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げんしけんSSスレ7
- 1 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 01:41:22 ID:???
- ……うわ、書きてえ
すっげえ書きてえ
前スレの事も 今なら笑って話せるんじゃねーか?
いや それだけでなく 書けなかった話も
今まで 書けなかった話も すべて
書いてしまいたい。
どうせダメならここで玉砕してしまうという手もある……
消化してしまうための通過儀礼として!
……書くか?書くか?書いていいのか?
え―――い 書いてしまえ(考える前に動け)
げんしけんSSスレ第7弾。
未成年の方や本スレにてスレ違い?と不安の方も安心してご利用下さい。
荒らし・煽りは完全放置のマターリー進行でおながいします。
本編はもちろん、くじアンSSも受付中。
☆講談社月刊誌アフタヌーンにて好評連載中。
☆単行本第1〜7巻好評発売中。
☆作中作「くじびきアンバランス」ライトノベルも現在3巻まで絶賛発売中。
【注意】
ネタばれ含んだSSは公式発売日正午12:00以降。 公式発売日正午以前の最新話の話題は↓へ
げんしけん ネタバレスレ8
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1140782112/
前スレ
げんしけんSSスレ6
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1143200874/
- 2 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 01:44:36 ID:???
- げんしけん(現代視覚文化研究会)まとめサイト(過去ログや人物紹介はこちらへ)
http://ime.nu/www.zawax.info/~comic/
げんしけんSSスレまとめサイト(このスレのまとめはこちら)
ttp://www7.atwiki.jp/genshikenss/
エロ話801話などはこちらで
げんしけん@エロパロ板 その3(21禁)
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1144944199/
げんしけん@801板 その4 (21禁)
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/801/1127539512/
前スレ
げんしけんSSスレ5
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1141591410/
げんしけんSSスレ4
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1139939998/
げんしけんSSスレその3
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1136864438/
げんしけんSSスレその2
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1133609152/
げんしけんSSスレ
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1128831969/
げんしけん本スレ
「げんしけん」 木尾士目 その128
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/comic/1144074138/
- 3 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 01:50:07 ID:???
- これで良かったんでしょうか…(汗)
ついでに
【シンカン!】荻上さん崇拝スレ
11筆目【モエロオレノコスモヨ!】
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/cchara/1145290785/
- 4 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 01:52:24 ID:???
- >>1
スレ立て乙です!
テンプレが斑目!斑目!!イヤホォォウー
…はい、気がすみました。 これからも投下頑張りましょーーう!
- 5 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 01:58:30 ID:???
- 現聴研第6話転載しなくていいですよね?それではおやすみなさいませご主人様。
投下頑張りましょう!
- 6 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 02:09:19 ID:???
- >>1
乙&GJ。
何事も早め早めが慣用っと。
今晩中に二本ほど投下しまっす。
- 7 :前スレ360
:2006/04/20(木) 03:14:44 ID:???
- 今回もお楽しみいただけたようでよかったです。
前スレへレスガエシ
>>361
もはや脳内で可愛く於木野さんは話まくりです。
>>362
クガヤマはきっと生きてます。きっと。
ヤナは毎回出そうかなと画策してます。
>>363
今後もご愛聴よろしくお願いしますw
>>364
楽しく書ければなんでもありですのでw
>>365
ちょっと、狙いました。感謝ですw
>>366
こういうお遊びが大好きなのでw
>>367
あっちを書かれた方ですね。勝手な使用すみませぬ。
また投下楽しみにしてますw009ネタは・・・(゜ー゜)ニヤリ
>>368
あなたのせいで私も・・・「一万円と二千円くれたら・・・」チクショーw
>>369
最初そうしようかなーと思ったキタガワさん。
でもそれじゃ悲しすぎるからやめました。ハッピーエンドは世界一ぃいい!!
で、あなた様はあちらを書かれた方ですね。勝手な使用すみませぬ。
>>370
リクありですwネタ考えるのが少し楽になりましたw
- 8 :8 :2006/04/20(木) 03:16:25 ID:???
- なぜか一緒に投下するのが楽しくなってしまったので、
今回も連投させていただきます。
スレ占拠スマヌです。
全部で25レスぐらいです。
- 9 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』1
:2006/04/20(木) 03:17:57 ID:???
- 「オーライ、オーライ。」
第801小隊の面々を乗せたシャトルが、ドッグ艦「ビッグサイト」に到着した。
ドッグ艦、というには何かというと、MSなどの軍事兵器を開発、
運用実験、改修するための工場のような研究設備付きの宇宙艦である。
フェスト社は連盟お抱えの軍事設備会社であり、この「ビッグサイト」も連盟軍と共用で使われている。
「うはあ、無重力ってこんなんなんだー。」
入口から出て来る一同。間の抜けた声を出すケーコに一同苦笑い。
「そうか、ケーコは宇宙初めてだっけか。」
「そうなんだよね・・・、わわっ。」
ふわっとした独特の移動法に変なほうに移動してしまうケーコ。
それをうまく誘導するササハラ。
「おいおい・・・。とりあえずこれもっとけ。」
宇宙空間にある居住設備ならば必ずある移動用の取っ手である。
これが移動することで無重力空間でも行き過ぎずにすむのである。
・・・宇宙は、人が住むには少々大変だ。
「・・・久々だなあ、宇宙・・・。」
「ああ・・・。半年振りか?」
マダラメとタナカが並んで視線を落としながら進む。
「・・・だな。」
「・・・・・・やっぱ、嫌な気持ちは消えんなあ・・・。」
「・・・まあな。しかし、あの頃とも違うさ・・・。」
「・・・ああ。頑張ろう・・・。」
その二人の会話をいつもの表情で見つめる大隊長。
「全く・・・嫌なところに帰ってきちまったよ。」
サキがそうぼやく。
「まあね・・・。ここには二度と戻ってくる気はなかっただけにね・・・。」
コーサカもそれに同調する。心なしか顔色が優れない。
「コーサカ・・・。」
「大丈夫、いまさら戻れって事も、無いだろうから・・・。」
サキの心配そうな声に、コーサカはいつもの笑顔に戻って答えた。
- 10 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』2
:2006/04/20(木) 03:18:45 ID:???
- 「ご苦労様です。」
このドッグ艦における連盟軍代表と司令室にて対面する一同。
「・・・状況はあまりよくは無いのです・・・。」
「どういうことですか?」
代表の唐突な言葉にマダラメが訝しげな顔をしながら聞く。
「皇国の作戦が・・・不確かながら分かったのです。」
「それは僕から説明しよう。」
大隊長がすっと前に出、代表の横に並ぶ。
「あの兵器が地球圏のどこかの隠し基地にあることは分かったんだ。
いま、連盟軍主要部隊は皇国の本拠点・・・『サン・シャ・イン』に向かっている。
それを・・・。挟み撃ち・・・いや、後ろから壊滅させるつもりらしい。」
「なるほど・・・。」
「いま、勢いはこちらにあり、このまま進軍をすれば必ず落とせるでしょう。
しかし・・・。」
顔を伏せる代表。それを見たコーサカが言葉を続ける。
「後ろからの攻撃を伝えれば勢いが止まる・・・。」
「そういうことです。しかも、情報としても不完全なものです。
上層部も取り合ってはくれませんでした・・・。」
「勢いを優先させたわけか・・・。全く・・・。」
何かを思い出したのかタナカは呟きながら苦い顔をする。
「そこでいくつかの部隊に、地球圏に置ける基地探しを行ってもらっている。」
「・・・我々もそれを行う、と・・・。」
「それもそうなんだけど、我々はあの兵器とあい対する必要性がある。
発見しだい、そこへ急行もしなければならない。
なぜならあの兵器への対応策を思っているのは我々だけなんだ。」
そういうと、大隊長は後ろの大型ディスプレイを見る。
「・・・ササハラ君。あのペンダント、ミノフスキー振動の緩和をする効果があったんだ。」
耳打ちでササハラに地上で言い切れなかったことを伝えるコーサカ。
「ええ!?じゃあ・・・。」
「うん。成分解析が終わってね。僕らのMSにはそれの複製品を取り付けたんだ。」
- 11 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』3
:2006/04/20(木) 03:19:46 ID:???
- 「我々としては取り返さなければならないものもあるでしょ?」
くるりと後ろを向いてにっこり笑う大隊長。
「・・・はい!」
それにしっかりした口調で答えるササハラ。
「・・・・・・もらった借りは大きいですからね、返さにゃいけませんわ。」
そういってニヤリと笑うマダラメ。
「よっし、気合入れるか!」
そうサキがいうと、皆一斉に頷いた。
その姿にあっけにとられていた代表に、サキが近づく。
「あ・・・。そうだ、これ、キタガワ中尉から預かったんですが・・・。」
「え?ああ・・・。悪いね・・・。あいつ、元気でしたか?」
あいつ、という語感に親しい相手に使う感じがしたサキ。
「?ええ、まあ・・・。」
「そうか・・・。私とあいつは結婚を約束してましてね。
戦争が終わったら一緒になろうって、ね。」
「!・・・そうだったんですか・・・。」
「私もここに配属されて一ヶ月は比較的安全だったんですがね。
あいつはシャトル基地・・・。いつ皇国が攻めてくるか分かったものじゃない。
シャトルが飛ぶたびに来る手紙だけが唯一の安全を確かめる手段だったんですよ。」
そういって手紙をみて幸せそうな、しかし複雑な表情を浮かべる代表。
「・・・早く終わるといいですね。戦争・・・。」
「ええ。早く終わらせるためにも、精一杯、支援させていただきますよ。」
そう、力強い敬礼を向ける代表。
その敬礼に、一同そろって敬礼を返す。
「とりあえず、ササハラ、コーサカ両少尉、タナカくんの三名はMSの所へ。
マダラメ中尉とカスカベ二等兵は義手があるらしいから研究室へ。
オーノさんは会わせたい人がいるから第630室のほうへ。
クチキ一等兵は、残ってくれる?ケーコ君はとりあえず宇宙に慣れなさい。」
大隊長からの命令を、一同が聞き、敬礼を返す。
「「「「了解!!!」」」」
- 12 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』4
:2006/04/20(木) 03:26:19 ID:???
- クチキ一等兵は悩んでいた。
(先ほどの指令・・・。納得いきませぬ・・・。)
大隊長からの残留命令で一人部屋に残ったクチキに、ある指令が下った。
『クチキ一等兵、ドライバー、やってくれる?』
『は?ドライバー、でありますか?』
『うん。ここで我々に支給される艦船の、ね。』
『し、しかし、私めは・・・。』
『MSに乗って戦いたいのは分かる。でもね、誰かがやらなきゃいけないんだ。』
『・・・ハア・・・。』
『君が一番適任なんだ。ドライバーとしてならコーサカ君よりもね。』
そこまでいわれてつい頷いてしまったのだが。
(私も・・・。MSで戦いたいであります・・・。)
骨折していた手も大分良くなった。それなら、MSで・・・。
もちろん、自分が一人で全てを解決できると思ってるわけでもない。
しかし、まるで、自分が要らないように感じてしまったのだ。
そう考えながら廊下を移動してると、声をかけられた。
「クチキ!クチキじゃないか!」
「サワザキ君!」
そこには同期で、最初の配属で同じ部隊だったサワザキの姿があった。
「久々だなあ。あの戦い以来か?」
「そうでありますなあ。」
懐かしさと共に、少し前に再会したそのときの部隊の隊長殿を思い出した。
「・・・まだ軍隊に居たんだな。てっきりやめたかと思ってたぜ・・・。」
「サワザキ君は違うでありますか?」
「俺は、あの後早々軍を辞めてここのテストパイロット。
そうか、この前から試験繰り返してたのはお前らの部隊のか。」
「・・・あの戦いのせいですか・・・。」
「ああ。俺もあの事が堪えてな。戦場に立てなくなっちゃったんだよ。
でもな、こういう形でもいいから戦争終わらせる役目にたちたくてなあ・・・。」
- 13 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』5
:2006/04/20(木) 03:27:04 ID:???
- そういうサワザキは、横のガラス面から見える宇宙を見た。
「そうでありますか。・・・あ、そうです!隊長殿、生きていたんですよ!」
共にいた部隊で共に死んだと思っていたあの人のことを伝える。
「は?・・・本当か!」
「本当の本当でありますよ!この目で、地球で会って来ましたから!」
「・・・そうか・・・。良かった・・・。良かった・・・。
俺・・・あの事だけがいつも気に掛かってて・・・。
俺達があんな無茶で・・・、馬鹿なことをしなければって・・・。」
サワザキの目に涙が浮かぶ。
「・・・ええ。本当に・・・。良かったでありますよ・・・。」
久々に会った友の近況と、その涙に、クチキは自分の小ささを知った。
(・・・私、自分の役目を全うするでありますよ!過去は、繰り返しませぬ!)
「アンジェラ!スー!」
オーノが向かった630号室には、彼女の見知った顔が二つあった。
「ハイ!カナコ、久しぶりね。」
「・・・久しぶり・・・。」
いつものテンションで話す二人に、驚きを隠せない。
「なんで・・・。」
「ん?なに、カナコが困ってるって聞いてね。手伝いにでもって。」
「・・・まかせなさい・・・。」
こともなげに話すアンジェラ、Vサインを出すスー。
「だって・・・。あなたたち、自分の部隊は・・・。」
「私たちはしがない傭兵だよ?根無し草に決まった部隊なんてないさ。」
「風に流されふらふらと・・・。」
「でも・・・。」
「あのね、私たちはあの時約束したでしょ?
困った時は、お互いがお互いを助けるって。あの時・・・お互いが全てを失った時に・・・。」
オーノの顔が曇る。あの時・・・。私たちの町が焼かれた日・・・。
- 14 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』6
:2006/04/20(木) 03:27:46 ID:???
- 「だから、カナコが困ったら私たちは助けるの。
だって、前は私たちをカナコが助けてくれたじゃない?」
「お互い様・・・。」
笑みを浮かべ、しっかりした視線を向けるアンジェラ。
相変わらず表情からは感情が読めないスー。
しかし、二人の意思と、強い思いは伝わってきた。
オーノは、自分でも気付かないほど自然に涙を流していた。
「・・・あれ?嬉しいのに・・・。なんで涙が流れてくるのかしら・・・。」
「・・・フフ。相変わらず感情的だね、カナコ。」
「・・・・・・笑えばいいとおもうよ。」
その言葉に、泣きながらも笑うオーノ。
「皆に紹介したいから、来て。この素晴しい私の親友達を。」
「OK。まずはカナコの彼氏からだね。
MSも用意してくれているらしいし。」
「ちょっと、誰から聞いたのそれ!」
「・・・私は何でも知っている・・・。」
久々に、昔街を三人で歩いていた頃を思い出しながら、オーノは笑った。
(オギウエさんのことで・・・ちょっと気落ちしてたけど・・・。
大丈夫。この二人がいてくれば、きっと助けられる。)
サキとマダラメは研究室で、義手をつけていた。
「おお!動く、動くぞ!」
機械がはみ出した手を動かしながら、興奮した表情を浮かべるマダラメ。
「騒ぐな!・・・まあ、一日もしたら慣れるでしょ。
意外と神経とか残ってたから、すぐに前と同じようになるよ。」
「そーか、そーか。すまん、感謝する!」
その言葉に、少し恥ずかしそうな顔をするサキ。
「・・・やることはやったよ。後はあんたの仕事を全うしな。」
サキはすっと立ち上がり、勝手知ったるように引き出しから薬を取り出す。
「これ、痛み止め。幻痛が必ず起こるから、飲んどきなよ。」
- 15 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』7
:2006/04/20(木) 03:28:39 ID:???
- マダラメはさっきから気にはなっていた。妙にここに慣れているサキに。
「・・・カスカベ二等兵、ここ、知ってるのか?」
「ん?ああ、ここは前言ってた私の研究室さ。私とコーサカはこのドッグで働いてたんだよ。」
「!・・・そうだったのか。」
嫌な思い出のある所でありながら、表情一つ曇らせず自分の治療を行ったサキ。
その気丈な姿に、胸の鼓動が高鳴る。
「なに、前の嫌な軍人も消えてるみたいだしね。・・・思い出さないっていったら嘘になるけどさ。」
「すまない・・・。」
「だーから、いってるだろ!私は自分の役目を果たしただけだって。
あんたも、しっかりやんなよ!」
「ああ・・・。」
そういって立ち上がり、研究室から出ようとするマダラメ。
「・・・あ。」
振り返り、何かをいおうと振り返る。
「なに?」
「・・・いや。なんでもない。まあ、期待しててくれよ。」
「?おう、頑張れ!」
サキはきょとんとした顔をしたが、そのまま返事をした。
マダラメは研究室から出た後、考えた。
(いま、何を言おうとした?何を・・・?)
いい加減、自分の感情には気付いていた。
(俺はきっと・・・。いや、そうなんだろうな・・・。)
生まれた感情はいつからだっただろう?
始めは・・・あんなに気に食わない奴だったのに。
「ははっ・・・。そうか・・・。」
何を言おうと思ってたのか分かった。言わなくて良かった。
「俺が君を守る・・・だって?
コーサカがいるんだ、俺が言ったところで、どうしようもないだろ。」
そこまで呟いた所で、見知った人影がいることに気付いた。
- 16 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』8
:2006/04/20(木) 03:29:45 ID:???
- 「ヤナ?」
「ん?マダラメか!来てるとは聞いてたが!」
そういってヤナと呼ばれた男はマダラメに近づく。
「久しぶりだな。」
「あー、そうだな。『シティ』以来か?タナカやクガヤマもいるんだろ?」
「タナカはいるが・・・クガヤマはいろいろあってまだ地球だ。」
「そうか〜。まあ、よかったよ。」
「?何がだよ?」
そのヤナの言葉に、怪訝な顔を浮かべるマダラメ。
「お前ら、もう宇宙これないかと思ったからさ。
あの最後別れる時の落ち込んだ顔が結構目に焼きついててさ。」
そういって少し苦笑いするヤナ。
「ああ・・・。まあ、いろいろあってな、やらなきゃならねえ事が出来たのさ。」
その笑いにつられ、同じように苦笑いするマダラメ。
「・・・安心したよ。顔が、生きてる。今のお前なら安心だ。」
「お前に心配されるほどおちぶれちゃいねえよ!」
ヤナの背中を叩きながら大声で笑うマダラメ。
「いてえ!・・・元気そうで良かったよ・・・。」
そこに、声が掛かる。
「タカヤナギ大尉!!準備中ですよ!」
気の強そうな女性兵の声が響く。
「すまんすまん。今行くよ〜。」
「お前の部隊か?」
「ああ。気の強い女の子ばっかりでね。気が休まらんよ〜。」
「羨ましい様な、微妙な状況だな。」
「はは、全くその通りだよ。・・・あんまり女の子は死なせたく無いしね。」
複雑な表情を作るヤナに、マダラメは思わず笑った。
「何の任務なんだ?」
「地球圏にいまだ隠されてる皇国の基地探しさ。」
「・・・そうか。気をつけろよ。奴さん、結構恐ろしい兵器持ってるからな。」
「・・・ああ、わかってる。話は聞いてるさ。任せとけよ。」
そういって胸を叩き、ヤナは去っていった。
- 17 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』9
:2006/04/20(木) 03:37:41 ID:???
- 「・・・で、ジムとしては最上級のチューンを行ってるわけです。
よろしいですかな?」
そういった男は持ってたボールペンで額を掻く。ここはMS格納庫。
「なるほど・・・。で、オノデラさんといいましたっけ?システムのほうは・・・。」
タナカがその話に感心しながら聞いたあと、質問した。
「すでに積んでいます。確認してみますか?」
「ええ。いくぞ、ササハラ。」
「はい。」
そういって二人はジム・・・
と呼ぶには少しフォルムが洗練されてるMS・・・に向かっていった。
「・・・久々じゃないか。」
「ええ。オノデラさんこそ、お元気そうで。」
昔からの顔なじみのように話すコーサカとオノデラ。
「・・・目的の方は?」
「・・・・・・順調です。」
「本当だろうな?」
「もちろんです。ここであなたに嘘をつく理由がない。」
そういって、コーサカは二人の向かった先にあるMSを見ながら寂しげな顔をした。
「・・・それもそうだな。はやく、あの方が目覚めるといい・・・。」
「大丈夫、ササハラ君はうまくやってます。彼しか・・・無理でしょう。」
「ふむ。あと、お前の設計だが・・・。」
オノデラは目の前にある黒いガンダムに目を向けた。
「また、お遊びに走って。もっと洗練したMSを設計できるだろうに。」
「それじゃ使ってて面白くないんですよ。」
コーサカは視線を落として苦笑いした。
「まあ、お前が使うMSだからいいけどな・・・。しっかり作っといたよ。頑張れ。」
「はい、ありがとうございます。」
そこに、オーノが二人を引き連れて現れた。
「あ、コーサカさん、紹介します、今回私たちに加勢してくれる事になった・・・。」
- 18 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』10
:2006/04/20(木) 03:39:33 ID:???
- スーとコーサカは見つめ合うと、少し気が特に言ってるように感じられた。
「アンジェラ・バートンと、スザンナ・ホプキンスです・・・。って、スー?」
スーは、コーサカから視線をはずそうとしない。
「・・・アンジェラさんと、スザンナさんですね?」
しかし、コーサカはそういっていつもの笑顔を向けた。
「スー、でいい・・・。」
スーはそういって恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あなたがコーサカね。ふーん、このガンダムに乗るんだね?」
「ええ。そうです。お二方の話は聞いてますよ。」
そういってガンダムの前にある二機のMSを指差すコーサカ。
ジムが二機・・・。
しかし、カラーリング、フォルム共に少々従来のものとは異なっていた。
「あれがお二方のMS。しっかり調整してますよ、ね、オノデラさん。」
「ん?ああ・・・。あなた方のデータにあわせて機能を追加しているので、
使いやすいと思いますよ。」
急に話を振られ、オノデラは淡々と話す。
「へえ、ちょっと触ってみてもいい?」
「構いませんよ。」
「OK。いこう、スー。」
「うん・・・。」
「ちょっと、紹介は?」
早々にMSのほうへ行こうとするアンジェラとスーに、オーノは声を上げる。
「えー、だって姿が見えないじゃない。MS弄ってるんでしょ?」
「そうだろうけど・・・。」
「ん、オーノさん、どうした・・・ん?どなた?この人たち。」
丁度そこにやってきたタナカが、オーノに声をかけた。
「あ、タナカさん、丁度いいところに。
前話したことがあったじゃないですか、私の親友です。」
「あ、アンジェラさんに、スーさん?」
「はい。今は傭兵だったんですけど・・・。加勢に来てくれました。」
「だからか、MSの数が多いなあ、とは思ってたんだけど。」
そういってタナカは頭を掻いた。
- 19 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』11
:2006/04/20(木) 03:40:09 ID:???
