニーナはぐっと我慢した。なにせ実際、その財力を持っている男がごく近くにいるのである。
ニーナがぱらぱらとカタログを眺めながら、ふと気まぐれに『一度でいいから全部買い占めてみたいですよねぇ』と呟いた所、一週間後トラック数台が家の前に止まったと言う事件があった。
無論全てのトラックにお引取り頂いたが、飛びぬけたバカをやらかしてくれた当のフランシスは『なんだ、欲しかったんじゃなかったのか』といたく不満げであった。
おかげで、あの家では迂闊に夢も語れないニーナである。
「ていうか、下手なもの買ってった所で、平然とばりばり食べて終りそうな予感しかしないんですが」
むしろ確信である。
ううむと、ニーナは再び頭を捻る。
その時である。
「手作りなんかいいと思うんですけどねぇ」
極至近距離で男の声があり、ニーナはぎょっとして隣に振り向いた。
居並ぶ少女の中に平然と、赤茶けた髪の青年が立っている。どうも、と会釈したこの青年を、ニーナは間違いなく見た事があった。
「パン屋の……」
「はい、販売係です。まいどありがとうございます」
「いえ、特に毎度ご利用はしてませんが……」
「そうでしたか。では明日からご利用するといいです。うちのパンは吐き気がするほど甘いですよ」
「それ、購買意欲をそぎたいんですか? そそりたいんですか?」
「そそってるつもりですが」
「全くそそられません」
おかしいなぁ、とパン屋の販売員こと、ウィルトスが首を捻る。
「それで、手作りチョコの話ですが」
唐突に話題を戻して、ウィルトスがショーウィンドウの上に積み重ねられているブロックチョコを指差した。
「こちらの手作り用チョコレート、難しい手順を踏まなくても簡単に生チョコが作れると言う触れ込みで、若いお嬢さん方に人気なんだそうです」
お客さんに教えてもらいました、と言いながら、ウィルトスはそのチョコを十袋も抱えて店員に差し出す。
ニーナは眉を上げてウィルトスを見た。
「あの、それ……」
「どうするのかという質問でしたら、食べます」
「ご自分でですか?」
「いけませんか?」
法に触れるかと問われれば、決してそういうわけではない。だがいけないかと訊かれたら、なんとなくいけないような気がするのがバレンタインデーである。
「失礼ですが、見た目によらず実はもてないとかそういう……」
「はあ、それにはまずもてるの基準から話し合う必要があると思うんですが」
「くそめんどくさい男ですね……」
さすがフランシスの友人である。
思い切り嫌そうに顔を顰めたニーナの胸に、ウィルトスは買ったばかりのブロックチョコを押し付ける。
ニーナは目を瞬いた。
「あの……」
「おすそ分けです。僕が必要なチョコは一人分ですので」
といっても、ウィルトスの手にはまだ八袋ものブロックチョコがある。とても一人分とは言いがたい。
「あの。差し出がましいようですが、お一人でその量のチョコレートを摂取するのは、少々健康によろしくないのでは……」
「はあ。誰も一人で食べるとは言ってませんが」
「言ったでしょうがたった今一人分だって」
ウィルトスが首を傾げる。そして、満足そうに頷いて微笑んだ。
「そうですね。つまり僕は間違った事は言ってないということです」
「いえ、ですから……」
「それではチョコを溶かしたり塗ったりする作業がありますので、僕はそろそろ失礼します」
言って、ウィルトスはさっさと店を出て行ってしまう。
手元に残ったブロックチョコをしばし見詰め、結局ニーナは細々としたトッピングを購入して家路についた。
「隣町くんだりまで出て行って、結局手作りチョコですか……」
なんとなく馬鹿馬鹿しい気がしないでもなかったが、まあ有名店の手造り用チョコならば手に入れた価値はそれなりにあるだろう。ただでもらってしまった事を考えれば、どちらかといえば得だったと言える。
ニーナは完璧主義者だ。つくるからには完璧をきさねばならぬと、視線で射殺す勢いで温度計を睨みつけ、冷やしては暖めるをくりかえす。
大人しく生チョコを作ろうかとも思ったのだが、それも少々手抜きな気がしてトリュフを作ることにした結果である。
そして、正に最後の暖め工程に入ったその瞬間、
「なにしてるんだ」
いつの間に忍び寄ったのか、フランシスが極至近距離に立っていた。
癖とも言えるフランシスのこの行動に、流石に最近は驚かなくなったニーナだったが、集中に集中を重ねた現状では少々話が違ってくる。
盛大に飛び上がって驚いたニーナは手元を狂わせ、チョコを溶かしたボールに思い切り湯銭の湯が飛び込んだ。
「ぎゃぁあぁ! わ、私の血と汗と涙とココアバターの結晶がぁあぁあ!」
台無しである。水分が混ざった瞬間に、チョコレートは二度とまともには固まらない。
愕然として悲鳴をあげ、ニーナはきっとフランシスを睨み付けた。
