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トマス・M・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』サンリオSF文庫

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January 08, 2005

トマス・M・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』サンリオSF文庫

キャンプ収容ディッシュの代表作。プリングルの100冊より。
読了。

凄い本だった。


トーマス・マンの「魔の山」やドストエフスキーの「死の家の記録」をモチーフに、地下深くの監獄の中で行われる知性亢進実験の被験者の手記形態でつづられる地獄絵図&&。「地下」であるという点で、地獄に見立てられているとともに、この監獄自体が人間の脳そのものを象徴してもいる。主人公は、兵役拒否の代償として、志願してこの実験の被験者となっている。用いられるのが梅毒ウイルスの改良品種として知能、知覚を極限まで鋭敏化する効果を有するウイルス&&。知性=梅毒(性病)という両極にあるものの結合が本書全体のテーマと分かちがたく結びついている。
本書はこの被験者が天才と狂気の狭間を渡り歩きながら、守衛や実験の主催者、他の被験者らの繰り広げる地獄絵図を極めて主観的に綴るというスタイルで構成されているだけに、極めて圧倒的で強烈なリアリティがある。そこにはおびただしい文学作品や哲学書からの引用や哲学的思索が、時に論理的に明晰に、時に発狂したバタイユのごとき支離滅裂な文体で綴られており、圧倒されて眩暈がするほどだ。
しかし、本書は、ただの「天才と狂人が紙一重な主人公の主観垂れ流し」の本ではない。強烈な衒学の眼くらましの背後に、したたかな物語がさりげない伏線を伴って巧妙に進行しているのだ。よほど注意深く読まないと、見落としてしまうぐらいにさりげなく。
そして、その伏線が、終盤の衝撃的などんでん返しで怒涛のように押し寄せる。本書は、その意味で見事な叙述トリックの本格ミステリなのであり、しっかりした物語作品なのである。
更に、主人公は改良梅毒菌の副作用で途中から失明してしまうだが、そのことが手記中ではぼかされていることも巧妙なミスリーディングになっている。とともに、この盲目に伴う認識の鋭敏化という構図は、監獄の地下に閉じ込められている=脳髄に閉じ込められているという暗喩とも呼応しており、それがラスト付近で外に出るシーンの描写と対比されて効果を上げてもいる。
もう一つ指摘しておきたいのは、本書の究極テーマである、究極の知とは客体の喪失であり、絶対的な孤独であり、死であるという不可避の認識の痛切さである。それは生物的な死、物理的な宇宙の熱死と結びつける形で、スキリマンが分りやすく作中で語ってもいる。そのまもなく後に恐るべき最近漏洩による疫病パニックという強烈な展開が待っており、これが本書後半の最初の山となる。そして、主人公らは、この「地獄の蔓延、悪の蔓延」に対し、善なる知性として対抗し、最後に勝利するわけだが、短期的な勝利の先の究極的な未来には、やはり死が待っていることを否定できない。ポジティブなペシミズム。これは「334」とも通ずるディッシュの基本的な世界観のようで、極めて強烈に胸に迫るインパクトがある。
ある意味で、「アルジャーノンの花束を」のベクトルを正反対方向にむけた作品ということもできるが、その衝撃度では、はるかに上回っている。とにかく、凄いというしかない。

テーマ性  ★★★★★
奇想性   ★★★★★
物語性   ★★
一般性   ★
平均    3.25点
文体    ★★★
意外な結末 ★★★★★
感情移入力 ★
主観評価  ★★★1/2(35/50点)
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