- 「よろしく!じゃあ、挨拶も済んだし行ってるよ!」
「よろしく・・・。」
アンジェラは挨拶もそこそこに、挨拶を言いかけてるスーを引っ張って行ってしまった。
「私、説明して来ますね。」
オノデラが苦笑いしながら後を追った。
「ははは・・・。しかし、大隊長はどこまで考えてたのかね・・・。」
「え?」
タナカの急な言葉に、オーノは驚いた。
「いやね、何もかもがうまく行き過ぎ・・・。といったらおかしいんだけどもね。
オギウエさんがさらわれた事以外は、全て大隊長の手のひらの上、というかね・・・。」
「・・・そうですね、あの人だけは僕にも読めない・・・。」
そういって苦笑いするコーサカ。
「まあ、悪い様になってないからいいんだけどもね・・・。」
「そうですね、この際、手のひらの上でも頑張るしかないじゃないですか。」
「うん、そうなんだ。あの人を信頼してるしね、俺は。」
ニヤリと笑うタナカ。それにつられて笑みを浮かべる二人。
「お〜い、どうよ、MSはよ〜。」
そこにマダラメが現れた。
「おー、タナカ、さっきヤナに会ったぜ。これから出撃だとさ。」
「本当か。・・・ずっと宇宙で頑張ってたんだなあ、あいつ。」
「・・・ああ。で、俺のはどれよ?」
その斑目の言葉にニヤリと笑うタナカ。
「あれだ。」
その指の先には、赤い塗装をされた、ザク・・・いや、あれは・・・。
「ゲルググか!!」
「ああ。首尾よく皇国軍から接収できたものを回して貰ったらしい。
お前の操作に合うように、これから調整するよ。」
「おおー、こいつは・・・。燃えてきたな・・・。」
「ああ。・・・これで、終わりにしたいな。」
タナカのその言葉に、一同頷いた。
- 20 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』12
:2006/04/20(木) 03:41:11 ID:???
- 『お久しぶりですね・・・。』
ササハラはそのコクピットの中で久々に会長と対話していた。
「ええ・・・。あの時以来ですからね。」
『申し訳ありませんでした・・・。』
「?なにを、言ってるんです?」
急に会長に謝られ、驚きを隠せないササハラ。
『私が・・・もっとしっかりしていれば・・・。』
「それは違いますよ。」
ササハラはその悲しそうな発言を受けて、少し笑みを浮かべた。
『ですが・・・。』
「誰のせいでもない。そう思うようにしたんです。
しいて言うなら・・・。自分のせいだと。」
視線を少し横にそらし、表情を曇らせる。
『・・・あなたは、頑張っていました。誰よりも・・・。』
「それでも、守れなかったら意味がないんです。」
『・・・・・・私、この一人だった期間に、考えていました。』
「・・・なにを、ですか?」
『自分のことです。自分が何者なのか、なぜここにいるのか。』
そういえば、とササハラは思った。
この人は、ちゃんとした一人の人間が元になっているのだと。
『・・・すこし、ぼんやり見えてきたんです。私にも、大切な仲間がいたことが。
とても・・・大事に思っている人もいたことが。』
そういうと、イメージの中の会長は目を瞑る。
『だから・・・。私があの中に戻るためにも・・・。
やるべき事をやらなければならないんです。
あなたの大切な人、必ず助け出しましょう。』
その強い口調は、ササハラの心の重荷を少し払ってくれていた。
「はい・・・。会長、お願いします・・・。」
- 21 :801小隊第13話『廻る宇宙(ソラ)』13
:2006/04/20(木) 03:44:05 ID:???
- 「なにぃ?」
窓の外から地球か覗ける位置にある隠れた皇国軍基地にて、荒野の鬼は顔色を変えた。
「あの・・・。『砂漠サソリ』に連絡が付かない・・・と。」
まさか。
その第一報を受け取った時はそう思った。あの歴戦の三勇士がやられるとは・・・。
しかし。その考えも、あのときの戦いを思い出すと消えた。
やられたのだろう。あの三勇士すらも。
「・・・わかった。で、奴らは宇宙に・・・。そうか・・・。」
まずい。
奴らがここに来たら・・・。計画が崩れるかもしれない。
連絡を切ると、すぐさま頭を廻らす。
「ん・・・?奴らが・・・近くにいるな・・・。」
あの連盟軍悪魔の部隊を相手してきた奴ら。なぜこんな所に?
「・・・まあ、いい。うまく使わせてもらおうか、テンプルナイツ。」
そういってニヤリと笑みを浮かべた。
- 22 :第801小隊『次回予告』
:2006/04/20(木) 03:49:47 ID:???
- 宇宙へと艦船を泳がせ、基地の探索を始めた第801小隊。
そこに、独特の形をした艦船が接近する。
それは連盟の奇跡、第100特別部隊と死闘を繰り広げたといわれる部隊であった。
皇国軍第13独立部隊・・・通称テンプルナイツである。
次回、「テンプルナイツ」お楽しみに
- 23 :ヤナ再び〜幕間
:2006/04/20(木) 04:04:08 ID:???
- 「おいおい、ここに来て新キャラてこ入れ?
多すぎだろちょっとさ〜。でもあのNT少女はアリか?
結構残り話数詰まってんのかね〜。詰め過ぎ?
おおそうだ、夏コミ後のラジオ、更新されたって言ってたなあ。
気になることもあるし〜。聞くか〜。」
- 24 :ラジヲのお時間【葉月】1/11
:2006/04/20(木) 04:05:40 ID:???
- 〜BGM・『曜湖・鳴雪のげんしけんラジヲ!』テーマソング〜
〜FO〜
「どうも〜、いつ誰が聞いてるか分からないげんしけんのネットラジオをお聞きの方、
今日も私、神無月曜湖と!」
「於木野鳴雪でお送りします。」
「・・・於木野さん?」
「なにか?」
「なんかいつもと違いません?」
「いえ、別に?いつも通りですよ。」
「え〜、なんか違う〜。いつもの於木野さんじゃない〜。」
「何を言ってるんですか。」
「むう・・・。」
〜BGM・完全にFO〜
「というわけで、コミフェスも終わって早一週間が過ぎようとしている今日ですが。」
「そうですね。暑さがまだ続いて、今年は残暑が長そうですね。」
「・・・なんか面白くない〜。確かに暑くて死にそうですけど〜。」
「は?」
「於木野さん淡々としすぎですよ!」
「・・・別に構わないじゃないですか。」
「それはそうなんですけど〜。・・・なんかありました?」
「・・・何も・・・ありませんよ。」
「・・・ならいいんですが〜。
それで、コミフェス。私の友達が急にアメリカから来て大変だったんですよ!」
「あれは・・・。結構迷惑でしたね。」
「それは言わない約束ですよ!於木野さん!」
「いつ約束しましたっけ・・・?」
「違います、お約束、って奴ですよ!」
- 25 :ラジヲのお時間【葉月】2/11
:2006/04/20(木) 04:08:04 ID:???
- 「そうですか。」
「うーん、やっぱりテンションがおかしいです!何かあったでしょう!」
「何もないって言ってるじゃないですか・・・。」
「うむむむ・・・。」
「では、お頼りの紹介をします。・・・これでいいんですよね?」
「うー・・・。・・・はい、それです。」
「えーと、RN『黒神千砂十』さんから頂きました。ありがとうございます。
『どうも、初めてメールします。前々からこのラジオはある縁で聞かせて頂いていました。
この前のコミフェスで、於木野さんが本を出すということを聞き、
ぜひとも拝見したいとブースの方へと伺わせていただきました。
本の方、買わせていただきました。思っていたよりハードで、気に入りました。
今後も描かれるんですよね?次も楽しみにしています。
あと、一つ気になったのですが、隣にいた・・。』」
「?どうかしましたか?」
「いえ!ありがとうございました!黒神さん。次回の予定は特にない・・・。」
「ちょっと待ってください!今途中だったでしょう!」
「そんなことありません!」
「ちょ、それ渡してください!ほら!」
〜紙を奪い合うような音 紙が擦れる音〜
「はぁ、はぁ、なになに?
『隣にいた方はラジオのプロデューサーさんだったんでしょうか?
非常に仲の良さそうな感じでしたが、お二人はお付き合いなさっているんでしょうか?
ああいうブースで手伝ってくれる男の方がいるって言うのは少し羨ましいですね。
まあ、そんなこと聞くのは野暮ってもんですね。それでは、次回の放送も楽しみにしています。』
・・・なんで隠すんですか!こういうおいしいことを!」
「そういう反応されそうだったからに決まってるじゃないですか!」
「そんな中途半端な隠し方してもバレバレですよ!」
「しょうがないじゃないですか!今始めて読んだんですから!」
- 26 :ラジヲのお時間【葉月】3/11
:2006/04/20(木) 04:10:00 ID:???
- 「で・・・。お答えしてくださいよ、質問に。」
「ふへ?・・・・・・一緒にいたのは確かにベンジャミンさんでした・・・。
ですが、ただお手伝いしてもらっただけです。
そういう関係では決してありません!!」
「・・・何ムキになってるんですか。」
「ムキになんかなっていません!」
「フフフ・・・。ようやくいつもの於木野さんになってきましたね〜。」
「うー・・・。」
「無理してむっつりしててもすぐに剥がれるもんですよ、化けの皮って言うのは。」
「化けの皮って何ですか!」
「まあ、それはともかく。」
〜『エアリスのテーマ』・CI〜
「音楽です。PSソフト『FF7』より。『エアリスのテーマ』」
〜『エアリスのテーマ』・FO〜
「ちょっと落ち着きました?」
「落ち着くも何も・・・。」
「私の今回のコミフェス二日目にしたコスプレがこのFF7のティファだったんですけど。」
「なのになんで『エアリスのテーマ』なんですか?」
「私が好きだからです!」
「・・・ああ、そうですか。」
「於木野さんやっぱり冷たい〜。」
「で、『AC』買いますか??」
「いや、私は買わないんですけど。・・・ベンジャミンさんが見せてくれるって。」
「へ〜。・・・二人でこっそりとそんな約束を。」
「・・・・・・なんかその言い方いやです。」
- 27 :ラジヲのお時間【葉月】4/11
:2006/04/20(木) 04:10:42 ID:???
- 「まあ、それはともかく、期待できそうですよね!」
「FFのCG技術は素晴らしいですからね。あの予告映像だけでもすごいと思います。」
「そうですね〜。FFの映像美は素晴らしいですよね〜。」
「でもゲーム性は最近失われてるような・・・。」
「あー・・・。FF10とか嫌いじゃないんですけどね〜・・・。」
「確かに、ストーリーとか、面白いと思うんですけど・・・。」
「戦闘とか、確かに微妙かも・・・。」
「SFC時代のFFは、シンプルでしたけど面白かったと思うんですよ。」
「・・・・・・なんかいうことがベンジャミンさんっぽくなってきましたね。」
「は!?・・・似たような事言ってましたっけ・・・。」
「その辺のRPG論語らせると長いですし、よく話してますよ、そんな事。」
「う・・・。で、でもこれは私の意見であって、ベンジャミンさんは関係ありません!」
「でも、SFC時代のFFはリアルタイム体験じゃないですよね?」
「いえ・・・。一応・・・6からは・・・。」
「でも、4、5は違うと。」
「・・・大学入ってから借りましたよ。」
「誰から〜?」
「ベンジャミンさんですよ!」
「何語気を荒げてるんですか。では、ここで一旦CMです!」
〜ジングル・『曜湖・鳴雪のげんしけんラジヲ!』〜
〜CM〜
「それはかなわぬ恋だと思っていた」
「自分とあなたは月と太陽」
「決して近づく事はないと思っていた距離」
「MとSの距離」
「最新第5巻・発売中」
「切なさに、涙しよう」
〜ジングル・『曜湖・鳴雪のげんしけんラジヲ!』〜
- 28 :ラジヲのお時間【葉月】5/11
:2006/04/20(木) 04:16:31 ID:???
- 「いや〜、思わず泣いちゃったんですよ、CMの。」
「ああ、私も持ってますよ。・・・切ないですよね。」
「三巻で家にやってくるじゃないですか?そこの展開がもう・・・。」
「でも、四巻、五巻と経て・・・。私も少し涙ぐみました。」
「ついに、って感じですね。主人公が報われる時が・・・という感じで。」
「六感で完結だそうで、本誌連載も次回が楽しみなところです。」
「そうですね〜。で、まあ、FFの話に戻りますけど。」
「はあ。」
「4、5は大学でやられてということですが。」
「ええ。そうですね。リメイク版ですけど。」
「どのシリーズが一番?」
「えーと・・・。物語的には4で・・・。ゲームとしては5が面白かったですね・・・。」
「なるほど。私としても似たような感じですかね。」
「総合では6だと思うんです。PS以降のFFも悪くはないんですけど・・・。」
「確かに、少しゲームとしては・・・。と思う部分も少なくはないかもですね。」
「FC版は3以外リメイクもあったしやりましたけど、1・2は少し荒く感じますね。」
「まあ、FCのゲームですからね〜。」
「ベンジャミンさんいわく、DQもFFも3が最高らしいですけど。」
「3なんですか?私にはちょっと分かりませんね〜。」
「私も、FF3はやったわけじゃないんでなんとも・・・。」
「WSでリメイクするといって早数年。DSでリメイクが発表されましたけど・・・。」
「どうなることやら、って感じですね。」
「で、今話に出たDQのほうは、やられました?8が去年発売されましたけど〜。」
「一応一通り。出来ないものはないですから。」
「DQのリメイクはしっかりされていますからね〜。」
「確かに3は面白いんですけどね。私としては、6かな・・・。」
「ま、また意外なところを・・・。」
「6って結構駄目駄目言われてますけど、良く出来てると思いますよ。」
「・・・チャモロ総受けとか考えてたわけじゃないですよね?」
「ブッ・・・。」
- 29 :ラジヲのお時間【葉月】6/11
:2006/04/20(木) 04:32:22 ID:???
- 「・・・図星ですか〜?テリー攻めですか〜?」
「ち、違いますよ!ストーリーとか、設定とか、ゲーム性とかです!」
「全く?考えたこともない?」
「・・・ちょっとはありますけど・・・。」
「あるんじゃないですか〜。」
「・・・それはいいじゃないですか!なんといってもエンディングで泣けるんです。」
「あ〜、あのラストは・・・切ないですよね・・・。」
「漫画版のDQはその辺りフォローしてたので、結構お気に入りだったりします。」
「あの完結させた作品のない男、と呼ばれた方でしたね、描かれてたの。」
「らしいですね。でも、数年前完結してない作品、完結版出したりしてましたね。」
「そうですね〜。」
〜『空飛ぶベッド』・CI〜
「では音楽です〜。交響組曲DQ6より『空飛ぶベッド』。」
〜『空飛ぶベッド』・FO〜
「この曲は聴いてるとウキウキしてきますね〜。」
「ベッド関連のお話は、とても暗いですけどね・・・。」
「でも、素敵ですよね、あのお話。」
「ええ、ホリイさんの描く物語って、とても素敵だと思います。」
〜窓を軽く叩く音〜
「あ、プロデューサー!」
「!!」
「ようやくおいでましたか。え?『DQは日本の宝です。』・・・。
それに関しては否定できませんねえ・・・。ねえ、於木野さん?」
「は、はい!?」
「ど、どうかしました?」
- 30 :ラジヲのお時間【葉月】7/11
:2006/04/20(木) 04:33:12 ID:???
- 「い、いえ、何でもありません!」
「・・・あやしい・・・。」
「本当、何でもありませんから!」
「そうですか〜?で、ゲーム、最近のでいうと、なにかやってます?」
「ちょっと前は、ハレガンの3やってましたけど。」
「もちろんそこは抑えていますか〜。」
「オリジナルストーリーですし、声もちゃんと付いていますしね。
でも、ちょっとマンネリかな・・・。」
「あー、システムあんまり変わらないんでしたっけ。」
「基本は、そうですね。いろいろと細かい変更点はありますけど・・・。」
「なるほど。」
「なので早々終わらして、今はテイルズの新作が出るのを待ってる感じですか。」
「テイルズ〜。今度、キャラデザ猪俣さんでもふじしまさんでも無いんですよね〜。」
「結構冒険かなー・・・って思いますけどね。嫌いじゃないですよ。」
「でも、あれナージャ・・・。」
〜激しくガラスを叩く音〜
「!!びっくりした!なんですか?マムシさん。『そこに触れてはいけない。』・・・はあ。」
「・・・何か深い理由でもあるんでしょうか?」
「さあ・・・。マムシさん、あれに苦い思い出でもあるんでしょうか?」
「はあ・・・。」
「私は、三国無想の猛将伝出るので楽しみです。」
「三国無想なんてやってるんでしたっけ?」
「何を言ってるんですか!あの敵をなぎ倒す快感といったら!!」
「・・・・・・親父キャラ多いですしねえ・・・。」
「・・・スイマセン、ソレガモクテキデシタ。」
「一旦、CMです。」
〜ジングル・『曜湖・鳴雪のげんしけんラジヲ!』〜
- 31 :ラジヲのお時間【葉月】8/11
:2006/04/20(木) 04:34:29 ID:???
- 「それだけを 求めていた」
「どこにいっても 得る事は出来なかった」
「見つけることは出来ないと思っていたのに」
「どうしてだろう」
「あなたは それを持って現れた」
「NDSソフト」
「いくらハンター」
「9・15発売」
〜ジングル・『曜湖・鳴雪のげんしけんラジヲ!』〜
「そうそう、これ!これも楽しみなんですよ!」
「・・・いくら。」
「そう!何かミョ〜なBGMと、恋愛系シナリオが妙にマッチしてて!」
「・・・・・・いくら。」
「於木野さん?」
「・・・はっ!な、なんでもありません。NDSですか、私もやってみようかな・・・。」
「それはいいですね!楽しみが増えましたね〜。」
「そうですね。・・・あっ!」
「あら?どうかしました?」
「い、いや・・・。」
「フフフ・・・。忘れては無いですから安心してくださいネ!
二回目のCMが終わったら!これっきゃない!
『漫画・恥ずかしい台詞を大声で言ってみよう』のコーナー!」
「・・・はあ。」
「あれ?騒ぎませんね、今回は。」
「もう慣れました。早くちゃっちゃと進めましょう。」
「・・・え〜。於木野さんのあわてる姿が見たかったのに〜。」
「・・・・・・ご期待に添えなくてすいませんね。」
「やっぱり冷たい〜・・・。まあいいですよ、いいですよ。
フンフングシュグシュ。」
「・・・それ何でしたっけ・・・。」
- 32 :ラジヲのお時間【葉月】9/11
:2006/04/20(木) 04:35:57 ID:???
- 「それはおいといて、今回は、『マリア様が観てる』より。」
「はっ!?漫画じゃなくないっすか?」
「漫画化もされてるからいいじゃありませんか〜。」
「はあ・・・。」
「ちょっと長いんですけどね。小説からの引用ですし。」
「・・・・・・結局小説から引用するんですか。」
「まあ、まあ。ここからです。『ところでユミ・・・』」
「『黄バラ』のラストっすね・・・。」
「さすが於木野さん!じゃあ、これ於木野さんの分。」
「ハア・・・。やっぱり私がユミなんですね・・・。」
「逆にします?」
「いえ・・・。いいっす・・・。そっちの方が長いですし・・・。」
「じゃあ、やりますよ〜。」
「はいっす・・・。」
「『ところでユミ。
今度私はユミに『サチコさま』と呼ばれても返事をしないことにしましたから。』」
「『えっ。』」
「『だって。いつまで待っても、あなた呼び方変えようとしないんだもの。』」
「『サチコさまぁ。』」
「『無視されたくなかったら、ちゃんとお呼びなさい。』」
「『・・・えさま。』」
「『聞こえなーい。』」
「『・・・お姉さま!』」
〜むは〜 という息を吐く音〜
「むは〜、久々にやると恥ずかしいですね〜・・・。」
「・・・そんなものをやらせてたんですよ・・・。」
「でも、於木野さんの『お姉さま!』よかったですよ〜。
本当に妹にしちゃいたいくらい!」
- 33 :ラジヲのお時間【葉月】10/11
:2006/04/20(木) 04:37:12 ID:???
- 「え!いや、その!」
「私とスールの関係を結びませんか〜!」
「嫌です!」
「そんな〜、つれないですね〜。
いいですよ、いつかそっちから妹にさせて欲しいと言わせてみせるんですから!」
「何、本当のサチコさまみたいな事言ってるんですか!」
「そして二人でコスプレを・・・フフフ・・・。」
〜『pastel
pure』・CI〜
「何言ってるんですか!音楽です!
TVアニメーション『マリア様が観てる』OPテーマ『pastel
pure』。」
〜『pastel pure』・FO〜
「・・・そしてあれを着てもらって・・・。」
「そろそろ戻ってきてください!」
「はぅ!・・・わ、私いま何を・・・。」
「・・・恐ろしい人・・・。」
「『硝子の仮面』ですか〜?」
「ち、ちがいますよ!本当に恐ろしく思ったんですから!」
「フフフ・・・。漫画の台詞を使ってしまうのは私たちのSAGAか・・・。」
「・・・チェーンソー持ってきましょうかね・・・。」
「・・・・・・それで分かる人も結構コアですよね・・・。」
「まあ、確かに・・・。」
〜ガラスを叩く音〜
「え?『SAGA2のFLASHはマジ泣きそうになった』・・・。」
「ああ・・・『ケンタ、ありが・・・』」
「やめて!思い出したら泣いちゃいそうなんです!!」
「・・・・・・まあ、すごく悲しい話ですけど・・・。」
- 34 :ラジヲのお時間【葉月】11/11
:2006/04/20(木) 04:42:31 ID:???