「なんつーことしてくれるんですか! わ、わ、わ私がいったいどんだけ苦労してこの艶やかチョコレートをここまで育てたと……!」
「チョコレート?」
とぼけた様子で、フランシスが聞き返す。たっぷり数秒の間を置いて、フランシスはああ、と思い出したように呟いた。
「バレンタインか」
「なにすっとぼけたこと抜かしてるんですか! あなたがやりたいって言ったんですよあなたが!」
「ああ、覚えてる」
「忘れてたら本気ではたきますよ。全力で」
ニーナの怪力で思い切りはたかれたら、さしものフランシスも少々は痛みを覚えるだろう。ひょっとしたら喜ぶかもしれないという懸念があるのが、マゾの面倒くさい所である。
「それで?」
「なんですか?」
「チョコレートだろう」
言われて、ニーナは完全にだめになったチョコレートに視線をやる。
「ご覧のとおり、フランシスさんが驚かせるのでだめになりました。まったく殺意物です」
「これか」
ニーナの言葉を完全に無視し、フランシスはチョコレートのボールを手に取る。指で掬い取って口に運び、フランシスは無表情のままニーナを見た。
「美味い」
「そりゃ分離してない所は美味いでしょうけど」
「ならこのまま食おう」
銀のボールを抱えたまま、フランシスがスプーンに手を伸ばす。
風情もクソもあったものじゃない男である。分かってはいたがニーナは肩を落として溜息を吐いた。
「いいですけどね別に……」
「靴を脱げ」
唐突である。
ニーナは疑問に満ち満ちた視線でフランシスを見上げた。
「……なんですか?」
「靴だ」
「それは聞こえてました。理由を聞いてるんです」
「塗る」
「なんですか?」
思わず奇妙な声が出る。
塗る――とはつまり、チョコを、足に、ということだろうか。
「あの……フランシスさん……?」
「何だ」
「いえ……なんでもないです」
あなた一体何処まで変態なんですか、と訪ねようかと思ったが、何処までも無限に変態であることはすでに周知の事実である。
がっくりと肩を落としたニーナの腕をがっしと掴み、フランシスはその体をずるずるとリビングまで引きずっていった。
食べ物を粗末にするのは好きではない。エビフライは尻尾まできっちり頂くニーナとしては、まったく許しがたい部類の行為である。
今正に、チョコレートを足の指の間にまで絡みつかせ、それを男に舐めさせている状況でそういう主張をするのもどうかと思いはするのだが、どうにもニーナは落ち着かなかった。
「ちゃんときっちり舐めてくださいよ。もったいないんですから」
「ああ、爪の中まで残さない」
言葉どおりに、フランシスは舌先を尖らせて爪の中に舌をねじ込み丹念に舐めあげる。鋭く息を吐き出して、ニーナは小さく鼻にかかった声を上げた。
「おいしいですか……?」
「ああ、格別だ」
理解に苦しむ味覚である。
しかしチョコ自体はそれなりに高級品だ。味が悪いわけがない。
「……いいなぁ」
つい自分も食べたくなるニーナである。
「欲しいのか」
「ええまあ……」
そうか、と頷き、フランシスは口元を拭う。
一瞬嫌な予感が頭を過ぎり、ニーナは慌てて言った。
「言っておきますけど、その股間のチョコバナナを舐めるつもりはゼロですからね!」
「……そうか」
股間のファスナーに伸ばされかけていたフランシスの手が、大人しく引っ込められる。危機一髪である。ニーナは冷や汗をぬぐった。
「じゃあ、ほら」
言って、フランシスは味も素っ気もないボールをニーナに差し出す。
さすがに引きつったニーナだが、しかし他に方法も無いので指で救って舐め取った。
「……美味しいじゃないですか」
さすがウィルトス推薦のチョコレートである。
それだけに、完璧に仕上げられなかったことが悔やまれた。全てはフランシスのせいである。
全部の指をべたべたにしながら、ニーナは腹立ち紛れにボールを抱え、ばくばくとチョコを口に運ぶ。
「ああ……美味そうだ」
低く、舐めるような声にぞっとする。
「ちょ……フランシスさん……? あの、め、目が、いつもより……三割増しほど、ヤバ……」
「久々に……食いたくなった。ああ、そうしてるお前も、美味そうだ」
「ひ……!」
怯えて思わず下がったニーナを、無論フランシスが逃がすはずも無い。
チョコレートのボールを抱えたまま凍りついたニーナの服を、フランシスは嬉々として引き裂いた。
ニーナの悲鳴が部屋に響く。
「な――なんてことするんですか私の大事な私物をおぉ! ていうかなんですか!? 何スイッチですか! マゾからサドに切り替わりですか!?」
「暴れても無駄だ。もうおさまらない」
「えぇえぇー!?」
ひっくり返ったボールの中身がべっとりと体にかかり、ニーナは二度三度と喚き声を上げた。フランシスはその声をむしろ楽しげに聞きながら、ニーナの体にぶちまけられたチョコレートを美味そうに舐めて行く。
