SF百科図鑑

J・G・バラード『結晶世界』

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April 14, 2005

J・G・バラード『結晶世界』

結晶世界プリングル100冊。『沈んだ世界』以上にSFファンを名乗る人で読んでいない人はほとんどゼロに近いのではないかと思われる超有名作品。中高生のころ何度もチャレンジしようとして数ページで挫折していた。大人になった今ならきっと読めるだろう(笑)。『沈んだ世界』が「面白かった」ことだし。
いやはや、さすがに名作だった。最後まで息をもつかせずに読み切らせた。バラードには珍しく、ストーリーにたるみが無いし、キャラクターの描き分けもうまく行っている。これは反宇宙との合一、時間と空間の統合による結晶化=永遠化=生死・光と影の合体=不死という作品のきわめて優れた根本アイデアが作品の全体にわたってあらゆる側面から引き締める機能を果たしていることによるだろう。光と影、陰と陽の対比は、対立するキャラクターの構図と明確に重ねあわされている。そういったいっさいの対立概念を止揚すべき現象として、宇宙の結晶化が進行しているという設定である。とにかく、知的にも美的にも、この宇宙の結晶化というアイデアは完璧すぎる。人間は、秩序と無秩序への相反する本能を持ち、後者を描くのがバラード作品であると書いたが、本書に関していえば例外である。本書では、秩序と無秩序・狂気の対立概念すら止揚され、永遠の静・宇宙との一体化=永遠の静という更に根源的な人間の本能に働きかけてくる。つまり、もう一次元高いことを本書ではやっているのだ。もちろん、結晶化していく世界の強烈に美しくグロテスクなイメージ、全宇宙規模の壮大なスケールで進行する物理現象を、アフリカの一ジャングルでの出来事を通じて描くという対比の見事さも、特筆すべきである。
本書とモチーフやテーマの酷似する作品としてアンナ・カヴァンの『氷』が思い浮かぶ。イメージの強烈さ、美しさ、純度の高さでは断然カヴァンの作品が上であることは否めないが、本書は、同じテーマを非常に理知的に科学的説明を伴って追究している点にアドバンテージがあり、全体的に見ると甲乙つけがたい。
まぎれもなくバラードの最高傑作だろう。
テーマ性 ★★★★★
奇想性  ★★★★★
物語性  ★★★
一般性  ★
平均   3.5
文体   ★★★★
意外な結末★★★
感情移入力★★★
主観評価 ★★★1/2 (38/50点)
silvering at 04:43 │Comments(6)TrackBack(0)読書

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この記事へのコメント

1. Posted by SLG   April 14, 2005 14:32
50ページ読んだ。バラードには珍しくミステリタッチの出だしだ。不倫相手の人妻をおってカメルーンくんだりまでやってきたサンダース博士。ところが目的地では奇妙な植物病が蔓延し、人々が逃げ出しているらしい。夜、その方向を見ると森が不気味に美しい光を放っている&&。
この作品はオールタイムベストの常連でメインアイデアも有名過ぎて激しくネタバレしているのだが、それをこういう形で出してくるとはちょっと意外だったので、「宝石化する森の謎」がどの辺りで全容解明され、登場人物の内宇宙探究の旅の話へと移行するのかがちょっと興味がある。
2. Posted by SLG   April 14, 2005 14:34
もちろん、変わりゆく/滅び行く環境を内面化して受け入れ、それを利用して心のふるさとに旅立つというラストはお約束なんだろうけどさ。
3. Posted by slg   April 14, 2005 21:39
面白いっす。前半読了したがやめられんね。全ての物質が水晶化するという怪現象への興味だけで十分持たせられる。これはアイデアの勝利だろう。さて後半はやはりお約束の展開なのだろうか?
4. Posted by slg   April 15, 2005 01:04
名作だったんだけど、一つだけ難点があるとすれば訳が古くなっていること。1969年の訳とはいえ、「土民」「混血児」はいかがなものかと思う。中村保男氏って翻訳理論は説得力があるんだけど、本人の日本語の語感に関してはかなり問題があるよなあ&&。
5. Posted by slg   April 15, 2005 21:48
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