- 「で、『マリ観て』ですが。」
「立ち直り早いですね!」
「それが私のいい所です〜。・・・で、これ、おもしろいですよね〜。
私はこっちで高校生活を送ってないですからね〜。
こっちの高校はこんな感じなのかと思っちゃいますけど。」
「いや・・・。それは無いかと。かなり特殊な環境ですよ。
私も女子高でしたけど、ここまでの学校ってそうは無いんじゃ・・・。」
「女子高!」
「え、ええ、そうですけど・・・。」
「じゃあ、『お姉さま!』とかあったんじゃないですか!?」
「ないですよ!・・・でも、先輩にキャーキャー言ってる子はいたかな・・・。」
「おお!やっぱり日本はチガイマスネ。HAHAHAHA!!」
「・・・なに急に偽外国人っぽい笑い方してんですか・・・。」
「そんな中で於木野さんはどんな生活を・・・。」
「・・・何もしてませんでしたよ。ただ学校行って、ってだけです。
特に何も無い高校三年間でしたね・・・。」
「・・・じゃあ、色々ある大学生活にするためにコスプレしましょうよ〜!!」
「い・み・が・わ・か・り・ま・せ・ん!」
「楽しいですよ〜、楽しいですよ〜。そうです!今度の学園祭、一緒にやりましょ〜!」
「身内だけって言ったじゃないですか!」
「!!なら身内だけならやるんですね!」
「・・・それは売り言葉に買い言葉で!!」
〜BGM・FI〜
「よ〜し、あ、そろそろ時間ですね!
では、この後私は於木野さんのコスプレを選びに行ってきま〜す!
メインパーソナリティは神無月曜湖と!」
「え、ちょっと、お、於木野鳴雪でした!ちょっと待ってください!」
〜喧騒・FO〜
- 35 :ラジヲのお時間【葉月】11/11
:2006/04/20(木) 04:43:15 ID:???
- 〜BGM・CO〜
- 36 :今回のヤナマダ〜幕後
:2006/04/20(木) 04:58:10 ID:???
- 「いや〜、今回も飛ばしてたね、曜湖さん。」
「まあな〜。でも今回は妙に笹原が突っ込み入れづらそうにしてたけどな。」
「・・・なんかあったのかね?」
「さあ。単に就活で疲れてただけだろ。」
「でもな〜、夏コミのときの話聞くとな〜。」
「あん?」
「いやね、あの放送のメール、今年の漫研の一年生なんだよ。」
「はあ?何で漫研女子が現視研のラジオにメールして来るんだよ?」
「いやね、漫研女子内で嫌われてる現視研ってどんな所かって聞いてきてさ。」
「で、ラジオ教えたわけか。」
「そ。でね、ラジオ、気に入っちゃったらしくてさ。ちょっと普通と違う子なんだ。」
「はーん。それで、その子があのメールをってことか。」
「そう、その子曰く、ただの先輩後輩には見えなかったっていう・・・。」
「ははは、あの二人は普通に仲がいいからな。そう決め付けるもんでもないだろ。」
「そうかな〜。」
- 37 :後書 :2006/04/20(木)
05:00:51 ID:???
- なんか、三回も連投規制に引っかかるのは何かの呪いですか?ソウデスカ。
ちょっと前まで忙しくて書けなかった分ぶいぶい書いていきたいところです。
アンソロの方もよろしくお願いします・・・。
とりあえず25日が楽しみのような怖いような〜・・・。
- 38 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 11:23:40 ID:???
- >>1
乙&感謝。
ようやく長々と書き続けていた長編の第一稿が完成したものの、軽く40レスを越えるもので先に新スレ立てようかなと悩んでいたとこだったので、助かりました。
推敲の後、今週中に投下します。
>801小隊&ラジヲのお時間
何かこのコンボ、定番化しつつありますな。
なかなかやらない代わりに、いよいよとなったらまとめてやる、夏休みの宿題を31日に一気に片付けるタイプの人と見た。
それにしても801小隊、オールスター巨編ですな。
まるで最終回間近………
危ない危ない、ここ数日本スレに蔓延してる終末感のせいで、すっかり最終回という言葉にナーバスになってる。
何とか絶望発作を押さえ込んだ。
絶望するにはまだ早い。
本編もSSも、まだまだ弾は残っとるがの!
- 39 :マロン名無しさん
:2006/04/20(木) 21:44:00 ID:???
- >現聴研第6話
やっぱり寄生しにきたかハラグーロ!
まんまネタが当てはまりますね。
私も、原口が来るとしたら有名バックバンドを斡旋にくるんじゃないかと思ってましたが、その通りの展開でした。
で、リクエスト(現聴研でも他バンドでも)なんですが、私の場合は「筋肉少女帯」。例えば下記のような曲とか……、
「サンフランシスコ」←HR/HMに美しいピアノソロが融合、哀愁の詩!
「イワンの馬鹿」←プログレッシヴ!寒気のするダークな世界観。
「小さな恋のメロディ」←EATMANだったかの主題歌でした。タテノリマンセー。
↑筋少は「コミックバンド」のそしりを受け易いのですが、その演奏レベルは非常〜に高いのです。……知らないですかそうですか。いやマジで不採用にして…。
>801小隊
どんどんサブキャラが出てきて楽しかったです。
黒いガンダムにゲルググ〜!
そして外人さん2人も参戦ですか〜!
もはや「小隊」とは呼べないほど大所帯ですね(w
アンジェラとスーの「カラーリングとフォルムの異なる2機のジム」が気になります。詳細とスペック教えてください……正直、絵にしたい……。
「第13独立部隊」ってなんか連想させるものがヤバそうなんですが……次回期待してます!
>ラジヲのお時間【葉月】
8月…、原作の展開に合わせた於木野さんの態度が笑えます。
“合宿したのは9月だったか…、軽井沢で公開録音か……いや「ん」の後かッ、後なんだな!”と一人で盛り上がってます。
FF論と「ドラクエは日本の宝」には、「そうそう」と、思わずうなずかされました。もはや普通のラジオリスナー気分です(w
- 40 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 00:06:44 ID:???
- >>801小隊13話
キャラが増えますねぇ。しかし落ち着いた展開。。。
クライマックスへの準備ですね!期待が膨らみます。
>>ラジオ【葉月】
時期的に微妙なのが面白いですね!!次回どうなるんだろう…wktk
そしてCMもまたしても、SS作品がww
- 41 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 00:31:00 ID:???
- >801小隊
おおおーーー。赤いゲルググ!くはー。次回それで闘うマダラメの勇姿に超期待。
…こっちの世界でも「言えない」マダラメ…くう…切ない…
ジムの洗練されたフォルム…どんなだろう。絵で見たい。というか801小隊、アニメで見たいw本当に。
>ラジヲのお時間
まずは感謝。CMが…
本当にありがとうございました。嬉しくて画面の前で大騒ぎしてしまいました。
さて、今回もいい雰囲気ですねーラジヲ、曜湖さんと於木野さんの掛け合いは、読んでいてすごくなごみます。
二つとも、次回を楽しみにしてます!!
- 42 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 01:35:03 ID:???
- 現聴研6話書いた者です。
>>39
すみません、筋少は友人達は聴いてたのですが僕は聴いてませんでしたorz
オーケンの書籍は6,7冊ぐらい読んでるんですけどね(汗)。
よかったら。また書いてみてください。どうか…。
さてそれでは、軽い感じのものを4レス投下します。
- 43 :いくらハンター3(1/4)
:2006/04/21(金) 01:35:51 ID:???
- ある日曜のこと、画材の買出しを終えて、日も暮れて帰宅した
荻上が郵便受けを見ると、寿司のテイクアウトチェーン、
小象寿司の広告が目に留まった。
『特選北海セット(サーモン・かに・いくら丼)』
『特選海鮮セット(マグロ・サーモン・イカ・かつおタタキ丼)』
『特選いくらセット(いくらが山盛り丼)』
―全品、本日限り680円!!―
「特選いくらセット!?」
思わず声が出る荻上。しまったという表情で赤面するが
玄関に買って来た荷物を放り込むと、急ぎ足で最寄の小象寿司へ向かう。
どんどん暗くなる道を、時々通りかかる車のライトに照らされ
長い影を伸ばしながら、荻上は急いだ。
道の向こうに、小象寿司の窓の明かりが見える。
『間に合った………。』
荻上が店内に入ると、特選品の棚には海鮮セットの丼が2つと、
いなり寿司や、バラ売りの手巻き寿司が数本有るだけだった。
『いや、焦るな、言えば作ってくれるはず。それは知ってるべ。』
レジの前には、おばさんと青年が2人並び、逆サイドでは座って
待っている、孫を連れたお爺さんが居る。
荻上は、品切れになっていない事を祈りながら列に並ぶ。
その時、前の青年が順番になり、オーダーを告げた。
「あ、俺、特選イクラ丼を―――。」
「申し訳ありません、本日もう品切れとなっております。」
笑顔で答える、店員のお姉さん。モンゴル出身の横綱に似ている。
「え?じゃあ北海セットは?」
「大変申し訳ありません、そちらも品切れに―――。」
前の客よりも早く、店員の返答を最後まで聞かずに、
うっすら涙目で踵を返す荻上だった……。
- 44 :いくらハンター3(2/4)
:2006/04/21(金) 01:36:36 ID:???
- 帰り道、スーパーに寄ってみるが、こちらも閉店間際。
今日はいくらはもう無くなっていた。
仕方なく子持ちししゃもを買って帰るのだった。
翌週の土曜日、笹原とデートの荻上だが、脳内は既にディナーに飛んでいた。
『笹原さんのことだ、きっと「何が食べたい?」って訊いてくるはず!
そしたら私は「回転寿司にしましょう」って答えるんだ……。
よし!「回転寿司にしましょう」「回転寿司にしましょう」うん!
返事のシミュレーションもばっちりだ、私!』
でれでれと歩く笹原の横では、目の中に炎を灯して歩く荻上の姿が見られた。
そして日も暮れて…。
「今日の晩御飯だけど、これから……。」
その台詞を待っていた荻上の目がギラリと光る。
『よし来た!「回転寿司にしましょう!」さーこい!』
「この先の、イタリア料理店予約してみたんだ。」
「かい…え?ええ〜っ!?」
荻上は笹原の方を2度見してしまうほどの吃驚っぷりである。
「あれ?ダメだった、荻上さん(汗)?」
「え?いえ!……そ、そんなこと無いデスヨ!?」
「ひょっとして、嫌いだったかな?」
顔に縦線を浮かべながら冷や汗もたらしている笹原。
「違うんです、笹原さん。気のせいです、気のせい。」
そんな笹原を見て焦り気味の荻上。
- 45 :いくらハンター3(3/4)
:2006/04/21(金) 01:37:13 ID:???
- 「ただ、そんなお洒落っぽいお店を予約するのが意外だったというか――。」
「はは、そうだね、オタクが、俺がお洒落を気取っても駄目だよね………。」
思わず失言が飛び出した荻上と、どんどん落ち込んでいく笹原。
二人の空回りは、この日は修復不能であった。
食事はしたけどみかんは無しで別れる二人だった。
とはいえ、すぐに何事も無かったように、デレっとしたり感激したりする、
この時期の二人は翌週までには雨降って地固まる状態である。
翌週末の深夜、オンリーイベント向けの原稿のネームを切っている
荻上の部屋を訪ねる笹原の姿があった。
手にはコンビニのビニール袋が提げられている。差し入れのようだ。
「こんばんは〜。荻上さん、差し入れ持って来たよ。」
「こんばんは、ありがとうございます。」
言葉は素っ気無いが、笹原の来訪が何よりの嬉しい差し入れだ
といった様子が、嬉しそうな目元に表れている荻上だったが……。
差し入れの中には、苺の生クリームカステラ挟み260円と、
手巻き寿司(いくら)150円。
「あ!いくら巻き新発売ですか。今日からでしょうかねぇ。」
「うん、どうだろ…そうかもねぇ。」
いくらに過剰反応する荻上だった。
そしてそのまま包みを開き、オレンジの粒を確認すると海苔をスライドさせ
ロール状の酢飯を巻いて行く。
「ありがとうございます。いただきます。」
笹原の方にぺこりと軽く会釈してからパクリと巻き寿司を
いや、いくらを口に運ぶ荻上。
- 46 :いくらハンター3(4/4)
:2006/04/21(金) 01:38:07 ID:???
- 『………?』
嬉しそうに見守る笹原の視線を感じて、平静を装う荻上だったが
内心は、打ち寄せる波が高くなってきていた。
『いくらの味はどこ?あの粒々の感触はどこ!?
………くっ!酢飯の味しかしないっすよ、笹原サン!』
思わず笹原を恨みそうになる荻上だったが、愛しい人の姿が
目の端に留まって思い直す。
『いや、笹原さんは悪くない…。半端な物売りやがって!7−トゥエルブめ!!』
にこやかに食べ終わると、すぐにもう1品もぺろりと平らげ、
会話もそこそこに机に向かう荻上だった。
その様子に不審がる笹原だったが、原稿の邪魔はすまいと
横に積んであったハレガンを読み始めるのだった。
荻上は鉛筆を片手にネームを書こうと唸っていた。
『大事な人がすぐ近くに居るのに、満たされないこの気持ち……。
なんと人間とは業が深いものか。む!?これだ!』
何かテーマを思いついたようで、荻上の鉛筆が紙の上を走り始める。
『それにしても、いくら……求めれば求めるほど逃げていく……。
そんなに求めなくても食べれそうな物なのに、何故に―――。』
偶然に翻弄され、我が身の不運を嘆く荻上の夜は更けて行った。
- 47 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 01:39:01 ID:???
- 以上です。コンビニでいくら手巻き寿司見かけて書きました。
…見かけるたびに書いてるわけじゃないですよ?
- 48 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 02:02:15 ID:???
- >いくらハンター3
乙です!!荻上さん、いくら求めて今日も行く!
なかなか手に入らない、この苦悩はそう、恋にも似て…。
このシリーズ大好きです。また続編思いついたら是非!かいてくださいねーー。
- 49 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 03:32:51 ID:???
- >いくらハンター
いくらはいいね。荻が好きなものの中で最高の物だ。
いくらをたくさん食べさせてあげたいけど、
賞味期限表記詐称とかあるから気をつけないとね!
相変わらず食べれない荻上さんカワイソス。
面白かったですw
- 50 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 08:49:26 ID:???
- >いくらハンター3
原作では単に好きな寿司ネタという程度の話題が、ここでは悲劇のいくら中毒患者になってしまう。
この妄想膨らみ具合こそが、SSスレの醍醐味w
- 51 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 13:57:06 ID:???
- ども、ご無沙汰しています。
今までクッチー絡みのスレを山ほど書いてきたバカです。
長々と書き続けてた長編が、ようやく完成しました。
一気に投下したかったのですが、とんでもない長い時間スレを占領することになるので、分けて投下することにしました。
実は今から仕事なので、時間の許す限り投下します。
全部で60レスぐらいの予定です。
- 52 :はぐれクッチー純情派 その1
:2006/04/21(金) 14:01:53 ID:???
- タイトルの元ネタになったドラマ風の、タイトル欄に入り切らないサブタイトル
容疑者は荻上さん?
それぞれの15年戦争、今決着の時!
朽木刑事、北に南に日本列島縦断ループ!
本作は、次のような前提条件で進行します。
@舞台は笹荻成就から10年後、つまりリアルタイムで言うと9年後の世界です。
A世界観は、以前書いた「11人いる!」に基づいています。(部室が屋上にある等)
B東北地方でのシーンが多いですが、東北弁は自信無いので基本言語は標準語です。
Cなお原作との関連性については、5月号現在までの状況を前提にしてますので、もし先に6月号のネタバレが届いていて、そこで5月号の時点で考えられなかったような事態(斑目と咲ちゃんが結ばれたとか)が起こっていたとしても、当局は一切関知しません。
- 53 :はぐれクッチー純情派 その2
:2006/04/21(金) 14:03:51 ID:???
- 軽井沢にほど近いハイウェイを、一台のジープが走っている。
オープンカーではなく、金属の屋根や窓ガラスのある市販モデルだ。
やや黒っぽい灰緑色に塗られた車体は、陸自や米軍の車両に似ていて紛らわしい。
東北地方のX県のナンバーが着いていることからも分かるように、寒冷地仕様だ。
クリスマスも終わり冬休みに入っているにも関わらず、ハイウェイは空いていた。
例年ならこの辺りは、平日でもスキー客の行き来で混み合っている。
だが今年は地球温暖化のせいか、この時期になっても雪が降らないから、この空き方も無理は無かった。
やがてジープはパーキングエリアに入る。
ジープから長身痩躯の男が降りてきた。
黒のスーツに黒のソフト帽にグレイのコートという、半世紀前のギャングのようなその男の格好は、ジープの運転手としては違和感があった。
コートだけが少し毛色が違うのは、ロシア軍払い下げの将校用のコートだからだ。
大学時代から体脂肪率の殆ど変わらない、痩せ型ゆえに寒さが体幹にまですぐに浸透するその男にとって、シベリアの寒さに耐えられるという触れ込みのそのコートは有難かった。
男はコーヒーを飲みながら景色を眺めた。
紅葉が落ち、雪が無い山々の景色は無残だった。
だが男の脳内では過去に見た景色が再現されているらしく、懐かしそうに景色を眺める。
「あれから10年か…」
男はクッチーこと朽木学だった。
彼は合宿で彼の地に訪れた10年前、それがきっかけで結ばれたひと組の男女に思いを馳せていた。
そして沈痛な面持ちになった。
これからの自分の行動は、もしかしたら2人の幸せを壊すことになるかもしれない。
だがすぐさまその思考を打ち消した。
そうじゃない、俺はむしろ2人の幸せを守る為に行くんだ。
そう思うことで自らを奮い立たせ、再びジープを発進させた。
「2年ぶりの東京か…」
ジープは東京方面に向かっていた。
- 54 :はぐれクッチー純情派 その3
:2006/04/21(金) 14:05:26 ID:???
- 彼が何をしに東京に向かっているのか?
それを説明する前に、少し長くなるが彼が卒業してからの8年間を振り返ろう。
クッチーは卒業後、警察官になった。
当初は普通の会社に就職する積りだった。
(もっとも働きながらジュニア小説を書いて、それがものになったら辞めるつもりだが)
だが彼は就職に関しては運が悪かった。
行く先々の面接担当者が年配者ばかりで、しかもオタクに偏見を持った人ばかりだった。
つまり現視研に所属していた経歴は大きなマイナス材料になった。
ある会社の面接の時など、あからさまに犯罪者予備軍呼ばわりされ、キレて乱闘沙汰になってしまったぐらいだ。
すっかり就職活動に行き詰まり、とりあえず派遣かバイトで食って行こうと考えていた矢先、転機が訪れた。
ある日ひったくり事件の現場に遭遇したのだ。
犯人はクッチーの方に逃げてきた。
クッチーはその前に立ちはだかった。
犯人はナイフを出して切りつけてきた。
とっさに避けたものの上着の袖が切れ、同時にクッチーもキレた。
手刀でナイフを持った腕を叩き折り、顔面に正拳を叩き込み、倒れたところで足を振り上げて顔面を踏み潰す。
さらに完全に気絶したひったくりに馬乗りになって、顔面に正拳を連打し続ける。
警官が駆け付けるのがあと1分遅かったら、犯人は死んでいたところだった。
多少過剰防衛気味ながら、クッチーは犯人逮捕のお手柄で表彰された。
表彰状を渡した警察署の署長は彼のことを気に入り、警官になることを勧めた。
彼の勧誘はかなり熱心で、その後もたびたび電話があり、ある時などわざわざ菓子折りを持ってクッチーの部屋を訪ねたりもした。
警察というところは慢性的に人手不足なので、時折この署長のように見込みのある若者に対しては熱心に勧誘する人がいるようだ。
「『こち亀』の両さんみたいに、交番でゆるりとオタライフというのも悪くないかも…」
就職に行き詰まり弱気になっていたこともあり、クッチーは警官の採用試験を受け、見事に合格した。
- 55 :はぐれクッチー純情派 その4
:2006/04/21(金) 14:07:58 ID:???
- これで働きながら小説が書けるとひと安心したクッチーだったが、現実は彼の思うように行かなかった。
交番勤務の警官は忙しい。
ここ数年、日本の治安はどんどん悪くなっていて、小さな事件はしょっちゅう起きている。
それに加えて、予想した以上にいろいろな理由で警官を呼ぶ人が多い。
何しろ「蝉がうるさい」ってな理由で110番する人がいるぐらいだ。
だから交番に居る時間が1日に1時間も無い日も珍しくない。
「いい加減これでは小説が書けないにょー」と閉口するクッチー。
だがそんな思いとは裏腹に、根は真面目で正義感が強く、その一方でキレやすいクッチーは、現場では勇猛果敢に突撃した。
それに加えて、どうも彼には犯人を引き寄せる何かがあるらしく、指名手配中の犯人を逮捕したり、現行犯で犯人を逮捕したり、自分でも信じられないほどの活躍ぶりを見せた。
まあそのたびに犯人をボコボコにしてしまい病院送りにしていたが、マスコミの論調は一部の左翼系新聞を除いて好意的で、ある雑誌などは特集を組んだりした。
凶悪な事件が続発する昨今、時代は犯罪に厳しい警官を求めていたのだ。
このクッチー人気に本庁が乗り、彼は刑事に抜擢された。
2年ほど警視庁管内のある警察署に配属され、その間にも次々と犯人を逮捕した。
そこですぐに本庁の捜査一課に配属され、そこでも活躍した。
だが一方で、それを面白くないと思う者もいた。
以前から本庁にいた刑事たちだ。
彼らは概ね出世志向とエリート意識が強いので、ぽっと出のクッチーに異常な敵意を抱いていた。
クッチーに逮捕された犯人の多くは、警察病院の病室で筆談で取り調べに応じる。
彼の逮捕とは、拳足を犯人に叩き込み、ダウンしたところを顔か腹を踏み潰し、マウントパンチを連打することと殆どイコールだからだ。
毎回毎回、歯や顎を破壊されて喋れない容疑者の取調べに、いい加減刑事たちもキレかけていた。
そして事件は起きた。
- 56 :はぐれクッチー純情派 その5
:2006/04/21(金) 14:10:12 ID:???