「ちょっちょっと! ちょ、やめ、ほんと……わ、わぁ、わ、うわあぁ……!」
連続して情けない声を上げ、ニーナはフランシスにしがみ付く。
最近は踏んだりぶったりするばかりで、まともに襲われることもなかったニーナである。もがいて暴れるニーナの体に、フランシスは塗りこむように溶けたチョコをこすりつけ、その端から獣のように舌を伸ばして舐め取っていった。
ズボンまでを容赦なく引き裂いて、フランシスはニーナの足を掴んで高々と引き上げる。ニーナは愕然として叫んだ。
「ちょっとフランシスさん!? それを一体何処にどうするつもりですか!」
「お前の中に流し込む」
「馬鹿ですか! そんなことして病気になったらどうするんですかマジで! ちょっと本気でやめてください怒りますよ本気でやぁめぇてぇー!」
ニーナの悲痛な叫びも虚しく、溶けたチョコは同じく蕩けたニーナの秘部へと流し込まれていく。もうチョコは熱くはなかったし、ほぼ固まりかけていたのでおくまで流れ込む事はなかったが、ニーナは大声でびーびーと喚き散らした。
しかしフランシスはそんな声など聞こえないと言うように、口の周りをべたべたに汚しながらチョコレートと愛液を舐め取っていく。
「この変態鬼畜の外道やろう! こんなことして、もう二度と踏んであげませんからぁ!」
「それは困るが、これはやめん」
どこまでも分厚い面の皮である。
更にのろいの言葉を上げようとしたニーナの中に、フランシスは性格どおりの強引さで、しかも突然に押し入った。
食いしばった歯の奥で、ニーナは悲鳴を喉の奥に押し込める。
「ひ、う……うぁ、あぁあぁ……」
こんな非道な扱いだろうと、平気で感じてしまう自分の体が恨めしいようであり、どこか救われているような気もする。
遠慮と言う言葉を元から知らないとしか思えぬ動きで乱暴に突き上げられながら、ニーナはふと、昼間のウィルトスの言葉を思い出していた。
あまりにも多すぎる一人分のチョコレート。だが、食べるのは一人ではないと言う。
あれだけの量があれば、それは体全体に満遍なくたっぷりとチョコを塗れることだろう。畜生変態仲間めと頭の中で罵りながら、ニーナはフランシスにすがり付く。
「ふ、ぁ……も、もう……わた、わたし……も……!」
「相変わらず早いな」
「踏まれてるときは自分だって早漏じゃないですかお互い様です!」
泣きながら絶叫し、ニーナはフランシスの肩口に額を押し付けて唇を噛んだ。
唇についていたチョコレートが口の中で溶け、甘ったるい香りが広がる。
そして、終わりが近づくといつもニーナは掃除の事を考えるのだ。床からソファから服から、とにかく全てをチョコレート色に染めてしまった食べ物と、これから胎内に吐き出されるだろうホワイトチョコレートモドキの後始末である。
背筋をぞくぞくと震わせて、ニーナは絶頂に息を詰める。フランシスはそんなニーナを膝の上に抱え上げ、まだらに残った体のチョコを舐め取りながら、ニーナの体を激しく上下に揺り動かした。
いくらぐったりとしていても、事が終ると忙しく働くのが看護師ニーナのパターンである。フランシスはそんなニーナを眺めながら、ソファにだらしなく寝転がる。
そして、
「次はホワイトデーか」
その呟きを聞き広い、ニーナはフランシスに振り向いた。
「ホワイトデーは十倍返しですよ。隣街の全店の、一番高い物を一個ずつを所望します」
十倍ではきかないレベルの値段になるが、フランシスは平然と頷く。
その店で一番高い物とは、無論その店の利権であることをニーナがはたと気付くのは、まだもう少し先のことであった。
*おまけ*
ウィルトスは鍋でチョコレートを溶かしていた。
甘ったるい香りが部屋中に充満し、クロルとヴィクターは何事かとキッチンを覗き込む。
「なにしてるんですか? チョコなんて……」
「すでにもらい物の処理に困ってるんだろうがよ。無駄に量増やしてどうすんだ」
言われて、ウィルトスはにこりと微笑んで振り返る。
「もちろん、クロルさんに塗ってから頂こうかと――」
がっしと、クロルがウィルトスの顔面を包み込むように鷲掴み、ぎりぎりと締め上げながら今年始まって以来の笑顔を浮かべた。
「どうも年末の大掃除であなたの頭の中だけ掃除し損ねたようなので、今からその頭の中に湧きすぎたウジをたたき出す作業にはいってもよろしいでしょうか教官殿?」
「おや意外と握力がおありなんですねえクロルさん。ヴィクター君ちょっと命の危機が迫ってるので助けてくれませんか痛い痛いいたたたた」
処置なし、とヴィクターが両手を掲げ、逃げるようにキッチンを後にする。
その日、パン屋リーベルタースにはひどく珍しく、パン屋の販売員の絶叫が響いたという。
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