- ある時、クッチーは捜査方針を巡ってベテラン刑事たちと口論になった。
先にキレたベテラン刑事が殴った。よせばいいのに、何発も殴った。
それが惨劇の始まりとなった。
待機中の機動隊員たちにクッチーが取り押さえられた時には、捜査一課の全刑事の6割が病院送りになった。
このことが問題になってクッチーは刑事以前に警官をクビになりかけた。
「まあ警備員でもやりながら、のんびり小説書くかにょー」
だがまたもや事態は思い通りには行かなかった。
今は東北地方のX県のY署で署長をやっている、かつてのクッチーの上司が彼の資質を惜しんで本庁に掛け合い、自分の署で引き取ることを条件にクッチーの処分撤回を勝ち得た。
こうしてクッチーはY署の防犯係に勤務することになった。
クッチーにはこの半月ほど追い続けている事件があった。
Y署管内で3件の路上強盗事件が連続して起こった。
事件は3件とも、夜の9時頃に人通りの無い道で発生した。
(その為目撃証言は殆ど得られていない)
被害者はいずれも30歳の主婦で、パートの帰りだった。
犯行の手口はいずれも、物陰からいきなり催涙スプレーを被害者にかけ、鉄パイプのような鈍器で滅多打ちにしてから財布を奪うという荒っぽいものだった。
被害者は最初の2人は全身の打撲や骨折だけで済んだが、3件目の被害者だけは頭を殴られて意識不明の重体だった。
- 57 :はぐれクッチー純情派 その6
:2006/04/21(金) 14:13:01 ID:???
- そして3件目の事件の後の、Y署での捜査会議。
係長「そういうわけで、引き続き物盗りの線で捜査を続行する」
何事も無難にまとめようとする、交番勤務からの叩き上げの係長らしい結論だった。
確かに3件の事件は、いずれも財布を奪われている。
そう結論付けることに無理は無い。
だがクッチーは食い下がった。
朽木「ほんとにただの物盗りですかね?」
係長「出たね、クッチーの引っかかりが。で、今回は何が引っかかるの?」
係長はクッチーが赴任してきた当初は「朽木君」と呼んでいたが、ある時舌を噛んでしまい、その後「呼びにくいからクッチーでいい?」と断った上でこう呼ぶようになった。
朽木「3件の強盗致傷事件の被害者が、いずれもパート帰りの30歳の主婦。偶然にしては続き過ぎませんか?」
係長「何が言いたいの?」
朽木「被害金額は1件目から順に8千円、千5百円、7百円。犯行を重ねるに連れて犯人の収穫はむしろ減っています。もし金目当ての物盗りなら、3件目ともなれば手慣れてくることもあって、もっと金持ってそうな人を狙うと思うんです」
年配の刑事が同意する。
(以下「年配」または「年配刑事」と呼称する)
年配「確かに3人とも、パート先に行って帰ってくるだけだから、割とラフな格好だったな。もし金目当てなら、ちと的外れな選択だな」
係長「たまたま被害者しか通らなかったんだろ。どの現場も、あの時間は1時間に5人も通らないし」
朽木「そこなんですよ、もう1つ引っかかってるのは」
係長「どこ?」
朽木「物盗り目的の犯行なら、田舎とは言えもっと人通りの多い場所は他にあります。何故犯人はあんな人通りの少ないとこで待ってたんでしょう?」
クッチーより5つほど若い、若手の刑事もクッチーの推理に乗った。
(以下「若手」または「若手刑事」と呼称する)
若手「それはつまり、たまたまではなく被害者を最初から狙ってたと?」
朽木「その可能性も捨て切れないよ」
- 58 :はぐれクッチー純情派 その7
:2006/04/21(金) 14:15:07 ID:???
- 係長「うーん…クッチー、他に被害者3人に何か共通点はあるかい?今のところ分かってる共通点だけじゃ弱いよ」
朽木「うーむ…」
そこで電話が鳴る。
係長「(電話に出て)はい防犯係…ちょっと待って下さい。クッチー、電話だ」
クッチーの席の内線電話に切り替える。
朽木「はいお電話代わりました、朽木です…あっ、ご主人。どうですか奥さんの具合は?…何ですって!」
クッチーの方を注目する一同。
朽木「…分かりました。わざわざありがとうございました(電話を切る)」
係長「誰から?」
朽木「第一の事件の被害者の旦那さんです」
係長「それで何だったの?」
朽木「三つの事件の被害者は全員隣のZ町のZ中学の同級生で、しかも全員文芸部だったらしいんです」
どよめく一同。
係長「でも何でまた今ごろ?」
朽木「第二の事件までは、マスコミの扱いも小さかった上に結婚して姓が変ってたので、まさか同級生とは思わなかったらしいんです」
若手「でも3人目の被害者は重体だった為にマスコミも大きく扱い、顔写真も公表された」
朽木「そう。その報道で第三の事件の被害者が同級生であることに気付き、通院してる病院に入院していた第二の事件の被害者に会いに行ってみたら、そっちも同級生だったって訳だ。係長、こりゃ調べてみる必要ありますよ!」
係長「よし、被害者の身辺の調査は君に任せる。(若手に)君は彼に付いて行け。後の者は
現場周辺で聞き込み続行、以上、解散!」
- 59 :はぐれクッチー純情派 その8
:2006/04/21(金) 14:17:26 ID:???
- クッチーの愛車でZ町に向かうクッチーと若手の刑事。
若手「でもいいんすか?」
朽木「ん?」
若手「自分もZ町出身でZ中卒なんすけど、あの町って今凄くさびれてて、農家やってる人と都会に出た人以外はみんなY町で働いてるんすよ。そんでそのままY町に引っ越しちゃう人も多いから、今のY町の人口の3割ぐらいはZ町出身者っす」
朽木「つまり3人が同じ中学出身なのも偶然だと?でも3人とも元文芸部員というのは、どう説明する?」
若手「うーん、そう言えば…」
朽木「まあ違っていたら、それはそれでいい。だが疑わしい要因があるのなら、それを調べるのが俺たちの仕事だ」
若手「でもそれってムダじゃありません?」
朽木「真実に辿り着く為に、ある程度のムダを土台に積み上げるのも仕事の内だよ」
若手「朽木先輩って、思ったよりも思慮深い方なんすね」
朽木「犯人を力づくで捕まえて、殴る蹴るして吐かせる。そんな感じだったのかな?俺の印象って?」
若手「いえ、そんな…」
朽木「いいよ、分かってるから。何しろ俺は、元本庁の凶悪凶暴狂犬刑事なんだから」
若手「…」
朽木「俺がそうなるのは、最終的な局面だけさ。何しろ俺の逮捕は『取り返しの付かない事態』と紙一重だからね」
Z中学の校長室。
60代ぐらいの僧侶のように綺麗に頭の禿げ上がった教頭先生が出迎えてくれた。
校長は県の教育委員会に出てて不在だという。
教頭「ここも今では1学年1組で、来年か再来年には隣のY町の学校に統合されて廃校になるでしょうな。まあ私も定年までもう少しありますが、ここが廃校になったら引退でしょうな」
「そんな話を聞きに来たんじゃ無いっす」と言いたげな若手刑事を止めるクッチー。
年寄りには先ず喋りたいだけ喋らせる、それがこちらの必要な情報を引き出すのに必要な手続きと、クッチーは考えていた。
- 60 :はぐれクッチー純情派 その9
:2006/04/21(金) 14:18:58 ID:???
- 教頭「実は私、15年ほど前にもここで教師やっとったんですが、いろいろあって転勤になったんですわ。それが教頭になって戻って、ここの死に水取る役目を負うことになるとは、何とも因果な話ですわ」
クッチーの眼が光る。
朽木「15年前にもこちらにいらしたのですか?」
教頭「まあ正確には、20年前ぐらいから5年ほどですが…」
朽木「実は今日伺ったのは、先ほども電話で言いました通り、およそ15年前―正確には14年前ですか―にこちらを卒業した3人の女性についてお伺いする為なんです」
被害者の写真を教頭に渡すクッチー。
朽木「見覚えはありますか?」
教頭「この太いのは藤本だな…あとの2人は…名前がちと出てこんがみんな文芸部だな…」
若手「やっぱり…」
本棚から卒業アルバムを取り出し、2人に開いてみせる教頭。
教頭「(アルバムの写真の一枚を指差し)これが文芸部の集合写真ですわ。もっとも、この年に全員卒業して廃部になりましたがのう」
昔ながらのセーラー服を着た女子5人の集合写真。
その内の3人は、確かに被害者の女性だ。
藤本と呼ばれた太めの少女は、あまり外見が変らない。
あとの2人は髪型と化粧のせいで、ひと目では分かりにくいが、確かに被害者たちだ。
残る女子2人を見るクッチー。
1人は眼が大きく、なかなかの美形だ。
にこやかな表情だが、その眼は笑っていない。
どこか酷薄なものを感じさせる。
もう1人は小柄で丸顔で、ツインテールの髪と丸い眼鏡が印象的な大人しそうな少女だ。
朽木『この子、どっかで見たような…』
写真の下に書かれた名前を見て、心の中で驚愕する。
朽木『荻上千佳…荻チン?』
クッチーの視線の先に気付いた教頭。
教頭「その子が何か?」
朽木「いえ…別に…」
- 61 :はぐれクッチー純情派 その10
:2006/04/21(金) 14:20:20 ID:???
- 教頭「無事なのは荻上と中島だけか、何の因果なのか…」
急に暗い顔になる教頭。
教頭「実は私が転勤することになったきっかけを作ったのが、その子たちなんですわ…」教頭は荻上さんのトラウマエピソードを話し始めた。
それはかつて「傷つけた人々へ」で読み、荻上さん本人からも聞いた内容と同じだった。
違うところと言えば、その事件の責任を取って、現在は教頭をやってる当時の担任の先生が転勤になったことだ。
教頭「まあ表向きは単なる転勤ということになってるが、単なる転勤なら他県までは行きませんからなあ。やはり事情が事情ですから、誰か責任を取れということなんでしょう」
ふと朽木たちの視線に気付いたのか、教頭は笑顔を作って続けた。
教頭「あ、でも、もちろん彼女たちを恨んだりはしてないですよ。気付いてやれなかった私にも責任はありますし、全てはちょっとした悪戯から始まった、不幸な行き違いなんですから…」
そこでノックの音がした。
教頭「どうぞ」
入ってきたのはジャージに坊主頭の、一見生徒のように見える若い教師だった。
彼こそはかつて荻上さんと巻田の縁結びを務めた、あの坊主だった。
(以下、坊主と呼称する)
坊主「失礼します。教頭、校長からお電話です」
教頭「分かった、すぐ行く。(クッチーたちに)ちょうどよかった、紹介しましょう。彼はここの体育教師なんですが、ここの卒業生でその文芸部の連中と同じクラスで、例の一件の当事者でもあります」
朽木「てことは、まさか攻め役の…」
顔付きが厳しくなる坊主。
教頭「そんなわけで、あとは彼に聞いてて下さい」
校長室を出る教頭。
- 62 :はぐれクッチー純情派 その11
:2006/04/21(金) 14:22:12 ID:???
- やや気まずい3人。
坊主「刑事さん…でしたね?」
朽木「ども、Y署の防犯係の者です…」
テーブルの上の被害者3人の写真を見る坊主。
坊主「こいつらが、例の強盗事件に?」
若手「ええ」
坊主「…いい気味だ」
若手「えっ?」
朽木「あなたは15年前、文芸部の同人誌の攻め役モデルにされたことを、まだ恨んでるのですか?」
若手「攻め役?」
坊主「俺のことはいい。ただこいつらが巻田を登校拒否に追い込んだことは許せない」
朽木「巻田さんも彼女たちを今でも恨んでるでしょうか?」
坊主「それは分かりません。何しろあいつ、転校してしばらくして引っ越しましたからね。もうずっと会ってないし、どこでどうしてるのやら…」
不意に壁を殴る坊主。
ビクッと反応する若手。
坊主「それなのに荻上のやつ、あのことを漫画のネタにしやがって。自殺未遂までやらかしたくせに、まだ反省してないのかよ」
朽木「それは違うと思いますよ」
坊主「何だと?」
朽木「多分荻上さんは、漫画にすることで巻田さんに謝りたかったんじゃないかな?少なくとも自分に悪気が無かったことを知らせることで、巻田さんが許すかどうかは別にして、
少しでも救われると思ったんじゃないかな?」
いきなりクッチーの胸ぐらを掴む坊主。
坊主「事情を知らないあんたに何が分かるんだ!?」
若手「こっ、こらっ!公務執行妨害で…」
言いかけた若手を手で制するクッチー。
朽木「分かるよ。私も荻上さんと同じオタクだからね」
- 63 :はぐれクッチー純情派 その12
:2006/04/21(金) 14:24:15 ID:???
- 坊主「あんたが?」
長身痩躯の体をスーツに包み、細面の馬面ながら目付きの鋭い目の前の男に、思わず疑問を抱く坊主。
朽木「あなたも読んだんでしょ?『傷つけた人々へ』は。私はあの作品のファンでね、だから断言出来るんです。彼女はあの作品を通じて彼に謝りたかったんだと」
それから数十分後、クッチーは荻上さんと中島、それに巻田の中学生の時点での連絡先を確認し、アルバムから写真のコピーを何枚か取った。
念の為に教頭と坊主のアリバイを聞き出してからZ中学を後にした。
荻上さんの現住所は、以前に結婚の報告の葉書きをもらったので後で帰宅してから捜すことにして、巻田と中島の家に向かう。
だが両方とも近所に連絡先も告げず、夜逃げ同然に引っ越していた。
巻田は例の事件の後、すぐに引っ越したらしい。
中島の方は、10年ほど前に父親の経営する会社が倒産したらしい。
あとこれは噂だが、中島は歌舞伎町の風俗で働いているらしい。
近所の聞き込みで分かったことはそれだけだった。
帰りに役所に寄って、巻田や中島の転居先を調べた。
だが役所は5年ほど前にデータベースをコンピューターウィルスにやられ、彼らの転居データは分からなかった。
その夜のY署での捜査会議。
係長「しかしねークッチー、わたしゃヤオイってのはよく分からんのだけど、15年前の事件だろ?それが動機になり得るかなあ?」
朽木「それはまだ何とも。ただいじめの被害者の気持ちは被害者にしか分からないし、関係者が3人も今回の事件の被害者である以上、一応洗い直す必要があると思います」
係長「うーむ…」
- 64 :はぐれクッチー純情派 その13
:2006/04/21(金) 14:26:02 ID:???
- 係長が何を渋っているか悟ったクッチー、助け舟を出した。
朽木「係長、忙しいとこすいませんけど、有休もらえませんか?」
要は係長、捜査費用の心配をしてるのだ。
行方不明の巻田や中島の捜索で、どこまで捜査の範囲が広がるか分からない。
だからクッチーは言下に、交通費は自腹で捜査すると宣言したのだ。
若手「先輩?」
年配「おいおい朽木、この忙しいのに…」
クッチーの意図を悟った係長、皆を制して答えた。
係長「分かったよ、クッチー。お土産頼むよ(近付いて耳元で小声で)土産代ぐらいは出すよ」
それは「後で交通費ぐらいは出すよ」という意味だった。
朽木「(敬礼)ありがとうございます」
前置きが長くなったが、こうしてクッチーは愛車で単身東京に向かった。
巻田と中島の行方の捜索は、若手の刑事に頼んでおいた。
ちなみに彼が軽井沢周辺を走っていたのは、最近の激務のせいで運転中に1時間ばかり脳が停止し、反射神経だけで運転を続けた結果であった。
本来彼の住むX県から東京へ行くには、軽井沢の近くを通るのは明らかに遠回りだった。
どうにか東京に着いたクッチーは、先ずは椎応大学に向かうことにした。
笹原と荻上の結婚式の招待状には、新しい住所と共に新しい電話番号も書かれていた。
どうやら結婚に伴って、携帯は家族割引のあるところに加入し直したらしい。
だが忙しさにかまけて自分の携帯に登録し直すのを忘れてて、いざ見ようとしたら引越しのドサクサで何処かに紛れ込んでしまった。
まあそんなことは、電話で大学に問い合わせても分かるから、本来ならわざわざ直接行く必要はない。
その分はハッキリ言って、8年ぶりに大学に行ってみたいというクッチーの私的な感情からだった。
- 65 :はぐれクッチー純情派 その14
:2006/04/21(金) 14:27:50 ID:???
- 久しぶりの大学は閑散としていた。
まあ冬休みだからだろうが、それにしても人の気配が少ない。
サークル棟の外観は変ってなかった。
もともと古くボロい建物だったから、8年ぐらいでは変らない。
ただ中に入ると旧現視研部室同様、板を打ち付けて閉鎖されている部室が増えていた。
それに廊下の突き当たりの行き止まりに、エレベーターがあるのには驚いた。
車椅子のイラストのマークがあることから、バリアフリーということなのだろう。
エレベーターはどうやら4階までのようだ。
どのみち現視研の部室は屋上だから、その先は階段を登らねばならない。
クッチーは階段を登り始めた。
彼は普段、なるべく階段を使うようにしていた。
不規則で多忙な生活ゆえに、体力トレーニングをサボりがちなことに対する気休めだった。
屋上のプレハブの部室は、さすがに年月のせいで錆や傷や汚れは増えたが健在だった。
窓から明かりが見えるから、誰かいるようだ。
8年ぶりにその扉を開け、例の挨拶をした。
朽木「こにょにょちわー」
そしてクッチーは、8年ぶりに派手にずっこけた。
8年前と同じように、斑目が平然と食事をしていたからだ。
朽木「まっ、まっ、斑目しゃん?」
狼狽するクッチーと対照的に、当然のような顔で落ち着いている斑目。
斑目「やあ朽木君、久しぶりだね」
朽木「まっ、まだいらしたんですかにょー?」
斑目「そりゃいるよ。だって俺、ここの学生課の事務員だもん」
朽木「じむいん?すっ、水道屋はどしたんすか?」
斑目「3年前に潰れた。そん時にたまたまここの事務に空きがあったんで潜り込んだ」
- 66 :はぐれクッチー純情派 その15
:2006/04/21(金) 14:29:43 ID:???
- 朽木「そ、その作業着は何ゆえ?」
斑目は相変わらず「(有)桜管工事工業」のロゴが入った作業着を着ていた。
斑目「ああこれ?けっこう気に入ってたんで記念にもらったんだよ。それに俺、この大学の営繕やメンテも兼任してるから」
朽木「営繕にメンテ?用務員っすか?」
斑目「水道屋でいろいろ覚えたからな。あの会社、末期の頃は水道関係の仕事だけじゃやってけないから、いろいろ手を広げてたんだよ。そんで資格たくさん取った。まあ大学もそれが気に入ったんだろうな」
朽木『この人、とうとう本格的に大学に居着いちゃったにょー…』
しばし久々にオタ談義をする斑目とクッチー。
だがここ数年、仕事が忙しくて新作の大半をスルーしているクッチーに対し、「あんたそんなもんまで見てるのかよ!」とツッコミたくなるぐらい、斑目はここ10年ほどの作品を次々話題に出してくる。
クッチーが話に付いて行ける所まで時代を遡ったその時、部室に女子学生が入って来た。
「(クッチーに、一瞬誰この人?な顔しつつも愛想よく)こんちわー(斑目に)あなたー、ここにいたのー?」
朽木「あなた?斑目さん、こっ、この方は?」
斑目「あー、うちのカミさん」
朽木「カミさん?!」
斑目「うん、そんで今年ただ1人の新入生」
改めて女子学生(以下斑嫁と称する)を見るクッチー。
小柄で少し太めで決して美人ではないが、童顔の丸顔は可愛らしい。
かつての荻上さんのように化粧気が無く、ほっぺの赤みが目立つ。
難点は少々お腹が出過ぎていることぐらいか。
斑目「(斑嫁に)ああ、彼は俺の2個下の朽木君」
斑嫁「どーも、斑目の妻です。始めまして」
朽木「ども、始めまして。『1年生と言えば18歳か19歳ぐらいだな。斑目先輩って確か今年33歳だったよな。犯罪だにょーそれ…』」
- 67 :はぐれクッチー純情派 その16
:2006/04/21(金) 14:31:16 ID:???
- 斑目「朽木君って、今警視庁だっけ?」
朽木「いやーいろいろやらかしまして、東北に飛ばされましたにょー」
斑目「それはお気の毒様。とすると、今日はどうしたの?里帰り?」
捜査のことをここでバラす訳には行かず、クッチーはごまかした。
朽木「まっ、まあそんなとこですにょー。他の皆さんはお元気ですかな?」
斑目はクッチーにみんなの近況を教えてくれた。
咲ちゃんは店がそれなりに繁盛していた。
高坂は独立してゲーム会社を立ち上げた。
2人とも忙しいせいか、付き合いは続いているものの結婚はまだだ。
田中は秋葉原のコスプレ専門店で働いていたが、最近独立して自分の店を出した。
大野さん(厳密には結婚したので田中さんだが)は卒業後OLをやってたが、子供ができたのを機に退職し、今では田中の店を手伝っている。
(もちろんコスプレで)
久我山は九州の支店に転勤、支店長としてだから一応栄転だ。
向こうで見合いして結婚したそうだ。
そして問題の笹原と荻上さんだが、結婚し出産した後、荻上さんは漫画家稼業を再開、笹原は派遣の身分ながらマガヅンの実質的な副編集長らしい。
ちなみに恵子はあちこちでフリーターをしていたらしいが、ここ数年は知らないとのことだった。
(この話の流れで、クッチーはごく自然な形でOB名簿をもらった)
朽木「ところで今会員はどれぐらいいるのですか?」
斑目「うちのカミさん入れて5人、かろうじて団体戦に出れる人数だ」
斑嫁「何の試合に出るのよ?」
斑目「もっとも今の会長ともう1人の3年生は来年就職だから、残るのは2年生2人だけだ」
朽木「あの、奥さんは?」
斑嫁「来年から休学しますんで」
朽木「そりゃまたどうして?」
- 68 :はぐれクッチー純情派 その17
:2006/04/21(金) 14:32:57 ID:???
- 斑嫁「(赤面し)産休です」
朽木「あー産休ねえ…(大声で)39セットでサンキューベラマッチャ!」
久々に意味不明なボケを放つクッチー。
朽木「と、ということは、そのお腹は…まっ、斑目さん…」
斑目「まあ、来年の6月頃には俺も親父だ」
朽木『6月頃ということは妊娠4ヶ月…ということは、仕込んだのは8月頃…ひと夏の経験?あの斑目さんが?』
斑嫁「まあそんな訳で、来年は新人入らないと真剣にヤバイです、現視研」
朽木「確か今年は奥さんだけでしたな、新入生」
斑目「うちはまだいい方さ。よそのサークルはここ2年ばかし新人ゼロのとこが多くてね」
朽木「それはまた何故…?」
斑嫁「ここ3年ほど連続で、うちの大学定員割れなんです」
斑目「いわゆる少子化というやつの影響さ」
朽木「そう言えば、封鎖された部室がたくさんありましたなあ」
斑目「まあうちも何時まで続くかは分からんよ。うち以前に大学そのものが何時までもつか分からんからな」
やや空気が辛気臭くなったことに気付いた斑目、強引に話題を変えた。
斑目「(斑嫁に)あっそういやあいつら、今日もやってるのか?」
斑嫁「ええ、会長の家で合宿中」
朽木「合宿?」
斑目「合宿って言うか、いわゆるカンヅメだよ。今度の冬コミ、あいつらサークル参加当選したんだけど、絵描き2人が久我山以上に仕事遅くてさ、原稿まだ出来てねえんだよ」
- 69 :はぐれクッチー純情派 その18
:2006/04/21(金) 14:34:10 ID:???
- 朽木「あの、冬コミは何時ですかな?」
斑目「(壁のカレンダーを見て)えーと、4日後だな」
朽木「4日後でまだなんすか?(冷や汗)」
斑嫁「だから印刷屋さんは無理です」
斑目「もっとも予算の都合で最初からコピー本の積もりだったから、そっちの方は問題無いけどな」
朽木「そういう問題では…」
斑嫁「まあ最近のプリンターは性能いいから、絵そのものは悪くない仕上がりになると思いますよ。もちろん装丁とか紙質は落ちますけど」
11年前、部室の外で聞いた怒鳴り合いを思い出しつつクッチーは呟いた。
朽木「人は同じ過ちを繰り返す、か…」
斑目「朽木君、オタさぼってたようなこと言ってた割には腕上げたじゃない」
クッチーは部室を後にした。
次に来る時には廃校になってるかもしれない、椎応大学のキャンパスを見つめる。
斑目に会い、みんなの近況を知ると、改めて今回の捜査に対して気が重くなる。
沈鬱な表情でキャンパスを見つめ続けていると、背後から声がかかった。
「朽木君?」
声の主は、かつての児童文学研究会の会長(以下児会長)だった。
朽木「お師匠様?」
児会長「お久しぶり」
朽木「何時アメリカから戻られたのです?」
児会長はクッチーの卒業後、アメリカに留学していた。
児会長「去年よ。今はここで助教授をやってるわ」
朽木「さすがお師匠様、その若さで助教授ですか」
児会長「もう若くないわよ。朽木君はまだ警視庁に?」
朽木「いやーいろいろやらかして、東北に飛ばされちゃいました」
児会長「相変わらずね。小説は書いてるの?」
朽木「忙しくてなかなか作品が上がりません。まあ定年後の楽しみですな」
- 70 :はぐれクッチー純情派 その19
:2006/04/21(金) 14:35:42 ID:???
- 児会長はクッチーの中の重い影のようなものに気付いた。
児会長「何かあったの?」
彼女の優しい笑顔を見ている内に、クッチーはつい今回の事件について話してしまった。
それでも話し終わった後、「捜査中ですので、くれぐれも内密に」と釘を刺すことは忘れなかった。
児会長「まあ部外者の私がああしろこうしろとは軽々しく言えないけど」
朽木「申し訳ありません。変な話に巻き込んでしまいまして」
児会長「私に言えることは、やらないで後悔するぐらいなら、やって後悔しなさい。これぐらいかな」
朽木「お師匠様…」
児会長「こういう時こそ、あなたの考える前に行動するウザオタパワーの出番じゃないかしら?非日常的なハレの場とはちょっと違うけど、いつも通りにやってていい展開ではないと思うわ」
朽木「そうか!お師匠様に教わった『明日の為にその1、ウザオタパワーはハレの場で一気に爆発させるべし!』」
児会長「私は丹下段平じゃないんだけど、まあそういうことね」
朽木「お師匠様のおかげで朽木学、目が覚めました!ありがとうございました!任務に戻ります!」
敬礼して立ち去るクッチー。
児会長は皇族の人のような優雅な仕草で手を振りつつ、それを見送った。
夜の新宿、歌舞伎町。
クッチーはこの町の裏事情に詳しい情報屋や、馴染みの風俗(刑事としてか客としてかは、ここでは触れない)の店員や店長に聞き込みを行なった。
何人か中島らしき女性に見覚えがあるとの証言を得たが、結局のところ今現在の居所は分からなかった。
「あんまし良かないけど、あそこで訊いてみるか…」
クッチーは「花形興業」という看板が掲げられたビルに入った。
暴力団・花形組の事務所だ。
- 71 :はぐれクッチー純情派 その20
:2006/04/21(金) 14:37:28 ID:???
- 朽木「ちとお邪魔するよ」
組員A「何だてめえ!」
組員B「(組員Aに)よせっ!(クッチーに)ご用件は?」
朽木「社長はいるかい?」
そこへ出てくる幹部の城崎(きざき)。
城崎「朽木の旦那じゃないですか。今日はどうしたんです?」
組員B「社長との面会をご希望です」
城崎「社長は不在ですので、私が伺いましょう」
事務所に通されるクッチー。
朽木「社長はまたどっかで喧嘩でもやってるのかい?」
2メートル近い巨漢で、クッチーとほぼ同年輩の若き組長は、極道世界では素手ゴロ(素手の喧嘩)日本一と言われていた。
城崎「(苦笑)まあそんなとこです」
朽木「あんまし派手にやるなよ」
城崎「その辺はぬかりありません。で、ご用は?」
朽木「実はこの女を捜して欲しい」
写真を取り出すクッチー。中学時代の中島の写真のコピーだ。
朽木「裏に名前その他は書いてあるが、変名を使ってる可能性が高い。あとそれは15年前の写真だから、今はもうちょっと老けてると思う」
城崎「それをまた何故うちに?」
朽木「10年ぐらい前に、歌舞伎町の風俗に身を沈めたことまでは分かってるのだが、その先が分からない。ここならその道にもコネがあると思ってね」
城崎「うちに頼むってことは…」
朽木「正規の捜査からはちと外れるから、本庁には依頼出来ない。俺今X県警だから」
城崎「そんな東北の片田舎から何でまた?…いや、すいません」
朽木「俺の個人的な事情もちと入ってるんでね、ひとつ頼むよ。礼はするから」
片手拝みするクッチー。
城崎「分かりました、旦那には借りもあるし」
朽木「あとついでに、もうひとつ教えて欲しいんだけど…」
- 72 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 14:40:50 ID:???
- 残念ながら出勤の時間となりました。
「はぐれクッチー純情派」
続きは仕事から帰ってから投下します。
再開の予定は、深夜の2時か3時頃の予定です。
それじゃ行ってきます。
- 73 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 15:14:18 ID:???
- 相変わらずぶっ飛んでますねー!!
だがそこがイイ!!
続きwktkでまたさせていただきます!
- 74 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:08:32 ID:???
- えーと、前スレで「お江戸でげんしけん」を書いた者です。
一応時代劇風に、一話にまとめてみました。
原作からのキャラ変更があるので、嫌いな人は避けてください。
- 75 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:09:23 ID:???
- 時は泰平の江戸時代
所は将軍様のお膝元たる江戸市中
一軒の茶屋を舞台に、物語は紡がれます…
荻上屋、通称”筆茶屋”では、看板娘の千佳が、こまねずみのように動き回っている。
もともと主人の道楽で始めたこの店は、開業初日から閑古鳥が鳴くようなありさまだった。
しばらくして、千佳と名乗る娘が切り盛りするようになっても、周囲の反応は冷ややかだった。
無口で無愛想。挨拶にもろくにできないような娘。
それが当時の彼女の評価だった。
しかし時間が経つにつれ、それが誤解だと周囲も気がついた。
確かに無口で無愛想ではあったが、それが彼女の極端な内気さによるものだと、内面はよく気が付く優しい娘だとしれた時、彼女とその店は、そこに欠かせない物になったのだった。
そのせいか、この店は妙に常連の多い店でもあった。
一番の常連は、この店の用心棒を自負する、笹原であった。
空腹で行き倒れていた所を救われた彼は、その恩に報いるべく、連日通いつめていた。
そうなれば、千佳の側でも無視するわけにはいかず、結局、団子と茶の報酬で、笹原の行為に報いることになったのだった。
- 76 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:10:08 ID:???
”筆茶屋はんじょーき”
その日も”筆茶屋”は賑わっていた。
看板娘の千佳が、あちこち駆け回る。
そんな中、笹原はのんきに茶を啜っていた。
今日は一人ではなく、同じ長屋の住人である斑目が傍にいた。
「しかしよ、笹原。毎日毎日数本の団子と茶で、このように退屈を強いられるというのは、すこし安すぎはしないかね。お前ならもっといい仕事があるだろうに」
斑目が笹原の奢りの団子を口にしつつ、笹原に話し掛けた。
「そうでもないですよ」
笹原は苦笑する。
実の所、笹原自身にも、なぜこの仕事を続けているのかわからない。
ただ、彼女の力になりたい、そう思ったのだ。
笹原がその理由を知るのは、ずいぶんと先のことになる。
笹原と斑目の二人は、共に無言で茶を啜る。
ゆったりとくつろいだ雰囲気。
ろくに茶も飲めない貧乏浪人には、それが極上の甘露に思われた。
とはいえ、いつまでものんびりもしていられないのが、斑目の現実。
長屋の自分の部屋には、納期の迫った内職が待っている。
少々憂鬱になりながらも、
「ごちそうさん、また来るわ」
斑目はそう言い残して立ち上がり、長屋に向けて歩き出した。
「今度は奢りませんよ?」
笹原の軽口に笑って手を上げる。
やり取りに気を取られた所為か、斑目は向こうから歩いてきた、無頼な格好をした男と肩が触れた。
「失礼」
そう言って斑目は歩き出そうとする。
しかし相手は、斑目の肩を掴むと、顔面にこぶしを叩き込んだ。
- 77 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:11:00 ID:???
- 斑目はもんどりうって倒れこむ。
「おう、人にぶつかっておいて、詫びの仕方もしらんのか?」
男が凄む。
「いや、だから失礼と…」
「それで済むわけがねーだろうが!」
大声で怒鳴りつける。
「おい、どうした」「なんかあったのか?」
その声を聞きつけたらしい、同じように無頼な格好をした男が集まってくる。
「ああ、人にぶつかっておいて詫びの一つもしない奴を、こらしめてんだ」
「ふん…確かに、逆さに振っても金の音もしねえ奴に見えるな」
「やっちまえよ」
男たちは、今だ状況について行けずに固まっている斑目の、胸倉を掴んで引きずり起こす。
笹原はようやく騒ぎに気付くと、慌てて立ち上がり、駆けつけようとして、
「やめんか!!」
凛とした女性の声に固まった。
それは笹原だけではなかった。
見渡せば、男たちも野次馬も、斑目まで固まっていた。
女が一人、男たちへ近づく。
「天下の往来で喧嘩か?まったく、見苦しい。どこか他でやれ」
女は自分よりも背の高い男たちを、真っ向から睨みつけて命令した。
「お嬢ちゃん。余計な事に口を挟まない方がいいぜ」
男の一人が、にやにやと笑いながら女に手を伸ばす。
女がその手を掴んだ瞬間、男は空中に弧を描き、背中から地面に叩きつけられた。
地面でのたうち回る。
「この女!!」
もう一人が殴り掛かる。
女はそのこぶしを難なく避け、足を払う。男がひざをつく。次の瞬間には首筋に手刀を食らって気絶した。
「そなたはどうする?」
女が問うと、残った男はいまいましげに顔をゆがめ、
「おぼえてやがれ!」
と、芸の無い捨て台詞を残して逃げ出した。
- 78 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:12:39 ID:???
- やんやの喝采の中、女はへたり込んでいた斑目を見下ろす。
「大事無いか?」
真剣そうな声に、斑目はただうなずく事しか出来なかった。
女の傍に、若い優男が近づく。
「咲ちゃん、危ない事はやめてよ。心配したよ」
「それなのに手を貸してはくれないのだな」
優男の笑顔での言葉に、咲と呼ばれた女はすねたように答えた。
「だって手を出したら、咲ちゃんは怒るし…あれくらいなら平気でしょ?」
「その物言いは気に入らん」
そのような会話を続ける二人を、斑目はぼんやりと見上げていた。
正確には咲だけを。
胸がうるさいほどに高鳴る。顔が赤くなる。呼吸すら忘れてしまう。
ふと咲が斑目を見た。斑目の様子に不審を感じたのか、心配そうに顔を近づける。
「本当に大事無いのだろうな?お主」
斑目はがくがくと首を縦に振る。
- 79 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:13:37 ID:???
- 出番を無くしてしまった笹原も、二人を見つめていた。
正確には優男だけを。
何気ない動作一つ一つが、その男の強さを感じさせた。
自分の強さを確かめたい衝動が、笹原に沸き起こる。
吸い寄せられるように近づく。
優男と目が合う。
足を止める。
優男が無造作に近づく。一歩、また一歩。
そして笹原の間合いぎりぎりで足を止める。
睨みつける笹原に、優男は、無邪気な、一点のかげりも無い笑顔で、笑いかけた。
ごく一瞬の忘我。
気が付いた時には、すでに優男の足が間合いを割っていた。
呆然とする笹原に、優男は軽く一礼すると、背中を向けて咲の下へ歩いていった。
「何をしていたのだ?高坂」
「別に?」
二人のやり取りの声が遠い。
それほどに笹原は、自身のうかつさに憤慨していた。
同時に深く恥じ入る。
(気を逸らされた。もし実戦なら、俺は死んでいた。…くそ、なにが御宅流の目録だ。俺は、まだまだ、弱い…)
- 80 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:14:22 ID:???
- 二人が去り、野次馬たちが散ってしまっても、笹原と斑目はいまだ固まっていた。
「あの…大丈夫ですか?」
荻上の声に笹原は我に返る。
「あ、ああ、大丈夫。ごめんね、心配掛けて…ほら、斑目さん」
言いながら、斑目を引き起す。
「別に心配なんてしてません」
荻上はぶっきらぼうに返すと、斑目の着物についた土ぼこりを払う。
「可憐だ…」
どこか遠くを見つめながら、斑目はぼそりと呟いた。
- 81 :筆茶屋はんじょーき
:2006/04/21(金) 21:15:15 ID:???
- 以上です。
- 82 :マロン名無しさん
:2006/04/21(金) 23:49:37 ID:???
- ぐっじょ…続くんだよね?続き読めるんだよね?w
- 83 :マロン名無しさん
:2006/04/22(土) 00:14:42 ID:???
- いくらハンター3書いた者です。
感想ありがとうゴザイマス!
>>48
あと2作は元ネタのストック有りますので、そのうち書きますよー
>>49
ホントにそろそろ、思う存分、食べさせてあげたいですよね!(←食べさせてない張本人)
>>50
最初は普通に、好きなだけで、頭がカレーモードとかラーメンモードに入った
ぐらいの状態のつもりだったのが、今回真性中毒者に突入しましたorz
>>はぐれクッチー純情派 1〜20
最近、SSすれに何かが足りないと思っていたら「クッチー分」でしたよ!
待ってました!!続編楽しみです
>>筆茶屋はんじょーき
ああっ!斑目が不憫でもう…www
是非、続編をお願いします
- 84 :マロン名無しさん
:2006/04/22(土) 01:10:24 ID:???
- >はぐれクッチー純情派
おおう、クッチー話!!久々にクッチーの勇士が見れました。
「11人いる!」の方ですか!いい仕事してますねえ…。
かっこいいですね。ロシア風コート着こんだクッチー。
…さて。斑目!斑目!!女子大生とできちゃった結婚の33歳斑目イエーーーッ!
以前「斑目を10年後に幸せにする」とカキコされていた言葉、確かに!
ひと夏の恋!?キャーーー!…い、いかん取り乱したっ…ゴホゴホ。
とにかくはぐれクッチー純情派、続き楽しみにしてます。
>筆茶屋はんじょーき
本格的になってきましたねw時代劇w
笹原と高坂の相対するシーンが好きです。バ○ボンドとか好きなんで。いいわー
斑目!台詞だけは五ェ衛門(爆)!!
- 85 :マロン名無しさん
:2006/04/22(土) 01:16:12 ID:???
- はぐれクッチーの続きを寝ないで待っている私ですが・・・
>いくらハンター
私もいくら好きなんで今日拝読して・・・子象寿司でいくら丼を買ってきて食べました。
続き楽しみにしてます。
>筆茶屋
咲姫とこーさかの関係は・・・許嫁か何かですか?
続き楽しみにしてます。
- 86 :マロン名無しさん
:2006/04/22(土) 03:19:30 ID:???
- ただいま帰りました。
昼間「はぐれクッチー純情派」を送ったバカです。
続きを投下しようと思います。
二時間近くスレ占領することになると思いますので、投下やレスのある方はお先にどうぞ。
無ければ5分ほど後に約40レス一気に投下します。
- 87 :はぐれクッチー純情派 その21
:2006/04/22(土) 03:27:36 ID:???
- 夜の池袋。
路地裏を歩く、人相の悪い男。
背後に人の気配を感じて振り返る。
だが次の瞬間、鳩尾を殴られて気絶する。
殴ったのはクッチーだ。
気絶した男の懐をさぐる。
拳銃が出てきた。
旧ソ連製のトカレフだ。
朽木「ありがたい。中国製はここ一番で当てにならんからな」
殴られた男はチャイニーズマフィアのメンバーだ。
城崎から聞いたのだ。
もっとも、拳銃を所持していたのを見破ったのはクッチーのヤマカンだが。
彼は明日荻上さんに会いに行く。
荻上さんは容疑者であると同時に、次に狙われる可能性もあった。
大概の相手は1対1なら何とか出来る自信はあるが、今は1人きりなのであらゆる可能性を考えて置かねばならない。
だから飛び道具も用意しておきたかった。
だが建前上、有休中の彼が正規の手続きで拳銃を所持することは出来ない。
そこでこういう非常手段を取ったのだ。
あとは男を捕まえない代わりにしばらく借りておき、後で所轄署に落し物として届けておけばいい。
もっともこれから何日かは「ついうっかり」届けるのを忘れてる予定だが。
気絶した男は、ショルダーホルスターを着けていた。
クッチーは男の上着を脱がせてホルスターを外し、上着を着せ直す。
次に自分の上着を脱ぎ、ホルスターのベルトを調整しつつ着ける。
- 88 :はぐれクッチー純情派 その22
:2006/04/22(土) 03:31:47 ID:???
- 男の懐をさぐると、予備の弾丸や弾倉もあった。
それらを自分のポケットに仕舞うと、クッチーはトカレフから弾倉を抜き、スライドを引いて装填されていた弾丸を弾き出す。
弾き出した弾を拾い、さらに弾倉からも弾を抜く。
ポケットからスイスアーミーナイフを出し、その千手観音のような付属の道具の中からヤスリを出し、それらの弾の先端を雑に削り、薬莢も少しだけざっと削った。
(ちなみに彼のナイフは、意図的に少し刃こぼれさせてあった。「研ぎに出す為に持っていた」と言い訳する為だ。銃刀法によれば、厳密にはこの手のナイフは正当な理由無しに持ち歩くことは出来ない)
こうしておけば弾はダムダム弾のように命中した途端に潰れ、貫通しにくくなる。
トカレフの弾はきわめて弾速が速く、そのくせ口径が小さいので貫通しやすい。
貫通による二次被害を防ぐ為の措置だった。
ただ、これを意図的にやったとなると問題になる。
ダムダム弾は本来銃創を広げて殺傷力を高める為のものだからだ。
(まあそれ以前に、ヤクザから拳銃奪って使ってる時点で問題だが)
そこで「たまたま弾丸の保存が悪くて傷だらけになり、それが偶然ダムダム弾になった」と言い訳出来るように、わざと雑に仕上げたのだ。
(注意、実際にやると装填不良や銃身破裂になりかねないので、良い子はマネしないように)
弾倉に削った弾丸を装填すると、トカレフ本体に叩き込んでホルスターに仕舞う。
わざと薬室には装填しない。
本来トカレフのように撃鉄を露出した自動拳銃は、スライドを引いて薬室に弾を装填し、その後撃鉄を抑えつつ引き金を引いてゆっくりと倒し、安全装置をかけて持ち歩く。
これなら抜き撃ちの際、親指で安全装置を外し撃鉄を起こして発射出来る。
だがトカレフには安全装置が無い。
撃鉄を半分だけ起こして固定するハーフコック機構だけでは心もとない。
それに警官は自動拳銃を所持する際、暴発事故防止の為に通常薬室には装填しない。
生真面目な男クッチーは、こんな場合にも関わらず警官の拳銃取扱細則を厳守していた。
- 89 :はぐれクッチー純情派 その23
:2006/04/22(土) 03:33:58 ID:???
- ジープの車内で一夜を明かしたクッチー、午前中はあちこちへの聞き込みや連絡に費やし、午後になってから笹原宅に向かった。
笹原のマンションは、神田に近い都心部にあった。
神田には出版社が集中している。
通勤の便利さで選んだらしい。
夫婦共稼ぎで、しかも嫁はんは売れっ子漫画家である、笹原夫妻ならではの選択だ。
インターホンのボタンを押すと、明らかに荻上さんと違う女性の声。
「どなた?」
朽木「ご無沙汰しています、朽木です」
「朽木?あんたクッチーなの?」
朽木「はいっクッチーですにょー、ってあなたは一体?」
相手はそれに答えず、ドアが開いた。
出て来たのは恵子だった。
朽木「恵子さん?」
10代の時の不摂生が祟ったのか、恵子は30前にしては老け込みが目立った。
肌が荒れ気味で髪にサラサラ感が無い。
ただ顔付きや体付きにあまり変化は無かった。
恵子「おお、久しぶり。元気?」
朽木「まあおかげ様で、って何であなたがここに?」
恵子「家事手伝い兼アシスタントよ」
朽木「あしすたんと?」
恵子「まあベタとホワイト塗ったり、トーン貼ったりするだけだけどね」
「おばちゃん、誰?」
奥から子供の声が聞こえた。男の子のようだ。
恵子「おばちゃん言うな!あたしゃまだ29だ!」
声の主が出てきた。小学校低学年ぐらいの男の子だ。
ぼさぼさの髪や大きめの鼻は笹原似だが、大きな目は荻上さん似だ。
- 90 :はぐれクッチー純情派 その24
:2006/04/22(土) 03:37:14 ID:???
- 恵子「ほら麦男、お客さんに挨拶!」
麦男「分かったよ、恵子お姉ちゃん(クッチーに)こんにちわ」
朽木「(ニッコリ笑い)こにょにょちわー『麦男?』麦男君は何年生なの?」
麦男「1年生」
朽木「そう1年生なんだ『てことは7歳ぐらいか。荻チン卒業前にもう作ってたんだな』」
奥からもう1人、3歳ぐらいの幼女がトテトテと走り出た。
赤いオーバーオールのその幼女は、筆頭の髪も含めてまるで縮小コピーのように荻上さんに似ていた。
ただ大きな目が少し垂れ気味なところが、笹原の血を思わせた。
幼女はクッチーを見ると、怯えたように恵子の後ろに隠れた。
でも好奇心はあるらしく、顔を少し出してクッチーを見る。
恵子「(幼女に)こら千尋、ご挨拶しなさい!」
朽木『千尋?あんたら子供に漫画キャラの名前を…』
恵子の態度で知り合いと認識したのか、クッチーに近付く千尋。
千尋「…こんにちわ」
彼女の目線に合わせるべく、その場でしゃがむクッチー。
朽木「こにょにょちわー。千尋ちゃんはいくつ?」
千尋「(指3本を突き出しつつ)みっつ」
朽木「そーえらいねー」
頭を撫でる代わりに、千尋の筆をシビビビするクッチー。
再び奥から声がする。
「恵子さん、誰か来てるの?」
言い終わらぬ内に、声の主荻上さんが出てきた。
(注、厳密には笹原千佳なのだが、本編では便宜上荻上さんと呼称する)
そしてクッチーは部室に来た時同様、派手なズッコケを披露した。
荻上さんは丸くなっていた。
顔はこけしのように真ん丸になり、体もデブとは言わぬまでもぽっちゃり気味になっていて、学生時代の少女のような線の細さは面影も無かった。
ただ病的な感じの無い健康的なぽっちゃりさの上、けっこう巨乳になっていた。
筆頭は相変わらずだが、眼鏡をかけていた。
- 91 :はぐれクッチー純情派 その25
:2006/04/22(土) 03:40:11 ID:???
- 荻上「(明るくにこやかに)あら朽木先輩、お久しぶりです」
朽木「おっ、荻チン…あっ失礼、今は笹原夫人でしたな。ご無沙汰してますにょー…」
荻上「いいですよ荻チンで。ペンネームは荻上千佳のまんまですから」
荻上さんは本格的に漫画家デビューしてから、ペンネームを本名の荻上千佳に改めた。
そして笹原と結婚後も、ペンネームはそのままで漫画家を続けていた。
恵子「もう千佳姉さん太ったから、クッチー驚いてるじゃん」
荻上「座業は太るんです。それに子供2人も産んだら誰だって太りますよ」
朽木「まあまあ2人とも。荻チンも太ったってほどじゃないし、僕チンも結婚式以来会ってないから意表を付かれただけだから…」
またまた奥から声がする。
「誰か来てるの?」
今度の声は聞き覚えの無い男性の声だ。
荻上「あっあなた、朽木先輩がいらしてるのよ」
朽木『あなたってことは笹原さん?こんな声だっけ?』
声はクッチーの記憶にある笹原の声より、野太く低かった。
笹原「えっ朽木君?懐かしいなあ」
やがて笹原が出て来た。
笹原「やあ朽木君、久しぶり」
そしてクッチーは再び派手なズッコケを演じた。
笹原は太っていた。
顔付きも丸くなっていたが、体型は完全に肥満体になっていた。
久我山やハラグーロほどではないが、高柳や田中は軽く凌駕していた。
朽木「さささ笹原しゃん…」
笹原「(朽木の驚きの意味を悟り)あっやっぱり太り過ぎかな?」
朽木「いっいえ、失礼しました。おっお久しぶりですにょー」
- 92 :はぐれクッチー純情派 その26
:2006/04/22(土) 03:42:30 ID:???
- 恵子「もう2人とも太り過ぎ!」
笹原「しょーがないだろ。だって千佳の手料理おいしいんだもん…」
荻上「寛士さんの作ってくれる料理もおいしいし…」
赤面する笹荻。
クッチーは急に部屋の温度が30度ばかり上がった気がした。
朽木『確か結婚から7年経ってるはずなのに、何なのこの熱々ぶりは?もしかしてここ数年続いている地球温暖化の原因って、この2人なのかも…』
クッチーがX県警に異動になったのは、2年前の冬のことだった。
その為彼は、都合3回東北の冬を体験している。
だが彼が来てからのX県では、東京より少し積雪が多い程度ぐらいしか雪が降らなかった。
地元の人の話では、ここ数年の雪の少なさは異常だという。
まあそれでも極端に寒さに弱いクッチーにとっては酷寒だったが、暖冬続きの異常気象でも地球温暖化は有り難かった。
クッチーは心の中で笹荻に手を合わせて感謝した。
恵子「はいはいご馳走様、この幸せ太りバカップル!」
笹原「ハハッ。今日はどうしたの?」
朽木「いやいや近くまで来たもので、ちとご挨拶をと…」
笹原「そう。そうだ朽木君、昼食はもう済んだ?」
朽木「いえまだですが…」
笹原「よかったらうちで食べていきなよ。カレー作ったんだけど、ちょっと作り過ぎちゃって…」
よく見ると笹原は赤いエプロンを着けていた。
朽木「笹原さんが作ったのでありますか?」
笹原「うん、休みの時は俺が担当なんだ」
- 93 :はぐれクッチー純情派 その27
:2006/04/22(土) 03:45:03 ID:???
- 結局クッチーは笹原家で昼食をご馳走になった。
荻上「こらっ、麦男!ちゃんと人参も食べなさい!」
麦男「はーい」
ミルクでも混ぜて甘口にしたのか、白っぽいカレーを食べてる千尋、服にこぼす。
恵子「(ナプキンで拭いてやりながら)もー、ダメよ千尋!」
そんなやりとりを優しい眼差しで見つめる笹原。
そんな和やかな幸せ家族の食事風景に付き合う内、クッチーの中では今回の事件について、少なくともこの一家の中に犯人はいないと確信した。
合理的な根拠は無く、刑事としてのカンだけが根拠だった。
だがそうなると今度は、いかにこの一家の幸せを守るかが仕事の本筋になる。
表面上はいつものウザオタ口調で軽口叩きつつも、心の中では改めて使命の重さを実感し、闘志を燃やしていた。
食事が終わり、トイレを借りたクッチーが台所に戻ると、笹原の姿は無かった。
恵子は千尋と麦男の相手をし、荻上さんは食器を洗っている。
朽木「あの笹原さんは?」
荻上「多分屋上ですよ」
朽木「屋上?」
荻上「あの人、結婚してから煙草吸うようになったんです。でも家の中では絶対吸わないって言って、いつも屋上に行って吸うんです」
朽木「ベランダで吸えばいいのに…」
荻上「それだとホタル族丸出しでみっともないって言うんです。それに屋上からの方が景色がいいんですって」
これはチャンスかもと密かに考えるクッチー、玄関に向かう。
荻上「あら、お帰りですか?」
朽木「いやいや、ちょっと笹原さんと女性の前では出来ないような話をしようと思いましてにょー。荻チン、僕チンと笹原さんでワープしちゃダメだにょー」
荻上「しません!(小声で)朽木先輩も攻めっぽいから、攻め同士で成立しません」
朽木「何か言ったかにょ?」
荻上「(赤面)何でもねっす!」
- 94 :はぐれクッチー純情派 その28
:2006/04/22(土) 03:47:06 ID:???
- 屋上には、煙草をくわえた笹原が待っていた。
先ほどまでの笑顔は消え、マジ顔になっている。
笹原「(煙草を捨て)やっぱり来たね」
朽木「食事中、時々その顔してましたから、薄々気付かれたかなと思ってはいたんですが、やっぱり…」
笹原「今日は仕事で来たんだね?」
朽木「さすが笹原さんだ、やっぱり気付いてたんですね。分かりました。ここからは元現視研の会員の朽木としてではなく、X県警Y署防犯係の刑事の朽木としてお話しします」
笹原「X県警?」
朽木「Y署のあるY町は、奥さんの実家のあるZ町の隣町です」
笹原「なるほどね、今の勤務先をしつこく訊いてもハッキリとは答えないわけだ」
クッチーは食事中、みんなから今の勤務先を訊かれたが、「凄い田舎に飛ばされたんで、恥ずかしいから勘弁して下さい」と言い逃れていた。
朽木「お話しする前に断っておきますが、今の私は公式には有給休暇中の身です。したがってああ言っておきながら、私の法的な身分は一私人に過ぎません」
どういう意味?と言いたげな目を向ける笹原。
朽木「だから今の私には、刑事として笹原さんに何かを強制する権限はありません。ですから答えたくないことは答えなくてけっこうです」
そう断った上でクッチーはこれまでの事件の経緯を話した。
笹原「つまり朽木君は千佳を疑っているのかい?」
朽木「先ほどお話したように、現段階では何も確証はありません。ただ、あの中学の時の事件の関係者が3人続けてやられてる以上、可能性の1つとして考えざるを得ないわけです。私の尊敬する刑事が、昔こんなことを言ってました」
笹原「?」
朽木「俺は偶然を2度までは許すことにしてるんだ。だが3度目があったらそれは偶然じゃない、何らかの必然がある」
笹原「『まあそう考えるのが自然だな』…ってそれ、パドワイザーの松田刑事じゃない!」
- 95 :はぐれクッチー純情派 その29
:2006/04/22(土) 03:49:06 ID:???
- 朽木「まあそれはさておき、私が心配してるのは、むしろ奥さんの方がターゲットにされる可能性なんです」
笹原「千佳が?どうして?」
朽木「中学の時の事件の最大の加害者と被害者、即ち中島と巻田が行方不明だからですよ」
笹原「あの2人が?」
人の気配に気付いて振り返るクッチー。
背後には荻上さんがいた。
その眼には不安と怯えの色があった。
朽木「どこから聞いてたんですか?」
荻上「朽木先輩がX県警のY署だってとこからです。あの…」
朽木「(荻上さんの言葉を遮って)安心して下さい、奥さん。すぐそこの警察署の署長は私の昔の上司でね、特別にこの辺りの巡回を厚めにするように頼んであります」
笹原「そうなの?」
朽木「あの2人の写真を渡して、もしこの近くで見かけたら即職質をかけて、保護名目で身柄を拘束するように頼んであります。関係者が3人やられてる以上、2人は容疑者であると同時に次の被害者になる可能性もありますから」
荻上「そうですか…」
朽木「ただ外出はなるべく控えて下さい。子供たちは絶対1人にしないようにし、どうしても外出する時は誰かに付いて来てもらって下さい。あと念の為、全員にこれを持たせて下さい」
クッチーは懐から数個のペンダントと、トランシーバーのような機械を2つ出した。
荻上「それは?」
朽木「発信機です。トランシーバーみたいなのはその受信機ですから、お2人が持っていて下さい。使い方は今から説明します」
- 96 :はぐれクッチー純情派 その30
:2006/04/22(土) 03:51:23 ID:???
- ひと通り発信機の説明が終わったところで、クッチーの携帯が鳴った。
城崎からだった。
城崎「あっ旦那、分かりましたよ中島の居所」
朽木「えらく早いね」
城崎「中島は社長の愛人の1人だったんです。それで社長に尋ねたら一発で分かりました」
朽木「で、どこに居るの?」
城崎「ススキノです」
朽木「ススキノって…北海道の?」
城崎「そこで『ブラックキャット』って名前のSMクラブを経営しています」
クッチーは笹原宅を辞すると、その近所の警察署に寄った。
本来なら自分が可能な限り荻上さんたちの警護をする積もりだったが、自らススキノまで捜査に行くので、その分笹原宅周辺の警備を強化してもらいに署長に頼みに来たのだ。
そしてついでに、彼の愛車のジープを預かってもらえるように頼んだ。
署長は車が足りない時にジープをパトカー代わりに使うことを条件に承諾した。
そしてクッチーは機上の人となり、北海道へと向かった。
その日の夜、クッチーはススキノに到着した。
ススキノは本土ではソープ街のイメージが強いが、飲み屋やホテルなども並ぶ繁華街だ。
その一角の雑居ビルの最上階に、SMクラブ「ブラックキャット」はあった。
ちなみに他のテナントはバーや居酒屋だ。
「ブラックキャット」も扉に会員制という看板が掲げられている以外は、外からはバーか何かに見え、SMという文字は見当たらない。
だいぶ一般化したとは言え、やはり堂々とSMと掲げられた店には入りづらい。
そういう客の心理を配慮した措置と思われる。
- 97 :はぐれクッチー純情派 その31
:2006/04/22(土) 03:53:51 ID:???
- クッチーが店内に入ると、半裸で巨乳の若い女性が出迎えた。
受付嬢兼SM嬢だそうだ。
クッチーはピーを半起させつつも警察手帳を出し、店長の中島の所在を尋ねた。
受付嬢は彼を奥の部屋に通し、店長はすぐに来るので待つように告げた。
等身大の十字架や木馬などが並ぶ、本格的なプレイルームだ。
異様な空気に妙な緊張をしつつ待つクッチー。
やがて扉が開き、ビザールな女王様ファッションの中島が現れた。
中島「ごめんなさい、もうじきプレイなのよ。手短にお願いして下さる?」
今年で30になるはずの中島は、気味が悪いほど若々しかった。
朽木『これが風俗に身を沈めて苦労してきた女なのか?』
目の前の中島は、まだ20代半ばぐらいにしか見えなかった。
中島「まあ馴染みのお客さんだから、もし話が長引いた時にはその分サービスで延長してあげるけどね」
朽木「お忙しいところ大変申し訳ありません」
クッチーは中島に事件の概要を説明する。
先ほどまでの水商売用の顔が消え、暗い眼でクッチーを見つめる中島。
中島「つまりあたしを疑ってる訳ね?」
朽木「あなただけではありません。中学の時のあの事件に関わった全員をただ今捜査中です」
中島「まあ疑われても仕方ないか。だってあたし、荻上を殺しかけたひどい女だもんね」
自嘲気味の笑いを浮かべる中島。
先ほどまでの若々しさは営業用のものだったらしく、素の彼女に戻ると急に老け込んで見えた。
かつて「傷つけた人々へ」で読んだ中島は、漫画的な演出として分かりやすい悪役として描かれていた。
だが目の前にいる彼女は、疲れた三十女に過ぎなかった。
- 98 :はぐれクッチー純情派 その32
:2006/04/22(土) 03:56:26 ID:???
- クッチーはそんな彼女を見て、彼女が犯人ではないと直感した。
根拠はやはり長年の経験に基づいたカンだけだが。
彼の関心は、むしろ彼女がこれまでどう生きてきたかに移っていた。
それが今回の事件に関係あるかは分からない。
ただ、思わぬ形で荻上さんの15年前の事件に関わってしまった者の責任として、事件に関わった全ての人々の15年間と向き合わなければならない、そう考えたのだ。
形式的にアリバイを訊き、それが終わるとクッチーは切り出した。
朽木「あなたは15年前、何故荻上さんにあんなことをしたんです?」
中島「別に深い考えなんて無かった。あたしらのグループで1番晩熟で大人しそうな荻上が彼氏作ったのが生意気だと思い、少しこらしめてやろうと思った。ただそれだけ…」
中島の目からつーと涙がこぼれる。
中島「バチが当たったんだろうね。あたしも、みんなも…」
朽木「中島さん、ちょうどいい機会ですから、よかったら中学を出てからの15年間のことを話して頂けませんか?」
中島「?」
朽木「実は私、荻上さんとは同じ大学の同じサークルだったんです」
中島「荻上と?」
朽木「だから私は彼女の15年間を知っている。私がそれを話し、あなたはあなたの15年間を話す。そしてそれは私が後で責任を持って荻上さんに伝える」
中島「…」
朽木「上手く言えないけど、私はそうした方がいいと思う。それで全てがご破算になる訳じゃないが、昔のことにけじめを付けるいい機会じゃないかな」
沈痛な面持ちで沈黙する中島。
- 99 :はぐれクッチー純情派 その33
:2006/04/22(土) 03:58:27 ID:???
- その時クッチーは、ドアの向こうに人の気配を感じた。
朽木「誰だ?」
ドアが開き、身長2メートル近い大男が入ってきた。
白のスーツに身を包み、鰐皮の靴を履いていた。
傷だらけの顔と、知的な感じの細い銀縁の眼鏡がアンバランスだ。
花形興業こと花形組の若き組長、花形薫だ。
朽木「花形?!」
花形「ご無沙汰してます、朽木の旦那。その件については、俺から話しましょう」
中島「あんた…」
花形「女の口からは言いにくいことだ。それに愛人の契約は解いたとは言え、俺はお前の後見人みたいなもんだからな」
花形がクッチーに話したのは、次のような中島の波乱に満ちた15年間だった。
中島は地元の高校を卒業後東京の女子大に進学、上京して1人暮らしを始めた。
中学卒業後、荻上さんと別れ別れになった中島は、心の奥底に罪悪感を沈めて表面上は明るく過ごしていたが、根深い空虚感を持ち続けた。
夏コミで荻上さんを見かけた時、一見皮肉っぽいクールさを見せていたが、本当はヤオイ道を続けていることが泣きたいほど嬉しかった。
出来ることなら謝りたかった。
だがそれは許されない。
荻上さんに恨まれ続けること、それが彼女に出来る唯一の謝罪だった。
その直後、彼女に悲劇が訪れる。
中島の父親の経営していた会社が倒産したのだ。
父は暴力団絡みの会社から融資を受けていて、多額の借金があった。
心労で父が倒れ、続いて母も倒れた。
債鬼は中島に返済を迫った。
- 100 :はぐれクッチー純情派 その34
:2006/04/22(土) 04:00:42 ID:???
- 中島は彼らに強要されて何本かのAVに出た。
成人向けのスレではないので詳しい内容は省くが、どれも過激な内容だった。
これらのヒットにより、思ったよりも早く借金は完済出来た。
だがさらなる不幸が彼女を襲った。
彼女が出演したAVの未修正のオリジナルテープが流出したのだ。
しかもネットを通じて全国規模で流通した。
中島は借金を返済したら、もちろんAV女優をキッパリ引退し、両親と故郷で静かに暮らす積りだった。
だがこうなってはもはや後戻りは出来ない。
両親に仕送りしつつAVに出続け、その仕事が無くなると風俗に流れた。
(AVの世界では、デビュー当時にハードなことをやり過ぎると、早く飽きられる為か人気が長続きしない場合が多い)
歌舞伎町のイメクラから始まって店を転々と変えていき、遂には吉原でソープ嬢になり、鶯谷で立ちんぼになるところまで落ちぶれた。
だがある日、五反田のSMクラブのスカウトマンが客になってから運が向いてきた。
「あんたの出てたAVだとM系の役が多かったみたいだけど、あんたはSの女王様の方が絶対似合うって!」
そう言われて勧誘され、SMクラブで働き始めた。
これが当たった。
口コミで徐々に客数は増えていき、中島はナンバーワンの女王様になった。
そして熱心な常連客の中に花形がいた。
- 101 :はぐれクッチー純情派 その35
:2006/04/22(土) 04:03:03 ID:???
- 素手ゴロ日本一と言われる花形が冥府マゾ道に目覚めたのには、次のような経緯があった。
ある日花形は、友人の格闘家と些細なことから喧嘩になった。
その際、一緒にいた友人の彼女がキレて、花形を蹴飛ばした。
花形はこれまで数多くの格闘家とも戦ってきた。
常識外れの打たれ強さを誇る花形は、ヘビー級のボクサーや空手家に殴られてもビクともしない。
そんな彼が女性に殴る蹴るされても効く訳無いし、そもそも強面巨漢ヤクザ相手にそんなことする女性などいない。
初めて女性に蹴られた彼はダメージの代わりに、かつて感じたことの無い快感を覚えた。
女性に殴られることの気持ちよさを知った花形は、狂ったようにSMクラブに通い、気に入った女王様を店から身受けして、次々に愛人にしていった。
そんな女王様の中に中島もいた。
花形は中島をいたく気に入った。
高額の手当てを出し、マンションを買い与え、半年ぐらいは毎日のように通った。
そして単なる性欲のみだった中島への気持ちが、いつの間にか恋愛感情に近いところまで発展した。
中島の将来を案じた花形は、彼女の自立を助けようと決意した。
そして手切れ金代わりに、彼女のやりたいことを援助することを約束した。
当初思った以上にSMに馴染んだ中島は、この道で食べていくことを決意した。
そしてもう故郷には帰れないから、故郷に似た寒い土地で自分の店を持ちたいと、花形に相談した。
花形は北海道にある花形組の友好団体に頼み、ここススキノでSMクラブを開店できるように手配した。
- 102 :はぐれクッチー純情派 その36
:2006/04/22(土) 04:05:01 ID:???
- 中島の15年間を聞き終わったクッチーは、今度は荻上さんについて話し始めた。
(ちなみに中島は、荻上さんが漫画家として活躍していることだけは知っていた)
高校での孤独な3年間。
大学で現視研に入り、1人前の女オタとして無事に立ち直ったこと。
現視研の先輩と結ばれ、今では2人の子供と共に幸せに暮らしていること。
そして15年前の事件について、彼女が中島たちを責めたことは無く、ずっと自分自身を責め続けてきたこと。
クッチーの話が終わると、再び中島は涙を流したが、その顔は笑顔だった。
朽木「最後に訊きたいんですが中島さん、あなたは今幸せですか?」
中島「(一瞬の沈黙の後、きっぱりと)いろいろあったけど、今は幸せです。…あたし、自分の中の嗜虐的な欲望に、ずっと罪悪感と劣等感持って生きてきた。そのせいで荻上を傷つけてしまったし、そんな自分が嫌だった」
チラリと花形を見る。
中島「でも世の中には、あたしみたいな人間を必要としてくれる人がいることを、SMは教えてくれた。あたしがいじめ、侮辱し、辱めることで喜んでくれる人がいる限り、この仕事に誇りを持ってやっていけると思います」
朽木「(優しい眼で中島を見つめ)分かりました。(花形に)彼女を頼むよ」
花形「旦那?」
朽木「好きなんだろ、彼女のこと?ただ強面のヤクザの親分やってる手前、女王様と表立って結ばれる訳には行かない。だから影ながら援助しようと思った。そんなとこだろ?」
赤面する花形と中島。
朽木「いいんじゃないか、素手ゴロ日本一と女王様のカップル。まあお前さんにも事情があるだろうし、俺がどうこう言える立場じゃない。だけど好きならば道はあると思うよ」
花形「分かりました、旦那」
朽木「あっ、そう言えば中島さん、お客さん待たしてたんだったね。すんません時間取らせちゃって」
中島「あ、それは構いません。だってお客さんって…」
花形を見つめる中島。
朽木「あんただったのかよ!?」
- 103 :はぐれクッチー純情派 その37
:2006/04/22(土) 04:07:40 ID:???
- 中島の店を後にしたクッチーの携帯が鳴った。
若手の刑事からだ。
朽木「はい携帯朽木」
若手「あっ先輩、巻田の行方が分かりました」
朽木「そうか!で、何処にいるんだ!」
若手「那覇っす」
朽木「(しばし沈黙)那覇って、沖縄の?」
若手「他にどっかありましたっけ」
朽木「それで巻田は、そんなとこで何やってるんだ?」
若手「神心館の沖縄支部長っす」
朽木「神心館?あの大蛇象山(おろちしょうざん)館長がやってる、フルコンタクト空手のか?」
若手「ちょっと説明っぽい質問ですが、その通りっす」
朽木「どこでそんな情報仕入れたの?」
若手「実は全くの偶然なんす」
若手の刑事の話によると、次の通りだった。
交通課に勤務する同期の警官と、今回の事件のことが雑談で話題に出た。
その同期の警官は神心館の黒帯だった。
その彼が巻田という名前を覚えていたのだ。
巻田は5年前の神心館主宰の全日本選手権で、ベスト4まで勝ち進んだ。
全日本クラスのフルコン空手の選手としては小柄で細身の男だったので、印象に残っていたのだ。
朽木「彼は空手をやってたのか…」
かつて荻上さんの漫画の中で「巻田君総受け化計画」(もちろん名前は仮名になっていたが)を見たクッチーにとっては、ちょっと想像しにくい組み合わせだった。
それが空手、それもフルコンタクト空手の総本山神心館、しかもその全日本のベスト4。
ベスト4と言えば、もう日本王者とさほどの実力差は無い。
アマチュアスポーツとしての空手では、実質上の日本最強候補だ。
- 104 :はぐれクッチー純情派 その38
:2006/04/22(土) 04:10:03 ID:???
- 若手の刑事から巻田の住所を聞き、中島の件を伝えるとクッチーは携帯を切った。
財布の中を見つめる。
「今度は沖縄か…帰りの飛行機代あるかのう…」
本来なら電話で問い合わせるか、沖縄県警に任せるべきなのかもしれない。
だがこの段階でクッチーは、巻田も今回の事件とは無関係な予感がしてきた。
そうなると他県の県警の手を煩わせる訳には行かない。
それにクッチーは、巻田の15年間にも興味をそそられた。
それを知る為には、やはり直接会ってみるしかない。
「こうなったら、乗り掛かった洞爺丸(とうやまる)だ」
かつて台風で沈んだ青函連絡船の名前を口にしつつ、クッチーは空港に向かった。
だが結局最終便には間に合わず、漫画喫茶で一夜を明かした。
そろそろ軍資金が怪しくなってきたのでホテルは使わなかったのだ。
そして朝一番で沖縄に向かった。
沖縄では12月でもさすがにコートは要らなかった。
そこで空港に近い駐在所に預けた。
スーツの上も預けたかったが、懐にトカレフを入れてるのでそうも行かなかった。
南国の警官は気さくで、警察手帳を見せて正直に事情を話したら快諾してくれた。
ついでに巻田のいる神心館沖縄支部道場への道を訊き、徒歩で向かった。
道場は那覇の郊外にあった。
道場の周囲を囲む塀は意外と広かった。
門が開いていたので、その中に入り込むクッチー。
道場本体は、プレハブで出来た小さな公民館のような建物だった。
建物内はあまり広くなさそうだが、その代わりに庭は広かった。
その庭のあちこちに、巻き藁や古タイヤを括りつけた木の杭や竹ざおを数十本束ねたものなどが立てられている。
おそらく晴れた日には外で稽古しているのだろう。
- 105 :はぐれクッチー純情派 その39
:2006/04/22(土) 04:12:17 ID:???
- 道場から人が出てきた。
子供たちだ。
道場の方に向かって口々に挨拶するのが聞こえた。
「巻田先生さようなら!」
それに反応して入り口を見るクッチー。
空手衣を着た青年が、子供たちをにこやかに見送っていた。
巻田だ。
中学時代の写真を見たし、「傷つけた人々へ」で描かれた巻田君(もちろん作品中では仮名だが)そっくりだったのですぐに分かった。
眼鏡をかけた知的で温和そうな顔立ちと細い体は、とても神心館の有段者には見えなかった。
クッチーの第一印象は「斑目さんを笹原さんぐらいに縮めて美形成分を3割り増しにした感じ」だった。
だが顔だけは一見一般部の新人さんみたいな巻田だが、空手衣姿はサマになっていた。
しかも黒帯には5本の金の筋がある。
つまり5段だ。
『確か彼って俺より1つ下だったから、今年で30だな。その若さで5段とは…』
ちなみにクッチーは新興の他流派の2段なので、それだけに巻田の5段には驚愕した。
(流派によって多少事情は異なるが、5段以上の段位は長年流派に貢献したことに与えられる名誉職の意味合いが強い。5段は実力で若くして修得できるギリギリの上限に近い)
だがその一方で、巻田がほんとに強いのかという疑問も浮かんだ。
クッチーは身長180センチで体重85キロ。
フルコンの選手としては、やや体重が足りないが理想的な体だ。
一方巻田は身長推定170センチ。
体重は…おそらく70キロもないだろう、65キロぐらいか。
身長で10センチ、体重に至っては20キロも下だ。
重量級同士の20キロ差ならまだしも、軽い方が中量級に近いとなると、これだけの体格差があれば軽い方はまず勝てない。
クッチーの中で猛烈な勢いで好奇心が膨らみ始めた。
刑事として、空手家として、男として、オタクとして、この男とやってみたい。
- 106 :はぐれクッチー純情派 その40
:2006/04/22(土) 04:13:48 ID:???
- 「どちら様で?」
少し警戒心を見せつつも、あくまでもにこやかに穏やかに対応する巻田。
朽木「いやー勝手に入ってしまって申し訳ありません。空手の道場があったものでついつい見たくなってしまいまして…(警察手帳を出して)わたくし、こういう者です」
手帳を開きつつも、所属の欄の「X県警」の文字を巧みに指で隠して見せるクッチー。
巻田「ああ警察の方ですか、ご苦労様です。今日は何か?」
朽木「いやーその…本題に入る前に、ちょっと私の我がままを聞いて頂きたいのですが…」
巻田「と言いますと?」
朽木「私と組手をやって頂けませんか?」
巻田「あなたと?」
微かに眼が光った。
言下に「それは道場破りと受け取ってよろしいのですか?」と言っているように見えた。
朽木「あ、私こう見えても他流派ですが2段ですから、素人ではありませんので気遣いは無用ですよ」
巻田「フルコンの、ですか?」
伝統派(寸止め)の2段では、殆どフルコンの黒帯には太刀打ち出来ない。
朽木「拳狼会っていうマイナーな新興流派です。防具付のフルコンが主ですが、神心館式の防具無しのフルコンの稽古もやってます」
巻田「…とりあえず中へどうぞ」
どうやらクッチーに悪意は無いことを悟ったらしい。
それに巻田の方もクッチーに興味を持ったようだ。
道場の中でクッチーは、先ず神心館への仮入会の手続きをした。
これでこの後道場で行なわれることは全て稽古中のこととなるので、思い切り戦える。
(逆に言えば、稽古中の事故ということで思い切り潰される危険と背中合わせだ)
次に仮入会用に数着用意されてる空手衣と空いているロッカーを借り、空手衣に着替えた。
トカレフをどうするか迷ったが、結局スーツと共にロッカーに収めた。
念の為に撃針を外して内ポケットに隠した。
もしも巻田が今回の事件に関係があり、巻田に拳銃を奪われたとしてもこれですぐには使えない。
- 107 :はぐれクッチー純情派 その41
:2006/04/22(土) 04:16:43 ID:???
- 道場でクッチーと巻田は向き合った。
2人は両手にオープンフィンガーグラブを着けていた。
クッチーの希望で顔面有りのルールでやることにしたので、巻田が用意したのだ。
総合格闘技用の指が自由に動かせるグラブ、床に敷かれた畳、それらからクッチーは相手に組み技系のスキルがある可能性を考慮した。
そして2人の組手が始まった。
2人の構えは対照的だった。
クッチーは両足を肩幅に広げて左足を一歩前に出して腰を少し落とす、いわゆる左自然体のスタンスだ。
体重はほぼ左右均等にかけ、踵と膝を小刻みに上下させている。
両手は拳を握り、こめかみの高さにガードを上げている。
素人目にはボクシングかキックの構えに見えるだろう。
普通空手やキックのように蹴りのある格闘技のスタンスは、フットワークを犠牲にしてでも後ろ足に体重をかける場合が多い。
前足を上げて相手の蹴りをブロックしたり、前蹴りで相手の動きを止めたりカウンターを決める為だ。
ボクシングは逆に前の足を軸にして体を捻ってパンチを打つので、前足に体重をかける。
クッチーのスタンスはフットワークを重視したものだ。
未知の相手との戦いの為、あらゆる動きに対応しやすいスタンスにしたのだ。
一方巻田は両足を前後に二歩分ぐらい大きく広げ、上体が横を向きかける半身に近いスタンスだ。
体重はどちらかと言えば前に出した左足にかかっていそうだが、両足共踵を床に付けたベタ足だ。
両手は開いて腰の高さに構えている。
フルコンと言うより伝統派の空手、または柔術や合気道など古武道の構えに近い。
- 108 :はぐれクッチー純情派 その42
:2006/04/22(土) 04:18:53 ID:???
- こちらから挑んだ手前、間合いに入るなりクッチーは仕掛けた。
先ず前に出した左足でのロー(下段廻し蹴り)、その蹴り足を前に降ろしざまに左ジャブ(正拳順突き)右ストレート(正拳逆突き)のワンツー、右手を引くと同時に右ハイ(上段廻し蹴り)、ハイから回転をつないで左の上段後ろ廻し蹴り、基本的なコンビネーションだ。
(注釈)上段=首から上、中段=首から股まで、下段=股から下、順突き=構えの際に前に出した方の手での突き、逆突き=構えの際に後ろになった方の手での突き
それらの攻撃を巻田は全てかわした。
上体を左右や後ろに振り、左右や後ろにステップする。
まだ手足でのブロックは用いない。
つまりクッチーはまだ巻田に触れることが出来ていないのだ。
今度は右自然体の構えから同様のコンビネーションを仕掛ける。
違うところは手足の左右と、逆突きからの廻し蹴りをハイからローに切り替えたことぐらいだ。
やはり綺麗にかわされる。
さらに同様のコンビネーションを3度繰り返したが、やはり全て綺麗にかわされる。
一旦下がるクッチー、心の中では巻田のディフェンスに舌を巻いていた。
まさかここまで上手いとは思わなかった。
自分とてマイナーな新興流派とは言え、2段の腕前だ。
警官同士の稽古での組手では大抵勝ってるし、今でも瓦や板を割れる程度の破壊力とスピードはある。
だから今の攻撃で倒せないまでも、何発かは入るだろうし、防御にしてもブロックされると思っていた。
だが巻田は上体の振りとステップでかわしてしまう。
動きはボクシングに近いが、間合いやタイミングは古武道的だ。
体でリズムを取らずにいきなり最小限に動き、しかも跳ねずにすり足で移動する。
- 109 :はぐれクッチー純情派 その43
:2006/04/22(土) 04:20:33 ID:???
- フルコン主体の流派や選手は、メインの攻撃技であるローキックや中段への正拳突きをかわすのは困難な上、筋肉を付ければある程度受けても耐えられる為、どうしてもどっしり構えて受け止めるような体勢になりがちな傾向にある。
その結果、顔面への手技の攻撃に対して、上体の動きは硬くなりがちである。
それをここまでかわせるとは。
しかも数センチとか数ミリとかのレベルの精密な見切りだ。
だから巻田は最小限にしか動いておらず、2人の間合いは開始からあまり変わらない。
日々の稽古で顔面有りの組手を数多くこなしていることが伺える。
これだけのことをクッチーは、1秒にも満たない時間で考えた。
いや、感じ取ったと言うべきか。
『だがそれならそれで、やり方はある』
幸い巻田はクッチーに興味を持ったらしく、今は次に何を仕掛けてくるかという好奇心の方が勝っているようで、まだ向こうからは仕掛けてこない。
ならばその余裕に付け込むまでだ。
クッチーは自分が勝てるとは思っていないが、勝つ積もりで戦っていた。
それは相手への礼儀であり、そうしないと巻田の本質が分からないと思ったのだ。
クッチーは再び距離を詰めた。
前に出した左足でのローが届くかどうかギリギリの間合い。
軽く左足を上げかけた瞬間、右足で強く踏み切って先ほどまでのフットワークの歩幅の3倍近い距離を一気に詰めた。
そして間合いに入ると同時に左ジャブを放った。
一気に踏み込んで正拳1発決め、そこで審判が止めて判定、こんな流れの多い伝統派の空手でよく見られる動きだ。
しかもクッチーの今回の突きは、空手の基本的な正拳突きのように拳を捻り込まず、構えから拳を立てたまま打ち込む縦拳だ。
これだとインパクトの際の拳の捻りこみが無い代わりに、モーションが小さい分速い、脇が締まりやすい、手首のスナップが効かせやすいなどの長所がある。
日本拳法や少林寺拳法で見られる技だが、最近ではフルコン系でも極真会館の一部支部道場や正道会館などが、従来の正拳と縦拳を併用している。
- 110 :はぐれクッチー純情派 その44
:2006/04/22(土) 04:22:29 ID:???
- 普通蹴り技のある格闘技は、最も遠くに技が届く蹴り技から始める。
手技はその後で接近してからだ。
先程までわざとセオリー通り型通りの技を散々見せて置いたのは、相手の目と反射神経を慣らしてから一気に切り替えて意表を突く狙いもあってのことだった。
なまじ精密機械のような見切りが出来る相手だからこそ、コンマ1秒のズレが高度なフェィントとなり得る。
だがそれでも巻田はかろうじて首を振ってかわした。
クッチーは左ジャブに続いて右ストレートを放つ。
だがそれはただのワンツーでは無かった。
普通のワンツーは、1歩踏み込んで同じ場所でワンツーと続けて打つ。
今回のクッチーのワンツーはツーでさらに半歩前にステップしながら打った。
これにより通常の右より近い距離で拳が当たる。
接近すればそれだけかわしにくいし、前に踏み込む力とインパクトの瞬間に肘を伸ばして拳を押し込む力とを一致させれば、通常の右よりも重いパンチになる。
これも日本拳法の技だ。
しかもその右は実は正拳ではなく掌底(手の平の手首に近い肉厚な部分)だった。
普通顔面への掌底突きは顎をかち上げるように打つ場合が多いが、クッチーは人中(鼻と唇の間の中心の溝状の部分。人体の最大の急所の1つ)の辺りを狙った。
彼が右の突きを掌底で行なったのは、手の平と指でほんの僅かな時間(コンマ1秒足らずだ)巻田の視界をふさぐ為だった。
彼が右を放つ瞬間に既に右足が跳ね上がり、手の平が巻田の顔の直前に来た時には右膝が正面に突き出されていた。
もし巻田がこの状態でその場で右ストレートをかわせば、接近戦の間合いになる。
それを狙っての膝蹴りだ。
さらに左手はジャブの後、フックまたは肘打ちを打つ体勢になっていた。
接近戦になれば膝のヒットの有無に関係なく、間合いに応じて選択し打ち込む気だ。
巻田は接近戦を避けた。
右ストレートの軌道に合わせるように、大きくバックステップする。
傍目には、クッチーの右で巻田が押されてスルスルと後退するように見える動きだ。
伸び切ったクッチーの右掌の3センチほど手前で止まる。
- 111 :はぐれクッチー純情派 その45
:2006/04/22(土) 04:24:30 ID:???
- 『ならば!』
クッチーは右腕を伸ばしたまま、さらに腰を巻田の方へ突き出すようにしつつ脚を傾けて膝を伸ばし、膝が伸び切る瞬間に正面を向いていた左足の爪先を180度回す。
つまり右膝蹴りから右ミドルキック(中段廻し蹴り)に移行したのだ。
その結果、先程までの廻し蹴りのように外側から廻し込んでくる蹴り方ではない、蹴り足の膝が先行して目標を追い直線に近い角度で蹴る蹴り方に変わった。
前者は空手の基本通りの蹴り方、そして後者はムエタイに近い蹴り方だ。
普通廻し蹴りの際は、蹴り足と同じ方の腕を後方に振って腰の捻りを加速させる。
今回はその捻りが不足しているが、その代わりに右上半身の分も蹴りに体重が乗るから威力は十分だ。
それに軸足を返す際、クッチーは踵を上げつつ大きく前に跳ぶように軸足で踏み切り、その結果軸足は蹴り足が伸びた瞬間10センチぐらい前進した。
上段への蹴りが技の大半を占める、テコンドウの蹴りによく見られる動きだ。
これで巻田は逃げられない。
左右に逃げれば脛が、後ろに逃げれば足の甲が、前に踏み込めば膝が当たる。
脛がベストだが、20キロ近く重い自分の体重の大半を預けるのだから、少々ポイントを外しても当たりさえすれば向こうは無事では済まない。
腕でブロックしたら腕を折るまでだ。
膝でのブロックは間に合わない。
巻田は逃げもブロックもしなかった。
逃げられなかったのかは分からないが、その場で動きを止めた。
『まさか中段の蹴りだから体で受ける気か?おい、俺が狙ってるのは左の脇腹の肋骨だぞ!その細い体ではそんなとこに筋肉はあるまい…』
細かく解析するとこんな感じのコンマ1秒にも満たない思考と共に、クッチーの右脛は巻田の左脇腹に命中した。
『よっしゃクリーンヒット!』
…のはずだった。
だがクッチーの右足は、まるで壁に当たったボールのように勢い良く跳ね返ってきた。
- 112 :はぐれクッチー純情派 その46
:2006/04/22(土) 04:28:22 ID:???
- 『???』
だがクッチーの切り替えは早い。
元の位置に戻ろうとする蹴り足を、戻る勢いを利用してそのまま無理矢理軸足と腰を大きく捻って体を右回転させ、それに乗せて右足を振り回して右中段後ろ廻し蹴りを放つ。
当てずっぽう気味の狙いだったが、見事に右踵が巻田の右脇腹に命中した。
だがやはり右足は勢い良く跳ね返された。
蹴り足が戻るまで待ってたら、相手に背を向けた状態で反撃される。
そう考えたクッチーはとっさに軸足で跳ぶようにして後方に転び、そのまま転がって巻田から離れて立ち上がり、再び構えて巻田を見る。
全くダメージは感じられなかった。
クッチーは構えながら超高速で頭脳を回転させた。
『何だ今の感触は?』
彼の足が感じた感触は、何かゴムのようなもので包まれた硬い板を蹴ったような、あまり馴染みの無い感触だった。
『まさか道衣の下に防具?』
いや、そんな様子は無い。
クッチーとて空手有段者だ。
道衣の上から見ても、何も下には身に付けてないことぐらい分かる。
『まてよ…この感触どこかで…そうだ!』
彼が思い出したのは、まだ本庁に居た頃にSAT(警視庁の特殊部隊)の格闘訓練に駆り出された時のことだった。
クッチーたち非SATの警官は空手用の防具を着用し、SAT隊員は火器等の装備類を外したこと以外は本番と同様の戦闘服を着用した。
その時に隊員の胴体を何度か殴ったり蹴ったりした時の感触、それが今回の感触に似ていたのだ。
- 113 :はぐれクッチー純情派 その47
:2006/04/22(土) 04:32:50 ID:???
- 『あの時連中の着てた防弾ベストって、確か対小銃用に強化樹脂製の防弾プレートの入ってるタイプのやつだったな』
従来の防弾チョッキは、何枚ものケブラー繊維を重ね合わせ、命中した弾丸に繊維が絡み付くことで体内への浸入を防ぐものだった。
だがこのタイプだと、弾速の速いトカレフやマグナム拳銃、ライフルなどの弾は防げない。
そこで最近の防弾ベストは、強化樹脂や金属等の防弾プレートを内蔵して物理的に防ぐものが主流になりつつある。
『だけど防弾ベストなんて、テコンドウの胴並みに分厚いからな。どう考えても道衣の下には着れないし…』
ほんの数秒ほどでここまで考えた時、クッチーは目の前の巻田を改めて注目した。
いつの間にか構えが変わっていた。
両手は正拳を握って、水月の高さで少し肘を曲げて前に出していた。
そして両足は肩幅ぐらいに開いて爪先を内側に向け、それに伴って膝も内側を向き内股気味になっていた。
腰を少し落とし、左足が右足の半歩ほど前に出ていた。
空手の基本稽古の際によく用いられる、三戦(さんちん)立ちだ。
クッチーはしばし組手中ということも忘れて見とれた。
惚れ惚れするような綺麗な三戦立ちだ。
水月の辺りに気が集中するのが見えるようだ。
そんな巻田を見ていて、クッチーは不意にあることを思い出した。
『ひょっとして巻田さんって…』
- 114 :はぐれクッチー純情派 その48
:2006/04/22(土) 04:34:41 ID:???
- 巻田「どうします?まだ続けますか?」
しばらく動きを止めて何やら考え込んでいた目の前のひょろ長い男に、巻田は声をかけた。
朽木「申し訳ありませんが、もう1回だけ付き合ってもらえませんか?ちょっと試したいことがあるんです」
実はクッチーは先程の右足での連続攻撃の後、顔には出さないが左足首に激痛を感じた。
無理な動きで軸足として酷使した為だ。
アドレナリンが分泌しているからしばらくは持つが、あとせいぜい2〜3分といったところだろう。
巻田「分かりました。でも決して無理はなさらないで下さい」
それは丁寧だが、不気味な脅し文句だった。
これ以上続けるなら自分も攻撃する。
そうなったら何が起きても責任は負えない。
そう言っているようにクッチーには聞こえた。
正直怖くなってきた。
だが真実を知りたいという好奇心が恐怖に勝った。
クッチーは再び攻撃を開始した。
もう難しくは考えない。
体力が続く限り全力で攻撃を続け、当たったら接近戦に持ち込んで「ある攻撃」を試してみる、作戦と言えばそれだけだ。
今度は攻撃のバリエーションは桁外れに増えた。
オーソドックスな突き蹴りの連打と、その合間を縫うように繰り出す変則的な攻撃を狂ったように繰り返す。
段々巻田が手足でブロックしたり弾いたりする頻度が増えてきた。
チャンスだ。
何度目かのワンツーから、ロング気味の大振りの左掌底フックを放つ。
巻田の頭が沈んでそれをかわす。
- 115 :はぐれクッチー純情派 その49
:2006/04/22(土) 04:36:41 ID:???
- 『ここだ!』
クッチーはフックを振り切らずに右斜め前方の空間にピタリと止め、そのまま反転しつつ左手を手刀に変えて巻田の左の首筋に振り下ろす。
狙いは頚動脈だ。
レスラーのように鍛え抜いた太い首ならともかく、格闘家とは思えぬ巻田の細長い首なら、直撃すれば先ず間違いなく失神する。
手応えは十二分にあった。
だが巻田の細長い首は、そこには無かった。
巻田の横顎のすぐ下は肩だった。
手刀は横顎と肩の間の角の部分に食い込んだ形で止まった。
クッチーは驚きつつも思考の片隅で「やはり…」と思った。
だが攻撃の手は休めなかった。
もう1つだけ試したい技がある。
左手で道衣の衿を掴むと、左に大きくサイドステップした。
ようやく巻田が体勢を崩し、体が前に泳いだ。
その隙を突いてクッチーは大きく体を右に傾け、右の掌底で
アッパーを放った。
標的は巻田の股間だった。
だが目的の物はそこには無かった。
意外に大きい逸物の根元には、あるべき睾丸は2つとも無かった。
またまた驚きつつも、クッチーは思考の片隅で「やはり…」と思った。
- 116 :はぐれクッチー純情派 その50
:2006/04/22(土) 04:38:28 ID:???
- 「もうこの辺で終わりでいいですか?」
そう言いたげに巻田の眼が微かに笑ったように、クッチーには見えた。
よく見るとクッチーの水月に、巻田の右掌が押し当てられていた。
それに気付いた瞬間、クッチーの腹で何かが爆発した。
「ゲホッ!」
うめきながら3メートルばかり後方に吹き飛ばされるクッチー。
腹の激痛と吐きそうな苦痛を堪えながら、かろうじてダウンせずに体勢を整えると、もう巻田は間合いを詰めていた。
今度は巻田の右足が、するするとクッチーの水月に吸い込まれる。
見た目さほど速くも重くも見えない前蹴り。
だが水月に当たったのは通常使われる中足(爪先立ちになった時に床に着く、足の裏の部分)ではなく、5本の足の指の先だった。
普通なら突き指するところだが、巻田の足先は刃物のようにクッチーの水月に食い込んだ。
「ガハッ!!」
大量の胃液を吐きながら、クッチーは暗黒の中に落ちていった。
クッチーが意識を取り戻した時、パンツ1丁で布団に寝かせられていた。
そして枕元には巻田が正座していた。
巻田「気が付かれましたか」
温和な笑みが戻っていた。
朽木「ここは?(周囲を見渡す)」
巻田「道場ですよ」
朽木「(裸であることに気付き)おお?あの、道衣は?」
「総受け化計画」を見ているだけに、一瞬「まさか本格的にその手の趣味が…」という思考が脳裏を掠める。
巻田「私が脱がせて洗濯しました。その…吐瀉物はなるべく早く洗わないと残っちゃうから…」
- 117 :はぐれクッチー純情派 その51
:2006/04/22(土) 04:42:15 ID:???
- はっとして起き上がり、自分が倒れた辺りを見るクッチー。
わずかに吐瀉物の跡が残っていた。
朽木「まさか掃除も先生が?」
巻田「今日で年明けまで道場休みですから、私しか居ないもので…」
朽木「いやーいろいろとご面倒をお掛けしました。(深々と頭を下げ)痛てて!」
思わず激痛で腹を押さえるクッチー。
よく見ると腹巻きのように包帯が巻かれていた。
巻田「腹筋しっかり鍛錬されてたんですね。皮膚と筋肉が傷付いただけで済みましたよ」
朽木「先生が手当てを?」
巻田「気絶されてる間に医者に診てもらいました。骨と内臓はとりあえず大丈夫みたいだけど、念の為に大きい病院で精密検査を受けるようにとのことでした」
朽木「いやー何から何までご迷惑を…(深々と頭を下げ)痛てて!」
「懲りない人だなあ」という感じで微笑む巻田。
釣られて微笑むクッチー。
巻田「ところで用件がまだでしたね?」
クッチーはスーツに着替えた。
道場にこれ以上長居する訳には行かないし、ここからが本来の仕事だと気持ちを切り替える為でもあった。
実は彼の中では巻田への疑いは晴れていたのだが、職業柄トカレフの撃針を元に戻してから身に付けた。
そして巻田に自分がX県警のY署防犯係の刑事であること、署の管轄内でかつての文芸部員が襲われたこと、そしてそれを追う為に荻上さんや中島に会ってきたことなどを話した。
巻田「つまり私は、その事件の最有力容疑者だってことですか?」
朽木「そこまでは言いません。ただ文芸部員が3人続けてやられてる以上、15年前の事件の関係者全員に当たってみる必要はある、そう思って話を聞いて回ってる状況です」
- 118 :はぐれクッチー純情派 その52
:2006/04/22(土) 04:48:35 ID:???
- 巻田「それにしても刑事さんも無茶な人だ。もし私が本当に犯人だったらどうする積もりだったんです?下手すれば組手中の事故に見せかけて殺されてたかもしれないんですよ」
朽木「まあそうならない為にあなたの戦力を見る狙いもあったんですが、どうも私は目的と手段を取り違える性質で、いつの間にかあなたの強さを試すというより倒すことが目的になっちゃって、つい無茶なことをいろいろやってしまいました」
巻田「本気で道場破りする積もりだったんですか?」
朽木「まさか。でも挑戦する以上は勝ちを狙いに行くのは、挑戦者の礼儀だと思いまして」
巻田「まあそれは分かりますが…」
朽木「まあアリバイは後で一応伺いますが、よろしかったらその前にあなたのこの15年間について話して下さいませんか?」
巻田「中学の時の、あの事件からのことですか?」
巻田の顔に少し翳りが見えた。
朽木「私はね、今回の事件は何かの縁だと思うんです」
巻田「縁…ですか」
朽木「15年前のあの事件に関わった人たちは、みんなそれぞれに心に傷を抱えて生きてきました」
巻田「みんなが?」
朽木「もちろん1番傷ついたのは被害者であるあなたでしょう。でもね、加害者だった彼女たちも、みんなそれぞれ傷ついてたんです。あなたから見れば甘ったれた自己満足かもしれませんが。例えば荻上さんですが…」
巻田「事情は分かってますよ。『傷つけた人々へ』は読みましたから」
朽木「(嬉しそうに)そうですか。あの、まだ荻上さんのことを怒ってますか?」
巻田「(笑い)もう気にしてませんよ。むしろ荻上さんに感謝したいぐらいです」
朽木「感謝?」
巻田「そりゃあの当時は彼女に対して、怒りや憎しみや失望や悲しみといった、あらゆるネガティブな感情を抱きました」
朽木「お察しします」
巻田「でもね刑事さん、そのおかげで私は空手と出会い、強くなれた。生涯を1つのことに賭けて生きていくという、あの事件があるまでの私なら考えられなかった、充実した日々を今は過ごしています」
- 119 :はぐれクッチー純情派 その53
:2006/04/22(土) 04:52:19 ID:???
- 一息ついて巻田は続けた。
巻田「もちろん彼女たちのしたことは褒められたことじゃありません。でも今の私なら15年前の彼女たちを笑って許せそうな気がします」
晴れやかな笑顔の巻田。
そこにはもう暗い過去の影は見えなかった。
朽木「言い遅れましたが実は私、椎応大学で荻上さんと同じサークルだったんです」
巻田「(意外そうに)そうなんですか?」
朽木「帰ったら彼女にその言葉と一緒に、あなたの15年間を聞かせて上げたいのです。お願いします(頭を下げるがすぐに頭を上げて腹を押さえ)痛てて!」
巻田「(苦笑して)…分かりました。お話ししましょう」
巻田は15年前の事件の直後、すぐに転校した。
だがその直後に荻上さんの自殺未遂騒ぎがあり、その噂は転校先の中学にも伝わったので、
巻田は登校拒否症になった。
一方家の近所でも、荻上さんが自殺未遂した為に何となく巻田の方が悪いような空気が広がり始め、住み辛くなった。
仕方なく巻田家は他県に引っ越した。
だが1度付いた登校拒否癖はなかなか治らず、巻田はおよそ3ヶ月の間、自室に引きこもって暮らした。
それを聞きつけた親戚の叔父さんが、巻田をスパルタ教育で立ち直らせることを決意した。
叔父さんは神心館の支部道場の師範代だった。
彼は巻田を道場に引っ張って来て、マンツーマンで空手を叩き込んだ。
「いつまでウジウジメソメソしてるんだ!そんなんだからオカマの漫画のネタにされるんだ!強く逞しくなって、漫画描いたオタク女を見返したれ!」
叔父さんはそう言って発破をかけた。
巻田「最初は叔父さんに無理矢理やらされて仕方なくだったけど、その内本当に荻上さんを見返してやるって思うようになり、この道に進みました」
- 120 :はぐれクッチー純情派 その54
:2006/04/22(土) 04:54:02 ID:???
- その後巻田は空手道場と並行してフリースクールに通い始め、大検の資格を取って東京の大学に進学した。
空手の方でもその間に初段を獲得していた。
この頃には巻田も、空手そのものの魅力に取り付かれていた。
ただ空手一筋で生きていくほどの自身も実力も無かったから、普通の就職も視野に入れて進学したのだ。
そして神心館の本部道場に通い詰めた。
そこでメキメキ実力を付けて2段に昇段したが、ある時期に成長が頭打ちになった。
巻田が武道的な空手(実戦のあらゆる状況を想定)にこだわるのに対し、道場ではスポーツ的な空手(ルールの範疇以外の状況は想定外)が主流になっていたことが原因だった。
古風な武道青年に成長した巻田を気に入った大蛇館長は、友人で東京在住の琉球空手の先生を紹介した。
そこで巻田は一旦ウェイトトレーニングで付いた筋肉を落とし、沖縄式の空手用の筋肉を付け直した。
巻田「毎日のように三戦立ちで正しい呼吸を繰り返し、体中を先生が木の棒で打つ。これを繰り返し続けることで、ウェトレとは違う、空手用の生ゴムのような筋肉が付くんです」
さらに巻田は手足の指先を徹底的に鍛錬した。
砂や砂利の入った箱に突き立てたり、竹ざおをたくさん束ねた束を突いたりし、何度が爪を失いつつも貫手(広げた掌の指先の部分)や足先の蹴りで畳を貫通できるまでになった。
巻田「空手で1番強力な武器は、鍛え抜いた指先なんです。何しろ当たる面積が狭いので、打撃の力がそれだけ一点に集中しますから」
- 121 :はぐれクッチー純情派 その55
:2006/04/22(土) 04:59:35 ID:???
- 巻田はその後、神心館主催の関東大会に出場して上位入賞し、全日本大会にも出場する。
その大会で彼はベスト4まで勝ち進んだ。
彼の得意技は、接近して至近距離から放つ正拳突きと、足先での前蹴りだった。
三戦での鍛錬により、彼はごく小さな動きで正拳に全エネルギーを集中させることが可能な筋肉と呼吸を身に付けた。
それによって彼のショートレンジでの突きは、時には触れた状態からでも爆発的な威力を発揮する、中国拳法でいう発剄(短剄とか寸剄とも言う)に似た技と化した。
貫手は鋭過ぎて(鍛え抜いた腹筋でも貫通して内臓に達する危険がある)試合では使えないので、貫手ほど鋭くは無いが力は強い足先蹴りを多用した。
鍛え抜いた足先は、刃物同様に人体のあらゆる場所を急所と化する凶器だ。
皮肉なことに巻田の足先は鍛え方がまだ不十分な為、単に力が一点に集中する強力な蹴りとして試合で使いやすかった。
準決勝では身長195センチ体重110キロの巨漢が相手だった為、それらの技が決定打にならずに敗退、しかも廻し蹴りで腕を折られて3位決定戦は棄権したので4位だった。
その大会の出場者の中で最軽量の巻田の好成績に対し、大蛇館長は「褒美をやるから好きなものを言ってみろ」と言った。
それに対して巻田は「沖縄支部で指導員をしつつ琉球空手を学びたい」と返事した。
館長は快諾した。
巻田は大学を卒業後、沖縄に渡った。
当時の支部長はかなり高齢だっが初期の大会の優勝経験が有り、しかも琉球空手でも高段者だった。
(この支部長は後に病に倒れ、後任に巻田を推薦する)
支部長自身の指導と、彼の人脈で紹介された古くからの琉球空手道場での鍛錬により、巻田はさらに空手家として成長した。
- 122 :はぐれクッチー純情派 その56
:2006/04/22(土) 05:01:40 ID:???
- その成果の1つがコツカケの会得だった。
コツカケとは琉球空手特有の技と言うより肉体操作術のことで、簡単に言うと筋肉を自分の意思で操作して急所を隠してしまう技術である。
先ず首を猪のように縮め、肩と頭を一体化してしまい頚動脈を隠す、肋骨同士をくっつけて隙間を無くし、1枚の板のようにして内臓を保護する、そして睾丸を恥骨のところにある隙間から体内に収納する、これらのことを筋肉を操作して行なうのだ。
朽木「脇腹を蹴った感触でもしやと思ったんですが、まさかあなたの若さでコツカケが出来る方がいるとは思いませんでしたよ」
巻田「まあ古い空手の技ですからね、でも不可能ではないです。ちゃんと鍛錬すれば」
巻田の話が終わると、クッチーは中島の時と同じように荻上さんや中島の近況を話した。
巻田はそれを穏やかな顔で聞いていた。
最後にクッチーは型通りに巻田のアリバイを確認し、ここでの仕事を終えた。
巻田「今日は有意義な1日でした。彼女が幸せに暮らしていることも分かったし、刑事さんのようなユニークな空手をやる方と組手が出来たし」
朽木「『ゆにーく?それ褒めてるのかな?』いやームチャクチャなことばっかりやって申し訳ないです」
巻田「いやほんとに楽しかったですよ。ここ2年ばかり、手の内が全部見えるうちの門下生か、逆に手の内が全然見えない雲上人みたいな先生方かの両極端な相手としか組手やってなかったですから」
朽木「楽しんで頂けましたか…」
巻田「ここに来た当時は、街中で喧嘩を売られることも、他流派の若い衆が野試合挑んでくることもしょっちゅうだったんですが。あの頃以来ですよ、金的狙われたのなんて」
朽木「ははは…(汗)『ひょっとして俺、とんでもなくおっかない相手に喧嘩売っちゃってたのかも…』」
- 123 :はぐれクッチー純情派 その57
:2006/04/22(土) 05:02:55 ID:???
- 巻田「どうです刑事さん。今度うちで従来の全日本大会と別に、顔面有りの大会を開催するんですが参加してみてはどうです?刑事さんならいい線行くと思いますよ」
朽木「いやーもう31ですから」
巻田「私は30ですけど出ようかと思ってるんです」
朽木「『あんたみたいなバケモンと一緒にすんなよ』いやそれに仕事が忙しいし。けっこうやりがいあって好きなんです、今の仕事」
巻田「残念だなあ。それじゃあもし気が変わったら連絡下さい。支部長推薦枠は残して置きますから。あと出稽古したくなったら、また沖縄に寄って下さい。私が特訓してあげますから」
朽木「私は日向小次郎ですか…」
結局事件についての収穫は無いまま、クッチーは巻田の道場を後にした。
タクシー代がもったいないので徒歩で移動する。
やがて歩き疲れ、さとうきび畑の前で腰を下ろす。
畑を見つめながら、事件について考えていた。
荻上さんの中学の時の事件に関係した者たちは、荻上さんを含めて全員シロだった。
人としては信頼しつつも、クッチーは刑事として一応全員のアリバイを確認した。
ほぼ全員、完全なアリバイがあった。
何しろ犯行現場と彼らの生活範囲との距離が離れ過ぎているので、犯行時刻ちょうどじゃなくても前後3時間以内ぐらいにアリバイがあれば成立する。
途方に暮れつつも、クッチーはホッとしていた。
もし関係者の中に犯人がいれば、再び荻上さんが傷つくことになるからだ。
だが一方で、これで捜査は振り出しに戻ったことになる。
「あの事件に表立って関わっていない、別ルートのつながりがあるのかもしれないな…」
クッチーは係長に連絡し、当初挙がっていた容疑者は全員シロだったことを告げ、被害者全員の中学の時の人脈を洗い直すように伝えた。
電話が終わると、仕事の疲れと先ほどの道場での死闘のダメージから、そのまま意識を失
ってさとうきび畑に転がっていき、まだ日が高いのに熟睡し始めた。
- 124 :はぐれクッチー純情派 その58
:2006/04/22(土) 05:04:29 ID:???
- 翌朝、クッチーはさとうきび畑で目を覚ました。
習慣で携帯を見る。
電池が切れていた。
コンビニで携帯用の簡易バッテリーを買って充電し、署に電話した。
若手刑事が出た。
若手「先輩!どこで何してたんすか?昨日の夜、何回も電話したんすよ!」
朽木「昨日の夜?」
若手「まあ正確には、明けて今日の深夜から明け方近くですが」
朽木「何かあったの?」
若手「先輩、驚かないで聞いて下さい。犯人を確保しました」
朽木「…あの、ごめん、よく聞こえなかったんで、もう1回言ってくれる?」
若手「ですから、連続強盗致傷事件の犯人を、確保しました!」
朽木「(大声で)何ですと!そそそ、それはどういうことだにょー!早く説明するだ
にょー!」
若手「落ち着いて下さい、先輩!喋り方変だし!今説明します!」
意外と生真面目な男クッチーは、警官になって以来今日まで、仕事の場では読者にはお馴染みのウザオタ口調は一切使わなかった。
(オタクであることは公言していた)
それが初めて崩壊した瞬間だった。
事件の真相はこうだった。
犯人は近所に住む50歳の無職の男だった。
彼は15年前にリストラされて以来、職を転々としていた。
3年前から派遣社員として工場で働いていたが、1ヶ月前に解雇された。
女性の新人がたくさん採用されたからだった。
工場の管理職が女性の方が使いやすいと判断したのか、単にハーレム気分を味わいたいだけなのか、そこまでは定かでない。
その後、50歳という年齢のハンデもあって、なかなか次の仕事が見つからなかった。
- 125 :はぐれクッチー純情派 その59
:2006/04/22(土) 05:06:26 ID:???
- そんなある日、彼は偶然ファミレスやスーパーで楽しそうに働く今回の事件の被害者たちを見た。
大の男が簡単に仕事に就けないのに、お気楽な主婦がパート仕事に簡単に就ける。
彼はそんな世の中に矛盾と憤りを感じ、彼女たちこそが自分の仕事を奪ったものの象徴として映った。
朽木「それで腹いせに殴っちゃったわけ?」
若手「そうっす。ムシャクシャしてやったと自供してました」
朽木「財布盗んだのは?」
若手「生活費の足しにする為だったそうっす。最初の犯行の時、3日ぐらい何も食べてなかったらしいっすから」
朽木「じゃあ3人が元文芸部員なのは?」
若手「全くの偶然です」
その場に崩れ落ちるクッチー。
朽木「現実は…小説よりも奇なり…か…(不意に立ち直り)で、なんで捕まったの?」
若手「4件目をやろうとして狙った相手が、たまたま婦警だったんす」
朽木「また偶然かよ!」
婦警は事件について知っていたので、物陰から手が出た瞬間に体勢を整え、催涙ガスを避けた。
市販されてる催涙スプレーの多くは、ほんの数回ぐらいしか使えない。
焦った犯人は乱射してガス切れし、しかも周囲をガスだらけにしてしまって自分が浴びてしまう破目になり、婦警は難なく逮捕した。
(催涙ガスは意外に拡散するし少量で効くので、完全に風上に立って使う場合以外、使った本人が誤って吸ってしまう場合がけっこうある。筆者も自前の催涙ガスの試射でこれをやらかしたことがある)
- 126 :はぐれクッチー純情派 その60
:2006/04/22(土) 05:07:53 ID:???
- 若手「あと被害者の方たちからの伝言なんですが、あとで荻上さんと中島さんの連絡先を教えてくれとのことっす」
朽木「と言うと?」
若手「実は俺、被害者の方たちに会って、先輩が15年前の事件を追ってることを話したんす。そしたらみなさんで集まって話し合われたそうっす」
捜査中の内容をどこまで喋ってしまったのか気になったが、一応解決したこともあってクッチーはそのことは流して聞き続けた。
若手「あの3人、こう言ってました。中学の時の事件のことで、自分たちは罪が無いと思いたい一心から、2人のことを避けて疎遠になっていたことを謝りたい、そして上手く時間が合えば1度みんなで会いたいって」
朽木「3人ってことは…あの重体だった被害者は?」
若手「あ、言い忘れてましたけど、先輩が東京に向かった日に意識回復されました」
朽木「(微笑み)それはよかった。分かった、連絡先はあとで俺から電話するよ」
若手「あっ、ちょっと待って下さい…すいません、今Z中学の先生が来られたんで代わります」
坊主「…先日は失礼しました。刑事さん、巻田には会えたんですか?」
朽木「お会いしました。元気でしたよ」
クッチーは巻田の近況について、坊主に話した。
ちなみに喧嘩まがいの組手をやったことは内緒だ。
安心した坊主は、もう1つの用件を切り出した。
坊主「あとすみません刑事さん、巻田と中島と荻上の連絡先を教えてくれませんか?」
朽木「それは構いませんが、何をなさるのですか?」
坊主「実はうちの中学、来年の春で廃校になるのが決まったんです」
朽木「…そうですか、それは何とも…」
坊主「それでOB・OGの有志が集まって、ちょっとしたイベントをやるんですが、その後二次会代わりに、うちのクラスの同窓会をやることになったんです」
朽木「もしや3人にも…」
坊主「呼ぼうと思ってます、俺。幹事として」